連続テレビ小説『ブギウギ』の小夜ちゃん、『だが、情熱はある』の静ちゃんと、どんな役でも自分のモノにして場をさらうインパクトを残す俳優・富田望生さん。1月17日公開の映画『港に灯がともる』では初めて主演を務めます。『カムカムエヴリバディ』『心の傷を癒すということ』の安達もじり監督が、膨大な取材を重ねて作り上げた人間ドラマです。映画のこと、ロケ地となった神戸の思い出、俳優としての未来について、富田望生さんに聞きました。
役として感じることだけに集中した日々
阪神・淡路大震災の翌月に神戸市長田区で生まれた在日韓国人三世の灯(あかり)は、父や母が口にする家族の歴史や被災の苦労を受け止められず、苛立ちと孤独を抱えていた……。映画『港に灯がともる』で灯役をオファーされた富田望生さんは、脚本と向き合い、「これは何か知識を得ることで役を作る、そういうことはしないほうがいいのかも」と、役として生きる覚悟を決めたそう。
「お父さん(甲本雅裕)、お母さん(麻生祐未)、それ以前のおじいちゃん、おばあちゃんの頑張りもあって、灯は在日韓国人が抱える不自由さのなかに生きているわけではありません。灯を演じるには、在日の方の様々な声を知識として入れてしまうと、その辛さが先行してしまうかもしれないなと。また、私は東日本大震災を経験しているので、震災を経験していない灯の感覚をどう見つけていくかが難しかったです。3月~4月の撮影前はちょうど故郷の福島で、東日本大震災に関わるお仕事をさせていただいていたので不安でした。でも新幹線の窓から見える景色が変わり、神戸に着いた時には吹っ切れて、灯として感じることだけに集中しようと思ったんです」
ロケ地である港町・神戸は、この映画のもうひとつの‟主役”。富田さんはクランクイン1週間前から現地に入り、街の空気を吸い、暮らし、そこに住む人に会いました。
「この街で灯は、今も生きている――。どれだけそれを感じ取ることが出来るかに集中しようと思いました。お味噌汁くらいは自炊しようと野菜をカットして保存しておき、すぐに調理ができる状態にしていたんですけど、あまりにも神戸のお店がおいしいところばかりで! 毎日毎日、街に繰り出していました(笑)」
鳥肌が立つことばかりの撮影現場
父親は家族と衝突を繰り返し、姉と弟を含む家庭には冷たい空気が流れます。そんななか結婚を控えた姉・美悠が日本への帰化の話を持ち出し、家庭にはさらに不穏な空気が流れ……。自分の居場所を見つけようともがく灯を、富田さんは全身を投じるように演じました。「役を引きずるタイプ」という彼女を、監督やスタッフが全力でサポートしてくれたそう。
「撮影が始まって1週間ほど経った頃、監督、助監督が‟とにかく望生の体が心配。本当に辛いときはいつだって言いや”と言ってくださって。撮影中は実際に‟よし1時間休憩しよう”ということがよくありました。スタッフと神戸の街をお散歩したり、クレープ屋さんで甘いものを食べて息抜きをして、よし、また頑張ろう!と。撮影後も‟富田望生に戻してから家に帰そう”と思ってくださっていて。スタッフとごはんを食べながら、その日にあったことを私がぶわ~っと4~5時間、話すんです。すると、灯から富田望生の言葉に変わる瞬間があるらしくて。監督はよく‟目の奥が変わった”とおっしゃっていました。そしたら‟よし帰ろう、また明日ね”、と。その繰り返しの日々でした」
こんなシーンがあります。父親に直接感情をぶつけた灯は、高ぶったままトイレへ逃げ込みます。カメラは、バタンと閉ざされたドアの外。画面は延々、閉じたドアを映し出し、その奥で自分の感情と必死に向き合う灯の息遣いだけが音声として流れる……。ありふれたドアを映し続ける映像が、異様な緊張感をもたらす衝撃的なシーンです。
「あれはちょっと賭けのようなところがあって。カメラを止めなきゃいけなくなることが起きるかもしれないと。いつも以上に“起こったことを受け止めなければ”というスタッフの皆さんの気持ちもあったように思います。‟灯を待っているから”と言ってくれていたので、出たくなるまでトイレの中にいようと決めて本番を迎えました。乱れた呼吸を整えるのは体力のいることで、体感としては20分くらいかなと思ったのですが、実際に外に出たのは3~4分後でした。その間、録音部の技師さんが涙を流しながら灯の心臓の音、呼吸の音を見つめてくれていた。本編ではほぼカットせず、音もそのまま使ってくださって」
「鳥肌が立つことばかりだった」という撮影を駆け抜けた富田さん。完成した映画には、格別な思い入れがあるそう。
