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アカデミー賞最多ノミネートの『エミリア・ペレス』、その真価を検証

  • 2025.2.26

“ハリウッドの祭典”に新風を吹き込む

映画『エミリア・ペレス』は3月28日より新宿ピカデリーほかにて全国公開。
Emilia Pérez - Karla Sofía Gascón as Emilia Pérez and Zoe Saldaña as Rita Moro Castro映画『エミリア・ペレス』は3月28日より新宿ピカデリーほかにて全国公開。

ここ数年の結果からわかるとおり、アカデミー賞で明らかなグローバル化が進んでいる。象徴的だったのは、2020年の第92回で韓国映画『パラサイト 半地下の家族』が作品賞を受賞したこと。世界の映画界で最大のイベントながら、あくまでも“ハリウッドの祭典”だったアカデミー賞が、アメリカ重視ではなくなりつつある。2023年の第95回は、アメリカ映画ながらメインキャストがアジア系の『エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス』が作品賞に輝き、これもグローバル化を印象づけた。

そして今年の第97回、最多の12部門13ノミネートを得た『エミリア・ペレス』は、まさに“グローバル”な一作なのである。監督は『君と歩く世界』(2012)や『ディーパンの闘い』(2015)などで知られるフランスの名匠、ジャック・オーディアール。今回のアカデミー賞でも国際長編映画賞にフランス代表としてエントリーし、ノミネートされたのだが、本作のメインの舞台はメキシコ。セリフもほとんどがスペイン語、そして一部が英語。これが「フランス映画」と呼ばれることにも、時代の流れを感じさせる。

近年、アカデミー賞では国際長編映画部門にノミネートされた作品が、作品賞にもノミネートされるケースが目につく。日本映画では『ドライブ・マイ・カー』(2021)、昨年の第96回は『関心領域』(2023)がそのパターンだった。ただ、これらで作品賞まで受賞したのは『パラサイト』のみ。2度目の快挙を狙う『エミリア・ペレス』は、最多ノミネートなので最有力という気もするが、過去20年のデータで最多ノミネートが作品賞という確率は35%と意外に少ない。なぜ、ここまで『エミリア・ペレス』が評価されているのか。それは作品全体の独創的なスタイルと、いかにも“今日的”なテーマが合体しているからだろう。

マドリード生まれのカルラ・ソフィア・ガスコンは、スペインでキャリアを積み、2009年にメキシコへ移住し、連続ドラマや映画に多数出演。2016年にトランスジェンダー女性であることを公表し、2018年に性別適合手術を受けた。
Emilia Pérez - Karla Sofía Gascón as Emilia Pérezマドリード生まれのカルラ・ソフィア・ガスコンは、スペインでキャリアを積み、2009年にメキシコへ移住し、連続ドラマや映画に多数出演。2016年にトランスジェンダー女性であることを公表し、2018年に性別適合手術を受けた。

メキシコシティに住む弁護士のリタが、世間を恐怖に陥れる麻薬カルテルのリーダー、マニタスから相談を受ける。それは男性から女性への性別適合手術を受けたい、というものだった。その結果、マニタスはエミリア・ペレスという女性に変貌。過去を捨てて人生を再スタートさせる。数年後、ロンドンでリタと再会したエミリアは、離れて暮らす家族を再びメキシコに呼び寄せたいと切り出し……。

このようにストーリーもかなり大胆で斬新。しかもマニタスからエミリアへ、つまり男性から女性に変わる難役を、トランスジェンダー俳優のカルラ・ソフィア・ガスコンが演じたことで、作品にパワフルな説得力を与えている。マニタスのシーンでは、麻薬王らしいカリスマ性と横暴さを体現。エミリアになって内面も別人のように変化するのだが、そのプロセスにも当事者ゆえのリアリティが宿っているのだ。

