映画『知らないカノジョ』で、三木孝浩監督は中島健人の「これまで見たことのない顔」を引き出したかったと笑顔で語り、中島本人も「本当に素を引き出されました。あまりにも観たことない顔をしていて、恥ずかしいんです」と振り返った。中島のパブリックイメージといえば“王子様”なわけだが、ひとたび演技の世界に入れば、その顔をくしゃくしゃにして泣きじゃくり、はじけるような笑顔を見せ、そして打ちひしがれてやるせない姿まで見せてくれる。スクリーンで生き生きと息づいた中島について、「もしかして、生身の中島健人を三木監督は映したのでは」と錯覚するほどに。
同作は、『ラブ・セカンド・サイト はじまりは初恋のおわりから』を原作にした、ドラマティックなラブストーリー。最愛の女性ミナミ(milet)が自分のことを知らない、というパラレルな世界に迷い込んでしまったリク(中島)が、ミナミと自身の人生を取り戻すために奔走する姿を描く。ファンタジックな設定ながら、傷つきながらも無我夢中にミナミを追いかける、リクを演じた中島のひたむきな演技が胸を打つ。昨今、類を見ない大人が酔いしれられるラブストーリーへと昇華した。
FILMAGAでは手腕をいかんなく発揮した三木監督と、立役者の中島にロングインタビュー。取材中、思わず感極まって涙してしまいそうになった二人の熱い関係とともに堪能してほしい。
中島さんは10年以上も三木監督に憧れていたそうですね。『知らないカノジョ』で念願のお取り組みになりましたか?
三木監督:もうそんな触れ込みになっているんですね(笑)。
中島:そうですね、事実ですから!
三木監督:恐縮です。
三木監督のどんなところに憧れや魅力を感じていたんですか?
中島:大学時代、ゼミで一緒だった女の子たちが三木監督作品の話題ばかりしていたんですよ。新作が公開されると、「三木監督の作品観た!?」という感じで、本当に印象的で。僕も好きだったんですけど、「何がいいんだろう」と研究したんです。たどり着いた答えは、空気感でした。三木さんの作品でしか流れていない、ヴェールのようなものがあるんですよね。美しさもありながら、決して飾っているわけでなく、役者一人一人の素が引き出されていて。それらが全部つながって一つのヴェールになっているのが、三木監督の描き出す作品の魅力だと思っています。優しさが乗るとでも言うんでしょうか。
当時の僕は、特に『陽だまりの彼女』が強烈に印象に残っていました。(主演の)松本潤くんは、公開した頃は大人気グループ・嵐のメンバーだし、何より道明寺(※「花より男子」シリーズで演じた)のイメージがすごく強かった。そんな人が、どうしてここまでやさしい印象になれているんだろう、どれだけ三木監督はすごいんだろうと思ったんです。そこから追っていくと、『ぼくは明日、昨日のきみとデートする』も『フォルトゥナの瞳』も作風はそれぞれ違うけど、全部共通してやっぱり三木監督の空気が流れている。役者さんの飾りっ気のない素が出ていて、その人たちのパーソナリティが役を通して表現されているところがありました。だから、僕も早く引き出してほしい!!と強く思っていました。
三木監督:……もう、プレッシャーですよ(笑)。
中島さん熱い思いは、ずいぶん前から三木監督に向かっていたんですね。
三木監督:最初の衣装合わせぐらいから、熱い思いが伝わってきていましたね。
中島:だって! 僕の友達ばかりが三木さんの作品にいっぱい出ているんですよ。神木の隆(之介)もだし、「黒崎くん(の言いなりになんてならない)」のときにバーチー(千葉雄大)にも言いましたもん、「三木さんの作品に出たんでしょ!?」って。
三木監督:何なら小松菜奈ちゃんも出ているしねぇ。
中島:そう! バーチーにも「どうだった!?」と前のめりに聞きたかったけど、照れ隠しであまり聞けなくて……。自分のアプローチの数が足りなかったのか、なかなかご一緒できず。内心は、「俺にも絶対にできただろ、馬渕洸!!!(※『アオハライド』)」と思ったりもしましたし!
全員:(笑)。
中島:まじでいろいろ観てきたんですよそれでも、今このタイミングが必然だったと思います。三木さんとも「今のタイミングがベストだったんじゃないか」という話、しましたもんね?
