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パレスチナ人アーティストが語る解放。バッシャール・ムラードが「生きることは抵抗の形」と話す理由

  • 2025.1.30
今回の来日では、東京を拠点にパレスチナに連帯するアーティストやデザイナーとコラボレーションプロジェクトを実施。本プロジェクトで製作された衣装を着用し、撮影が行われた。セーター/WATANABE MIKU トライアングルネックレス イヤリング/すべてBLACK TRIANGLE DESIGN
bashar_vogue_layout_2_final2今回の来日では、東京を拠点にパレスチナに連帯するアーティストやデザイナーとコラボレーションプロジェクトを実施。本プロジェクトで製作された衣装を着用し、撮影が行われた。セーター/WATANABE MIKU トライアングルネックレス イヤリング/すべてBLACK TRIANGLE DESIGN

イスラエルとハマスの停戦が発効した日、頭のなかにたくさんの顔が浮かんでは消えていった。そのうちのひとりがバッシャール・ムラードだった。2023年10月7日以降の世界で、その存在を知った人。東京に滞在中の12月に話を聞くことができた。

着付け/YOKO SAWA 着物/ROAM MIDI RIOT 帯 アクセサリー/すべてPALESTINIAN EMBROIDERY OBI PROJECT
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この世の中で、パレスチナ人であるということが何を意味するのか。私たちには想像することしかできない。占領の元に置かれ、移動を制限され、空から落ちてくる爆弾の恐怖とともに生きること、愛する人や家族の安全を常に気にし続けること、世界に介入を求めても無視され続けること、それでも声を上げ続けること、こういう人生を想像しようとしても上手くいかない。ムラードと初めて会ったとき、私はこの状況を止めることができない世界を代表して申し訳ない気持ちでいっぱいだった。

彼は過去のインタビューで、「人々に説教する教育者や教授にはなりたくない。音楽を通じて、さりげなくさまざまなことを語りたい」と話していた。けれど私は、抑圧の元に置かれた人が“さりげなさ”を持たなければならないこと自体にフェアでないものを感じていた。

「今パレスチナで起きていることは、パレスチナ人だけじゃなくて全人類が反対するべきことなのに、どうしてパレスチナ人の自分にそれについて語るなと言えるんだろう? とは思っている。(戦闘が激化してからの)この1年半、関係を切らなければならなくなった友人もいた。今起きていることを見ないふりができる人は自分にとって必要な存在なのか。苦い気持ちになることもあるけれど、リアリティチェックでもある」と語り、この考えはアメリカへの留学経験によって培ったものだ、とムラードは言う。

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「バージニアにあるリベラルアーツの大学で、6人しかいない留学生の一人だった。パレスチナと言うと『パキスタン?』と聞き返されるような場所で、パレスチナについて酷いことを言われるのを聞いたりもした。でも当時の友人の一人が、今もソーシャルメディアを通じてパレスチナに連帯する声を上げてくれている」

2010年代、大学進学を機に移り住んだアメリカの地方で、メディア、教育、ポップカルチャーを通じて刷り込まれたアラブ人やパレスチナ人についての偏見から人々が脱却するのには、時間がかかることを学んだ。「説教的になりたくない」という姿勢は、この経験に由来する。

さらにムラードは、「クィアである」ことが西洋の文脈で武器化されることがある、とも話す。「クィアコミュニティを利用して、自分たちを進歩的に見せる戦略を使ってきたイスラエルのように、パレスチナをピンクウォッシュするつもりはない。けれど、世界のほかの場所だってホモフォビアにあふれている。アメリカではトランスジェンダーの人々が攻撃に晒され、反トランスジェンダー的な法律を導入することで、ゲイやクィアの解放運動が勝ち得てきた進歩を後退させる動きがある。それは、どれか一つのマイノリティグループに対する抑圧を正当化する(ことで、ほかのグループの抑圧を非難する)ことはできないということでもある」

ニット/TRASHY CLOTHING ネックレス イヤリング/すべてBLACK TRIANGLE DESIGN
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ムラードが生まれたのは1993年、オスロ合意が署名された年でもある。「多くの人たちは、パレスチナが今のような状況に陥ったのは1年半前(2023年10月7日)だと思っているけれど、そうじゃない。1948年に始まったという人もいれば、もっと前からという人もいる。僕が生まれたときは、オスロ合意によって平和が訪れるといわれた時代だった。でも現状を見てほしい、そうはならなかった」

