2017年放送の連続ドラマ『東京タラレバ娘』を2025年の視点で観ると、恋愛至上主義的な価値観や「若さがすべて」といった描写に違和感を覚える部分もある。しかし、年齢を重ねることへの焦燥感や「タラレバを言いながら生きる」姿は、現在も多くの人が共感できるテーマだ。女性の友情と自立の狭間、恋愛市場と仕事市場のギャップなど、あらためて観ることで新たな発見がある。結局のところ、このドラマはどの時代にも刺さる物語なのだ。
『タラレバ娘』が時代とともに変わる理由
2017年に放送された連続ドラマ『東京タラレバ娘』を、2025年のいま、あらためて観ると……その価値観の変化に驚かされてしまう。30歳を過ぎ、恋愛に焦りを感じる倫子(吉高由里子)たちの「オリンピックまでに結婚したい!」という目標が物語の軸となっているのだが、そもそもこの発想が令和となっては、かなり時代を感じるポイントなのだ。
放送当時、2020年の開催を予定していた東京オリンピックは、さまざまな立場で生きている現代人の“人生の節目”として機能していたように思う。あのころは、まだコロナ禍前だった。まさか世の中がパンデミックで大混乱に陥るなんて、誰も想像もしていなかった。
結婚やキャリアにおける女性の焦燥感が「オリンピックまでに!」という形で可視化されていたのが、なんとも2010年代らしいと感じてしまう。
さらに「女性ならではの視点」「女性らしさ」といった表現が頻繁に登場するのも、時代の空気を感じる部分。当時はとくに問題視されていなかったかもしれないが、2025年のいま、こういった表現は眉をひそめられることも多い。男性を「回転寿司のレーンで回ってくる寿司」に例えるセリフも、男女が逆転すれば炎上必至だろう。8年でリテラシーは確実に進化したとも言える。
しかし、だからといってこの作品が過去の遺物になったわけではない。むしろ「結婚や恋愛だけが人生のすべてではない」という価値観が広まりつつあるいまだからこそ、『東京タラレバ娘』を観ることで新たな発見がある。
本当に女性は年齢で淘汰されるのか?
久々に『東京タラレバ娘』を観て、もっとも印象的であり、もっともモヤモヤさせられるエピソードだと思ったのが、倫子と早坂哲朗(鈴木亮平)の関係だ。
かつては「ダサい」と思っていた哲朗が、いまや洗練されたスマートな男性になり、倫子は「もしかしてまた私に気がある?」と淡い期待を抱く。だが、彼が恋をしていたのは20代の若手AD・芝田マミ(石川恋)だった。
もしや自分にあらためてプロポーズしてくれるのでは? と期待する倫子が健気で、かつ痛々しい。彼女や哲朗の様子を見て筆者が勘繰ってしまったのは、彼は「倫子が好き」だったのではなく「20代の倫子が好き」だったのでは?ということ。この瞬間、倫子も筆者も、恋愛市場における“若さ”の価値を痛感することになる。
恋愛では、若さが武器になる。それは現実でもある程度は真実だろう。実際、悲しいことに、30歳を超えた途端にアプリでも相席居酒屋でもマッチ率が著しく下がる現象は、8年経ったいまも何ら変わっていない。
しかし、仕事においてもそうなのか? という点は、疑問が残る。
たとえば、2話では倫子が若手女性脚本家に仕事を奪われるシーンがある。作品では「若さがあるほうが有利」というような描かれ方をしているが、実際のクリエイティブ業界では、経験と実績が重視されることが多い。確かに、若い感性が求められる仕事もあるにはあるが「30代だから」という理由だけで仕事を失うケースは、現実にはそこまで多くない。
このあたりはドラマ的な誇張もあるのだろうが「恋愛市場では若さが価値になるが、仕事市場ではそうとは限らない」というギャップが描かれることで、より倫子の焦燥感が強調されているのは間違いない。
女性の友情と自立の狭間で
「もしあのとき、こうしていたら」「もっと早くこうしていれば」。
倫子たちは夜な夜な女子会を開き、タラレバ話に花を咲かせる。かねてから、その様子を見ていたモデルのKEY(坂口健太郎)が、倫子に対して「女同士でつるんで盛り上がって、そうなるとこっちは警戒する。俺はそんな女とは恋愛できない」といったセリフを言い放つシーンがある。
女性同士でつるんでいることが、恋愛の障害になるという価値観は、いま観ると古くさいようにも感じる。しかし、ある意味では的を射ている部分もあるかもしれない。
『東京タラレバ娘』の魅力の一つは、女性同士の絆と、それがもたらす影響をリアルに描いている点にある。
「タラレバ言って酒を飲む」ことは、決して悪ではない。むしろ女性同士の友情は、仕事や恋愛のストレスを軽減し、心の支えになるものだ。しかし一方で、仲間内で安心してしまうことで、新しい出会いや挑戦から遠ざかる可能性もある。このドラマは、その両面を描いているからこそ、多くの女性視聴者の心に刺さったのだろう。
また、3話では小雪(大島優子)が「そもそも料理は女がするもの、っていう考え方が好きじゃない」と発言している。2017年当時、少しずつ性別による役割分業の考え方が変化していたことを反映したセリフだ。このドラマは、一見するとまだまだ「昭和の価値観」に根ざしているようにも見えるが、実は2010年代の価値観の変化も織り込まれている。
いつ観てもおもしろい『東京タラレバ娘』
8年が経ち、社会の価値観は変わった。しかし『東京タラレバ娘』はいま観ても、やはりおもしろい。
もちろん、時代遅れに感じてしまう箇所もある。恋愛至上主義的な価値観や「女は若さがすべて」といった描かれ方は、少々、違和感があるかもしれない。だが、その背景にある「年齢を重ねることへの焦燥感」「恋愛や結婚に対するプレッシャー」は、令和も変わらず多くの人が抱える普遍的な感情だ。
「もしあのとき、こうしていたら」。タラレバを言ってしまうのは、人間の性だろう。だけど本当に大事なのは「いまを、どう生きるか」だ。
8年前の倫子たちは、東京オリンピックを人生の区切りにしようとした。しかし、すでにオリンピックは終わり、世界は変わった。現代に生きる私たちもまた、新しい「タラレバ」を抱えながら生きている。結局のところ『東京タラレバ娘』は、どの時代に観ても「いまの私たち」に突き刺さる物語なのだ。
ライター:北村有(Kitamura Yuu)
主にドラマや映画のレビュー、役者や監督インタビュー、書評コラムなどを担当するライター。可処分時間はドラマや映画鑑賞、読書に割いている。Twitter:@yuu_uu_