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衣装に見る、デヴィッド・リンチの芸術。映画史に残る名キャラクターたちが纏ったルックをプレイバック

  • 2025.2.2

デヴィッド・リンチの作品には常に──ほかにいい言葉が思いつかないのだが──ある「ムード」がある。「ツイン・ピークス」(1990-1991)や『ブルーベルベット』(1986)、『マルホランド・ドライブ』(2001)、『ワイルド・アット・ハート』(1990)など、そのどれもに独特のリンチらしさがあるが、“何が”そうさせるのかを正確に特定するのは難しい。ユーモアとペーソス、温かみと不条理のユニークな融合のせいなのか。それとも、日常と幻想の間にある微妙な境界線が描かれているせいなのか。彼の特異なヴィジョンを表現する上で、「Lynchian(リンチ的)」という言葉は非常に便利ではあるが、それをはっきりと定義するのは不可能に近い。批評家のデヴィッド・エルリッヒが言うように、これ以上の芸術的遺産はないだろう。

リンチが自身のイマジネーションを体現するために頼りにしたのは、映画監督の武器のひとつである(時に過小評価されがちな)“衣装”という芸術だ。『ブルーベルベット』でイザベラ・ロッセリーニが演じたラウンジ歌手、ドロシー・ヴァレンスが纏った煌びやかな黒のホルターネックドレスや、『マルホランド・ドライブ』で初めてロサンゼルスにやってきた田舎少女ベティの初々しいカーディガン。「ツイン・ピークス」のオードリー・ホーンが着ていたセーターやチェック柄スカートに漂う破壊的な愛らしさ、あるいはクーパー捜査官のネイビーのスーツやベージュのオーバーコートに見るプロポーションの微妙なずれ。リンチは装いに隠された意味に惹きつけられていたが、その解釈はいつも少し歪んでおり、不気味の谷現象をも引き起こすような衣装の数々は「外見上は完璧で純情でありながら、その奥によりダークで恐ろしい一面を秘めている」ことに対する彼の関心を反映していた。リンチは、スタイルを駆使して人物の実体を描き出す真の達人だったのだ。

デヴィッド・リンチとファッションの不可分な関係

『ブルーベルベット』のドロシー・ヴァレンス。
BLUE VELVET, Angelo Badalamenti (at piano), Isabella Rossellini, 1986. ©De Laurentis Group/Courtesy『ブルーベルベット』のドロシー・ヴァレンス。
「ツイン・ピークス」のオードリー・ホーン。
TWIN PEAKS, Sherilyn Fenn, 1990-1991「ツイン・ピークス」のオードリー・ホーン。

そんなリンチが世界中のファッションデザイナーにとって北極星のような役割を果たしてきたのも不思議ではなく、彼が与えたインスピレーションはランウェイにさまざまな形で表現されてきた。ラフ・シモンズRAF SIMONS)は、2019-20年秋冬ショーでリンチ作品のスチール写真をセーターやコートにフィーチャー。フロントローにも現れたローラ・ダーンが、写真の使用許可を得る手助けをしてくれたという。コム デ ギャルソンCOMME des GARÇONS)の2016年春夏コレクションは川久保玲の夫であるエイドリアン・ジョフィーによると「誤解されながらも、世の中に善をもたらそうとするパワフルな女性」に敬意を表したもので、それはある意味、リンチ的な女性像だとも言えるだろう。ショーでは鮮やかな青のベルベット素材で仕立てられた一連のルックが登場し、ロイ・オービソンの名曲「ブルーベルベット」が流れた。

そのほかにも、シモンズがデザインしたカルバン クラインCALVIN KLEIN)のコレクションからアレッサンドロ・ミケーレ期のグッチGUCCI)まで、リンチの影響はここ数十年で最も影響力のあるデザイナーの作品からも感じ取ることができる。ミケーレに至っては、2016-17年秋冬のメンズウェアショーで「ツイン・ピークス」の“赤い部屋”を彷彿させるセットを用いたほど。それに、“ログ・レディ”ことマーガレット・ランターマンが全身ミケーレのルックに身を包んでいる姿も容易に想像できる。一方、バレンシアガBALENCIAGA)のデムナが2018年春夏コレクションのムードボードの中心に掲げたのは、クーパー捜査官パリのブローニュの森で開かれたショーは、クーパー捜査官を演じたカイル・マクラクランが駆けつけたことでも話題になった。リンチ自身もまた、ケンゾーKENZO2014-15年秋冬ショーの迷路のようなセットとサウンドトラックでウンベルト・リオンキャロル・リムコラボレーションしたり、グッチやジル サンダーサンローランのフレグランス広告を監督したりと、ファッション界にも数々の作品を遺している。

