今年4月に開催される「大阪・関西万博」。その英国政府代表を務めるキャロリン・デービッドソンさんは、同じく外交官の夫、トマス・カーターさんと交替で大使を務める「ジョブシェア大使」という働き方を始めた先駆者だ。デービッドソンさんの目に日本の現状はどう映るのか、国際教育評論家の村田学さんが取材した――。(後編/全2回)
キャロリン・デービッドソンさん
「大阪・関西万博」英国代表、前在大阪英国総領事。イギリス北部のマンチェスター出身。外国語を学ぶことが好きで大学ではドイツ語とフランス語を学ぶ。学生時代の留学経験から外交官の仕事に興味を持ち、外務省に入省。2003年から2015年まで、夫のトマス・カーターさんとジョブシェアで公使や大使の仕事を務め、世界初の「ジョブシェア大使」として知られる。日本語も堪能。
長期の育児休暇取得もキャリアが傷つかない理由
(前編よりつづく)
――夫のトマス・カーターさんと「ジョブシェア(一つのポストを複数人で担う働き方)」を始める前にデービッドソンさんは4年間育児休暇を取っていたというお話でしたが、キャリアが中断されてしまうという不安はありませんでしたか?
不安はありませんでした。ちょっと立ち止まったくらいのことで、元に戻れると思っていましたから。
当時、イギリスでは1997年に発足したブレア政権のもとでワーク・ライフ・バランスを重視する政策が進められ、外務省には女性がスムーズに職場復帰できる制度がありました。例えばパートタイムなどフレキシブルな働き方を認める制度やバディ(相棒)制度です。
バディは、休んでいた間のギャップを埋めてくれる存在です。例えば3年も経つと仕事のプロセスや制度が変わっていたり、ITの導入が進んでいたりします。バディは(ジョブシェアと違って)自分と同じ仕事をしている人とは限らないのですが、そういった変わった点について説明をしてくれるんです。
――カーターさんとは職場結婚でしたね。日本では職場結婚をすると、夫婦は部署異動して分けられるようなことがありますが、イギリスではどうでしょうか。
イギリスで職場結婚はとても多いですが、夫婦だからといって部署を分けるということはありません。皆、プロフェッショナルですから、公私混同するようなことはないですね。
10万人がジョブシェアで働くイギリス
――デービッドソンさんが“ジョブシェア大使”をされたあと、イギリスの外務省でジョブシェアする例は増えたのですか。
はい、だいぶ増えてきましたね。
大使の職をジョブシェアしている例もありますし、それ以外にも参事官とか一等書記官とかいろんなポストで行われています。在外公館でなく外務省の中でも、局長レベルの職でジョブシェアしている例があります。
これは外務省だけの話ではなく、政府がワーク・ライフ・バランスを取る政策を進めたことで、イギリス全体で今は10万人くらいがジョブシェアをして働くようになりました。
編集部では日本におけるジョブシェアの実施状況を調べるために、厚生労働省に問い合わせた。「ジョブシェア」に関する調査は、2001年4月に公表された「ワークシェアリングに関する調査研究報告書」に一部触れられているだけで、これ以降はなかった。その結果は、ジョブシェアを「ほとんど導入できる可能性はない」(61.2%)、「職種によっては導入できる可能性がある」(34.5%)というもので、ジョブシェアを実施しているという回答の記述はなかった。また、官庁での実施状況を人事院に確認したが、外務省やその他の省庁でもジョブシェアは行われていなかった。
女性が活躍できないことは社会の損失
――日本の現状はイギリスに比べて大きく遅れていると感じます。日本にいらして、日本人の働き方や女性の置かれた現状についてどうご覧になっていますか。
日本は今、ちょっと悩んでいる状態のように思います。少子高齢化が進む中、100パーセントの女性が仕事で社会に貢献できないのは、日本にとって利益になりません。大きな課題だと思います。
――昨年、男性の育児休業の取得率が30%を超えたとニュースになったのですが、まだまだ育児を担うのは女性が中心です。
女性しかお子さんの面倒を見ないという考え方は、私個人の意見では間違いだと思います。子育ての責任は夫婦2人ともにあります。
私たち夫婦には息子が2人いますが、母親と父親が役割分担するという考えはまったく持たずに育ちました。父親も洗濯や買い物や料理など家事全般をやっていましたから。
誰にとっても子育てと仕事への貢献のどちらも大切で、両方が満たされる社会を作らなければならないと思います。
前例主義では何も改善できない
――日本でジョブシェアを導入するために、必要なことはなんでしょうか?
日本では、前例がないことが「できない」理由になりますよね。
例えば日本の企業に勤めていて、研修に行きたいと勤務先に話をしても、「前例がないのでできないと言われてしまう」といった話を日本の女性からはよく聞きます。だけど、それでは新しい制度とか改善ができないんですね。
まずはやってみようというマインドセットは大事だと思います。
――人事制度の違いも大きそうですね。公募制があったからこそ、デービットソンさんも夫婦でジョブシェアをやってみようと応募されたわけですよね。
そうですね。
――日本では一部の企業で「社員公募制」を設けている会社がありますが、ほとんどの企業で配属先は人事部が決めます。年功序列の人事評価も根強く残っています。
イギリスに年功序列はありません。年功序列は女性にとってフェアな制度ではないです。
女性をエンパワーする政策が必要
うまくいっていない制度があるなら、変えていかないといけません。
ひとつの例ですが、私は30年くらい前にも駐日英国大使館で働いていた時期があったのですが、当時、日本の国会とイギリスの国会の女性議員の割合は6~7%くらいでだいたい同じでした。
いまの日本の国会における女性議員の割合は10%くらいですね。
それに対し、イギリスでは昨年7月の下院選挙で40%を超えました。同じ期間にこれだけの差ができたのは、イギリスでは女性に対するエンパワーメントというか、女性が活躍できるような対策を取ったからです。対策が何もなければ、何も変わりません。
社会であれ企業であれ、女性の声や視点が入れば、幅広い意見を拾うことができます。政治の場合は特に、女性不在でどうやって全国民のための決定ができるのか――そういった点から考えるべき課題があると思います。
構成=村井裕美
村田 学(むらた・まなぶ)
国際教育評論家、国際教育コンサルタント
アメリカ生まれ、日本育ちの国際教育評論家。3歳でアメリカの幼稚園を2日半で退学になった「爆速退学」経験から教育を考え続ける。国際バカロレアの教員研修を修了し、インターナショナルスクール経営などを経てie NEXT & The International School Timesの編集長を務める。