三木監督:うんうん。
中島:僕は今年30歳になったんです(※取材日は2024年)。ここからのテーマは、音楽ではやっぱり自分から地続きの言葉を作品にして、皆さんの心に届けることが目標なんです。一方、映画やドラマの場合は、できるだけ自分の自然体の姿をしっかり届けることを目標に据えました。その一番最初の門みたいなものを三木監督と一緒に開けられたのが、すごくうれしかったです。……最初からすごく語っちゃってすみません(笑)。
本作を観ていても、リクが本来の中島さんじゃないかと錯覚してしまうほどでした。
中島:今回は本当に素を引き出されすぎました。映画の中で、僕があまりにも観たこともない顔していて、恥ずかしいんです。それぐらい、監督には赤裸々な自分を引き出していただきました。
三木監督は、一連の中島さんの思いをご存じだったということでしょうか?
三木監督:お話してから知りました(笑)。健人くんが『銀の匙 Silver Spoon』をやっているぐらいのタイミングで、知り合いのスタイリストから「健人くんはすごい良い子だから、いつかご一緒してほしい」と言われていて、そこから意識するようになりました。でもなかなかタイミングが合わず、やっと今作で、というのは健人くんがお話した通りです。こちらとしても、念願叶いました。……でも、それ以上に熱い思いが(笑)。
中島:(笑)。
三木監督:もしご一緒できるなら、スーパーアイドルとしてのパブリックイメージはありますけど、健人くんのそうじゃない魅力を引き出したいな、という思いはすごくありました。
『知らないカノジョ』のリク役でキャスティングした理由も、そこでしょうか?
三木監督:「これ、中島健人なんだ!?」と思わせたい、意外性というのが頭にありました。リクのキャラクターは、のび太くんというイメージだったんです。
中島:言われたとき、めっちゃ意外でしたもん。「のび太くん……だと!?」って。
三木監督:いろいろ間違えちゃうし、調子に乗っちゃうし、失敗すると泣きつくし、みたいなところはもうのび太くんなんだよね。映画版の『ドラえもん』では、成長して最後立ち上がるのび太くんに、感情移入していく。健人くんのスーパーアイドルの鎧をどう外すか、内面から出るものを見せてほしい、と思っていました。
中島:三木監督の作品に出演するからには、本当に足を引っ張りたくないと思っていたんです。だから参加する前に、自分の弱みや、役者をやっている上でのウィークポイントみたいなものを全部言いました。「こういうことが実は苦手で、感情をすぐに作るのができないタイプです」みたいな話もしました。
三木監督:全然そんなことなかったよね!?
全員:(笑)。
三木監督:スイッチが入りすぎて、「ちょっと待って、待って!」みたいな。
中島:いやあ、それは監督の手腕だからなので!
三木監督:いやいや!!
普段は感情をすぐに作れないけれど、三木監督の演出によりそうなれたという中島さんの主張ですね!
中島:監督の作品で失敗したくなかったですし、監督にとって誇れる役者でありたかったから、「どういうことをすればいいだろう。まずは自分のプライドみたいなものは一旦捨てて、1度人間としていろいろなお話をしよう」と思ったんです。だから衣装合わせの日に、監督にお話をさせていただきました。
その弱点は監督からしたら全然そう思わなかったと?
三木監督:はい、全然。芝居についてクオリティもテクニカルな部分も含めて「こうしなきゃ」と考えるのは、真面目なことの裏返しだと思うんです。だから逆に気負い過ぎないようにいてもらおうと思っていました。「このシーンをこうしなきゃ」と考えすぎずに、その場で感じるもの、相手からきたものを素で受け取るぐらいで、「リラックスしていてくれればいいよ」という感じで。楽しんでもらえるようにできたらな、と思っていたんですよね。
中島さんと三木監督の相性のよさなのか、生身の感じが映し出されていました。特に喜怒哀楽の “哀”の演技が忘れがたいのですが、三木監督はどのような演出をされたんですか?
三木監督:やっぱり弱さの部分ですよね。お芝居なんですけど、「ちゃんと弱さをさらけ出す」というお芝居になっちゃいけない。観ているお客さんがリクの反省している姿や辛さに寄り添うためには、リアルが乗っかってないといけないので。だからこそ、素の感情は大事にしてほしいと思っていました。作り込むことをなるべくしない方向で、リラックスして自然体でいてほしいと最初に話しました。きちんと話ができたからか、どんどんスイッチが入っちゃって。なんなら泣く予定じゃないシーンも泣いちゃってね。
中島:いやあ…そうなんですよね……!
三木監督:梶原恵介(桐谷健太)と話すシーンは、脚本上は泣く予定ではなかったんですけど、泣いている姿がすごく素敵で。ちゃんとリクとしてその場にいたら泣けてくるよな……という表情になっていたので、そのまま採用させてもらいました。
中島:うれしい!
