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お正月を迎えることが怖い。 ~輪島便り~若き塗師・秋山祐貴子さんが綴る、 輪島の現在(いま)

  • 2025.1.10

輪島便り~星空を見上げながら~ 文・写真 秋山祐貴子

冬の日本海と虹
黒島の海沿いの道を通る路線バスは廃線になってしまった。冬のある日、荒れ狂う海に虹が架かった。それが希望の光であることを切に願う。

レクイエム

地震から間もなく1年。令和6年を振り返ると胸が詰まり、新年を寿ぐ気持ちにもなれず、お正月を迎えることが怖いです。地震前の師走の輪島の光景を回想し綴ることで、鎮魂の意を捧げます。

 

グレートーンの世界

12月になると、能登の空を灰色の雲が覆います。横殴りの雨に混じった氷の粒が時折降ってきて、地表や建造物の屋根、外壁、窓を叩きつけるけたたましい音が響き、家のなかにいてもぞくぞくします。ものすごい勢いの風が吹くと、沖では白波が立ち、浜辺では砂が舞い上がり、天と地の境があいまいになります。

冬の輪島
雪が舞う輪島の浜。海沿いは雪が風で飛ばされて、うっすらと雪化粧する。

ついこの間まで色とりどりの紅葉が広がっていた里山の景色は、荒天のあと一気に冬木立へと移ろいます。雨間を見はからって、すっかり色褪せた山道を歩いていると、落ち葉のカサカサした音や土のフワフワした感触が足元から伝わってきます。凛とした空気のなか、パッと視界に飛び込んでくるのが山茶花(サザンカ)や椿(ツバキ)の花。そして、山帰来(サンキライ)や莢蒾(ガマズミ)などの赤い実をついばむ鳥達。冬至も近づき日照時間が短くなると、日の光が恋しくなるのはヒトも野生の生物たちも変わらないように思え、ほほえましくなります。

山帰来
山帰来のつると実。可愛らしいつるを見つけたら、束ねてリースをつくる。
椿
厳しい寒さのなかに咲く椿は、控えめでやさしい佇まい。

柚子の香る町

庭や田畑の片隅には、木守りの残った柿の木、天を仰ぐようにたわわに実った花梨の木を見かけます。柚子の木には実が黄色く輝き、まるで太陽の形代のよう。輪島には、柚子の実を活かした菓子や料理が根づいていて、この時期に体のなかに取りこんで心身を清めて英気を養う智慧のようにも感じます。

 

柚子
凍てつく空気のなかでも、柚子の木は生き生きとして活力にあふれている。

例年ならば11月頃から、町の和菓子屋さんでは丸柚餅子(まるゆべし)の仕込みがはじまります。柚子の実のへたの周りをぐるっと1周切って中身を刳りぬいたまんまるの外皮に、醬油のアクセントが効いた甘めの餅種を詰めて蒸したあと、自然乾燥させます。飴色の丸柚餅子は茶菓子としてだけでなく料理の食材としても、この地域の方々に親しまれています。

地物市で山盛りになった柚子の実を見つけると、そのフレッシュな香りを楽しみます。むいた皮を包丁で細かく刻むと、キッチンは爽やかな酸味のある空気に包まれ、能登のどんよりとした空に一筋の光が差し込んだ瞬間のように、晴れやかで明るい気持ちになります。無心に手を動かすこの時間が、何よりの気分転換。刻んだ柚子の皮で柚子こしょう、柚子味噌、柚子茶をこしらえたり、種で保湿剤をつくったりして、余すところなく味わいます。

柚子釜
輪島のお母さん手づくりの「柚釜」。なかには柚子味噌が入っていて格別の味わい。

ふるさとの味

冬のはじめ、北陸地方では「鰤起こし」(ぶりおこし)と呼ばれる雷が激しく鳴り響き、猛烈な風雨が吹き荒れるような天候がやって来ます。時化(しけ)が続くと船が漁に出られない日もありますが、船が出ることができた日に店頭に並ぶ鮮魚は見逃せません。生き生きとした海の幸の数々に目移りします。

よく目にするのは、脂ののりはじめた鰤や鯖(サバ)、鰰(ハタハタ)や鱈(タラ)といった魚。鱈は白身だけでなく真子や白子も並んでいて、輪島へ移住して初めてこの食材に出合ったとき、このグロテスクな見た目に驚いたことを覚えています。思わず、地元のお母さん達に「これ何?どうやって食べるの!?」と尋ねると、「煮物にしたらいいよ」とか「昆布巻きにすると美味しい!」などとレシピや料理のしかたを教えてくださったことを思い出します。そして、見よう見まねでつくって食べてみて「この土地の凍てつく寒さにぴったりの旬の味!」と、舌鼓を打つのです。

