1. トップ
  2. エンタメ
  3. 【長塚京三さんインタビュー】「50代で決めたひとつの生き方。行動しないと、運もついてこない」

【長塚京三さんインタビュー】「50代で決めたひとつの生き方。行動しないと、運もついてこない」

  • 2025.1.9

『紙の月』『羊の木』と話題作を発表し続ける吉田大八監督が、筒井康隆の小説の映像化に真っ向から挑んだ映画『敵』。主人公を演じたのは、これが12年ぶりの主演映画となった長塚京三さんです。東京国際映画祭でグランプリほか3冠を達成した映画のこと、軽井沢での暮らしについて、79歳を迎えた長塚さんに聞きました。

想像力で、その人物の内側に入り込む

妻に先立たれ、山の手の一軒家でひとり暮らしをする77歳の元大学教授、渡辺儀助。料理をし、時に晩酌を楽しみ、後輩や元教え子と行き来する。プライドを失うことなく暮らす一方で、預貯金があと何年で底をつくか? その“Ⅹデー”を計算しながら生きています。捨てきれない欲望、なかったことにできない後悔を抱えながら……。ある日パソコンに「敵がやってくる……」というメッセージが――。吉田大八監督からオファーを受けた長塚京三さんは、監督が脚色したシナリオを読み、原作を読み、監督と直接話をして出演を決めました。

「筒井先生が原作となった小説を書かれたのが、儀助の年齢より十年以上も若い頃だったことに驚嘆しました。儀助と同世代の自分が同じような状況に立ち至ったら、恐らく同じように反応するでしょう。大変な想像力だなと。自分は、役を演じるときに思い悩んだり苦しんだりはしません。スッと入ります。俳優としての対応力の訓練とかそういう問題ではないんです。筒井先生同様に、想像力でその人物の内側に入り込む。パッと包み込んじゃう。いわゆる役作りはできないし、だいたいしないです。‟僕が儀助です”と言った瞬間にもう儀助で。言ったもん勝ち、儀助ですが何か? って、それが僕のやり方で(笑)」

そうとぼけて見せますが、映画のなかの長塚さんはまさに儀助そのもの。フランス近代演劇史を専門とする紛れもなきインテリで、プライドを持って自分を律し、丁寧に生活をする。モノクロで映し出される儀助の日常、まずはその美しさに見入ります。撮影前には、監督とふたりで丹念に本読みをしたそう。

「僕の声を聞いたことがあっても、この役のあのセリフを僕の声で言ったときにどう感じるか? 本読みはやっておくに越したことはありません。とっても真面目にやりましたよ、ふたりで密やかに、しめやかにね。僕以外の役は監督が、女性の分も全部やりました。そっちのほうが面白いかもしれないね(笑)。…冗談めかして言ってますけど、監督と主演者がさしで本読みをやるなんて空前絶後で。それで精神的なバックボーンというのはできていますから、撮影現場では監督とで作ったそうした‟骨組み”を崩さず、その範囲内でなんでも対応しますという感じで」

歩くことと何気なくそこにいること、このふたつが豊かであれば

食材の買い出し、使う食器、毎日の料理、儀助の淡々とした日常は見飽きることがありません。元教え子や交流のある後輩たちとの交流のなか、次第に過去を振り返る時間が増えていきます。現実か、夢か? その境界線はどんどん曖昧に。儀助の心地いい生活に浸るうち、観ているこちらまでがその危うさを共有することに。老いを体感したような感覚に、恐ろしくなるほどです。「僕がいちばん怖かったです、どうなっちゃうんだろうな~って」と長塚さんも笑っています。複雑でリアリティのある役柄を、まるでその人そのもののような顔でするっと自分のものにする長塚さんの凄みについて、考えないわけにはいきません。

「演じるということについて、言葉で言うのは難しいんですよ。俳優として映像で語ろうと決めた人間は、そういう言葉を持たずじまいで。だから‟儀助ですが何か?”みたいなことになると(笑)。しかも映画やドラマは監督や演出家あってのもので、俳優ひとりじゃできません。すると俳優として、映像で人前に出てどうアピールするか? またはしないのか……結局、ただ黙ってそこにいるとか、歩くしかないなと」

