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インド紅茶界トップの鑑定家に聞きました。本当においしい紅茶とは何ですか?

  • 2025.1.24
紅茶について語るクリシャン・カティヤル
BRUTUS

紅茶界のキーパーソンが教える、おいしさの見極め方

世界の紅茶で最も高値で取引されるのがインド・ダージリン産。その販路はふたつに分かれる。まず、過半数を占めるオークション。もうひとつは、農園と買い手の直接取引、通称プライベートセールだ。

J・トーマス社はインド北東部のコルカタにあって世界で最も長い歴史を持ち、取り扱いの質量ともNo.1という名門オークション会社。カティヤルさんはその指揮官として無数のサンプルを試飲し、オークションのスタート値段を提示してきた。紅茶の値段を決める男、とは別に大袈裟ではない。その彼に聞いてみた。

「1杯の紅茶にはたくさんのストーリーが詰まっている」。ダージリンから届いたサンプルを手に、静かに熱く語ってくれました。

BRUTUS

まず、扱う紅茶について教えてもらえますか?

クリシャン・カティヤル

茶葉には同じものはふたつとしてない。ダージリンを例にとってみよう。ここには80以上の農園があり、同じダージリンでも生み出される紅茶はすべて違う。さらに、ひとつの農園でもロットごとに風味は変わる。だからオークションでも、取引はロットごとだ。サンプルの試飲もロット単位だが、最盛期には1日1000杯は見る。

BRUTUS

その試飲というのは?

カティヤル

ひとつのストーリーのようなものだ。茶葉を見るところから始まり、香りを嗅ぎ、最後に味わって判断し、完結する。ほとんど一瞬だが、その密度は濃い。

BRUTUS

なるほど。ではその目的から、もう少し詳しく教えてください。

カティヤル

試飲の目的はふたつ。ひとつはサンプルの質を鑑定し適正価格を決めること。茶葉には農園の個性と、そこを統括するマネージャーの仕事が表れる。たとえば、標高はどのあたりの農園なのか。さらに農園内でも区画により風味は変わる。

日照、畑の斜度、方角、土壌、すべて違うからだ。ワインでいうテロワールと何も変わらない。さらに収穫のタイミングや加工の仕方でも違う。生産者ごとに個性があるという意味ではワインに似ている。だけどワインが年1回の収穫なのに対し、紅茶は1農園でも年間100以上のロットが作られるのは当たり前。そのすべてが異なるんだよ!まぁ、とはいってもその農園ごとの特徴は共通して出ているのが面白いところだ。

BRUTUS

では試飲のもうひとつの目的というのは何ですか?

カティヤル

それは売り先を決めることだ。

BRUTUS

でも、オークションなら売り先は落札者でしょう?

カティヤル

その通り。だが取引はオークションだけではない。プライベートセールなら、どの消費国のどんな買い手にその茶を売るのがいいかを農園にアドバイスしたり、逆に買い手を紹介したりもするんだ。

BRUTUS

つまり単なる鑑定だけじゃなく、取引全般に関わるんですね。

カティヤル

それだけではない。農園には生産方法までリクエストする。どう茶樹を育てるか、製茶をするか、という様々なファクターについて、ここをこうすればよい、と具体的にアドバイスするんだ。コンサルティングに近いかもしれないね。ひとつ例を挙げよう。

たとえば90年代半ば頃までファーストフラッシュはドイツが最も大きな市場だった。彼らはグリーンな香気を好み、そうしたサンプルをまとめて買っていた。だが、より広く買い手を集めるためという視点で、私は農園に作りを変えるように提案した。緑っぽさを抑え、ファーストらしい新鮮味を残しつつマイルドな仕上げにね。最終的にダージリンの農園の8割以上がこの提案を実践した。

こうして生まれた新しいサンプルは、他のバイヤーも次々と競って買うようになった。今、日本に入っているファーストはほとんどこのタイプだよ。紅茶も、飲み手の求めるものを知り、その方向性に合うものを、与えられた条件下で作ることが大事だ。

BRUTUS

近年、変わってきたことは?

カティヤル

この10年でも紅茶の質はどんどん向上している。消費者も産地に興味を持つようになってきた。好奇心は知識へと変わる。これは生産者サイドにとってもよい流れだ。紅茶も元は小さな1枚の葉だ。これが人を喜ばせるものへと変わるために何ができるんだろうか。それをいつも考えているよ

BRUTUS

最後に教えてください。本当においしい紅茶とは何ですか?

カティヤル

味でも香りでも多様な要素を持つこと。といっても、何かが勝ちすぎていてはベストとはいえない。いくつもの魅力的な要素が最適のバランスで組み合わさったもの、それが本当に素晴らしい紅茶だ。

テイスティングを実演してもらいました

紅茶のテイスティングをするクリシャン・カティヤル
1.適正量の茶葉を用意 初めに、大事なのは分量をきっちり量ること。試飲は1杯150㎖につき茶葉2.5gで淹(い)れる。条件を揃えて、比べる茶をすべて同じように準備することが重要。茶葉や水色を見るために光源も大事だ。試飲する場所は、直射日光の入らない北向きの窓際がベストだね。
紅茶のテイスティングをするクリシャン・カティヤル
2.湯を注ぎ、蒸らす お湯は必ず沸騰したての熱湯を使うこと。茶葉は仕上げ工程で火入れが行われるため、表面が熱変化してカプセルのような状態になっている。その中に閉じ込められた香りは、熱湯によって殻を壊さないと出てこない。でも沸かしすぎた湯は酸素が抜けているのでNG。
紅茶のテイスティングをするクリシャン・カティヤル
3.時間を計り、カップへ 湯を注いで5分、待つ。普通に飲むなら3〜4分ほどでも十分に楽しめるが、試飲では、やや長めに蒸らす。こうすることで、サンプルの茶葉が持っているいい要素、悪い要素がまとめて表れてくる。どんな茶葉もそれぞれ違った要素の組み合わせを持っているんだ。
紅茶のテイスティングをするクリシャン・カティヤル
4.淹れた後の茶葉を見る 茶殻をフタの上に取り出して見てみよう。ちょうどお湯で開いた状態だね。この開いた葉の状態、続いてカップ中の水色や澄み具合などを観察する。ここから、茶樹の種類はもちろんその標高や場所といった要素が推定できる。葉の生育した環境や天候がわかるからだ。
紅茶のテイスティングをするクリシャン・カティヤル
5.淹れる前の茶葉も見る 葉を手で触り、香りを見る。感触も、重いか軽いか、硬いかといったように異なり、そこから湿度、乾燥や発酵などの工程の具合がわかる。同時に生育時や加工時のどの段階で欠陥があったかもわかる。生産者が製茶の際にどのように手を入れたかが、この状態でも出る。
紅茶のテイスティングをするクリシャン・カティヤル
6.香りを見て味わう カップの香りを見る。そして最後に口へ。勢いよく空気を吸い込み、口中で触れ合わせる。ちょうど舌全体へスプレーする感じだ。これにより、香りと味の判定を同時に行う。香りの特徴や甘み、酸味、苦みといった各要素をつかみ、整理する。この間、約3秒で完結だ。

profile

クリシャン・カティヤル

世界最大の紅茶オークション会社、J・トーマス社のディレクター。この世界で30年以上の経験を持つ第一人者。インドの各産地から届く紅茶の鑑定はもちろん、農園への様々なアドバイスからバイヤーとの仲立ちまでこなす。

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