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注目の俳優ソン・ユテクさんに聞く、韓国の演劇・ミュージカルカルチャー

  • 2025.1.28

韓国エンタメといえば、K-POPにドラマ、映画、WEBTOONとさまざまなジャンルで日本を席巻している。その「次」として注目されるのが韓国の「演劇・ミュージカル」だ。前編では、2024年11月に日本初上陸を果たした韓国ミュージカル「OZ」で圧倒的な存在感を放った俳優ソン・ユテクさんにインタビューを敢行。「OZ」が日韓の演劇・ミュージカルシーンに与えたインパクトを紐解く。

韓国ミュージカル「OZ」――次世代エンターテインメントの旗手

まず、「OZ」について解説しよう。「OZ」は2023年に韓国で初演され、その革新的な演出とAIを題材にしたキャッチーなテーマにより、韓国国内で大反響を記録した。その勢いのまま日本に進出し、オリジナルキャストしてソン・ユテクが継続出演。さらに今野大輝(7MEN侍)や藤岡真威人などのフレッシュなメンバーが参加して、チケットは即完売。

「OZ」は、ファンタジー小説「オズの魔法使い」をモチーフにしながら、VR(仮想現実)ゲーム・“オズ”を舞台に、ユーザーである人間と、AI(人工知能)キャラクターの友情が描かれる。現実世界よりもVRゲームの世界のほうが楽だと感じる主人公ジュンは、オズの中で人間のような感情と心を欲しがるAI・ブリキと出会い、ストーリーが進展する中で2人は共に成長し、何が本当の“心”であるかを問いかける。

なんといっても注目はその革新的な演出だ。キャストが突然、観客に話しかけたり、設定となっているゲームに観客を巻きこんでアクションを要求したり、作品の世界観に観客を物理的に巻きこんでいく。さらに劇中にはスマートフォンでの撮影が許可されるシーンがあり、観客がその場の感動をSNSで共有できるという新しい試みも話題を呼んだ(韓国版のみ)。

そう聞くとアトラクションめいたエンタメをイメージしてしまうが、実際は、ソン・ユテクさんをはじめとした役者たちの圧倒的な歌唱力や心揺さぶるセリフによって、ミュージカルとしてもドラマとしても観客に大いなる感動を与えてくれる作品なのだ。

言葉の壁を越えるソン・ユテクの挑戦

オリジナル版の出演者でもあり、日本版では日本人のキャストやスタッフたちと日本語で演じるという難役に挑んだソン・ユテクさん。本人はその挑戦をどのように受けとめたのか。

ソン・ユテクさんHarumari Inc.

「まず、『OZ』はいわゆる創作ものなので、まだ一度も世に出ていない作品ですし、観客参加型の部分もあったりするので、お客様がどう捉えてくれるのかということについては期待と不安がありました。

結果、韓国ではお客様に大変良い意味で受け入れてもらったんですが、それはひとえに作品の力と、スタッフのチームワークだと思います。それが、さらに日本で公演すること、さらに私が日本語で演じるということになって、期待と不安が増幅したのは事実ですね(笑)。

でも、実際に日本のキャストの皆さんと公演を作っていく過程で、自分は韓国人で、かつ結構年の差もあったりしたんですが、すごく良いチームワークができたと思うし、公演の間もずっとその団結を維持することができました。思った以上に力を発揮できたんじゃないかなと思ってます」(ソン・ユテクさん※以下ソン)

日本語でセリフを話し、歌うという難易度の高い演技をごく自然にこなしていたソンさんだったが、語学習得には相当な苦労があったという。

「韓国では大学入学試験という人生最大の試練があるのですが、その受験勉強よりももっと頑張っていたと思います(笑)。僕の日本語が日本の皆さんに受け入れていただけたのは大変光栄ですが、結局、大切なのは、言語ではなくて、ボディランゲージや歌唱を含めて表現全体で伝え切ることだと思います。実際、稽古の時も、今野さんや藤岡さんとのやりとりの中で、言葉じゃないところで通じ合える部分を感じていたし、彼らと一緒に表現を作り上げていくという意識になってからは、日本語もさらに上達していったんです」(ソン)

確かに、演劇の魅力は、目の前で展開されるセリフの応酬だけでなく、その場の空間自体の世界観や、舞台の上の役者たちの身体そのものから迸る感情を真正面から受け取ることに醍醐味がある。さらにミュージカルとなれば、歌唱表現の感動が、言語の壁を一気に越える。インタラクティブな演出で、観客はよりディープにフィクションの世界に没入しながらも、生身の人間たちの圧倒的な表現力でドラマに釘付けになる。そういう意味では、仮に韓国語であったとしても日本人の観客に対して「OZ」の世界観やメッセージは十分に伝わったかもしれない。そういうポテンシャルを感じる演出だった。

観客の参加で完成する。「OZ」の新しい演劇としての革新性

さて、韓国のミュージカル界は、ニューヨークのブロードウェイやロンドンのウェストエンドにも負けない勢いで成長している。特に「大学路」と呼ばれる演劇街は、大小さまざまな劇場が軒を連ね、新しい才能の発掘と実験的な作品の発表の場となっている。日本では、商業的に安定した作品が多く上演される傾向が強いのに対し、なぜ韓国では「OZ」のような挑戦的な作品が多いのだろうか。

