映画パーソナリティ・映画評論家の伊藤さとりさんが、お肌も心もぷるっと潤う映画を紹介する連載。今回は2月21日公開の『ブルータリスト』主演のエイドリアン・ブロディさん、フェリシティ・ジョーンズ、ガイ・ピアースさんにインタビュー! ※インタビューはオンラインにて行われたものになります
アカデミー賞10部門ノミネート 大作『ブルータリスト』
アカデミー賞10部門にノミネートされている話題作。建築家ラースロー(エイドリアン・ブロディ)は、ホロコーストから生き延びたものの、妻(フェリシティ・ジョーンズ)や姪と引き離される。家族で暮らすためにアメリカへ単身移住したラースローは、実業家ハリソン(ガイ・ピアース)と出会い礼拝堂の建築を依頼する。慣れないアメリカで、希望を胸に設計するラースローだが……。タイトルの由来はブルータリズムと呼ばれる建築様式。1950年代からイギリスで見られるようになってきたもので、ル・コルビジェやマルセル・ブロイヤーなどが取り入れている。
【伊藤さとりさんがインタビュー!】
主演のエイドリアン・ブロディさんに聞く
多くの人が共感できる作品
伊藤 まさにエイドリアンさんのために描かれた脚本にさえ感じました。ご自身がこの映画に出演したいと思った一番の決め手は何ですか。 エイドリアン とても美しく書かれた複雑な物語だからです。そして、脚本自体が、とても普遍的で共感できるものだったので、この物語に所属したいという気持ちからでした。映画には、移民での経験で現実と闘い、新しい土地に来て他人扱いを受けることが描かれています。そして彼らと同化しようと主人公は努力します。ガイ演じるアメリカ人実業家ハリソンが持つアーティストへの憧れと、私が演じるラースローの人生で大きな意味を持つ作品を残したいという願望が一致します。そして、これらはすべて、アメリカに来た移民である私の母と祖父母の闘いと犠牲において、とても共感できたのです。
まさに本作は、写真家の母とアーティストという私自身の旅でもあります。アーティストとして、そして私自身の作品として、かなり普遍的に関連していると感じています。多くの人に共感される作品です。
アメリカに移住した母や祖父母に共感
伊藤 特にご親族、おじいさまとおばあさまのお話が役に立ったと聞いております。どんなところがプラスになりましたか。 エイドリアン 素敵な質問ですね。多くの側面がある中で、特に祖父の訛りが50年代の男性の形式ばったアクセントなので、そのアクセントをそのまま役で使っています。それが私にとってはとても重要なことでした。
当時、母と曾祖父は全てを置いてアメリカへ移民をしました。一から自分たちの人生を始めなければ生きていけなかったのです。家も友人達も全て置いてこなければいけませんでした。以前から家族の話を聞いていましたが、その中で心に刺っているのは、当時、12歳か13歳だった母は、友人に知らせることも出来ず、お別れを告げることが出来なかったことです。その時、母はどんな気持ちだったのだろう?というのをずっと考えています。というのも、母に曾祖父が逃げると伝えたのが出発の24時間前だったからです。だから友人達にお別れを言うタイミングもなく、逃げる時もトウモロコシを積んだトラックのトウモロコシの下に隠れたそうです。夜だったこともあり、軍が照明弾を打ち上げていて、明るくして逃げる人を探して、逃げている人を撃つという状況下の中だったそうです。そんな状況での逃亡で、そういった沢山の経験をしていました。逃亡時もそうですが、アメリカへ移ってからの人生も厳しいものだったそうです。残念ながら、世界では同じように苦境に立たされている人たちが沢山います。だからこそ、私はこの物語に責任を持ちたいと思いました。
お気に入りのシーンは?
伊藤 最後にエイドリアンさんの、一番のお気に入りシーンを教えて下さい。 エイドリアン 映画には沢山のシーンがありますが、特に好きなのは、ラースローが、ハリソンの家でのクリスマスのお祝いに招かれて話すシーンです。その時、ハリソンはラースローに対して尊敬と好奇心と感謝の気持ちを抱いています。それはラースローが長い間、感じたことがない感覚でした。それこそ、ホロコーストを生き抜いて、仕事も、信念も、すべてを奪われたのですから。そして束の間の瞬間は彼らの間に、親近感と本当の尊敬の気持ちのようなものがあったのではないでしょうか。お互いに対するある種の敬愛、敬意のようなものがあったのではないかと思っています。これまでのラースローの辛い人生の中で一瞬、息が付けるというか、救済されるというか、苦悩から解放された美しい瞬間だったと思うので、僕が一番好きなシーンです。
フェリシティ・ジョーンズさん、ガイ・ピアースさんに聞く
出演を決めたきっかけは?