粕汁
真子と里芋の粕汁。汁物に酒粕を入れると、体のなかからほかほかと温まる。

手でつくる幸せ

家の軒先では、秋に掛かっていた干し柿の暖簾が、今度は畑で採れたばかりの葉っぱつきの大根に入れ替わっていきます。大根を寒風で2~3週間干したあと、漬物づくりのはじまりです。白菜の漬物も欠かせません。

各家庭でこだわりがあって、皆が集まる場では、お茶を囲みながら我が家の漬物自慢や沢庵(たくあん)談義が、和やかに花開きます。素材がシンプルなだけに単純なように見えますが、仕込む工程やタイミングは様々で奥深い世界だと感じます。

大根
軒先に干された大根。寒風にさらされて水分が飛び、実がしなっていくとともに甘みが増していく。

年の瀬がせまってくると、それぞれの家庭での餅つきも恒例です。臼と杵、電動の餅つき機を持っている家も多く、蒸したばかりの熱々のもち米をつきあげると、半球型の鏡餅をはじめ、豆や雑穀、昆布などのアレンジを効かせた伸し餅へと手際よく仕上がっていきます。

餅つき
薪を燃やして、せいろで蒸したもち米を臼と杵でつく。昔ながらの製法で、阿吽の呼吸で進む作業は熟練の技。

流通が便利になった現代社会で、食べたいものをすぐに買って手元に届けてもらうこともできます。しかし、この地域の方々は身近にある食材を存分に活かして、手間ひまをかけるのです。例えば、旬の時期にたくさん採れた食材を塩や糠、糀や酒粕、味噌などに漬けると、保存がきくだけでなく発酵や熟成により旨味が増します。このように保存食をつくることが冬越し前の仕事のひとつであり、家族や隣人の健やかで平穏な生活を祈ることであり、人と人との輪のなかで生きる術と、能登のお父さん達やお母さん達の暮らしかたから教わります。

ふだんの暮らしの延長線にある復興

地震後、能登半島からの人口の流出や減少が危惧されている昨今ですが、昔ながらの手仕事が四季折々に息づいている光景を見かけるたび、涙ぐみながら嬉しくなります。もちろん、地震前までのようなリズムで日常生活を送ることすら難しく、その見通しが未だ立たない方々が多いのが現実です。

祭りや節句などのハレの日の行事は日の目を見ることが多いですが、能登のケの文化にこそ大自然の摂理から生まれる豊かさや奥行きを色濃く感じます。なぜなら、何気ない日々の尊さを、天災に出合ったことで気づかされたからです。今までできたことや当たり前だと思いこんでいたことが、様々な事情でできなくなり、諦めや代替を選択せざるをえない状況を強いられているのです。

 

ふだんの暮らしのなかでの人々の息遣いや温度が、あらゆる文化に通じていて、その連綿とした繋がりが愛おしいです。その精神性は、輪島の農林業、木工や漆工の世界などにも連関するように宿っています。能登の厳しい自然条件とともに、人々が長い歳月をかけて辛抱強く育んできた暮らし、そのたゆみない尽力の積み重ねが、この土地のかけがえのない魅力や人類共通の財産であり、復興への希望の光であることを願ってやみません。

photography by Kuninobu Akutsu

秋山祐貴子 Yukiko Akiyama

 

神奈川県生まれ。女子美術大学付属高校卒業。女子美術大学工芸科染専攻卒業。高校の授業で、人間国宝の漆芸家・故松田権六の著作『うるしの話』に出合ったことがきっかけとなり漆の道に進むことを決意する。大学卒業後、漆塗り修行のため石川県輪島市へ移住する。石川県立輪島漆芸技術研修所専修科卒業。石川県立輪島漆芸技術研修所髹漆(きゅうしつ)科卒業。人間国宝、小森邦衞氏に弟子入りし、年季明け独立。 現在輪島市黒島地区で髹漆の工房を構えた矢先に、1月1日の震災に遭遇する。

 

 

 

関連リンク

 

秋山祐貴子ホームページ

 

『輪島便り~星空を見上げながら~』とは…

 

輪島に暮らす、塗師の秋山祐貴子さんが綴る、『輪島便り~星空を見上げながら~』。輪島市の中心から車で30分。能登半島の北西部に位置する黒島地区は北前船の船主や船員たちの居住地として栄え、黒瓦の屋根が連なる美しい景観は、国の重要伝統的建造物群保存地区にも指定されてきました。塗師の秋山祐貴子さんは、輪島での16年間の歳月の後、この黒島地区の古民家に工房を構え、修復しながら作品制作に励もうとした矢先に、今回の地震に遭いました。多くの建造物と同様、秋山さんの工房も倒壊。工房での制作再開の目途は立たないものの、この地で漆の仕事を続け、黒島のまちづくりに携わりながら能登半島の復興を目指し、新たな生活を始める決意を固めています。かつての黒島の豊かなくらし、美しい自然、人々との交流、漆に向ける情熱、そして被災地の現状……。被災地で日々の生活を営み、復興に尽力する一方で、漆と真摯に向き合う一人の女性が描く、ありのままの能登の姿です。

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