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第23回『このミス』大賞受賞作! 焼き立ての香りに包まれて、パンに絡む日常の謎解きと人間ドラマを描いたしあわせな連作ミステリー

  • 2025.1.9
ダ・ヴィンチWeb
『謎の香りはパン屋から』(土屋うさぎ/宝島社)

映画やドラマのような大事件は滅多に起こらないとしても、私たちは日々たくさんの謎に向き合っている。あの人のいつもと違う表情が気になる、同僚の仕事を休んだ理由がちょっと不自然……などなど。誰かの抱える事情を想像したり、噂を聞いてみたりと、推理とまでは呼べなくても、謎の答えを得ようと思いを巡らせた経験は少なからずあるのではないだろうか。そんな、日常にある謎に迫る主人公の奮闘を温かいタッチで描いたミステリーが、『謎の香りはパン屋から』(土屋うさぎ/宝島社)だ。

第23回『このミステリーがすごい!』大賞で大賞に選ばれた本作。著者は、漫画アシスタントをしながら漫画家としても活躍する土屋うさぎ氏だ。主人公は、進学のために大阪で独り暮らしを始めた大学生・市倉小春。夢は漫画家で、パン店「ノスティモ」でアルバイトをしながら新人賞に応募する日々を送っている。ある日、小春の高校時代からの親友で一緒に大阪にやってきたアルバイト仲間・由貴子が、小春と約束していた推し活をドタキャン。由貴子の言動や状況から、その理由に不自然さを感じた小春は――。

「焦げたクロワッサン」「夢見るフランスパン」「恋するシナモンロール」「さよならチョココロネ」「思い出のカレーパン」という5つの短編から成る連作ミステリー。小春が、周りの人たちのちょっとした変化や困り事に直面するたび、持ち前の好奇心や優しさ、そして漫画執筆のなかで得た推理力と知識で謎を解いていく。連作の中で、ノスティモで働く人や常連さんたちのストーリーも動いていき、大切な人への思いや夢への葛藤も明かされる。パンへの情熱がちょっとめんどくさい店長や、派手で豪快だけど面倒見のいい先輩など、個性あふれる登場人物たちも魅力的だ。

ノスティモのキッチンや店内、そして焼きたてパンの描写もリアル。パンを取るトングをカチカチ鳴らす音や、バターたっぷりの焼きたてのクロワッサンの甘い香り、カレーパンのサクッとした触感とまろやかなルー、シナモンロールの側面まで滴るアイシングなど、読んでいるだけで、今すぐパンを買いに行きたくなってしまう。各話に登場するパンにまつわる逸話や歴史がエピソードに絡んでいるので、パン好きにもたまらない作品だ。

大学生の小春の語り口は軽妙で読みやすく、エピソードは一話完結のため、ミステリーでありながらライトに楽しめる。生死に関わるようなヘビーな事件は起こらないものの、それぞれ譲れないものを抱えて生きる人々の人間ドラマは読み応えたっぷり。パンの甘い香りに包まれながら、人間の面白さや人生のほろ苦さを感じられる味わい深いミステリーだ。

文=川辺美希

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