「『OZ』のような(インタラクティブな演出のある)作品は、ここ数年で増えてきた印象があります。そもそも、言語を含めて演劇のバリュエーションは私がこのキャリアを始めてからどんどん増えていっていると思います。韓国にも日本と同様、海外からのライセンスを得た公演もあれば、オリジナルの作品もあります。また、日本では、2.5次元のような、漫画原作の舞台化の作品が人気だとも聞いています。そうした多様な作品の一環として、『OZ』のような作品も、日本でも、韓国でも増えていくのではないでしょうか」(ソン)

「OZ」のように観客の参加や没入を要求する演出は、エンタテイメントとしての楽しさがある一方で、作品性が埋没していたり、フィクションとリアルが曖昧になったりすることで逆に観客が興ざめしてしまうリスクも少なくない。ソンさんは役者としてそうした問題をどのように捉えているのだろうか?

「参加型の舞台の場合、どんなお客様も拒否感を持たないように作らなくてはいけないという役者としての使命があると感じています。『私は静かに物語を楽しみたい』という方もいらっしゃるので、そうした方にも自然に楽しめる流れを作ること。それは、やはりドラマとしての設定がしっかり作られていることが大事で、今回は、仮想空間のゲームが舞台であり、お客様もそのゲームに参加しているという設定なので、その作品の世界観をしっかり作り込んで、役者としてもその世界に入り込んでいくことは常に考えていました」(ソン)

もちろん、「OZ」がミュージカルの新しい演出を施していることは、予め理解している観客がほとんどではある。それには観客たちのSNSでのコミュニケーションが大いに影響したという。

「僕は日本のXなどのSNSを見たりする機会はないのですが、共演者に聞いたら、ある時から、『OZ』を観たお客様たちが、『この部分はこういうふうに答えるんですよ』みたいな感じでXで共有して、それが広がっていったと聞きました。韓国もそうでしたけど、『OZ』はお客様と一緒に作り上げる作品なんだなというのを改めて実感しました」(ソン)

「観客と一緒に作り上げる」というのは新しいエンタメの象徴的なキーワードである。演劇・ミュージカルには、舞台と客席という空間的ヒエラルキーがあり、舞台上で演者が演じる表現を客席で鑑賞するというのが通常のスタイルだ。それに対し「OZ」はドラマであり、演劇・ミュージカルとしての作品性をもったまま、「観客の参加」が作品を完成する最後で最重要のピースになっている。ここが「OZ」の革新性であり、演劇の新しい可能性でもある。

劇中のスマホ撮影はOK?演劇の伝統と革新の狭間

「OZ」のもうひとつの革新性は、韓国での上演において劇中の一部のシーンに限ってスマホ撮影を許可しているという点。この点について、役者としてはどう感じているのだろうか?

「これはとても難しい問題です。韓国でも(劇中のスマホ撮影については)議論がありました。少なくとも、劇中ずっとOKにしてしまうと作品に集中できなくなってしまいます。だから、劇の最後で、ということになったんですが、ここも演劇の考え方にはいろんな意見があると思います。やはり、役者は、最後は拍手をいただくことで喜びを感じますし、作品としての完成を感じられます。だから、(韓国版の)『OZ』では、一度、カーテンコールをしたあとに、新たに始めるエピローグのシーンで撮影OKということになりました」(ソン)

日本でもカーテンコール後のトークコーナーを撮影OKにする劇団もでてきているが、やはり肖像権などの課題や、演出面でも不都合が生まれやすい。「観客との一体感のある演劇」という魅力的なテーマが、今後乗り越えなければいけないハードルであることは間違いない。

最後に、日本公演を終えた感想と、ソン・ユテクさんの今後の展望について聞いた。

「千秋楽の挨拶で、ジュン役のタイキ君が、このメンバーでまたやりたいんですっていうご挨拶をされたじゃないですか。それを聞いた時に、本当に感動しましたし、自分たちが過ごした時間が無駄ではなくて、本当に積み重なって大事な時間だったんだなって、すごく嬉しかったです。公演期間が短かった(7日間)のが、とても残念ですね(笑)」(ソン)

また、日本の読者に韓国のミュージカルのすすめを語ってくれた。

「私自身、今回の公演を通じて、感動は言語の壁を越えることを実感しました。韓国ではたくさんのクリエーターや作家が、どんどん面白い作品を発表しています。そうした作品がもっと日本で上演されることを願っていますし、また、私自身も日本の演劇やミュージカルをもっと知って、機会があれば役者として挑戦してみたいと思いました。

それに、やはり作品を通じてその国の文化に触れることも楽しさのひとつだと思います。僕自身も、日本人のスタッフさんとの交流を通じて日本の文化の良さをたくさん知ることができました。だから、皆さんにも韓国に旅行に来たときは、言語の壁を気にせずに、ぜひ韓国の演劇やミュージカルをみていただきたいですね」(ソン)

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