三木監督:最後のライブシーンも、リハーサルでミナミが登場した瞬間に、もう感極まっていて「早いから!」って(笑)。健人くんはリハーサルはいらない、見ないでほしいなと思ったので、「帰って」とお願いして講堂から出て行ってもらいました(笑)。
中島:はい、僕帰らされましたもん。
あまり聞かないお話ですね!
三木監督:それぐらいリクの感情の発露がちゃんとできていたんです。だから芝居に関しては全然心配ないなと。新鮮に本番で感情を出してほしいから「もう見ないで、楽屋に帰ってください」と(笑)。
中島:待ち時間が長かったので、楽屋じゃなくて、さらに家に帰りましたから(笑)。
三木監督:そうそう、演奏シーンを撮るのに5時間くらいあったからね。
中島:1回フラットになって、お風呂に入って、リフレッシュして新鮮な気持ちで本番に臨みました。
三木監督:そこまで入り込めたのは、ミナミと過ごした時間がちゃんと素の感情として残っているからだと思います。キャストが多い作品ではないから、二人の時間がすごく長くて。二人の空気感を作るようにしたのはありましたかね。
中島さんご自身は、どうしてここまで入り込めたんだと思いますか?
中島:劇場映画において、自分の感情を100%解放する経験がこれまであまりなかったんです。作品のジャンル的に、キャラクター的に涙腺をゆるませないといけないみたいなことが(配信作品では)あったけど、劇場映画に対してはなくて。これが本当に初めての感情の解放でした。僕にとっては、本当に貴重な経験になりました。
なんで役に入り込めたかというと、三木監督が作ってくれた世界観の中で、僕とmiletさんがちゃんと心を通わすことができたからだと思っています。三木監督にもmiletさんにも本当に救われたんです。特にレストランのシーンは、相手がmiletだからできたと思っています。
レストランのシーンは、本作で1、2を争うくらい印象に残るシーンだと思います。
中島:もう……良かったですよ!
三木監督:僕も現場で泣いてました、リクと一緒になって。
中島:実は撮影中、1回だけ僕、止まっちゃったんです。ファーストシーンで行き過ぎちゃって。あのシーンは監督と一緒に「大切にしようね」と言っていたんですよね。
三木監督:そうだね。脚本を読んだ時点で、ここが僕の中ではリクが一番大事にしたいシーンだと伝えてあったので。
中島:それに対して、僕は構えてしまっていたんです。本当に丁寧にその日に対して挑もうと思っていたから、だから……1週間前くらいから緊張し出していて(苦笑)。1日1日撮るシーンも、そのシーンのことをちょっと考えて過ごしていく、みたいな。それでいざ当日になって、ファーストシーンのテイクで「あっ、いい感じに感情も作れた」となったんだけど、スケジュール的に時間がやばいとなってバタバタしたのもあって、1回構えてしまったんです。でも僕は監督に妥協のOKを絶対にいただきたくなかった。それだけが嫌で「やらせてください!」とお願いして、最後にワンチャンスいただきました。
本番が始まる7秒くらい前に、miletからそっと手を添えられて、「私たちは愛し合ってたんだよ」と言われたんです。で、「本番、よーい」となって、ドーン!!! と僕の感情が出ました。
それは……ドーンですね!
中島:もう、心の中は「うわああああ」となって。終わったら、監督も(泣いていた)。すごくそこは支え合えたというか。つながりがあったからこそ生まれたシーンだったなと思います。三木監督作品の中でそういう瞬間に出会えたことが、すごくうれしくて。滅多にないだろうなと思ったから、そこは一番幸せだったかもしれないですね。
三木監督:もう、今その話を聞いて僕はまた……。
監督が涙ぐんじゃっていますね! そうした神がかったシーンが織りなす作品だと。
三木監督:さらに言うと、そのシーンはいろいろな偶然が重なったんです。本当は外のテラスで撮る予定だったのに、あの日は雨と強風で急遽、室内での撮影に変更になって。現場はかなりドタバタしていて、ある種そういうトラブルがあったからこそ、みんながすっと集中していました。「時間がないからワンテイクを大事に作っていこう」となった感じがあり、みんなの集中力がぐっと増して。怪我の功名というのは何ですが、すごくいいシーンになったなと思います。
お相手のmiletさんにも助けられたというお話でした。miletさんは映画初出演ですが、バディとして中島さんはいかがでしたか?
中島:最初にお会いする前は、初出演ということは自分がちょっと引っ張らないといけない部分もあるんだろうというプレッシャーを勝手に感じていました。でも、全然必要なくて!
