厚生労働省「患者調査」(2020年)によると、糖尿病で治療を受けている患者総数は579万1000人(男性338万5000人、女性240万6000人)。糖尿病を研究してきた医師の矢野宏行さんは「一番懸念しているのは、30代、40代でも糖尿病になる人が増えていること。いまや糖尿病は5人に1人がなる病気になっている」という――。
※本稿は矢野宏行『ミスター血糖値が教える 7日間でひとりでに血糖値が下がるすごい方法』(アスコム)の一部を再編集したものです。
糖質過多の生活で、糖尿病患者が50年間で20倍に増えた
糖尿病は人類の歴史上、ここ数百年くらいのあいだに浸透した病気です。
しかし、人々が比較的質素な食生活を送っていた昭和20~30年代までは、社会問題になるようなレベルではありませんでした。
爆発的に増えて状況が一変したのはここ50年程度の話。「飽食の時代」が訪れてからのことです。
今から約50年前、昭和40年代後半における日本人の糖尿病患者は、100人に1人ほどでした。それが現在では、5人に1人の割合でかかる病気になっています。
わずか50年で、なんと20倍です!
精米技術の向上、食の欧米化(ハンバーガー、ピザ、パスタなどの一般化)、コンビニエンスストアやファストフードチェーンの出現と拡大、スイーツやスナック菓子の多様化、などなど、糖質過多の食生活を後押しするようになった要因を挙げだしたらきりがありません。
そして、それに追い打ちをかけたのがコロナ禍です。在宅ワークを採り入れる人が増え、それにともなって体を動かす時間が減りました。要するに、運動不足の人が増えたということです。
私のクリニックを訪れる患者さんを診ていて、若かったり、やせていたりするのに血糖値がものすごく高く、「え? まさかこの人が……」と思うケースも最近多くなりました。コロナ禍が落ち着いて運動不足の解消に若干向かいつつあるとはいえ、みなさんの食生活が激変することはないでしょう。
私は、この先30代半ばくらいから糖尿病を発症する人がどんどん増えていくと予想しています。誰もが、他人事ではないのです。
糖尿病患者のほとんどを占める「2型」は誤解されている
糖尿病は、おもに1型と2型に大別されます。
1型糖尿病は、血糖値の上昇を抑える働きをするホルモンのインスリンが、膵臓からほとんど出なくなってしまうことが特徴で、治療にはインスリン製剤(注射)が不可欠になります。糖尿病全体の約5%が、1型であるといわれています。
一方の2型糖尿病は、糖質の過剰摂取や生活習慣がかかわってくるタイプで、糖質のセーブや生活習慣の改善によって、症状を良くしていくことができます。
2型の患者さんの膵臓からは、インスリンはちゃんと分泌されます。
しかし世の中には、1型も2型もひっくるめて「糖尿病=インスリンが出ない」と、誤った認識を持っている人がけっこういます。
とんでもありません。2型の場合、インスリンはしっかり出ています。むしろ、ドバドバ出ている人のほうが多いくらいです。
糖尿病でもインスリンが作れなくなったわけではない
「インスリンがたくさん出ているのなら、血糖値は下がって糖尿病にはならないんじゃないの?」
そう思いますよね。もちろん、健康な人のインスリンはしっかり働いてくれるのですが、糖尿病患者の場合はインスリンが出すぎた状態が続くため、徐々に人間の体がインスリンに拒否反応を示す(抵抗する)ようになっていきます。
だから、インスリンは出ているのにあまり効かず、血糖値がなかなか下がらない状況が生まれてしまうのです。これを「インスリン抵抗性」と呼びます。
適正量であれば問題なく効くけれど、量と回数を重ねるとだんだん効かなくなるという、まさに抗生物質と同じようなメカニズムです。
脂肪肝になるとインスリン抵抗性が増長することもわかっているので、肥満やアルコールのとりすぎも命取りになります。
目指すべきは、食事と生活習慣を変えてインスリンが効きやすい体質にすること。これに尽きるといえるでしょう。
糖尿病は「膵臓の病気」から「肝臓の病気」へ
これまで糖尿病は「膵臓すいぞうの病」とされてきました。血糖値を下げる働きのある唯一のホルモン・インスリンが、膵臓で分泌されるからです。
このインスリンの働きによって糖尿病の症状(良し悪し)が大きく変わることから、膵臓にスポットが当てられてきました。
今は、「糖尿病の主役は肝臓」と言っていいと思います。
インスリン(膵臓)についてはあらゆる角度から研究され尽くされた感がありますが、糖新生(肝臓)にはあまり目を向けられておらず、まだわかっていないこともあるからです。
