更年期障害は、多くの女性が経験する体や心のの症状で、卵巣機能の低下や閉経に伴って起こります。
一般的には45歳から55歳の間に発症することが多くいです。「更年期」とは、閉経の前5年間、後5年間の合計10年間を指し早ければ40代前半から、遅ければ60代でも更年期症状を経験する人もいます。その原因や症状、対策について産婦人科医の柴田綾子先生に教えていただきました。
更年期障害とは
更年期障害の根本的な原因は、卵巣から分泌されるエストロゲン(女性ホルモン)の減少です。このホルモンの急激な変動や減少が、身体や精神にさまざまな影響を及ぼします。
- ホルモンバランスの変化: エストロゲンは体温調節、骨密度の維持、心血管系の健康などに重要な役割を果たしています。そのため、ホルモンの変動はこれらの機能に影響を与えます。
- 遺伝的要因: 家族歴によって更年期障害の発症リスクが高まる可能性があります。
- 生活習慣: ストレス、喫煙、栄養不足、運動不足なども症状を悪化させる要因となることがあります。
更年期の症状
更年期障害の症状は多岐にわたり、個人差が大きいですが、主な症状としては以下のようなものがあります:
身体的な症状
- ホットフラッシュ(ほてり・のぼせ)\
突然顔や首、上半身が熱くなり、大量の発汗を伴うことがあります。 - 動悸・息切れ
心拍数が急に上がり、不安感を伴うことがあります。 - めまい・頭痛
血圧の変化やホルモンバランスの影響で、めまいや頭痛が生じることがあります。 - 関節痛・筋肉痛
エストロゲンの減少により、関節や筋肉に違和感や痛みを覚えることがあります。 - 冷え性
エストロゲンの低下により自律神経失調症のような症状がおこり、手足が冷えることがあります。 - 皮膚や髪の変化
皮膚が乾燥しやすくなったり、髪が細くなったり抜けやすくなることがあります。 - 消化器系の不調\
便秘や下痢、胃の不快感など、消化機能の変化が見られることがあります。 - 頻尿・尿漏れ
骨盤底筋が弱くなり、尿意を感じやすくなったり、くしゃみや笑った拍子に尿漏れが起こることがあります。 - 骨密度の低下(骨粗しょう症)
エストロゲンの減少により、骨密度が低下し、骨折しやすくなることがあります。 - 体重増加・代謝の低下
脂肪がつきやすくなり、特にお腹周りに脂肪がたまりやすくなります。
精神的な症状
- イライラ・怒りっぽさ
些細なことで怒りやすくなり、感情のコントロールが難しくなることがあります。 - 不安感・抑うつ
何となく気分が落ち込み、不安感に悩まされることがあります。 - 集中力の低下・記憶力の低下
物忘れが多くなったり、仕事や家事に集中できなくなることがあります。 - 不眠
寝つきが悪くなったり、夜中に何度も目が覚めることがあります。 - 意欲低下
これまで楽しめていた趣味や活動への興味が薄れ、やる気が出なくなることがあります。 - 対人関係のストレス増加
気分の浮き沈みが激しくなり、家族や職場での対人関係がうまくいかなくなることがあります。
診断と治療
更年期障害は特定の診断基準があるわけではありませんが、症状と年齢、月経の状態から推測して診断されます。治療には以下のようなアプローチがあります。
- ホルモン補充療法(HRT): エストロゲンの補充で症状を軽減します。更年期の症状を和らげるための有効な手段ではありますが、一定の副作用もあります。以下に、HRTに関連する主なリスクをまとめます。
1.血栓症のリスク増加
- 深部静脈血栓症(DVT)や肺塞栓症(PE): 特に経口エストロゲンが使用される場合、血液がかたまりやすくなるため、血栓が形成されるリスクが高まります。経皮パッチやゲルなどの皮膚からの投与はこのリスクを低減しますが、リスクが全くないわけではありません。
2.乳がんのリスク
- 乳がん: 長期間にわたるエストロゲンとプロゲスチンの併用療法は、乳がんのリスクをわずかに増加させる可能性があります。これは特に、5年以上など長期間使用する場合に注意が必要です。エストロゲン単独療法はリスクが低いとされていますが、個人差や他のリスク要因によって影響を受ける可能性があります。
3.心血管疾患
- 心筋梗塞や脳卒中: 特に60歳以上でHRTを開始した場合、これらの疾患のリスクが増加する可能性があります。ただし、若年層(50歳未満)で早期にHRTを開始した場合、心血管保護効果が見られる研究もあり、議論がされているところです。。
4.子宮内膜がん(子宮体がん)
- エストロゲン単独療法: 子宮がある女性がエストロゲンだけを補充すると、子宮内膜がんのリスクが増加する可能性があります。これを防ぐためには、プロゲスチン(黄体ホルモン)を併用して子宮内膜を保護することが推奨されます。
5.胆嚢疾患
- 胆石: エストロゲンは胆汁の組成を変える可能性があり、これが胆石ができるリスクを高めることがあります。
その他の副作用
- 体重増加: 一部の人ではHRTが体重増加を引き起こすことがあります。
- 乳房の痛みや腫れ: ホルモンの変化によって乳房の痛みや腫れが一時的に起きることがあります。
- 頭痛や片頭痛: 一部の女性ではHRTが頭痛や片頭痛を悪化させることがあります。
リスクの管理と考慮すべき点
- 短期間使用: 症状のコントロールのため、症状が強い期間のみHRTを使用する方法があります。。
