さまざまな事情から、災害時に自動車を避難場所として選ぶ人が増えています。
この記事では、車中泊をするときに必要なものや、知っておきたい注意点などを紹介します。
そもそも災害時に車での避難はNG?
災害時には、原則として徒歩で避難することが推奨されています。地震で道路がひび割れたり、停電で信号機が動かなくなったりして、交通が混乱していた場合に、車だと避難所までたどり着けない恐れがあるからです。
洪水などで車が水に浸かってしまうと、道路の真ん中で動けなくなる恐れもあります。やむを得ず乗り捨てた車が道をふさいでしまうと、徒歩で避難する人や、緊急車両の通行を妨げることにもなりかねません。
2011年に発生した東日本大震災では、避難しようとする車で道路が渋滞し、逃げ遅れる原因にもなりました。
一方で、徒歩での避難が難しいなどの事情がある場合、車で避難することは禁止されていません。沿岸には、津波警報が発令されてから徒歩で避難したのでは、高台まで逃げきるのが難しい地域もあります。
車で避難する人が多いことを想定し、車を分散する避難ルートを設定するなどの対策をはじめている自治体もあります。
高齢者や乳幼児、障がいのある人、妊産婦などがいる家庭では、徒歩で避難することが難しく、車での避難を検討することもあるでしょう。その際は、渋滞などの混乱を避けるためにも、「警戒レベル4 避難指示」よりもひとつ前の「警戒レベル3 高齢者等避難」で避難を開始するように心がけましょう。
災害時における車中泊のメリット
「平成28年熊本地震に関する県民アンケート調査結果報告書」によると、2016年に発生した熊本地震では、余震で建物が倒壊することを警戒して、自動車の中に避難したという人が、避難所に身を寄せた人を大きく上回りました。
車中泊を選んだ理由としては「余震が続き、車が一番安全と思ったため」に次いで、「プライバシーの問題により、避難所よりも車の方がよかったから」という声が多く寄せられています。「小さな子どもや体の不自由な家族がいるから」「ペットがいるから」「避難所がいっぱいだったから」などの理由で、車中泊を選択した人もいました。
出典:熊本県知事公室危機管理防災課「平成28年熊本地震に関する県民アンケート調査結果報告書」
災害時には、避難所に多くの人が集まります。周囲の人の話し声や足音が気になって眠れなかったという声や、逆に自分や家族の立てる生活音が周囲の迷惑になるのではと気になったという声も聞かれます。
プライバシーが保ちやすいのは、車中泊の大きなメリットといえるでしょう。
災害時における車中泊のデメリット
災害時の車中泊には、水道やトイレが遠くなるという生活面のデメリットがあります。車中泊をする場所によっては、災害に関する情報や、食料や水などの支援物資が届きにくくなる恐れもあります。
前述の熊本地震に関するアンケート調査では、駐車場での車中泊をした人がその避難場所を選んだ理由として、「トイレや水道が使えたから」「他にも避難者がいたから」「食事の提供などのサービスが受けられたから」という声が多くあがっています。
国や自治体は、避難所まで徒歩で避難することが難しい人がいることや、避難所に人が入りきらない事態などを想定して、自宅避難や車中避難をしている人を支援する方法を検討し、災害時に車中泊ができる駐車場を確保するなどの対策を進めています。
車中泊の注意点
車中泊には、健康や安全にかかわる重要な注意点があります。
エコノミークラス症候群
水分を十分にとらずに、飛行機や車の狭い座席に長時間座っていると、血行が悪くなり、足のふくらはぎなどに血栓(血管をつまらせる血のかたまり)ができやすくなります。
血栓が肺まで届き、血液中の酸素交換に重要な肺の血管をつまらせてしまうのが「肺血栓塞栓症」です。国際線のエコノミークラスで発症しやすいことから、エコノミークラス症候群とも呼ばれています。
災害時には、食事や飲み物が十分に摂れるとは限りません。そうした状況のなかで、車中泊で座った姿勢のまま眠ると、エコノミークラス症候群になるリスクが高まります。
夜はできるだけ車のシートを倒し、体を横にして休むようにしてください。車種によっては、座席を収納して荷室を広くし、マットを敷いて休む方法もあります。
車内に家族全員が横になるスペースを作れないときは、避難所も利用しつつ、一晩ずつ交代で車中泊をするなどしましょう。
エコノミークラス症候群を予防するためには、日中の過ごし方も大切です。ときどき車の外に出て、軽い体操やストレッチをして体を動かしましょう。
あまり体を動かせない人は、車の中で座った姿勢のまま、足のつま先やかかとの上げ下ろしをしたり、ふくらはぎをもんだりしてみてください。
また、災害時にはトイレを我慢しがちですが、水はこまめに飲みましょう。
寝るときはクッションなどを利用して、足を少し高く上げておくのも良いといわれています。
一酸化炭素中毒
車の排気ガスが車内に入りこむと、一酸化炭素中毒になる恐れがあります。一酸化炭素は無色で臭いもないため、濃度が上がっていることに気づかないまま意識を失って、命を落とすこともあります。
駐車中にエンジンをかけるアイドリングは、環境保護などの理由から都道府県の条例で禁止されていますが、災害時などのやむを得ない事情があるときは例外として認められています。
暑さや寒さから身を守るためにエンジンをかけたままにするときは、車のマフラー部分を建物の壁や草木、荷物などでふさがないよう気をつけましょう。
特に雪が降り積もっているときは、マフラーが雪に埋もれて一酸化炭素中毒になる危険が高まります。定期的にマフラーのまわりを雪かきしましょう。就寝時にはエンジンを切り、毛布や寝袋、湯たんぽなどで寒さをしのぐことも検討してください。
