1. トップ
  2. おでかけ
  3. 呆れるほどプリミティブ!漫画家・江口寿史が、セルフビルド建築〈蟻鱒鳶ル〉に潜入

呆れるほどプリミティブ!漫画家・江口寿史が、セルフビルド建築〈蟻鱒鳶ル〉に潜入

  • 2025.2.5
呆れるほどプリミティブ!漫画家・江口寿史が、セルフビルド建築〈蟻鱒鳶ル〉に潜入

港区三田の一角にある坂道の途中。40㎡ほどの敷地に、地下1階、地上4階の鉄筋コンクリートビルが立っている。着工は2005年、そして2024年10月末にようやく完成した。設計はもちろん施工もすべて、建築家の岡啓輔さん自身が行ったというセルフビルドの建物だ。

蟻鱒鳶ルの外観
東京港区三田の聖坂に立つ〈蟻鱒鳶ル(ありますとんびる)〉。ビルの数十m先には丹下健三が設計した〈駐日クウェート大使館〉(1970)、向かいには岡さんの師匠筋にあたる大江宏設計の〈普連土学園〉(1968)と、名建築の多いエリア。

不揃いなコンクリートをつぎはぎしたような造形に、通りすがる人々はみな「なんだこれは!?」と圧倒される。クールな高層ビルを背景にした姿の、この揺るぎない存在感はどうだ。海外でも話題になっている〈蟻鱒鳶ル〉を訪ねたのは、以前からずっと気になっていたという漫画家の江口寿史さん。

建築も漫画も、すべてをコントロールできないから面白い

〈蟻鱒鳶ル〉岡啓輔、漫画家・江口寿史
建築家で施主の岡啓輔さん(左)と江口寿史さん(右)。
〈蟻鱒鳶ル〉外観
都会のまん中に作ったセルフビルドの鉄筋コンクリート建築。その名は、蟻、鱒、鳶(とんび)という生き物3種に、岡さんが好きな建築家でありコンクリート建築を象徴する、ル・コルビュジエの「ル」を足した。

江口寿史

うわ、想像以上にすごい。“すばらしい異様”ですね。存在は知っていたんですけど、20年も前から作り続けていたんだ……。ご自分で建てたっていうのは、設計だけじゃなくて、大工的な仕事も含めてということですか?

岡啓輔

そうなんです。地下の穴掘りから始まって、コンクリートを成形する型枠を作るのも、その中に鉄筋を組むのも僕。コンクリートも、ホームセンターでセメントを買ってきて、水と砂利と砂を加えて現場で練って、人力で型枠に流し込んで、という完全な自作です。

江口

ということは、この建物の全貌も最初から頭の中にあった?

おおまかな絵を描いて、建物として成り立つかどうかという構造計算はプロに依頼しました。でも、窓がどこにどう付くとか、内装がどうとかっていう細かいことは、作りながら考えます。

そもそも、普通のビルとは作り方が違うんです。高さ70cmという、人力で扱えるサイズの型枠を作って、それを1段ずつ下から打設しています。

江口

最初に外枠を作るんじゃなくて、地階から順に、下から上へ?

そうです。数段作っては「もっといい方法があったかも」と反省したり新しいアイデアを加味したりして、最終的にどうなるかは自分でもわからないままでした。

江口

そうすると、例えば強度とかは……。

いろんな専門家が見に来てくれましたが、この作り方なら大丈夫、と。コンクリート自体も200年、300年もつと言われています。実は一般的なものよりはるかに固く作ってあるんです。

〈蟻鱒鳶ル〉岡啓輔
建築家の岡啓輔さん。穿いているパンツに施されたカラフルな刺繍は岡さんの手仕事。「縫い始めて10年かな。まだ途中。元のズボン地が見えなくなるまで縫えたら完成です」。
漫画家・江口寿史
漫画家の江口寿史さん。「作り始めて20年間でしょう?スパンが長いってカッコいいですね。ドラマがあります」。
〈蟻鱒鳶ル〉岡啓輔、漫画家・江口寿史
「この家のコックピット」と岡さんが言う3~4階の踊り場。天井から下がっているのは、人間国宝が作った竹の「蛇籠」を型にして作ったオブジェ。本来は中に石を詰めて川に入れ、川の流れを変えるもの。

岡さんが建築を学び始めたのは10代のころ。その後、土工職人から鳶職人、鉄筋工に型枠大工、住宅の大工まで……ありとあらゆる経験を積み、専門技術を身につけた。コンクリートの建築というと、水平垂直の四角いすっきりした造形を想い浮かべる人も多いだろうけれど、岡さんによれば、実はこの自由すぎる造形こそが、コンクリート建築の真骨頂。「型枠の形や、流し込む時の細工によって、現場で自由な形を生み出せる」という特性を生かしたものだ。

江口

すげーカッコいいなあ。しかも、ここに住むんですよね。

はい、2階以上が自宅で1階はいずれ店舗にする予定です。ただ、これから1年間は曳家工事が始まるので中に入れないんですよ。三田の都市再開発の影響で、道路を拡張するために10mほど斜め後ろへセットバックしなくちゃならなくて。

江口

えっ、そうなんですか。曳家っていうのは具体的には?

