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【精神病のフリして入院】アメリカ全土を震撼させた「ローゼンハン実験」とは?

  • 2025.1.8
Credit: canva

「人は正気と狂気の境目を見極められるのだろうか?」

そんな疑問に駆り立てられ、前代未聞の実験を行った人物がいます。

アメリカの心理学者でスタンフォード大学の名誉教授であったデイビッド・ローゼンハン(1929〜2012)です。

現代でも凶悪事件の犯人が精神鑑定で無罪などを勝ち取ると、精神病のフリをしているだけなんじゃないか? と疑う人は多いでしょうが、この疑問に立ち向かったのがローゼンハンです。

彼は精神病院に精神疾患を装った覆面捜査官(実験参加者)を送り込み、診断の正確性を検証したのです。

この実験は彼の名前をとって「ローゼンハン実験」と呼ばれ、当時のアメリカ精神医学界に衝撃を与える結果をもたらしました。

一体その結果とはどのようなものだったのでしょうか? 詳しく見ていきましょう。

目次

  • ローゼンハン実験はなぜ始められたのか?
  • 精神病のフリをさせた人を精神病院に送り込む
  • 精神科医vsローゼンハン、ガチンコ対決の結果は?

ローゼンハン実験はなぜ始められたのか?

ローゼンハン実験の始まりは今から50年以上前の1970年代初めにまで遡ります。

当時アメリカでは精神病の患者が急増しており、それに伴ってアメリカ全土で精神病院の数も増えていた背景がありました。

しかし精神疾患の診断は、患者の訴え(主観的な報告)や行動観察、問診などに大きく依存しており、通常の身体の病気のように血液検査や画像診断で問題を明らかにすることは出来ません。

特に70年代はまだ精神疾患に対する知見も不足しており、医師の経験や偏見によるバイアスの影響を受けやすい状況にありました。

そのためローゼンハンは次のような疑問を抱きます。

「精神科医は本当に、精神病患者と健康な人間を正しく見分けられているのだろうか?」

ローゼンハン/ Credit: Stanford Law School(2012)

