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結果ではなく、過程にこそ答えがある。 人生100年時代における「若さ」とは【連載・ヴォーグ ジャパンアーカイブ】

  • 2025.2.1
Photograph_ Patrick Demarchelier Model:Vanessa Axente
Photograph: Patrick Demarchelier Model:Vanessa Axente

私たち100年生きるんだから、 50歳になったら2度目の人生の始まりだよ! 早く離婚して新しい恋人を見つけなきゃ、などと真顔で語る人が急に増えたのは2010年代の終わり頃のことだ。そう、リンダ・グラットンの著作『LIFE SHIFT──100年時代の人生戦略』(2016年)が大ヒットした影響である。1972年生まれの私は、幼少期から「人生80年」と聞いて育った。周囲の人々の大半はなぜか、疑いもなく80代まで生きると信じているようだった。寿命と信じられているものが、リンダの本のおかげで一気に20年も延びたわけだ。みんな閻魔様から余命の延長通知でも来たみたいに喜んでいる。

まず学校に通い、卒業したら働き、40年ほど会社に尽くして、60歳で定年後は老後の静かな暮らしを、という人生設計はもはや過去のもの。リンダ曰く、これからは何歳だろうと学びつつ働きつつ別の仕事もしつつ休みを楽しみつつ、組織ではなく世の中の役に立つ専門性を身につけ続けることが肝心らしい。知人の精神科医が言っていたが、昔の中学生が悩んだことを今の大学生が悩み、昔の高校生が悩んだことを今は25歳や30歳ぐらいで悩んでいるという。人生100年時代、思春期が長くなったのだと。40代で経験する中年の危機(ミッドライフクライシス:自分はもう中年なのにこのままでいいのだろうかと焦り悩み、落ち込んだり奇行に走ったりすること)も50〜60代になるかもしれない。それは果たして加齢が減速して、若くいられる期間が延びたということなのだろうか。

そもそも加齢は生きることそのものであり、美は万物流転を惜しむ気持ちがあるからこそ感じるものだ。成体になるまでは加齢を成長と呼ぶため気づきにくいが、私たちは生涯「より若くなく」なり続けている。今この瞬間の私はさっきの私よりも加齢していて、次の瞬間の私よりも老いていない。 その連続運動の中で何かを塗ったり食べたりして「若さを保つ」というのは微笑ましいが、正確な表現ではないだろう。美容は「美しく加齢する」ことにほかならず、「美しく」加齢するとは、時を惜しみつつ変化を尊ぶことである。だから若くいるために美容を頑張るという発想はナンセンスで、より上手に加齢するために美容を頑張るのである。美容は加齢活動だと言ってもよかろう。

では、心の若さについてはどうだろう。まだ、自分の持ち時間は100年あるなんていう幻想が人々を魅了する前の2013年の2月号でも、心の若さにはかなりのページ数を費やしている。年齢に抗わず、重ねた時間が自身をどれほど聡明で魅力的にしてくれたかを寿ぐ姿勢を讃えている。それが若々しさなのだと。そして登場する人生経験豊かな「いつまでも若い」著名人たちも、皆口々に変化し続ける喜びを語っている。当時83歳の草間彌生さんと90歳の瀬戸内寂聴さんの表情は、まさにキラキラとした生命の潤いにあふれている。私たちは皆、どういうわけかこの世に生まれてきて死ぬまで生きることになるわけだが、何一つ知らずに生まれてきたものだから、最初はとにかく驚いたり面白がったり知りたがったりしている。赤ん坊や子どもは24時間そうやって世界を発見している研究者である。でも、いつしか「もうすべて知っている」になり、他人に「そんなことも知らないのか」とか言うようになる。草間さんの瞳には、赤ん坊が初めて光を見たときの驚きが湛えられているのだ。

微笑む瀬戸内さんの瞳は「まだまだ知りたい、もっと書きたい」と躍っている。それがお二人が魅力的な理由だろう。先日21歳の息子と、何歳になっても子どもの自分を失わずにいることは大事だよねという話をした。子どもの自分って、幼稚さという意味ではないのだが。すると彼が 「自分であることがauthenticなのは大事だね」と言った。正真正銘の自分自身であること、本物の自分であることという意味で言ったのだと思うが、いわゆる「自分らしさ」とはまた違う。このauthenticという表現はとてもいいと思った。彼は私よりも若さの本質をよくわかっている。

渡辺三津子編集長のエディターズレターで引用されている草間さんの言葉が素敵だ。「求めれば求めるほど、星は遠く見える。歳をとるにつれて、それを追いかける自分の姿を、鋭く強くたくましくしたいと思うんです」。宇宙は膨張し続けているから、星はどんどん遠くなっている。一番遠くに見える星は、一番古い宇宙の姿だ。130億年以上も前に消えてしまったものの残像をなぜ人類は苦労して見ようとするのだろう。自分の体も大切な人の命も、この広い宇宙もやがては全て消えてしまう。そうと知らずにいることのなんと素朴で美しいことか。そうと知って生きる姿のなんと誇らかで愛おしいことか。人生100年の皮算用をするのもいいが、1秒と130億年の間できらりと瞬くエナジーを燃やしてみるのも素敵なことだろう。

Photos: Shinsuke Kojima (magazine) Text: Keiko Kojima Editor: Gen Arai

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