- 個人のリスク評価: 個々の健康状態、家族歴、既往歴などを考慮した上で、HRTの使用を決定することが重要です。
- 定期的なモニタリング: HRTを使用中の定期的な健康チェックやリスクの評価が必要です。
代替療法
HRTには効果と副作用があります。一人一人の症状や状態に応じて、産婦人科医と治療方法について相談していきます。しかし、血栓症や乳がんのリスクがある場合、漢方やイソフラボンサプリメントやライフスタイルの変更が治療の中心になることがあります。
HRT以外の治療法の例
- 非ホルモン療法: 抗うつ薬や漢方薬など、ホルモン剤を使用しない治療もあります。
- 生活習慣の改善: 規則正しい生活、適度な運動、バランスの取れた食事、ストレス管理が推奨されます。
- カウンセリング: 精神的なサポートも重要で、専門家によるカウンセリングが有効とされています。
対策と予防
更年期障害の予防や症状の軽減には以下の対策が効果的です:
- 栄養管理: カルシウムやビタミンDの摂取、そしてイソフラボンなど植物性エストロゲンの摂取。
- 運動: 筋力トレーニングや有酸素運動は、骨密度を維持し、体重管理にも役立ちます。
- ストレス管理: リラクゼーション技術やヨガ、瞑想などが有用です。
- 禁煙: 喫煙は更年期症状を悪化させる可能性があります。
社会的な支援
日本では、更年期障害についての理解が進んでいますが、まだ十分とは言えません。職場や家庭での理解と支援が必要で、例えば、フレックスタイム制度の活用やメンタルヘルスのサポートが重要です。また、地域や病院によっては産婦人科以外にも更年期外来や女性の健康相談窓口があるので、活用することをお勧めします。
更年期障害は多くの女性が経験する自然なプロセスですが、その症状には個人差が大きく、症状が強い方では、仕事や生活の質に大きく影響することがあります。更年期障害には、治療法があり、生活習慣の見直しなどのセルフケアを組み合わせることでも症状を軽くすることができます。
「更年期かも」と思ったら、一人で悩まずに、産婦人科へ相談してください。
更年期障害に関する研究紹介
これまで、更年期障害やホルモン補充療法に関してたくさんの研究がされてきました。以下は海外を中心に行われている治療に関する研究の概要です。
1.ホルモン補充療法(HRT)の再評価
- 新しい見解: 2002年のWomen’s Health Initiative (WHI) で、乳がんのリスク増加が報告されて以降、HRTの使用は減少しました。しかし、最近の研究では、HRTを早期に開始した場合には、乳がんや血栓症のリスクより、健康上のメリットの方が大きいと考えられています。特に、40代後半~50歳代の女性に対するHRTの有益性が報告されています。経皮パッチや低用量のホルモン製剤が、血栓症などのリスクを低減する手段として研究されています。
2.非ホルモン療法の開発
- 新薬開発: NK3R拮抗薬(例:Fezolinetant)といった新しい非ホルモン療法がホットフラッシュなどの症状緩和に有望であることが示されています。
- 既存薬の再評価: 抗うつ薬、ガバペンチン、クロニジンなどの既存薬が更年期障害の症状軽減にどれだけ効果的なのか、研究が行われています。
3.遺伝子と更年期障害
- 遺伝子研究: 更年期になるタイミングや症状の重症度が遺伝子によって影響を受けている可能性が報告されています。特に、閉経・更年期になるタイミングに関連する遺伝子変異の調査が進んでいます。
4.ライフスタイルと介入
- 栄養と運動: 特定の栄養素や運動が更年期の症状を軽減する可能性についての研究が進行中です。例えば、植物性エストロゲン(イソフラボン)の役割や、ピラティス・ヨガなどの有酸素運動がエストロゲン濃度に与える影響などです。
5.メンタルヘルスと更年期
- 心理社会的要因: 更年期が女性のメンタルヘルスにどのように影響を与えるか、特にうつ病や不安障害との関連性についての研究が進んでいます。更年期とメンタルヘルスの関連性を理解し、サポート体制の強化が求められています。
6.多様性への考慮
- 民族差: 更年期の症状が民族や地域によって異なるかどうかを解明するための研究が増えており、より個別化されたアプローチが必要とされています。
7.公衆衛生と政策
- 啓発と教育: 更年期障害や治療関する認知度を高めるために教育と啓発活動が増えています。企業や働く女性支援など場で、更年期障害を学ぶ機会が増えてきています。
8.新たな技術の活用
- デジタルヘルス: スマートフォンアプリやウェアラブルデバイスを活用した更年期症状のモニタリングや管理方法が研究されています。
監修:柴田綾子(しばた あやこ)先生
プロフィール
産婦人科専門医・指導医、周産期母体・胎児専門医
世界遺産15カ国ほど旅行した経験から母子保健に関心を持ち産婦人科医となる。
周産期センターで診療するかたわら、女性の健康に関する情報発信や、低用量ピルや更年期障害に対するホルモン補充療法を解説するセミナーを開催している。
【著書】
・女性の救急外来 ただいま診断中!
・産婦人科ポケットガイド
・女性診療エッセンス100
・明日からできる! ウィメンズヘルスケア マスト&ミニマム