精神病かそうでないかを正しく見極めることは非常に重要です。

例えば、重犯罪者が精神病と認められると「責任能力なし」と見なされ、罪が軽くなることがあります。

つまり、もし犯罪者が精神病を偽って、精神科医を騙すことができれば、自分の罪も減刑できてしまうわけです。

そこで精神科医には確かな診断能力が要求されます。

これを踏まえてローゼンハンは「じゃあ、精神病患者のフリをして精神科医を騙せるかどうか試してみよう」との大胆なアイデアを発案します。

これがローゼンハン実験です。

では、アメリカ精神医学界を震撼させたローゼンハン実験の中身を見てみましょう。

精神病のフリをさせた人を精神病院に送り込む

ローゼンハンはまず最初に「精神病患者のフリをして精神病院に入院できるかどうか」を検証しました。

ここでは精神疾患のない至って健康な一般成人8名(男性5名、女性3名、うち男性1名はローゼンハン本人)で実験を行いました。

協力者は大学院生や心理学者、画家や主婦など様々な背景を持つ人たちであり、ローゼンハンは彼らをアメリカ各地に点在する別々の精神病院に送り込みました。

協力者には事前に幻聴があるフリをするよう伝えており、担当医には「ドスンという音が聞こえる」とか「『空虚だ』という声がする」とだけ話すように指示しています。

本名と職業を偽る以外は医師の質問にすべて正直に答え、幻聴の他には何も異常がないことを示しました。

その結果、驚くべきことに、8名全員の疑似患者が「精神障害の疑いあり」として入院が許可されたのです。

具体的には7名が統合失調症、1名が躁うつ病と診断されました。

疑似患者たちには軽い幻聴症状しか起こっていない(本当は幻聴すら起こっていないが)にも関わらず、精神科医たちは重い精神疾患の診断を下したのです。

実験が行われた病院の一つ、セント・エリザベス病院(ワシントンDC)/ Credit: ja.wikipedia

入院できた場合の次の行動も、ローゼンハンの指導のもと、入念に計画が練られています。

入院後すぐに、疑似患者たちは「幻聴がすっかりなくなった」と担当医や看護師たちに伝えました。

完全に健康であることを示すため、積極的に看護師たちの手伝いをしたり、医師のすることを逐一メモしたりしています。

ところが医師や看護師たちはそうした行動すらも「妄想性の精神疾患の症状の一つである」として、薬の服用を強制され続けました。

ただこうなることもローゼンハンは予測していたので、疑似患者たちには「薬を渡されたら飲むフリをしてトイレに捨ててください」と指示しています。

医師と看護師は誰も疑似患者の演技を見破ることはできませんでしたが、不思議なことに、彼らの正体に気づいた人たちがいました。

それは何を隠そう、同じ病院に入院していた本物の精神病患者たちです。

彼らは疑似患者たちに対して「病院を調べにきた研究者か何かでしょう?」と見事にその正体を言い当てました。

8名が送られた精神病院で、合計35名の精神病患者が8名の演技に気づいたとのちに報告されています。

その後、疑似患者たちはそれぞれ、薬の服用を続けることを条件に退院許可を得ました。

入院期間は平均で19日間であり、最短は7日、最長だと52日でした。

ローゼンハンはこの結果を『狂気の場所で正気でいること(On being sane in insane places)』という論文タイトルで、1973年に権威ある科学雑誌『Science』に報告しました。

ローゼンハンの論文は「精神科医が正常な人と精神病の人を見分けられない」ことを示した衝撃的な報告であり、当時のアメリカ医学界に大きな波紋を呼ぶことになります。

ただローゼンハンの実験にキレたのが、当の精神科医たちです。

彼らは「事前に何も知らされていないのに、勝手に実験をするとは卑怯だ!」と反論し、「ちゃんと見破ってやるから、うちで試してみろ!」と挑戦状を叩きつけます。

これに対してローゼンハンは「ではこれから3カ月の間に1名以上の疑似患者を送るからよろしく」と返答します。

果たして、このガチンコ対決の結果はどうなったのでしょうか?

精神科医vsローゼンハン、ガチンコ対決の結果は?

挑戦状を叩きつけた精神科医の病院では、その後3カ月の間に193名の新規患者が訪れています。

そして精神科医はそのうち41名を疑似患者の疑いありとし、最終的に19名を「ローゼンハンが送り込んだ刺客だ!」と判断しました。

果たして、結果はどうだったのか?

なんとローゼンハンはただの1人も疑似患者を送り込んでおらず、精神科医が「ニセモノだ」と診断した19名は全員本物の精神疾患に悩む人たちだったのです。

この結果から、当時の精神科医たちがいかに主観的で不正確な診断を下していたかが明るみになりました。

ローゼンハン実験は「精神医学には正気な人とそうでない人を見極めるための信頼できる基準がない」ことを明らかにし、当時のアメリカ医学界に衝撃をもたらしたのです。

この実験がフェアじゃないと感じる人もいるかもしれませんが、もしこれががんなどの病気だった場合、患者がいくら自分ががんだと訴えても実際に抗がん剤治療を受けてしまうことなどありえません。そう考えると精神疾患に対する診断の曖昧さは大きな問題だと言えます。

またローゼンハンは潜入実験の中で、患者たちが勝手に荷物の中身を詮索されたり、ときには電気ショックなどの拷問のような治療を強要されたりと、非人間的な扱いを受けていたことを目にし、「精神病院においては人間のラベリング(決めつけ、偏見)および人間性を損なう危険性が存在する」と結論づけています。

Credit: canva

こうしたローゼンハンの実験を受けて、精神疾患の診断基準は大きく変更され、現在では精度の高いものになっていると言われています。

その一方で「ローゼンハン実験には真偽の不確かな部分もある」とのちに報告されるようになりました。

ジャーナリストが調査をした結果、ローゼンハン実験に参加した疑似患者8名のうち3名しか身元を確認できず、残りの5名はどこの誰だかわからず、捏造の疑惑が浮かび上がったのです。

またローゼンハン自身も病院側の対応に関し、事実を誇張して報告した疑いがあるという。

ローゼンハンは2012年に亡くなっており、真実は闇の中ですが、この調査レポの詳細は2019年に『なりすまし——正気と狂気を揺るがす、精神病院潜入実験』として出版されています。

参考文献

Unmasking the Damaging Nature of Psychiatry: Insights from The Rosenhan Experiment
https://achology.com/general-interest/unmasking-psychiatry-insights-from-the-rosenhan-experiment/

Stanford Law School Mourns the Loss of David L. Rosenhan, Professor of Law & Psychology, Emeritus
https://law.stanford.edu/press/stanford-law-school-mourns-the-loss-of-david-l-rosenhan-professor-of-law-psychology-emeritus/

元論文

On being sane in insane places(PDF)
https://www.weber.edu/wsuimages/psychology/FacultySites/Horvat/OnBeingSaneInInsanePlaces.PDF

ライター

大石航樹: 愛媛県生まれ。大学で福岡に移り、大学院ではフランス哲学を学びました。 他に、生物学や歴史学が好きで、本サイトでは主に、動植物や歴史・考古学系の記事を担当しています。 趣味は映画鑑賞で、月に30〜40本観ることも。

編集者

ナゾロジー 編集部

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