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本は小さな建築。構造があり、そこにしかない体験がある。〈木村松本建築設計事務所〉の本棚

  • 2025.3.11
木村松本建築設計事務所の本棚。本は小さな建築。構造があり、そこにしかない体験がある
BRUTUS

作り足し、使い続けるモジュール式本棚

拠点は京都。日本におけるモダニズム建築の先駆けでありコンクリートブロックの名作住宅、〈本野精吾邸〉を事務所にしている。縁あって借り受けることになったのは5年ほど前。庭に囲まれた1階は主にミーティングスペースで、かつて寝室として使われていた2階のいくつかの部屋に、模型制作や設計のためのデスクが並ぶ。

木村松本建築設計事務所の本棚
事務所2階。本棚は木箱の集合で、本の並びにルールはなく、木村さんと松本さんのテリトリーが緩やかにある程度。それでも、どの本がどこにあるのか体感で記憶している。
木村松本建築設計事務所の本棚
素材は厚さ12mmのラワン合板で、外寸の高さ約350mm、幅300mm、奥行き350mm。実験的に木口などを白く塗ったこともあるが、基本は塗装なし。経年変化もまた愛おしい。

2階に上がってまず目に留まるのが、木箱を積み重ねた壁一面の本棚だ。上の写真の部屋だけでざっと50箱(写真背面にもある)。事務所内のほかの部屋で使われているものも含めると、トータルで100箱近くになる。木村さんは言う。

「考案したのは、建築家として独立する前の20代半ば。一人暮らしの部屋が6畳と狭く、何にでも応用できる家具のモジュールとして、内寸の高さ約330mm、幅300mm、奥行き350mmの木箱を作り始めました」

高さが330mmあれば、A4サイズの雑誌もレコードも収まる。用いる木材の厚みを12mmとし、外寸の高さを約350mmとすれば、2つ積んで約700mm。一般的なテーブルの高さになる。

木村松本建築設計事務所の本棚のボックス
木箱のワンユニット。10冊以上、20冊未満くらいずつ収まる絶妙な「小分け感」が箱ごとの世界観を作る。側面がブックエンド代わりになるため、抜き差しに気を使わず本が倒れにくいのも小分けの利点。
木村松本建築設計事務所の本棚
2階の設計室の一角。箱の上に棚板を渡すことも。壁に固定はせず自重で安定させている。

当初はその6畳の部屋用に12箱を製作。本棚とレコード棚、テーブルの脚代わりも兼ねた2段の木箱に天板を渡し、その上で図面を描いていたという。

作ってから20年以上経って木の色がだいぶ濃くなった「第1世代」もまだ現役だ。木工用ボンドで仮留めして釘を打つだけのシンプルな造作ながら、強度は見た目以上でスツール代わりに腰かけてもたわまない。背板がないことにも理由がある。

「両面から使えるんですよね。今は壁を背にして置いていますが、以前の事務所は細長い空間だったので、この本棚を間仕切り代わりにしていました。単行本ならば抱き合わせで入れられて便利でした。軽い方が引っ越しもラクだし、組み替えもしやすい」

聞けば聞くほど、よく考えられている。木材はラワン合板で、2人が設計でよく使う材でもあるが、一番の理由はホームセンターなどでも手に入るごくごく一般的な素材だから。必要に応じて同じものを作り足せてこそ、モジュールシステムが生きる。

暖炉の上に、動物の置物とともに置かれる民藝関連の本
〈本野精吾邸〉は築100年、1階の暖炉の上には、動物の置物とともに民藝関連の本も。

それにしても蔵書が多い。建築家の著書や設計の専門書が中心だが、美術書、文学書、年季の入った漫画もちらほら。聞けば、自宅の本棚には漫画や小説がみっちりとあり、事務所の庭の倉庫には、古い雑誌も大量にある。「娘も含め3人で買い続けているから、本は増えるばかり」

でも捨てられない。本は捨てたことがないという。そのことにこちらが驚いていると、驚かれることが驚きだ、といった様子で木村さんは言う。「好きな本を手放すという意味がわからないんですよね。本は自分の一部みたいなものなので、捨てる理由がない。子供の頃に繰り返し読んだ本もまだ持ってるし、20代の頃に買った雑誌こそ、捨てられない」

