仕事も私生活も充実させられるような休息をとるためには、どうしたらいいのか。アメリカ・ロサンゼルス在住のジャーナリスト、河原千賀さんは「アメリカのビジネスエリートたちは、『休息力の向上』に力を入れている。ただ心身を休めるだけでなく、インテンション(意図)とアテンション(注意)を持って主体的に過ごすことが大事だ」という――。(第1回/全2回)
※本稿は、河原千賀『グーグル社員はなぜ日曜日に山で過ごすのか』(PHPビジネス新書)の一部を再編集したものです。
「有休は取らないが祝祭日はたっぷり」の日本人
米国の大手旅行サイト「エクスペディア」が毎年行なっている「世界11地域有給休暇・国際比較調査 2024年版」によると、日本で働く人の有給休暇の支給日数は年間平均が19日間(2023年)。そのうち年間平均12日間の有給休暇を取得していて、取得率は63パーセントだった。
この取得率は11地域の最下位で、これだけを見ると、日本人はやっぱり休暇を取れていない、と思える。
しかし、これは「有給休暇」の取得率に関してだ。ジェトロ(日本貿易振興機構)の2023年のデータによると、祝祭日数(17日)に限ればなんと世界トップ10に入っている。
日本は有給休暇以外に、祝祭日が多くあるのだ。そして「毎月、有給休暇を取得する人の割合」は、32パーセントと日本が世界一になる。
つまり日本人は、ヨーロッパ人のようにまとめて長期休暇を取るのではなく、毎月確実に休暇を取っている。そのためか、日本で働く人の56パーセントが、直近の休暇で「リフレッシュできた」と回答していて、これは11地域で最も高い割合だ。
休んでいても「休めた感」が持てていない
また、「2023年 世界の労働時間国別ランキング・推移」(OECD)によれば、日本の平均労働時間は1611時間で、主要国45カ国中31位。世界的に見て、突出して労働時間が長いわけではない。むしろ健全なほうだ。
「データブック国際労働比較2024年」(JILPT)を見ると、1988年では2092時間だったのが、同年の改正労働基準法の施行を契機に、労働時間は着実に減少を続けている。
実際、エクスペディアのアンケートに答えた日本で働く47パーセントの人が、「休み不足を感じていない」と回答をしている(図表1)。
それにもかかわらず、「休めた感」を持てていない人が一定数いるのはどうしてだろうか。
休暇の日数や労働時間を見れば、問題はなさそうだ。
しかし、2022年のエクスぺディアのアンケート調査では、「休暇中に連絡を遮断するか」という質問に対しては、「しない」と回答した人の割合が日本は38パーセントと世界1位になっている。
他の地域を2倍以上引き離しており、まだ休暇に対する後ろめたさが伺える。
休んでいるのに満足していないドイツ人、フランス人
ワーク・ライフ・バランス先進国であるヨーロッパ流の休み方は、働く人びとの「お手本」という印象がある。
8月になると仕事を休み、ロング・バケーションに出かけてしまうらしい。「開いてるお店が少ないから、8月のヨーロッパ諸国への旅行は、避けたほうがいい」といったアドバイスを聞くたびに、そんなに休めるヨーロッパ人が羨うらやましくなる。
さらにデンマークなど北欧を中心に、「週休3日制」の導入が広がっている。仕事の全体量を減らさず、「4日しっかり働いて、3日しっかり休もう」という取り組みだ(『デンマーク人はなぜ4時に帰っても成果を出せるのか』針貝有佳著、PHPビジネス新書)。
だが、データは真実を映す。先述の「世界11地域有給休暇・国際比較調査 2024年版」の対象国であるドイツは29日の有給休暇に対し27日取得、同じくフランスが有給休暇31日に対し29日取得、とどちらも有給休暇日の数、そしてその取得率が異様に高い。
にもかかわらず、「休み不足を感じていない」と回答した割合が低く、両国が下位の1位と2位を占めた。
アメリカのビジネス雑誌『フォーチュン』が「ドイツ人とフランス人は年間30日以上の休暇があるのに、その半分の休みしかないアメリカ人と比べて、よりバケーション不足を感じている」という、やけに長いタイトルの記事を発表しているほどである。
日本人からすれば「この人たちはどれだけ休めば満足なのか」と呆あきれてしまいそうだ。
ともかく、ヨーロッパのデータからも、有給休暇がたくさんあってその取得率が高くなること自体が、「休めた感」と比例するわけではないということがわかる。
「休み方」は豊かな人生に欠かせないスキル
どれだけ休日が増えようが、「休息の仕方」をマスターしていなければ、時間を無駄に過ごすだけだ。それどころか、人生まで捨てる非劇を招いてしまうかもしれない。
現代において、お金の運用と同じくらい、いや、それ以上に「休み方」は豊かな人生を送るために欠かせないスキルなのだ。
富を得ればいずれその状態が当たり前になって、満足できなくなる。休暇も増えれば増えるほど、(ドイツ人やフランス人がそう思うように)もっとほしくなる。
バケーション不足を感じる人だらけになれば、企業の生産性が下がり、国力にも大きな影響を与えるだろう。はたして解決策は存在するのか。
休みは「長ければいい」わけではない
UCLAビジネススクールのキャシー・ホームズ教授もまた、ワーク・ライフ・バランスに悩む一人だった。
キャリアアップと子育てに忙殺される日々を送る「時間貧乏」だった彼女は、仕事を辞めて、どこかの海辺でのんびりと過ごす「時間富豪」に憧れを抱いた。