「これまででもっとも自分ではなく、役の灯を見ていました。だから今は灯のいちばんの味方として、この作品を届ける使命を受け持ったという感覚があるんですよね」
誰に対しても、その人を知ろうと向き合います
「誰に対しても、嫌いという感覚があんまりなくて」。こちらの目をまっすぐに見返し、ニコニコしながら、富田さんは言います。
「苦手なところがあっても、そこも面白い!と思う。人だもんなあって。そう思うのは役者だから? それもあるかもしれません。人の自然な動きや言葉を、いつでもキャッチしようとするので。誰に対しても、その人を知ろうと向き合います。役者さんって人見知りの方が多いですよね? 私は子どもの頃から人見知りをしなかったので、ビックリしました。この方もあの方も!?って(笑)」
今回、灯の姉を演じたのは、共演経験もある伊藤万理華さん。最初はなかなか話せなかったけれど今は親友のような関係性だと言い、「カメラが回っていない時も常に寄り添ってくれて……」と、伊藤さんへの感謝の言葉が止まりません。その演技同様、人の心を掴むパワーあふれる富田さんに興味が深まります。
「学生の頃は先生にしょっちゅう怒られていたし、勉強が好きではなく、宿題をまったくやらないタイプで。でも、読書感想文や作文は得意でした。思ったことを書くだけなんですけど、夏休みの宿題も作文だけは先に出来ていました。今、役のための勉強が苦痛ではないのは、やっぱり演じることが好きだからかもしれません。それに人間関係を作る経験は24歳にしては積んでいるのかも。生まれる前に父が亡くなり、震災を機に福島から東京に引っ越して。転校をして環境の違いを味わったりしたので」
人見知りをしている場合ではない、そんな厳しさを幼い頃から経験したことが、人の心を敏感に感じ取る感性を育てたのかもしれません。そうして育まれた感性は、趣味の写真にも活きています。
「見たものを残すのが好きなんです。これを撮りに行こう!とカメラを持っていくと、撮りたい瞬間がなかったりするのに、何気なくバッグにしまっていると、ここここ! パシャッみたいな(笑)。撮りたいと思うのは人。やっぱり人が好きなんです。元々はスマートフォンで撮影していましたが、俳優の友人の『フィルムカメラをやってみたら?』というひとことで、フィルムカメラを使うように。思うように写っていない時もありますが、それも受け入れる。キレイなことがすべてではないと思うから」
そんな彼女が「俳優は天職だと思います」というのもすんなりと響きます。
「今回とくに思ったのは、ひとりじゃ出来ないことの素晴らしさでした。それでいて誰よりもその役は自分が理解していると思う、その両方が合わさらないと作品づくりは出来ない。その感覚がたまらないのかもしれません」
今後、年齢を重ねてより味わいを増すような俳優になるはず。そんな未来が、確かに見える気がします。
「いつかお母さん役をいただいたら、母になるに至るまで、様々な経験を積んだ人である。そんな深みがきちんとにじむ役者になりたい……。そうなれることを、ずっと目標にしています」
PROFILE 富田望生さん
福島県いわき市出身。映画『ソロモンの偽証』(15)の1万人が参加したオーディションでメインキャストに選ばれたことをきっかけに、俳優としての活動を開始。その後、話題作に次々と出演。主な出演作品は映画『チア☆ダン~女子高生がチアダンスで全米制覇しちゃったホントの話~』(17)、『SUNNY強い気持ち・強い愛』(18)、『日日芸術』(24)、ドラマでは『宇宙を駆けるよだか』、『教場』、『だが、情熱はある』、連続テレビ小説『なつぞら』、『ブギウギ』などがある。
映画『港に灯がともる』
1995年、神戸・長田に暮らしていた在日コリアン家族の下に生まれた灯の葛藤、成長を描く人間ドラマ。『心の傷を癒すということ 劇場版』『カムカムエヴリバディ』の安達もじり監督作。
●監督・脚本:安達もじり
●脚本:川島天見
●音楽:世武裕子
●出演:富田望生、伊藤万理華、青木柚、山之内すず、中川まさ美、MC NAM、田村健太郎、土村芳、渡辺真起子、山中崇、麻生祐未、甲本雅裕
●製作:ミナトスタジオ
●配給:太秦
●2025年1月17日(金)より新宿ピカデリー、ユーロスペース他全国順次公開
©Minato Studio 2025
撮影/本多晃子 スタイリスト/シュンキ ヘアメイク/千葉万理子 取材・文/浅見祥子
シャツ/ノルマン、その他/ カウンシル フラット ワン
この記事を書いた人
大人のおしゃれ手帖編集部
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