その本への愛着の原点は、父方の叔母からもらった本棚だという。

「小4の時に、同居していた叔母が結婚することになり、私の本棚あげるって、本が入ったまま、もらったんです。安部公房とか筒井康隆とか、小4にはまだわからない小説がいっぱい入っていて、よくわからないんだけど、読んでいるうちにだんだん本って面白いんだなって。実家の周りはミカン畑しかなかったから、僕にとっては、その本棚が世界とつながる唯一の窓。本が〝知らない世界〞を教えてくれたし、雑誌の小さな記事も夢中で読むようになり、ずいぶん影響も受けました」

『動いている庭』
『動いている庭』ジル・クレマン/著 山内朋樹/訳 現代造園に新たな視点をもたらした庭師、ジル・クレマンの代表的な著書。「僕たちは動かない建築をいかに動的な、生き生きとした空間にするかを常に考えていて、彼の環境観や思想は大きなヒントになった」(木村さん)。2015年発行。みすず書房/5,280円。
『建築文化』
『建築文化』1999年3月号 北山恒 空間の組成システム 2人の「心の師匠」だという建築家・北山恒の特集号。「買ったのは独立前ですが、その後改めて読み返し、北山さんが思想家であり、設計における実践者でエンジニアリングがあることに感銘を受けた。すり切れるほど読んだバイブル」(木村さん)。彰国社/品切れ。
『言葉からの触手』
『言葉からの触手』吉本隆明/著 思想家・吉本隆明の詩集。「自分たちの建築を考えることは、自分たちの言葉を考えること。具体的な言葉によって実体を追い込んでいく必要がある。言葉って難しい、と思っていた時に読んで衝撃を受けた」(木村さん)。初版は1989年。河出書房新社/品切れ。

一方の松本さんも、本が世界を広げてくれた経験を持つ。

「高3の時に美術雑誌をなにげなくめくっていたら、フランスの建築家、ドミニク・ペローの模型の写真が載っていたんです。小さな写真だったんですけど、めっちゃかっこいい!と思い、それで建築を志すことになりました。そういう偶然の出会いとか気づきとか、紙をめくるという行為も含め、本を読むという〝体験〞がもたらしてくれるものの大きさ、そのものを信じているようなところがあります」

その松本さんは最近、本に対する思いがより深くなったと話す。

「本と建築って、似ていると思うんです。本にも建築にも構造がある。まずどうやって入り、どこで視点を広げ、シーンを変え、その中で何を感じてもらいたいのか。素材も関係してくるし、重さや手触りといった身体感覚とともに、そこにしかない体験を作る。ほとんど一緒です。自分たちの図面集を作るにあたり、デザイナーと話をしていても、同じことを考えているんだな、と。もともと本が好きでしたが、そう実感してからはまた違う愛着が湧いて、ますます捨てられません(笑)」

『船を建てる(上)』
『船を建てる(上)』鈴木志保/著 2頭のアシカが世界の終わりを旅する物語。「空想とリアリティの行き来が力強く、日常が歪む系。こういう世界があったらいいな、じゃなくて、あるよ、と示してくれる。それは設計と無関係ではなく、読んでいると励まされる」(松本さん)。秋田書店/品切れ。
『野菜だより』
『野菜だより』高山なおみ/著 野菜料理の決定版。2005年刊行。「文章にベタつきがない。かといってドライでもない。めくるだけで料理をした時のことを思い出す居心地のいい本。理由は本の余白の心地よさにもある」(松本さん)。デザインは有山達也。アノニマ・スタジオ/2,200円(新装版)。

そして、話しながら本棚から取り出した本をしげしげと見て言う。「これも一つの構造物。小さな建築です。そこから立ち上がる時間や経験から得るものは、たくさんあります」

だから本が好きだし、強くゆるぎない構造を持つ本のような、普遍的で長く愛される建築を造りたいと思っている。どう読むか。どう造るか。木村松本建築設計事務所の本のすべてが、2人が目指す建築につながっている。

松本尚子(左)は1975年京都府生まれ。木村吉成(右)1973は年和歌山県生まれ。共に大阪芸術大学芸術学部建築学科卒業。2003年に木村松本建築設計事務所を設立。住宅を中心に活躍。2人の共著に『住宅設計原寸図集』。
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