唯一無二の歌声を持ち、日本のみならず世界中を魅了しているシンガーソングライターのmilet。三木孝浩監督による最新作『知らないカノジョ』ではヒロインに抜擢され、映画初出演を果たした。主演の中島健人とせつなくも愛おしい恋物語を鮮やかにスクリーンに刻み込んだ彼女だが、これまで演技に挑戦する未来があるとは「思ってもみませんでした。自分が一番びっくりしています」と自分自身も“知らないmilet”を発見した様子。miletが役者業にチャレンジした理由。約1年の演技レッスンを経て飛び込んだ、新たな世界で得た喜びについて語った。
【写真】milet、キュートなミニルックで登場 インタビュー撮りおろしショット
◆役者業にトライした理由は?「デビューから5年。節目の年に新しいことに挑戦できた」
本作は、大学で出会い恋に落ちた小説家志望の神林リク(中島)を主人公に、歌手を目指す前園ミナミ(milet)と織りなすファンタジックなラブストーリー。結婚後、自身の夢を諦めたミナミのサポートもあり、リクはベストセラー作家となった。ある日、大喧嘩をした2人。翌朝目覚めるとリクの隣にミナミがいない。戸惑いながらもリクは街に出るが、街角には人気アーティスト“前園ミナミ”の巨大広告があふれていた。なんとそこは、「人気小説家の夫、それを支える妻」だった2人が、「大スターとただのファン」という関係に変わってしまった世界だった。
2019年にメジャーデビューし、翌年には「NHK紅白歌合戦」に初出場したmilet。パワフルかつエモーショナルな歌声で、幅広い世代を魅了している人気シンガーソングライターだ。以前『TANG タング』(22)の主題歌で作品をともにした三木監督が「この役をやれる人は彼女しかいない」と提案したことで、miletが本作のヒロインに抜擢された。映画初出演という一歩を踏み出した彼女だが、「まさか自分が役者さんのお仕事をするとは思ってもみませんでした。こんなに本格的にやらせていただけることになるなんて、自分でも意外です」と笑顔。チャレンジしてみようと決心した理由は、「私にセリフが話せるのかと心配でしたが、三木監督が自信を持って私のことを推してくださった。三木監督がそうおっしゃってくれるならば、やってみたいなと思いました」と監督の言葉に背中を押されたという。
「もともと『ソラニン』の頃から三木監督の作品が大好きだった」といい、「物語と音楽が美しく共存している映画を作られる方だなと思っていました。最初にオファーをいただいた時には、主題歌のお話かと思ったんですが…」とにっこり。「演じるミナミは、シンガーソングライター。三木監督が『miletちゃんのままで大丈夫。ミナミとしての基盤はあるので、探しながらミナミに出会っていける。心配しないで』と言ってくださいました」と感謝を伝える。
やると決めたら「基礎から学びたい」と1年間の演技レッスンをして撮影に臨むなど、ストイックさを発動させた。「プロの役者さんであっても、レッスンをし続けている。そんな中、私が学ばなければどうするんだという気持ちがありました」と意気込みつつ、「やればやるほど難しくて。無理かもしれない…と思う瞬間もあったり」と難しさを痛感したと照れ笑い。「私はやはり音から入る人間なのか、演技をする上でも声の表情が手がかりになっていきました」とレッスンを積み重ね、「デビューして5年。節目の年に新しいことに挑戦できたことがうれしいです。クランクインの前の日は、ものすごく緊張しました。新入生のような、まっさらな気持ちで現場に入りました」と清々しい表情で振り返る。
◆中島健人の涙は「美しすぎる」
演じたミナミは、愛するリクを支え続ける女性。一方の世界線では、成功した人気アーティストだ。演じる上では、「ミナミには、3つの顔があって。リクに向ける顔、仕事で見せる顔。そしておばあちゃんに見せる顔。その3つの顔がはっきりと違うということを、意識していました」と、対峙する相手によって「表情が違う」という点を大事にしたと話す。「お芝居をしていると、一人で練習をしていた時とはまったく違う表情が出てくることに気づいて。相手とセリフを交わし合うことで、自分の中でビビビッとくるものがたくさんありました。言葉のキャッチボールをすることで、私の発するセリフにも意味が生まれてくる」。
リク役の中島健人について「すごくジェントルでやさしくて、相手の変化に敏感に気づいてくれる方」と印象を口にしたmilet。「こちらがセリフの言い回しや声色を変えると、中島さんからまた違うボールが返ってくる。それによって私も投げるボールが変わってきたりと、お互いにどんどん違う顔を出していけるという快感がありました。中島さんが相手役で本当に救われたなと思いますし、お芝居が楽しいなと感じることができました。リクが中島さんで、本当によかった」と芝居のやり取りを通して、充実感を味わったという。
