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ショーン・ベイカー監督の『ANORA アノーラ』がアカデミー賞を席巻! インディー映画が評価された理由

  • 2025.3.4
クエンティン・タランティーノ監督の『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド』(2019)に出演するマイキー・マディソンがショーン・ベイカーの目に留まり、『ANORA アノーラ』での主役抜擢につながった。
Sean Baker and the cast and crew of Anora at the 97th Academy Awardsクエンティン・タランティーノ監督の『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド』(2019)に出演するマイキー・マディソンがショーン・ベイカーの目に留まり、『ANORA アノーラ』での主役抜擢につながった。

2025年3月2日(現地時間)に開催された第97回アカデミー賞授賞式で、最大の栄誉を受けた作品は『ANORA アノーラ』となった。作品賞、監督賞、主演女優賞(マイキー・マディソン)、脚本賞、編集賞と最多の5冠。もともと今年の作品賞レースは“本命不在”といわれ、複数の有力作の激戦になると思われたが、最終的に『ANORA アノーラ』が頭ひとつ抜け出し、有終の美を飾った。

俳優のセリフにAI加工をほどこしたことが一部で論議を呼んだ『ブルータリスト』、主演女優が過去にSNSで人種差別的なコメントや共演者の悪口を書いてたことが発覚した『エミリア・ペレス』と、ライバル作品が賞レースの終盤で失速するなか、『ANORA アノーラ』は最後まで作品への評価が揺らがずに勝ち残ったのである。

一筋縄では行かない現代版『プリティ・ウーマン』

『ANORA アノーラ』は2月28日より新宿ピカデリー TOHOシネマズ シャンテほかにて公開中。
ANORA - Mark Eidelshtein, Mikey Madison, 2024. 『ANORA アノーラ』は2月28日より新宿ピカデリー TOHOシネマズ シャンテほかにて公開中。

『ANORA アノーラ』はNYのストリップダンサーの主人公、アニーことアノーラが、客のロシア人の御曹司イヴァンに気に入られ、一週間の“契約”で恋人として過ごす物語。その契約期間で離れがたくなった二人は結婚するも、ロシアに住むイヴァンの両親が大反対して、二人のもとに男たちを送り込んでくる。あの『プリティ・ウーマン』(1990)とも重ねたくなるシンデレラストーリーに始まって、次々と急展開が用意され、コメディ、アクション、切ない感動までが盛り込まれた一作。エンタメ的楽しさも濃厚な『ANORA アノーラ』が、映画界最大の祭典で頂点をつかんだのは、ある意味、痛快だ。

『ANORA アノーラ』は2024年5月の第77回カンヌ国際映画祭でパルムドールを受賞し、今回のアカデミー賞に至ったわけだが、何かと芸術性が重視されるカンヌの最高賞としても、いい意味で“らしくない”作品だ。カンヌのパルムドールとアカデミー賞作品賞のW受賞は、『パラサイト 半地下の家族』(2019)以来5年ぶりで、その前のW受賞は1955年の『マーティ』まで遡るので、それだけ快挙ということ。ここまで『ANORA アノーラ』が評価されたのは、ひとえにショーン・ベイカー監督の独自のセンスと才能に起因し、彼の集大成となったからだろう。

インディー映画界の寵児、ショーン・ベイカー

この20年で8本のインディ長編えいがを生み出したシナリオライター、監督、製作者、編集者であるショーン・ベイカー。1971年生まれの54歳。
97th Oscars - Press Roomこの20年で8本のインディ長編えいがを生み出したシナリオライター、監督、製作者、編集者であるショーン・ベイカー。1971年生まれの54歳。

実際に今年のアカデミー賞の授賞式の“顔”になったのは、ショーン・ベイカーだった。『ANORA アノーラ』が受賞した5部門のうち主演女優賞以外の4部門は、ベイカーがオスカー像を受け取ったからだ。しかも脚本・編集・監督の3部門は、彼の単独のスピーチだった。ベイカーは製作の一人なので作品賞も彼の栄誉。ちなみに同じ年に個人で4つのオスカー獲得は、71年前の第26回のウォルト・ディズニーと並ぶ最多タイ。ディズニーは複数作品での受賞だったので、ベイカーは一本の作品でものすごい記録を作ったことになる。