低血糖になり、血糖ブースターの働きが活発になると糖尿病が悪化することは間違いないので、そこを検証していく必要があります。
また、糖新生を切り離して考えても、糖尿病と肝臓は密接に関係しているといえる部分もあります。
理由は、中性脂肪が肝臓に蓄積されて脂肪肝になると、インスリンが効きにくい体質になっていくからです。
脂肪肝になっている人の体内で起こる悪循環
これが、糖質を摂りすぎているわけでもないのに平常時の血糖値が高くなる状況をまねきます。
すると血糖値スパイクの上下動の幅が大きくなり、低血糖になったときに血糖ブースターがフル稼働し、体が糖質を欲していないときでもどんどん作られていくという、この上ない悪循環が生まれるのです。
このように、糖尿病のことを気にしている人が今、目を向けるべきは肝臓といえます。
脂肪肝にならないことと糖新生を整えること――これなくして糖尿病対策は成立しないといっても過言ではないのです。
やせているのに糖尿病になる女性が増えてきている
糖尿病の患者さんに太っている人は多い。これは事実です。肥満の原因は糖質の過剰摂取がもたらす高血糖ですからね。糖尿病と直結しています。
しかし最近は、やせているのに糖尿病になる人が増えてきました。とくに外見を気にしている女性に多いです。
なぜそういうことが起こっているのか。理由を説明していきます。
やせている人でも、たんぱく質をしっかり摂っていたり、トレーニングをしていたりするのであれば問題ありません。危険なのは、そもそも少食の人や、食事制限のダイエットをしてやせた人です。
たんぱく質を摂らずにやせると、もちろん脂肪は減りますが、同時に筋肉も減ってしまいます。ただ減るだけでなく、質も落ちてきます。エネルギー源のブドウ糖を取り込んで消費するという能力自体が、減退してしまうのです。
すると、消費されなかったブドウ糖は中性脂肪となり、脂肪細胞に蓄えられます。これが、見た目はやせているのに、体の中は内臓脂肪と皮下脂肪だらけという状態をつくります。脂肪肝になる人も少なくありません。
ダイエット→たんぱく質不足→脂肪肝→脂肪が増える悪循環
脂肪肝になると、肥満か否かにかかわらず、インスリン抵抗性が増し、血糖値が上昇していきます。そしていつの間にか、糖尿病になってしまうのです。
ならば、しっかり食べて体重を元に戻せばいいかというと、なかなかそういうわけにもいきません。極端なダイエットをした人が食事の量を増やすと、最初に脂肪がついてきて、筋肉が後回しになるからです。そうすると、やせる前よりもさらに代謝が悪い状態になり、筋肉の割合が増えてこないにもかかわらず脂肪だけが増えてくる、というスーパー悪循環に陥ってしまいます。
やせている人、とくに女性は油断禁物です。
健康診断で正常でも「糖尿病予備軍」「隠れ糖尿病」の可能性
「毎年健康診断を受けているけど、血糖値はつねに正常です。だから、今のところ糖尿病の心配はないし、血糖値スパイクとも無縁でしょう」
このように考えている人は大勢いると思いますが、果たして本当に「心配無用」なのでしょうか。
じつは「そうではない」ということを、ここでみなさんにお伝えします。
もちろん、健康診断で異常値を示している人よりははるかにリスクは低いですし、何も問題がないという可能性もじゅうぶんにあります。
しかし、健康診断の数値だけでは安心できません。理由は、健康診断前の食事は控えることが推奨されているから。つまり、血糖値は原則的に空腹時のみにしか測っていないからです。
血糖値は食後に急上昇します。私はこれまで、空腹時血糖値は正常かつヘモグロビンA1cが5%台で糖尿病ではないにもかかわらず、食後血糖値が正常値の140以下を超え、200近くにまで爆上がりするタイプの患者さんを何人も見てきました。
これはいわば「糖尿病予備軍」あるいは「隠れ糖尿病」です。当然、血糖値スパイクは起こっているでしょう。
だから私は、体温や体重を測るのと同じ感覚で、どなたにも食後血糖値を測ることを勧めています。
矢野 宏行(やの・ひろゆき)
糖尿病専門医
やのメディカルクリニック勝どき院長。医学博士。1981年生まれ。2006年に日本医科大学卒業後、同大学附属病院に勤務。その後、国立国際医療研究センター研究所の糖尿病研究センターで糖尿病について研究をする。2023年、やのメディカルクリニック勝どきを開院。「Dr.ゆきなり」としてYouTubeでも情報発信をしている。著書に『ミスター血糖値が教える 7日間でひとりでに血糖値が下がるすごい方法』(アスコム)、『自分でできる! 薬に頼らない糖尿病の大正解』(ライフサイエンス出版)がある。