大学で出会ったリクとミナミの学生時代は、恋する喜びにあふれた輝かしいものだ。「楽しい青春時代。でもそれは一瞬にして終わっちゃった!」とmiletが話すように、結婚後に2人の気持ちはすれ違い、リクはミナミに心ない言葉をぶつけてしまう。「リクくんから怒鳴られて、胸が痛くなるようなシーンでした。そのシーンの撮影の後には、中島さんが『ごめん!』と言っていました(笑)」とリクの行動について、中島から謝罪があったと楽しそうに回顧。中島の芝居に感銘を受けるシーンばかりだったというが、とりわけ「涙がものすごくきれい。美しすぎる」とリクが涙する場面に惚れ惚れ。「中島さんの作品はこれまでにも何度も観させていただいていますが、リクのような等身大の役柄で、こんなにもピュアな涙を流している姿はあまり見たことがないなと感じたりもして。あるシーンでは、客席にいるリクくんがキラキラと涙を流しているのがステージ上からも見えて。その涙を目にして、歌にも気持ちを込めることができました」と心を一つにして作り上げた、感動的なシーンとなった。
リクとミナミの恋模様を丁寧に紡いだ2人。リクとミナミの関係性を築くために、撮影の合間には「お互いのことをよく話していた」とのこと。
「中島さんはいつも明るくて、私はずっとリクと接しているような気持ちでした。リクとミナミの学生時代のように、ふざけたりもしていました」と目尻を下げながら、「中島さんにとって、ソロになって初めての映画の撮影だったそうです。新しいことを始動させるタイミングとして、お仕事の話をすることもできました。同じソロアーティストとしての話もできて、とても心強かったです」とアーティストとしても、同志のような絆を育めたようだ。
◆どれだけステージが大きくなっても「誰か一人に向けて歌う」
miletは、ミナミに共鳴する部分が多かったと打ち明ける。
「ミナミには歌手になりたいという夢がありながらも、リクのために自分の夢を諦めます。私も同じ立場だったら、自分の夢を捨ててでも相手のことを応援するだろうなと思いました。また歌手として成功しているミナミが、家族と一緒に過ごす時間と、キャリアを広げていく展望の間で葛藤するところも、自分と重なります」と告白。続けて、「ミナミは一人のために歌うことができる人。私もどれだけたくさんの人がいても、そこは一人という存在が集まった場所なんだと考えていて。いつでも、“一人に向けて歌う”ということを大切にしています」とポリシーを述べる。東京2020オリンピックの閉会式という世界を舞台に堂々たるパフォーマンスをしたことも印象深いが、「ステージが大きくなればなるほど、“誰か一人のために”ということを大事に歌うようにしている」のだとか。「私が初めて歌に挑戦してみようと思ったきっかけが、当時少し落ち込んでしまっていた一人の友達に向けて歌を届けた時でした。その子に向けて歌った時に『miletちゃんの声にはパワーがある』と言ってくれて、その言葉に大きく背中を押されました」とmiletが歌う原点は、「誰かのために」という想いだ。
「誰かのために生きる」。それはまさに、本作のリクとミナミの関係性とリンクするものとなる。miletは今回、主題歌の「I still」と劇中歌「Nobody Knows」の2曲を書き下ろしており、そこには演じたミナミとしての想いがストレートに込められている。「キャラクターの心にぐっと踏み込んで曲を作ることができました。それはやはり、ミナミを演じたからこそできたこと。ここまで踏み込んだからこそ出会える、達観した歌の世界というものがあるんだなと気づきました」と役者としての経験が、シンガーソングライターとしてもmiletを新たな世界へと連れ出した。
「これまでにも映画やドラマの主題歌を書かせていただくこともありましたが、作品の一部になれるということには大きな喜びがあるものです。今回は“演じる”という立場で撮影に参加させていただき、毎日がとても楽しく、これは誰一人として欠けても作ることができなかった映画だと感じることができました。その一員になれたことが本当にうれしくて。チャンスがあれば、これからも役者業にチャレンジできたらいいなと思っています」と目を輝かせていた。(取材・文:成田おり枝 写真:高野広美)
映画『知らないカノジョ』は、2月28日より全国公開。