1984年、ロンドンでのリンチ。
David Lynch1984年、ロンドンでのリンチ。
1988年、ラスベガスでのリンチとイザベラ・ロッセリーニ。
ShoWest Convention1988年、ラスベガスでのリンチとイザベラ・ロッセリーニ。
1989年、ロサンゼルスにて。
Portrait Of David Lynch1989年、ロサンゼルスにて。
2019年、ロサンゼルスでのリンチ。
AFI Conservatory's 50th Anniversary Celebration2019年、ロサンゼルスでのリンチ。
1990年、「ツイン・ピークス」の撮影現場にて。
DAVID LYNCH1990年、「ツイン・ピークス」の撮影現場にて。
1984年、ロサンゼルスのオフィスにて。
Portrait Session1984年、ロサンゼルスのオフィスにて。
1986年、パッカード車の前で。
Portrait Of David Lynch In Front Of Packard1986年、パッカード車の前で。

そして、リンチのパーソナルなスタイルといえば、若い頃に着用していたレザーのボンバージャケットやゆったりとしたパンツ、ややくたっとしたテーラードジャケットなどを思い浮かべることができる。リンチのお決まりの服装はスラックスにジャケット、そしてノーネクタイで一番上の台襟ボタンまで留めたシャツ。細部にまでこだわり抜かれていて、それでいて意外性もあるという点で、彼の作品とファッションには通じるところがあるのかもしれない。

ここでは、リンチによる伝説的な作品のなかから、最もスタイリッシュな登場人物とそのコスチュームに光を当てたい。

1. 「ツイン・ピークス」(1990-1991)/オードリー・ホーン

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社会現象をも巻き起こした不朽の名ドラマ「ツイン・ピークス」でシェリリン・フェン演じる問題児のオードリー・ホーンが初めて登場するとき、彼女は父親にマウント・サイ高校まで送ってもらうと、ロッカーに直行してブローグシューズから真っ赤なヒールに履き替える。本作で最も印象的なパフォーマンスの序章にふさわしいシーンだ。『ヘザース/ベロニカの熱い日』(1988)の衣装を想起させるスクールガール調のセーターとチェック柄スカートを纏った彼女は静かにもスタイルアイコンとなり、今もなおハロウィーンの仮装にしばし参考にされている。

2. 『ワイルド・アット・ハート』(1990)/ルーラ・ペイス・フォーチュン

WILD AT HEART, Laura Dern, 1990, © Samuel Goldwyn/courtesy Everett Collection
WILD AT HEART, Laura Dern, 1990, © Samuel Goldwyn/courtesy Everett Collection
WILD AT HEART, Laura Dern, Nicolas Cage, 1990
WILD AT HEART, Laura Dern, 1990, © Samuel Goldwyn/courtesy Everett Collection

『ワイルド・アット・ハート』にはゾクっとするシーンがたくさんあるが、ローラ・ダーン演じるルーラ・ペイス・フォーチュンのグラマラスなスタイルは、この映画を真のカルト的名作にした狂気じみたバイオレンスとユーモアと同じくらい衝撃的なものだった。真っ赤なヒールとブラックレースのキャミソールドレスや、ローカットの水玉模様のミニドレス、80年代風のピンクドレスまで、衣装デザイナーのエイミー・ストフスキーが作り上げたルックはリンチの全作品の中でも最も印象深いものとなっている。

3. 『マルホランド・ドライブ』(2001)/リタ

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MULHOLLAND DRIVE, Laura Harring, 2001, (c) Universal/courtesy Everett Collection
MULHOLLAND DRIVE, Naomi Watts, Laura Harring, 2001, (c) Universal/courtesy Everett Collection

交通事故で記憶喪失になり、女優志望のベティと奇妙に絡み合っていくミステリアスな女性リタになりきったローラ・ハリングは、『マルホランド・ドライブ』に見る熱を帯びたセクシュアリティの精神を表現する存在。そしてそれは、セクシーなブラックドレスやハリのある白シャツといった、衣装デザイナーのエイミー・ストフスキーが監修したワードローブを通じて巧妙に演出されている。