ミュージシャンを父に持ち、その肩に乗せられてスタジオやコンサートに出入りした。「そこには楽器があって、おもちゃのように遊んだ。やみくもにやってたけど楽器を触ったり、歌ったりすることは好きだったから、学校ではコーラス隊や楽団に入った。ほかの子どもたちと“違う”ことからいじめられたりもしたんだけど、ステージに立って歌うと、みんなが自分のことを好いてくれた。占領下で暮らし、学校でいじめられて、自分だけが違うと感じて……。そういうときでも、一人で歌ったり踊ったり、ハミングしたりすることが癒しで、そのうちそれに作曲が加わった」

人と知り合うことが難しかった留学中も、オープンマイクのイベントで歌うと喜んでもらえたそう。「自分の部屋でカメラやレコーダーに向かって声を吹き込んだり、ブリトニー・スピアーズの振り付けを真似したり、そんな瞬間はいつも平和な気持ちだったし、一番自分らしい時間だった」

キャミソール/TRASHY CLOTHING パンツ レッグウォーマー/すべてWATANABE MIKU アクセサリー/BLACK TRIANGLE DESIGN
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卒業後、ムラードはパレスチナに帰ることにした。「アメリカで期待していたような体験をしなかったこともあるけれど、ふるさとが恋しかった。だけど帰ってみたら、今度はまた外から戻ったことによる逆のカルチャーショックを受けた。それまでは学校というバブルのなかに生きていたけれど、働かなければいけなかったから。エルサレムに住んで、ヨルダン側西側のラマラに通勤していたときは、毎日壁で囲まれた検問所を通過するために2時間を過ごしていて、自分の人生を無駄にしているような気持ちだった。この体験が音楽を作ることに自分を駆り立てたとも思う」

占領下に生まれたムラードの音楽は、そんな環境下で培われてきている。「周りで何が起きていても、現実を処理する方法を見つけるしかないし、生きるしかない。生きることは一つの抵抗の形だから。人はさまざまな生きる方法を探していて、それは物理的な抵抗だけじゃなく、文化を維持すること、音楽を継承することがアイデンティティを維持し、歴史と接続し、未来の世代に残すことになったりもする。全ては政治的であり、政治的と非政治的を切り分けるのはラグジュアリーだと思う」

マスク オブジェクト ドレス/すべてNIZIKA TAMURA
bashar_vogue_layout_5マスク オブジェクト ドレス/すべてNIZIKA TAMURA

ムラードの音楽には、悲しさや怒りだけではない幾重もの感情のレイヤーがあり、そこにはユーモアすら存在する。ラマラの検問所を通過するために待っているときも、誰かがジョークを言い出してみんなで笑うようなことがあった、と教えてくれた。「パレスチナの歴史において、過去1年半はとりわけ暗い時間だったと思うし、ユーモアを持ち続けることは簡単じゃなかった。だけど、爆弾が落ちてないとき人々が笑ったり微笑んだりするのを見る。だって残された時間がどれだけだとしても、生きることを愛するのが人間だし、それがヒューマニティだから。悲観や絶望するときももちろんあるけど、パレスチナの人々の姿や彼らが経験していることを見て、諦めるとか希望を持てないと思うことを恥じるんだ」

「すべてのムードや感情に合う音楽を作りたい。泣きたいこともあるし、踊りたいときもある。踊りながら泣きたいときだって。自分のパーソナルな体験を感じてほしいし、踊らせたいし、フルスペクトラムの感情を感じてほしい」そう語る彼が、アーティストとして自分の役割を見つける機会となった詩がある。2023年12月6日に殺された詩人リフアト・アルアライールの『If I must die(わたしが死なねばならないとしても)』だ。

「自分の作品に即時的な効果はない、意味がないと感じてしまうとき、自分の役割は生き続けられないかもしれない人たちのために、ストーリーを伝え続けることなんだって思えるようになった」と振り返る。

帽子 ジャケット/すべてRAW WALNUT メッシュトップ/SUPER-KIKI パンツ/WATANABE MIKU アクセサリー/BLACK TRIANGLE DESIGN
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最後に、ムラードにとって「解放」の意味を聞いた。「土地の解放だという人もいるし、停戦だという人もいる。でも自分にとってこういうことは最低限の条件で、ガザへの攻撃と包囲を止め、占領状態を終え、難民になったパレスチナ人らの帰る権利を認め、ほかの人間と同じように尊厳を持って生きられるようにすること。心の解放でもある。私たちみんなが平等で、宗教や肌の色、階級で分断されず、互いを人間として見ることができる世界、それが解放だと思う」

Photos: Courtesy of WAIFU(Produce: Maiko Asami from WAIFU / BLACK TRIANGLE DESIGN Photos: Hiroshi Asakura & Mika Nits Pettersson Post Production: Dtouch London Styling: Bunta Shimizu Makeup: Azusa Furihata Special Thanks: 見た目!, Sonya Yokota, Hanae Arrour Takahashi, Profoto Japan) Text: Yumiko Sakuma Editor: Nanami Kobayashi

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