歩くことと何気なくそこにいること、このふたつが豊かであれば他はどうでもいいくらい――。かつて、60代の長塚さんはエッセイにそう記しました。得るものを得てそぎ落とすものをそぎ落とし、いい落ち着きどころになってきた、と語ります。

「何割できていたかはわかりませんが、60代は確かにそういうところがあったかもしれません。ところが70を過ぎ、僕くらいの年齢になるとできないことだらけでね。もう僕なりのやり方でなんとかクリアするしかない。少し軸を変えるか、新機軸を作ることになるのですが、それはそれでいいのかも。行き当たりばったりな僕の本領が発揮されるのかな(笑)」

50代で、何を思い悩むことがある?

人生のベテランでもある長塚さんは今、40~50代を振り返って何を思うのでしょうか。

「僕は50代くらいでひとつの生き方、これで行こう! と自分なりに決めて今に至ります。だから、そこから違う生き方をすることもできた年代ではあるなと。だって、初めて主役をやらせていただいたのは45歳を過ぎてましたから」

1992年、初主演作『ザ・中学教師』で毎日映画コンクール男優主演賞を受賞。さらに『瀬戸内ムーンライト・セレナーデ』『笑う蛙』での演技が評価され、舞台や朗読に挑み、エッセイを手がけ、JR東海「そうだ 京都、行こう。」やサントリーオールド「恋は、遠い日の花火ではない。」といったCMも……と、まさに大忙しだったそう。そんな長塚さんに、今の40代~50代に向けてアドバイスを求めると……。

「いやあ、わかりません。でも時代の流れが早すぎる今、もっとゆっくりやって、時代に乗り遅れてもいいんじゃないかと。だって、まだ40代、50代でしょう? 何を思い悩むことがある!? と」

長塚さんは現在、東京と軽井沢を行ったりきたりする日々。夕方になるとテラスにテーブルを出し、鳥の声を聴きながら奥様と食事を楽しむこともあるそう。「気候がよくて空気がいい。軽井沢だとよく眠れるんですよ」と長塚さん。そうしてまだまだ俳優としての歩みは続きます。

「演技なんてのは評価のしようもなく、基準も曖昧で。‟これからは自分のなかの新しい軸で”と言ったところで、自分がいいと思えばいい、というところもあります。結局はできることしかできません。あとはとにかくやる、行動することが大事で。何かしないと、運もついてこないですからね」

PROFILE:長塚京三(ながつか・きょうぞう)
1945年生まれ、東京都出身。1974年、パリ大学ソルボンヌ在学中にフランス映画『パリの中国人』でデビュー。1992年『ザ・中学教師』『ひき逃げファミリー』で第47回毎日映画コンクール男優主演賞を、1997年『瀬戸内ムーンライト・セレナーデ』で第21回日本アカデミー賞優秀主演男優賞、2002年『笑う蛙』で第24回ヨコハマ映画祭主演男優賞を受賞した。主な出演作にドラマ「金曜日の妻たちへ」シリーズ(84,85)、「ナースのお仕事」シリーズ(96,97,00)、大河ドラマ「篤姫」(08)、映画『恋と花火と観覧車』(97)、『長い長い殺人』(08)、『ぼくたちの家族』(13)、『UMAMI』(22)、『お終活再春!人生ラプソディ』(24)などがある。

映画『敵』

●監督・脚本:吉田大八
●出演:長塚京三 瀧内公美 河合優実 黒沢あすか 中島歩 カトウシンスケ 高畑遊 二瓶鮫一 高橋洋 唯野未歩子 戸田昌宏 松永大輔 松尾諭 松尾貴史
●配給:ハピネットファントム・スタジオ/ギークピクチュアズ
●1月17日(金)テアトル新宿ほか全国公開

ⓒ1998 筒井康隆/新潮社 ⓒ2023 TEKINOMIKATA

撮影/本多晃子 取材・文/浅見祥子

この記事を書いた人

大人のおしゃれ手帖編集部

大人のおしゃれ手帖編集部

ファッション、美容、更年期対策など、50代女性の暮らしを豊かにする記事を毎日更新中! ※記事の画像・文章の無断転載はご遠慮ください

元記事で読む
の記事をもっとみる