建物の周囲20×20mの範囲を地下6mくらい掘って、鉄のレールを敷いて油圧で建物ごと動かすらしいですよ。でも、近隣では「子どもたちを集めて紐で引っぱらせてほしい」っていう声もあるようで。

江口

紐でひっぱる?人力で?

はい。東京の町中だと実際には難しいだろうけれど、重さ120~130トンくらいなので不可能ではないんです。青森の弘前城でも、400トン近くある天守を綱引きみたいに人力で引っ張って移動させてるんですよ。

〈蟻鱒鳶ル〉外観
現在、曳家工事に向けて準備中の〈蟻鱒鳶ル〉を道路と反対側から見る。曳家した後は、「階段に手すりをつけるとか、孔が開いてるところを窓にするとか、ちょこちょこ仕上げが必要です」と岡さん。
〈蟻鱒鳶ル〉外観
窓の形はさまざま。「家の前の坂道を行き来する人たちからよく見えるように作った窓もあるし、東京タワーを望む位置に、タワーの形をを逆さにした窓を作ったりもしました。でも曳家された時点で、その必然はなくなってしまうんですけどね」。

——と、なんだかスケールの大きな話をしながら建物内へ。江口さんが見上げている天井には、なにやら古代遺跡のような模様が……。

蟻鱒鳶ルの天井を見上げる岡啓輔と江口寿史
地階。天井を見上げると古代遺跡のような意匠。

江口

岡さん、これは?

友達が山形の小国峠からやまぶどうの蔓をワシャーッと持ってきてくれたんで、それをぐるぐる巻きにしたものを型枠に置いて、コンクリートを流し込んだんです。小さい子供が見たら泣き叫ぶような怖い天井にしようと思ったんですよね。

江口

(笑)。じゃあこっちの、つるつるの大理石みたいな質感になっている天井は?

これは型枠に秘密があります。普通の型枠はコンパネ(コンクリートパネル)という、ベニヤに防腐剤を浸み込ませたもので作るんです。ただ、僕は長年型枠職人を続けた結果、化学物質過敏症になってしまって。どうしようって考えた末に、「型枠自体をビニールで巻いてガードする」という策を思いついた。型枠の上に薄さ0.1mmの農業用ビニールシートを巻いてから、コンクリートを流し込んでいます。

〈蟻鱒鳶ル〉の壁と窓
ビニールハウスに使われる農業用のビニールシートで型枠を包み、コンクリートを流す方法を編み出した。つるつるに磨いた石のような、不思議な質感。

江口

このツヤツヤとか、ギュッとシワになっているのはビニールの跡なんですね、面白いな。そういうのって完全にコントロールできるものなんですか?

コントロールはできてないですね。盆栽とか陶芸とかの感じに近いです。予想してなかった方向に行くのが面白かったりする。

江口

あ、わかります。僕も最初に考えていたストーリーからどんどん外れていくことが多い。特にマンガだと、僕はだいたいラストの展開はあえて決めずに残しておくんです。描いている途中でアイデアが変わることもあるし、最後までカッチリ決めすぎると、ただそれをなぞるだけになってしまって、つまらないから。

頭でぐるぐる考えて作るのもいいけど、その場の勢いや偶然でものが生まれるのは楽しいですよね。そうやって作ったものは、人工物と思えない感じがする。いや、人工物でしかないんですけど、たぶん、それだけじゃないんです。

〈蟻鱒鳶ル〉岡啓輔、漫画家・江口寿史
江口「なんだかわからないけどワクワクして面白い。ここで映画が撮れそう」
〈蟻鱒鳶ル〉の壁
通常は捨てる木片を集めて作った型枠で打設したコンクリート壁。「頭ではなく手で作った造形。作っていて楽しかった」と岡さん。
〈蟻鱒鳶ル〉内観
窓枠やドアには頑丈でコストを抑えられる鉄を使った。複雑な造形や溶接加工は友人たちによるもの。
〈蟻鱒鳶ル〉屋上
屋上階の「天窓」。曳家工事が終わったら、2階寝室の天井(3階の床)の一部にもガラスを貼り、2階寝室から空が見えるようにする予定。

たくさんの人の手を借りて作った「即興的建築」とは?

