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「いつかの未来の友だちのために、深夜に豚汁をふつふつさせる」/酒飲み独身女劇場 ハッピーエンドはまだ来ない㉔

  • 2025.1.10

深夜のキッチンできらめく水飛沫が宙を舞う。

太陽も月も照らしていないのに、青春よりもプールサイドよりもイルミネーションよりも光って光って死んだ。 床の木目をなぞるように、どこまでも広がり続けているそれは豚汁だった。

もうハワイ行きたい。

現実逃避がはじまると、決まっていつもハワイに行きたくなる。 ビーチでフルーツの乗ったカクテルを飲みながら黄昏れたら、いまのこと全部忘れられそう。 実際は行ったことないので、一食5000円の物価に耐えられず、一人じゃ笑えない旅になりそうだ。

ところで、なぜ深夜に豚汁をつくっているのか。 それは、久しぶりに大学時代の友人から「アイスクリームのコース予約したんだけど、相手が来れなくなっちゃって一緒に来てくれないかな?食べるの好きだよね!」という連絡を受け、出かけたことがきっかけだった。

完全無欠のアイスクリーム

季節関係なく、アイスクリームは完璧だった。 最後に食べたコストコのソフトクリームはだらしなく溶けてしまったのに、コースのアイスは食べ終わるまで凛としながらも、天使が迎えに来たような溶け方をしていた。

さらに、野菜がたっぷり盛り付けられていたり、フルーツが乗っていたりと、本当に最初から最後までほとんどアイス。 あまり普段は得意ではないゴボウが乗っていたけれど、ゴボウの概念を覆すほど柔らかく甘く煮詰められていた。

アイスを超えてしまったアイスにうっとり心を奪われ、感動しすぎてぼうっとしていたせいか、友達に名前を呼び間違えられたこと以外は、最後までとんとん拍子で進んでいった。

よく、先生のことをお母さんなんて間違えて呼んでしまったり、恋人を別の名前で呼んでしまって修羅場なんて話は聞くけれど、「ねえ!アレクサ!」と呼ばれた時は流石に驚いた。

アイスクリームのコースもそうだけど、最先端の時代を感じた瞬間。 ボーカロイドの鏡音レンが好きすぎて、気になっていた人に向かって「レン」と呼んでしまい、ドン引きされたあの時と同じくらい動揺した。

そして、肝心のお会計。 わたしが、伝票を受け取ったら何も言っていないのに「えっ、いいの?本当に来てくれて、ありがとう」と、感謝まで隙なく述べられたのだ。

人はありがとうと言われてしまうと、断れない性質があるのだろか。 よくわからないまま会計を済まし、その後飲みに誘ってみたけど見事断られ、冷えた心と身体を温めるために、豚汁をつくっていたのだった。

終わりの始まりだ。

もしかしなくても、わたしは都合のいい人間なのかもしれない…と大量のキッチンペーパーを握りしめながら気分ごと沈んでいく。

過去を振り返れば、楽しかったこととかふざけたこと、数えきれないほど輝かしい宝石のような思い出がたくさんあるけれど、こうして価値観の違いだったり結婚だったりで、友だちだったに変わっていくのだろう。

大人になればなるほど、「自分の発言で相手はどう感じたかな?」とか「利用されないだろうか?」なんて勘ぐったりしてしまう。 純度100%で遊べていた時代はとうの昔に終わってしまった。

友だちなんて、どうせお別れしないといけないなら、もうこの先の人生にはいらない、と思っていたとき1本の映画に出会ってしまった。

『ロボットドリームズ』

その映画「ロボットドリームズ」は、最初から最後までセリフはなく、子ども番組に出てきそうな絵柄のアニメ作品。

恋人も友だちもいない孤独なドッグが、夜中にマカロニアンドチーズを食べながら、偶然テレビの通販CMで見かけた友だちロボットを注文するところから、話は始まる。

そして届いた友だちロボットと手を繋ぎながら、アイスクリームを食べたりホットドッグを食べたり、「September」を流しながら、親友のように微笑み合い信頼を重ねていく二人の関係性は夢と希望に包まれていて、見ているこちらまで優しくなれそうな日々が刻まれていく。

にごりは一切ない二人のしあわせな日々が続いて…というありきたりな展開かと思いきや、早々に二人はビーチに向かい日が暮れるほど泳いでビーチでくつろいでいるじゃないか。

「ロボットって水耐性ないよね?」「錆びるんじゃない?」という予想は簡単に当たって、ロボットはビーチから動けなくなってしまう。 ドッグは運び出そうとしたり、自分で修理しようとするものの、うまくいかず、来年の海開きまで立ち入り禁止になってしまうのだ。

アホか!と叫びたくなったけど、不器用すぎるドッグはどこか自分と重なるところもあって、嫌いになれない。

どんなに好きでも、どんなに最悪でも、突然別れはやってくるものだ。

きょとんとしてしまうくらい、呆気ないときだってある。 それでも、一緒に過ごしたきらきらした時間は、大好きだったぬいぐるみを捨てられないように、宝物なんだ。

別れがあるから、それは失敗というわけではない。 変わってしまって、会えなくなって、寂しいし苦しいけれど、あの時の思い出をそっと抱きしめてみる。

そのわずかなぬくもりだけで、生きていくことだってできるのかもしれない。 スクリーンいっぱいに致死量の愛と切なさが散りばめられていた。

あなたは今日もお一人ですか

最後は、心臓を直接鷲掴みにされ、目頭がかっと熱くなり視界が溶けたアイスのようにふにゃふにゃになる。

わたしには、友達ロボットはいないけれど、この映画がシンカンセンスゴイカタイアイス並に凍った心を溶かすホッカイロになってくれるから、孤独で寂しい夜も乗り越えていけそうだ。

もし、わたしが友だちロボットをお迎えしたら、しょっちゅう揚げ物つくるから、油が潤滑油となって一生錆びることはないだろう。 「September」のリズムを刻みながら野菜をもう一度切って、踊りながらふつふつ煮込んで、最高の夜に変わりそうだ。

猫様たちが、自分たちにも夜食をくれと足にタックルしてくる。 一緒に踊ろうと手をすっと伸ばしてみたら、猫パンチではたき落とされた。

下僕から、友だちになれる日を夢見て、いつか未来の友だちに豚汁を振る舞えるように、終わらない夜をはじめよう。

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