伊藤 お二人が本作に出演しようと思った決め手は何だったのでしょうか。 フェリシティ 素晴らしい脚本というのが理由です。脚本を受け取った瞬間から撮影に至るまで、ほとんど脚本には口を出しませんでした。だってそこには、人間の真実が詰まっていましたから。とても魅力的な内容でしたが、きっとブラディ(コーベット監督)は現場で予想外のことをするだろうと予感していました。そして、それを見事にやり遂げましたね。 ガイ 私も同じで、脚本から演じたいと思いました。それによりブラディ(監督兼脚本)がどんな映画監督なのかを知りました。脚本を読んで、彼の他の映画をいくつか見て、参加したいと強く思いました。
エルジェベートの役作り
伊藤 フェリシティさんは【エルジェーベト】を演じるにあたり、ハンガリー語や訛りある英語はもちろん、ホロコーストを経験した女性を体現する為に準備したことはありますか。 フェリシティ これは私にとって大きな問題でした。エルジェーベトが収容所で経験したトラウマのため、この種の役を演じるには、適切な精神状態にならなければいけませんでした。その経験がどのようなものかを理解したかったんです。彼女が経験したであろうこと、そしてそのトラウマがもたらした栄養失調という形が、どのように身体的に表れるかを理解するために、ある程度の調査が必要でした。観客が最初に目にする彼女の姿は、そういった意味で非常に辛いと思います。
それと言語についてですが、確かにアクセントや言語、身体の状態に関して技術的に要求が厳しかった分、大きな挑戦のようにも感じましたし、おそらく私がこれまで演じた役の中で最も難しい役であり、挑戦した役でした。 伊藤 壮絶な演技でした。
ハリソンの役作りの秘けつ
伊藤 ガイさんに質問ですが、今回の役【ハリソン】を演じるにあたり、戦後のアメリカの支配者階級について研究したと伺っています。特に役立ったこと、具体的に役に反映させたことを教えて下さい。 ガイ 白状すると、あまりリサーチをしませんでした。ブラディ(監督)と、当時のジョン・ロックフェラーのような人たちや、成功したビジネスマンで大金を稼ぐ人たちについて話しをしたくらいです。
彼らは文字通り、自分が世界の風景を変えていると思っています。同時に人々にある種の勇気づけもしています。彼らは通常の人よりも大胆になり、実際の自分よりも存在感を大きく感じています。けれどそこにはエゴがつきものです。だから演じるにあたって、エゴであったり、力を持ってしまったことで自分もそこに巻き込まれてしまい、結果、そのことで頭がいっぱいになってしまう部分があるのではないかと思って、今回の役作りに活かしました。ただ、このキャラクターは水面下では、実は無力感を感じているのではないかと思うんです。だからこそ、彼は強者でいる為に、人をコントロールしたい、自分がリードをしたいと思っているのかもしれません。それらに強い必要性を感じているキャラクターなのではないかと思います。
エイドリアン・ブロディとの共演について
伊藤 エイドリアン・ブロディさんと共演しての感想は。 フェリシティ 彼は物語に真実味をもたらしてくれるんです。そこに辿り着くまでのブレなさが本当に素晴らしいと思います。どういうことかと言うと、まさにそこに存在する、そこに居ることが素晴らしいと思える演技でした。この作品に関しては、エイドリアンに限らず、全員が本当に素晴らしかったと思います。それはこの作品が特別な作品だと皆が理解していて、皆が集中していたからだと思います。 ガイ 僕は正直、エイドリアンと一緒に仕事をするのに脅威を感じていましたよ。フェリシティとは以前一緒に仕事をしたことがあるので、少しも脅威だと思いませんでしたが、エイドリアンとは一緒に仕事をしたことがなかったからね。 フィリシティ 私は脅威を与えるのが好きなのよ。だってそうすると相手(共演者)から最高の演技を引き出せるからね(笑)
☑『ブルータリスト』 INFORMATION
2月21 日(金)よりTOHOシネマズ日比谷ほか全国公開!
【あらすじ】才能にあふれるハンガリー系ユダヤ人建築家のラースロー・トート(エイドリアン・ブロディ)は、第二次世界大戦下のホロコーストから生き延びたものの、妻エルジェーベト(フェリシティ・ジョーンズ)、姪ジョーフィア(ラフィー・キャシディ)と強制的に引き離されてしまう。
家族と新しい生活を始めるためにアメリカ・ペンシルベニアへと単身移住したラースローは、そこで裕福で著名な実業家ハリソン(ガイ・ピアース)と出会う。建築家ラースロー・トートのハンガリーでの輝かしい実績を知ったハリソンは、ラースローの才能を認め、彼の家族の早期アメリカ移住と引き換えに、あらゆる設備を備えた礼拝堂の設計と建築をラースローへ依頼した。
しかし、母国とは文化もルールも異なるアメリカでの設計作業には多くの障害が立ちはだかる。ラースローが希望を抱いたアメリカンドリームとはうらはらに、彼を待ち受けたのは大きな困難と代償だったのだ――。 2024/アメリカ、イギリス、ハンガリー/215分/R-15
監督・共同脚本・製作:ブラディ・コーベット
共同脚本:モナ・ファストヴォールド
出演:エイドリアン・ブロディ、フェリシティ・ジョーンズ、ガイ・ピアース、ジョー・アルウィン、ラフィー・キャシディ
配給:パルコ ユニバーサル映画
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