江口

20年かかるというのは、最初から想定していたんですか?

最初は3年くらいで完成かなと思っていて。でも、とんでもなかった。地下を掘るための見積もりを出してもらったら、4トントラック100杯分の土が出るって言われて気が遠くなりました。しかも、どの業者も素人の僕とは付き合ってくれませんでした。だけど、動かなきゃ始まらない。僕がスコップで掘り始めたら誰かが助けてくれるだろう、と。そしたら本当に「バイトの合間だったら手伝いに行けるよ」と言ってくれる人たちが現れて。スコップで1時間カシャカシャ掘ってくれるだけでも確実に進みますから、すごくありがたかった。今振り返ると、この時の作業が一番楽しかったかも(笑)。

〈蟻鱒鳶ル〉は岡さんのセルフビルドである。が、さまざまな友人知人に手伝ってもらい、即興で作り上げた部分も多く、そのことが建物の大きな個性にもなっている。玄関のドアや窓枠を鉄で作ったのは、「知り合いの大工。鉄の溶接もそんなに得意ではないけれど、窓を素人作業でどう造れるか考えてくれたすごい友人」や「ものを作ること自体を研究している哲学者のような知人」たち。学生やアルバイトの若者たちは、地面を掘ったりコンクリートの打設を手伝ったりしてくれた。

〈蟻鱒鳶ル〉外観
岡さんが建築に興味を持ったきっかけは、小学1年のころに『バベルの塔』の話を聞いたこと。「あれは塔づくりに失敗する話だけど“僕なら失敗しないのにな”って、失敗しない塔の造り方を考え始めたんです。河原の石を拾ってきて丸く並べる。田んぼの土を採ってきてその上に敷く、石を並べる、土を敷く……を繰り返して、子供の背丈くらいの塔をいっぱい作っていました。20年かけて〈蟻鱒鳶ル〉を作ったのも、その延長なのかもしれません」。

江口さんのところはスタッフがいっぱいいるんですか?

江口

僕、ひとりですよ。でも個展のライブドローイングで縦横2mとかの大きい絵を描く時は、お客さんに少しずつ塗ってもらったりもしています。僕が描いてるだけだとお客さんも退屈するだろうし、輪郭の中を塗るだけなら誰でもできるから。一度やってみたら、みんなが喜んで次々に参加してくれて、僕も楽しくなっちゃった。以来、ライブドローイングでは時々そうしてるんです。

即興はたのしいですよね。江口さんは、今までに建築に関わったことはありますか?

江口

僕、地元が九州なんですけど、昔の大人って自分の家の小屋くらいは作ってたじゃないですか。その手伝いはよくしていました。素人設計というか、無計画な感じが楽しかったな。

ものを作ることの原点ですよね。子供の時に作った秘密基地みたいな。

江口

それそれ!このビルのことも秘密基地みたいだなって思ってた!こんなに規格外でちょっと呆れるほどプリミティブなことを、このスケールでやるっていうのがすばらしいです。でも岡さんはきっと、〈蟻鱒鳶ル〉が一段落したら、また何か作るんですよね。

やっぱりコンクリートに思い入れがあるので、例えばコンクリートの祭りみたいなことを立ち上げられたらいいな、と考え中です。あとは、もっと建築を作ることが流行ればいいのに、って真剣に思ってますね。

江口

がんばってほしいな、見守っています。曳家が終わったらまた遊びに来ますね。

〈蟻鱒鳶ル〉岡啓輔、漫画家・江口寿史

profile

岡 啓輔

おか・けいすけ/1965年、福岡県生まれ。一級建築士、高山建築学校管理。2005年、40歳で東京都港区三田の聖坂に〈蟻鱒鳶ル〉を着工。著書に『バベる!自力でビルを建てる男』(筑摩書房)。「子どものころから地元の美術館に通うことと、マンガを読むことを糧に育った」そうで、大ファンの江口寿史さんに会えて実は感激しきり。

profile

江口寿史

えぐち・ひさし/1956年、熊本県生まれ。漫画家、イラストレーター。代表作に『ストップ!! ひばりくん!』『すすめ!!パイレーツ』『江口寿史の爆発ディナーショー』など。東京の風景に溶け込んだ“彼女”を描いた2023年のイラスト展「東京彼女」など、街の風景や建物を描いた作品も多い。

元記事で読む
の記事をもっとみる