三木監督:もうめちゃめちゃ勘がいいというか。アーティストですし、気持ちを表出する・表現することに対してすっとできる方なんですよね。お芝居でもその感覚が鋭かったですし、現場でも「慣れない人がお芝居するから、うまく周りが支えよう」という感じではなかったんですよね。
中島:じゃなかったですね!
三木監督:ほかの女優さんに対してと何ら変わらず演出して、すっと応えているから「すご」と思いました。
中島:本当に、全然違和感がなかったです。レストランのシーンも、本当にmiletちゃんに引き出された感情だったから、試写を観終わった後に「あれは私の涙でもあるよね~」と言われて(笑)
三木監督:(笑)。
中島:「そうです!」と言いましたよ(笑)。いい掛け算ができたなあと思います。
実際、中島さんとmiletさんは演技においてこうしていくなど、共有していたんですか?
中島:miletとも考えていることとか、赤裸々にいろいろ話をしました。「本番、よーい、はい」でリクとミナミになるというよりも、普段の日常からそういうバイオリズムでいこう、という話を一番最初にしたんです。だから、波長が合わない日があっても、そういう日はきっとリクとミナミもそうなんだろうし、合う日はリクとミナミも合うんだろうし、と思えました。自然体のバイオリズムでいこうとやったのがよかったのかなと思います。
三木監督:そっか!だから最初、喧嘩したシーンの後、miletちゃんがすごく凹んでたよね。
中島:そうですよね(笑)。そのままでいくのは、僕は気にしたところでした。そこにちゃんと彼女が乗ってくれたんです。
三木監督:そのほうが、たぶんmiletちゃん的にもやりやすかったと思う。変にカットごとにスイッチ切り替ないほうが。
中島:相性が良かったのかもしれないですね。
三木監督の作品の特徴について、中島さんもお話されていましたが、どの作品も瑞々しく爽やかで透明感がある印象です。作品を撮る際に共通して大切にしているご自身の色や特徴のようなものはあるのでしょうか?
三木監督:僕は自分の作品をあまり客観視できないんですけど、毎回テーマにしていることは、特にはじめてご一緒するキャストに関しては、みんながまだ見たことのないその人の良さを引き出せたらいいなと思っています。そこを目標にして日々取り組んでいます。健人くんに関しても、今までお芝居をやってきた中で、まだ知らない健人くんの姿をお客さんに見せられたらと思っていました。今回はそこを見せるのに適したキャラクターだったと思うし、手応えとしては引き出せたと思っています。まだみんなが知らない健人くんがここにいるはずなので、ぜひ楽しみにしていてほしいです。
中島:うれしい!!
中島さんは30代に入って初の公開映画が『知らないカノジョ』になりました。ご自身にとっての意味、まもなく公開を迎える今の思いなど、率直に伺いたいです。
中島:18~19歳ぐらいのときから、ありがたいことに映画作品の中で中心に立たせていただく経験が多かったんです。けど、それが逆に自分に葛藤をすごく作ったというか…現場で自分が引っ張らないといけない責任意識みたいなものを感じた結果、大事なところで役の感情を見失う、という経験をしたことがあったんです。必要なタイミングでその感情が引き出せなかったことは、俳優としてはめちゃくちゃ悔しくて。だから、どうにかしてその殻を破らないと、自分は次のステップに進めないと思っていました。今回はずっと作品に参加させていただきたいと思っていた憧れの三木監督だったから、そこで自分の殻を破ることはどうしても必要でした。結果、殻を破れた感触がこの作品の中で自覚としてはあります。本当に大きな経験でした。
自分のターニングポイントである今年に、三木監督の作品に出演できて、さらに自分の殻を破れた。それはこれから過ごす30代の、この10年間の自信につながるんだろうなと思っています。今はだから……すごく安心しています。スタートを三木さんと一緒に走れて本当に良かったです。去年は本当にいろいろな音楽活動やチャレンジをやってきましたけど、この映画が一番最初の挑戦でした。過渡期を一緒に過ごしていただいて本当に感謝しています!公私ともに仲良くしてくださって出会いに感謝していますし、今後ともお世話になりたいです。
三木監督:本当によかった!こちらこそ、これからもよろしくです。
(取材、文:赤山恭子)
映画『知らないカノジョ』は、2025年2月28日(金)全国ロードショー。
出演:中島健人、milet、桐谷健太
監督:三木孝浩
原作:『ラブ・セカンド・サイト はじまりは初恋のおわりから』(原題:Mon Inconnue)(ユーゴ・ジェラン監督/2021年)
配給:ギャガ
公式サイト:https://gaga.ne.jp/shiranaikanojo/
(C)2025『知らないカノジョ』製作委員会
※2025年2月18日時点の情報です。