そこで、キャシー教授は「もっと時間があれば、より幸せになれるのか」というテーマでリサーチを始めた。その結果は、アメリカでベストセラーになった『Happier Hour』(『「人生が充実する」時間のつかい方』松丸さとみ訳、翔泳社)にこう書かれている。
「自由な時間はなさすぎても、ありすぎても幸せを感じない」
休みが長ければ幸せになれる、とは限らない。これが彼女の結論だった。
休日の「長さ」よりも大切なもの
リサーチの結果から、キャシー教授は「幸せを感じるのは、休日の長さではなく、いかに『インテンション(意図)』と『アテンション(注意)』を持って、時間を過ごすか、が鍵となっている」と、世界的講演会TEDで話している。
自由な時間の「量」ではなく「質」が幸せを決める。そのために、目の前にある時間をいかに「意識的」に過ごせるかがポイントになりそうだ。
では、どのように休日を過ごせば良いのだろうか。
リフレッシュしながら「休んだ感」を満たし、仕事と私生活を充実させる方法を探るために、舞台をアメリカに移そう。
アメリカで注目されている「休息力」
私の住むアメリカでは今、テックワーカーやビジネスエリートの間で、「休息力の向上」に意識が向けられている。
アメリカ人は日本人と比べて、休み上手なイメージがあるが、現実はそうでもない。驚くほど野心に燃え、呆れるほどワーカホリックな人が多い。
エクスペディア調査では「有給休暇12日に対して11日取得」と、他国に比べて特別多く休んでいるわけでもない。
しかし、最近のアメリカ人は、意識して休日を過ごしている。
アメリカのビジネスエリートの休日
アメリカの華やかなテック企業での突然の大量レイオフ(一時解雇)。
誰もが、自分は例外だとは思っていない。自分がレイオフされなくても、その業界そのものが一晩で消えてなくなることさえありうる。
目の前にある仕事をこなしているだけでは、時代に後れを取ってしまう。そして、いつか自分のスキルは時代遅れになるか、アウトソーシングされるか、AI(人工知能)に代替されるかもしれない。自分の現状、そして将来への不安や悩みを、誰もが持っているのだ。
そんな彼らは、休日を迎えると何をしているのか――。
日常から離れてじっくりと戦略を練る
山に行き、森を歩き、自然の中で過ごす時間を意識して取る。
自然に触れることで得られる癒しの効果は、科学的に証明されている。しかし、その癒しの効果以外にも、彼らは何かを自然の中に求めているようだ。
心身を休めるだけではない。激変する世界に対応するために、いかにキャリアパスを見据えて、パフォーマンスを向上していけばいいのか、じっくりと戦略を練る。忙しく、騒がしい日常から離れて、静かに自分を見つめ、激変する時代の波をうまく乗りこなす「自己鍛錬」に励むように。
確実に言えることとして、彼らは、「毎月の定休日」を大事に過ごす日本人とも、ロング・バケーションを満喫するヨーロッパ人とも何かが違う「新時代の休み方」を実践している。
休み方を変えて「時代に反応する人」から「時代を創る人」になる
こうしたトレンドを、私は身をもって納得できる。
アメリカのカリフォルニア州立大学で心理学、大学院で教育心理学を学んだ私は、フルコミッション制の不動産エージェントとして約12年働いたのち、ロス・パドレス国立森林公園内の山々に囲まれたプライベートコミュニティに移住した。
私のようにキャリアチェンジして山で暮らす人や、週末にロサンゼルスの喧騒から逃れるために、山を訪れるビジネスパーソンにも数多く出会った。そして、名だたる世界企業のテックワーカーやビジネスエリートたちが実践する休息法・休養法について話を聞いてきた。
・スマホをしまい、平日のルーティーンから離れる
・1日1回瞑想をする
・ソロキャンプや登山などあえて「しんどい経験」をする
・ボランティア活動やスポーツを通してオウ(驚き体験)をする
このように休日を「インテンション(意図)」と「アテンション(注意)」を持って、主体的に過ごすことができれば、「休めた感」の充実につながるはずだ。
「世の中の情報が多過ぎて、何を信じて、何から取り組めばいいのかがわからない」
そんな焦りを感じるあなたが、休み方を変えるだけで、「リアクション(時代に反応する人)」から「プロアクション(時代を創る人)」に変わることができる。
AIが人間の仕事をするようになり、多くの職種で労働がアウトソーシングされれば、労働時間は短くなっていく。それに対して、やみくもに不安になるのではなく、新たに生まれた時間を使って「自己実現」を目指せる可能性が広がったと受け取るべきであろう。
働き方が根本的に変わろうとする過渡期に生きている私たちは、より良く生きるために「思考のシフト」を迫られているのだ。
河原 千賀(かわはら・ちか)
アメリカ在住ジャーナリスト
大阪生まれ。1988年よりアメリカ在住。大谷大学短期大学部幼児教育学科、カリフォルニア州立大学心理学部卒業、同大学院教育心理学部修士課程修了。アメリカ人と結婚し、3児の母となる。ロサンゼルスの幼稚園教師として勤務後、フルコミッション制の不動産エージェントに転職。離婚後、2018年より、ロス・パドレス国立森林公園内の、山々に囲まれたプライべートコミュニティに在住。星空の美しい自然の中で、人間として最高な人生とは何かを研究し、人間力を回復するための数々の活動を行なっている。著書に『グーグル社員はなぜ日曜日に山で過ごすのか』(PHPビジネス新書)