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枡野浩一が好きで好きで好きでたまらないマンガ、和山やま『夢中さ、きみに。』

  • 2025.1.10
枡野浩一が好きで好きで好きでたまらないマンガ、和山やま『夢中さ、きみに。』

成熟したマンガ界に飄々と舞い降りたなぜか気になってしかたない、変なやつ

クラスに変なやつがいて、その人に夢中になってしまう。ある意味での恋愛マンガなのですが、絵がとても丁寧で魅力があって、言葉の面白さや笑いのセンスもある。ものすごく能力の高い新人が出てきた、という印象を受けました。あんまり主役になれないような、味のある脇役みたいな人たちしか登場しないのですが、こういう作品が注目されて人気が出ること自体に、マンガの成熟を感じます。

変な人を排除せずに面白がるような眼差しが温かく、読んでいると幸福な気持ちになれるんです。出てくる人はみんなちょっとずつ変わっているんですけど、その変わり者具合がまったく理解できないわけじゃない。誰にでもこういう部分ってあるのかも、と思わせるところが絶妙にうまい。

笑いに関しては、前の場面で振っておいたことをすぐに裏切るみたいな、伏線が生きてくるおかしみが全編に貫かれています。例えば、顔も知らないから会えるわけがないと思っている人と、すぐに出会ってしまったり、家に熊が来ることはないという話をしたあとでパンダが来るような。爆笑するほどではないけれどずっとおかしくて、まんまと騙されたぞっていう楽しさなんですよね。

絵柄は比較的写実に近く、読者を選びません。ホラーマンガにも通じる緻密さがあるのに、すごくバカバカしいことを描いているのもいいですよね。一方でマンガならではだと思ったのが、本当はアイドルみたいな顔なのに、モテないようにわざとメガネを掛けている話。現実でこれをやったらたぶんすぐにバレてしまうはずなので、マンガならではのリアリティの出し方がうまいのでしょう。

和山やま『夢中さ、きみに。』
和山やま『夢中さ、きみに。』
男子のじゃれ合うさまが人によってはBLにも読めてしまう本作。「小説でいうと三浦しをんさんの作品のように、隠れBL的なところがありますよね。BLには括られないし、男性同士の恋愛を直接的に描いているわけではないけれども、バディもののような友情を超える何かが透けて見えます」

好き勝手で自由な表現が作者と読者に招いた幸運

自分のキャンバスに勝手に干し芋を干していた人に、絵のモデルになってもらう、みたいな話の転がし方は一個一個にアイデアがあって小説家的センスを感じます。男子のどういうところが面白くて意外性があるのか、ずっと考えていないと出てこないような面白さだと思うんです。

そもそもこの作品は、連載のネームがなかなか通らないとき、息抜きのつもりで好き勝手に描いてpixivや同人誌などで発表したものらしいのです。もし編集者の意見が入っていたら、もっと起伏を作ったり、キャラクター設定を細かくしたりと整えられて、おそらくこんなふうには仕上がらなかったと思います。これで通用することを証明できたのが、和山さんにとってとても幸運だったはず。

実際、ちょっとした角度の違いで読者に届かなかったり、天才すぎて面白いのだけど万人には受けないようなことが、マンガは特にあると思うのです。『夢中さ、きみに。』は素晴らしい作品なので注目されて当然ですけど、マンガ全体が多様化した結果でもあるので、時代の申し子といえますよね。

和山やま『夢中さ、きみに。』
SNSで気になっていた人と、速攻出会ってしまう女子高生。「看板の文字を拾って単語にする遊びは、普通にやってる人がいそうなリアリティがあります。“仮釈放”というハンドルネームも言葉選びが秀逸」
和山やま『夢中さ、きみに。』
不気味なオーラをまとい、クラスで敬遠されている男子に意を決して話しかける場面。「ホラーマンガ家の名前が唐突に出てくるのですが、マニアック具合が絶妙で、知らない人はつい調べてしまうはず。そして、たしかに似ているところにおかしみを感じます」

Information

和山やま『夢中さ、きみに。』

『夢中さ、きみに。』

中高一貫の男子校に通う、見た目はそこそこイケメンな高校生による、ちょっと変な言動が周りの人を夢中にさせる“林シリーズ”と、モテすぎることを嫌って不気味なオーラを放ち、周りに恐れられている“二階堂シリーズ”を収録した短編集。同人誌やpixivなどのウェブサイトで発表した作品を加筆修正し、描き下ろし続編も収録。単行本デビュー作ながら、数々のマンガ賞を受賞・入賞して、マンガ好きを唸らせた一冊。

『夢中さ、きみに。』の前半パートは男子校が舞台だが、商業誌初連載となった作品『女の園の星』は女子校が舞台。

『女の園の星』
「4コママンガのようなエピソードを、丁寧に順を追って描く作風は同じです。どちらかというと男の先生のキャラクターの面白さに依っていて、今のところ女生徒たちはモブみたいな存在。個性のある先生同士のイチャイチャにも、やはり隠れBL的雰囲気を感じます」。©和山やま/祥伝社

『夢中さ、きみに。』が好きな人はこちらも

サメマチオ『マチキネマ』
日常の断片を短編映画のように切り取った作品集。「絵柄はちょっとラフで、あらすじを紹介してもちっとも面白くない感じなのですが、共通しているのは“あれ、ここで終わるの?”みたいな潔さ。抽象的な言い方ですが、マンガのなかにいつも風が吹いているような、風通しの良さが好きです。ささやかな物事を切り取り方で面白くしているところも近いと思います。1巻が圧倒的におすすめ」。全2巻/Next comics(宙出版)。
山田芳裕『大正野郎:山田芳裕傑作集1』
『へうげもの』などで知られる著者による、斬新すぎるデビュー作。主人公は大正時代の風俗を愛し、芥川龍之介の髪形を真似て、浅草の古い下宿に住んでいる。「ちょっと変わり者で魅力的な男子を描いているという意味で、最初に連想したマンガです。モテないようで、周りのみんなに温かく見守られ愛されている。絶妙に楽しい空気感が作中ずっと保たれていて、幸福な気持ちに浸れます」。全1巻/小学館文庫(小学館)。
鮎川ハル『赤松とクロ』
ノンケの大学生・赤松と、彼に思いを寄せる同級生・クロの恋模様。「最近よく読むBLのなかで最も愛読しているマンガ家さんです。『夢中さ、きみに。』は男子同士のじゃれ合いに面白みのある作品ですが、そのあたりが好きな人には最もおすすめ。キャラクターが少し変なところも似ています。日常的な描写のなかで普遍的な愛情を描く作風なので、男性もとっつきやすいです」。全1巻/MARBLE COMICS(東京漫画社)。

profile

枡野浩一

枡野浩一

1968年東京都生まれ。97年『てのりくじら』(実業之日本社)ほかで歌人デビュー。短歌のみならず、演劇評、マンガ評、書評、現代詩、歌詞、小説、童話など幅広く執筆。ラジオ『NHKジャーナル』の「#ニュースで短歌」選者。南阿佐ヶ谷〈枡野書店〉店主。

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