また、エアコンの外気導入でほかの車の排気ガスを吸い込んでしまわないように、車同士は間隔をとって駐車しましょう。定期的に窓を開けて換気を心がけることも大切です。
熱中症・低体温症
夏以外でも気温が高くなる日が増えています。エンジンを切って、窓を閉めきった車の中は短時間で気温が上昇しやすく、夜中や明け方でも熱中症になる危険があります。就寝中は体調の異変に気づきにくく、重症化しやすいので注意が必要です。
車中泊をするときは直射日光のあたらない日陰に車を停めたり、サンシェードを利用して日射しを遮ったりして、暑さ対策をしましょう。水はのどが渇いたと感じる前に、こまめに飲むようにしてください。
また、冬の車中泊では低体温症に注意が必要です。低体温症とは、体の深部体温が35℃以下まで低下した状態で、重症になると命を落とすこともあります。
日中はフリースやセーターの上にアウトドア用のジャケットを重ねるなどして、夜寝るときは毛布や寝袋を利用して、寒さから身を守りましょう。お湯が用意できれば、温かい飲み物やスープで体を内側から温めましょう。
就寝時の使い捨てカイロは、熱さに気づかず低温やけどをする恐れがあるので、控えたほうがよいとされています。
暑さや寒さが厳しいときは、無理をせずに車のエンジンをかけてエアコンを利用するか、冷暖房の効いた建物の中に避難してください。
防犯
災害時には、避難で無人になった家を狙う空き巣や、車上荒らし、女性や子どもへの暴力、性犯罪などが発生しています。
車中泊をするときは、暗く人気のない場所は避けて、街灯などのある明るい場所に車を停めましょう。明るくて眠れないと感じる人は、アイマスクをつけるとよいでしょう。
また、サンシェードやカーテンなどを利用して、車内に人がいるかいないか、起きているか眠っているかなど、中の様子を見えにくくすることも、防犯対策になります。
車内にいるときも、車のドアにはロックをかけましょう。
ただし、スマートキーでドアロックをかけた状態で、車内から手でドアを開けようとすると、防犯用のアラームがなる車もあります。スマートキーを使わずにドアロックをかけるか、ドアを開けるときもスマートキーでロックを解除するようにしましょう。
トイレに行くときは、家族や知人に声をかけるなどして、できるだけ一人で行動しないようにしてください。
災害時の車中泊におすすめのグッズ
車中泊をするときは、アウトドアグッズなどを利用して、車内の環境を整えましょう。
マット
車のシートを倒して折り畳みマットやエアマットを敷き、横になって眠れるスペースを作りましょう。座席と背もたれの段差が気になるときは、マットの下にタオルなどを敷いて、高さを調節しましょう。
カーテン、シェード
車の窓やフロントガラスの目隠しがあると、着替えなどがしやすくなります。ひもにバスタオルなどをかけて代用する方法もあります。
寝袋
キャンプや登山などに使うアウトドア用の寝袋は、布団よりもコンパクトに収納できるので、使わないときに場所をとりません。スペースに限りのある車中泊にも適しています。
耳栓、アイマスク
車中泊でも周囲の車のライトや、ドアを開け閉めする音などが気になるかもしれません。眠れないときは、耳栓やアイマスクを利用しましょう。
弾性ストッキング(着圧ソックス)
ふくらはぎに圧をかけて血流を改善する弾性ストッキングは、エコノミークラス症候群の予防に役立ちます。ただし、すでに血栓ができている場合など、着用を控えたほうがよい人もいます。健康に不安のある人は、医師に相談の上で着用してください。
なお、横になって休めるのであれば、就寝中に着用する必要はありません。
携帯トイレ
災害時には、トイレを借りる予定の施設が被災することもあります。トイレを我慢して水分を控えると、エコノミークラス症候群のリスクが高まるので、携帯トイレを用意しておきましょう。
ポータブルバッテリー
大容量のポータブルバッテリーがあると、車の中で扇風機や電気毛布などを利用することも可能です。ソーラー充電ができるタイプもあります。
車中泊できる場所を確認しておこう
コロナ禍のアウトドアブームを経て、キャンプや旅行などで車中泊をしたいという人が増えています。車中泊に利用される車種もさまざまで、座席がフルフラットになるタイプの軽自動車も登場しています。
一方で、車中泊ができる場所は、車での利用を前提としているオートキャンプ場や、「RVパーク」などの車中泊専用の駐車場に限られています。
駐車場やトイレが24時間利用できる道の駅は、基本的には休憩するための施設であり、仮眠は認められているものの「宿泊目的での駐車場の利用は遠慮してほしい」というのが国土交通省の見解です。高速道路のサービスエリア(SA)やパーキングエリア(PA)も同様で、駐車場は休憩するための場所です。
ただし一部、車中泊ができる駐車場を併設している道の駅や、高速道路のPAもあります。
普段から車中泊ができる場所は決して多くありませんが、災害時に限って、避難者に駐車場を開放する予定の公共施設や、商業施設もあります。自治体のサイトなどで、災害時に車中泊ができる場所を確認しておきましょう。
まとめ
災害時の車中泊は、エコノミークラス症候群や一酸化炭素中毒の危険を伴うため、推奨はされていません。しかし、事情があって車中泊を希望する人が取り残されないような対策も進んでいます。
災害時に車中泊をする人は、体調に十分注意しましょう。暑さや寒さなどの状況によっては、避難所など、建物の中に避難することも検討してください。
<執筆者プロフィル>
山見美穂子
フリーライター
岩手県釜石市生まれ。幼いころ両親から聞いた「津波てんでんこ」の場所は、高台の神社でした。