4. 『ブルーベルベット』(1986)/ドロシー・ヴァレンス

BLUE VELVET, Kyle MacLachlan, Isabella Rossellini, 1986. (c) De Laurentis Group/ Courtesy: Everett C
BLUE VELVET, Isabella Rossellini, 1986, © De Laurentiis Entertainment Group/courtesy Everett Collect

『ブルーベルベット』のドロシー・ヴァレンス役を務めたイザベラ・ロッセリーニは、リンチ的なキャラクターの切り替えを鋭く捉えた。そしてその切り替えを支えたのは、パトリシア・ノリスがデザインしたコスチュームだ。ドロシーはスロー・クラブのステージで黒のドレスを着てパフォーマンスをした後、自宅に戻ると青いベルベットのローブに着替え、デニス・ホッパー演じるフランク・ブースから与えられるおぞましい苦しみに耐える。ドロシーを取り巻くロマンスと悲劇の世界を映し出す、巧みな衣装チェンジだ。

5. 「ツイン・ピークス」(1990-1991)/デイル・クーパー捜査官

TWIN PEAKS, Kyle MacLachlan, 1990-91, (c)Spelling Entertainment/courtesy Everett Collection
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TWIN PEAKS: FIRE WALK WITH ME, Harry Dean Stanton, Kyle MacLachlan, 1992, (c)New Line Cinemas/courte

デイル・クーパー捜査官役は、“ノームコア”が誕生するずっと前から、ノームコアに身を包んでいた。しかし、ネイビーのスーツにネクタイ、時折ウールのオーバーコートやオーバーサイズのトレンチコートを羽織るという古典的な(そして匿名性を強調した)FBI捜査官の制服には、リンチならではの考え抜かれた意図がある。それは彼の癖のある言葉選びや立ち振る舞いにコントラストを効かせているだけでなく、物語が進むにつれて崩壊する自我を表している。

6. 『デューン/砂の惑星』(1984)/レディ・ジェシカ

DUNE, Francesca Annis, 1984, ©Universal/courtesy Everett Collection
DUNE, Francesca Annis, Kyle MacLachlan, 1984
DUNE, Francesca Annis, 1984, (c)Universal/courtesy Everett Collection

SF大作『デューン/砂の惑星』のファイナルカット版をめぐってスタジオと対立したリンチは本作を失敗作としたかもしれないが、彼はデザイナーのボブ・リングウッドとともに今もなお語り継がれる独創的なコスチュームの数々を生み出した。フェイド・ロイタ役のスティングのルックも賞賛に値するが、最も芸術的な衣装はレディ・ジェシカ役のフランチェスカ・アニスが纏ったもの。この世のものとは思えない女神を連想させるガウンに加え、手の込んだヘアスタイルは、一度見たら忘れられないほどのインパクトを放つ。

7. 『ワイルド・アット・ハート』(1990)/セイラー

WILD AT HEART, from left: Willem Dafoe, Nicolas Cage, 1990, © Samuel Goldwyn/courtesy Everett Collec
WILD AT HEART, Nicolas Cage, 1990, (c) Samuel Goldwyn/courtesy Everett Collection
WILD AT HEART, Laura Dern, Nicolas Cage, 1990, (c) Samuel Goldwyn/courtesy Everett Collection

ニコラス・ケイジが『ワイルド・アット・ハート』のセイラー役ほどクールに映ったことはあるだろうか。角ばったサングラスに黒のベルト付きデニム、そしてもちろんあのヘビ柄のジャケットを纏った彼の姿は、ルーラのファッションを完璧に引き立てた。なかでもヘビ柄のジャケットは、アルチュザラALTUZARRA)の2017年春夏コレクションケイトKHAITE)の2023年春夏コレクションの出発点となったほどアイコニックなものだ。

8. 『ロスト・ハイウェイ』(1997)/アリス

LOST HIGHWAY, Patricia Arquette, 1997, © October Films/courtesy Everett Collection
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LOST HIGHWAY, Patricia Arquette, Bill Pullman, 1997, (c)October Films/courtesy Everett Collection

『ロスト・ハイウェイ』でレネエ・マディソンとアリス・ウェイクフィールドの二役を演じたパトリシア・アークエットは、リンチが思い描くファム・ファタールを見事に表現してみせた。不気味なアリス役で彼女が身につけた40年代のヴェロニカ・レイク風のウィッグや妖しげな白一色のルックもだが、レネエが寝室で着ていた赤いサテンのスリップドレスもまた、二人のキャラクター設定を語る上で特筆に値するディテールだ。

Text: Liam Hess Adaptation: Motoko Fujita

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