そしてストーリーから想像できるように、本作はサスペンス、人間ドラマ、アクション、コメディなど映画のジャンルも自在に横断する。なかでも“ミュージカル”という側面が、作品に強いインパクトを加味した。ポイントとなる場面で本作のために作られたオリジナルソングが、独創的なミュージカル演出で挿入される。アカデミー賞の歌曲賞にも本作から「El Mal」と「Mi Camino」の2曲がノミネートされているように、曲が物語のテーマを鮮やかに伝えているのだ。

交差する女性たちの物語

カンヌ国際映画祭でのフォトコールに登場したセレーナ・ゴメス、ゾーイ・サルダナ、カルラ・ソフィア・ガスコン、そしてアドリアーナ・パス。
"Emilia Perez" Photocall - The 77th Annual Cannes Film Festivalカンヌ国際映画祭でのフォトコールに登場したセレーナ・ゴメス、ゾーイ・サルダナ、カルラ・ソフィア・ガスコン、そしてアドリアーナ・パス。

テーマという点では、ジェンダー、特に女性たちが抱えるさまざまな問題をあぶり出していくところに、本作の大きな価値があるだろう。2024年5月の第77回カンヌ国際映画祭では、カルラ・ソフィア・ガスコン、リタ役のゾーイ・サルダナ、エミリアの元妻役のセレーナ・ゴメス、エミリアが出会う女性役のアドリアーナ・パスという4人の俳優が同時に最優秀女優賞に輝いた。この結果が示すように、本作は女性たちの“連帯”が核のテーマとして浮き上がっていく。それぞれの役に、ジェンダーの問題と対峙するエピソードが用意されているのだ。

4人の中でも、物語を牽引する役割を任されたリタの現実、およびその現実を打破していく運命に、多くの人が深く共感するのではないか。弁護士として働きながらも、男性の上司に利用されるという日常に耐えながら、マニタスとの出会いによって困難に立ち向かい、未来の扉をこじ開ける彼女の物語こそ、本作で最もエモーショナルだろう。

米ニュージャージー出身のゾーイ・サルダナは、10 歳でドミニカに移住し、バレエなどのダンスを習う。7年後に帰国し、バレエと演技の勉強を続け、2000年に『センターステージ』で映画デビューを飾った。
Emilia Pérez - Zoe Saldaña as Rita Moro Castro米ニュージャージー出身のゾーイ・サルダナは、10 歳でドミニカに移住し、バレエなどのダンスを習う。7年後に帰国し、バレエと演技の勉強を続け、2000年に『センターステージ』で映画デビューを飾った。

リタを演じたゾーイ・サルダナは、すでにゴールデン・グローブなど数々の賞で助演女優賞を受賞し、この部門のフロントランナー。トランスジェンダー俳優として初のアカデミー賞主演女優賞候補になっているカルラ・ソフィア・ガスコンに注目が集まりがちだが、サルダナが演じたリタも同格の主人公と言ってよく、“ほぼ主演”という立ち位置が助演女優賞レースをリードする理由とも考えられる。

これまでは『アバター』シリーズやマーベル作品などアクション系が代表作だったサルダナは、両親がドミニカとプエルトリコの出身ということもあり、本作では得意なスペイン語で感情豊かな名演を披露。子ども時代に習っていたバレエの特技を生かし、ミュージカルシーンでは美しいダンスで魅了するなど、俳優としての多様なテクニックを実感させてくれる。サルダナの力強い眼差しによって、『エミリア・ペレス』のテーマを真っ直ぐに受け止める人もいるだろう。

最多部門ノミネートのアカデミー賞では、サルダナの助演女優賞とフランス代表としての国際長編映画賞が最も受賞の確率が高い。アワードシーズンの真っ只中、カルラ・ソフィア・ガスコンの過去のSNSでの発言が炎上するなど、何かと話題が途切れない『エミリア・ペレス』。評論家の間でも多様なレビューが出され、観る人を“試す”チャレンジングな作品であり、それこそが映画という芸術の本質であることも再認識させる。少なくとも、鑑賞後にあれこれ論議したくなるのは間違いない。

Text: Hiroaki Saito

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