今回の受賞で“世界的巨匠”の地位を得たショーン・ベイカーだが、映画ファンにとって、彼がこのようなイメージを獲得したのは意外かもしれない。『ANORA アノーラ』の主人公がセックスワーカーだったように、ベイカーはこれまでも社会から周縁化され、何かと偏見の“色眼鏡”で見られるような人たちに、限りなく温かい眼差しを注ぐ映画を撮り続けてきた。いわば弱者の味方の視点だ。しかもキャストに有名俳優を起用するのは稀で、徹底してインディペンデントの映画作りを心がけてきた。メジャースタジオには不向きな題材がほとんどだったと言っていいだろう。

最初に注目された、2012年の『チワワは見ていた ポルノ女優と未亡人の秘密』はタイトルが示すとおりの登場人物で、さらにその才能が発揮された2015年の『タンジェリン』はトランスジェンダーのセックスワーカー2人が主人公。カンヌで上映された2017年の『フロリダ・プロジェクト 真夏の魔法』は、ディズニーリゾート近くのモーテルに暮らす貧困層の人たちにフォーカスを当て、2021年の『レッド・ロケット』は元ポルノ男優の自暴自棄ともいえる日常に迫った。これらの監督作で有名俳優がキャストされたのは『フロリダ・プロジェクト』のウィレム・デフォーくらいで、『レッド・ロケット』の主演は本物の元ポルノ男優が務めた。

アニー(マイキー・マディソン)は、イヴァン(マーク・エイデルシュテイン)と彼の友人たちとともにパーティーにショッピング、贅沢三昧の日々を過ごし、“契約”の最後に訪れたラスベガスで結婚する。
Anoraアニー(マイキー・マディソン)は、イヴァン(マーク・エイデルシュテイン)と彼の友人たちとともにパーティーにショッピング、贅沢三昧の日々を過ごし、“契約”の最後に訪れたラスベガスで結婚する。

こうしたベイカーの方向性が最大限に発揮されたのが『ANORA アノーラ』で、セックスワーカーとして、あるいは女性として差別や屈辱も味わってきたであろうアノーラが、男たちからの理不尽な攻撃にもへこたれず対抗し、自身の生き方を肯定しようとする姿は、ベイカーの映画作家としての生き方も重なる。

前作『レッド・ロケット』の元ポルノ男優と同じく、本作のアノーラも、その言動には自己中心的で強引な部分もあり、最初は共感しづらいキャラクターかもしれない。そんな彼女が、観ているうちにどんどん愛おしくなっていく“映画のマジック”もベイカーの真骨頂で、このマジックが『レッド・ロケット』以上に効果を発揮したのも、『ANORA アノーラ』を多くの人が賞賛するポイントだろう。

こうした周縁化された人々への温かい眼差しは、トランプ政権となったことでより分断が進むアメリカ社会、いや国際社会への警鐘とも捉えることができ、まさに現在にふさわしいテーマだ。『ANORA アノーラ』には移民のトピックも込められており、その意義を多くのアカデミー会員が無意識に感じたのは間違いない。

幸せなシンデレラストーリーの渦中にいたアニーとイヴァンだが、彼の両親に結婚を知られて厳しい現実に引き戻される。
Anora幸せなシンデレラストーリーの渦中にいたアニーとイヴァンだが、彼の両親に結婚を知られて厳しい現実に引き戻される。

アカデミー賞授賞式で3回、単独のスピーチを行ったショーン・ベイカーだが、3回目の監督賞の際に、インディペンデント系の映画館がパンデミックの影響もあって閉鎖が相次いでいることを憂いた。配給会社には、映画の劇場公開が優先されるべきだとも訴えた。かつてベイカーは、全編をiPhone 5sで撮影した『タンジェリン』でも、「観てほしいのは映画館の大スクリーンだ」と力説したことがある。それほどまで映画が起こすマジックを信じているのだ。

今回のオスカー受賞によってショーン・ベイカーは、次回作以降、これまでにない好条件が用意されるはずだ。そのうえで自身が培ってきたスピリットを保ちながら、作りたい映画を完成させられるかが試される。こうした新たなチャレンジも、おそらくベイカーは果敢に乗り越えていと、『ANORA アノーラ』にマジックをかけられた誰もが確信するだろう。

Text: Hiroaki Saito

マイキー・マディソン、アカデミー賞/Mikey Madison attends the 97th Annual Oscars at Dolby Theatre on March 02, 2025 in Hollywood, California.
マイキー・マディソンドレス/[ディオール(DIOR)](https://www.vogue.co.jp/tag/christian-dior) ジュエリー/[ティファニー(TIFFANY&CO.)](https://www.vogue.co.jp/tag/tiffany)

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