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スタジアムが舞台に変わる夜――豊岡演劇祭『リバーサイド名球会』体験記

  • 2025.1.6

野球場で演劇? そんな意外性から始まる『リバーサイド名球会』は、舞台と観客の新しい関係性を作り上げた特別な一夜だった。こうのとりスタジアム全体を舞台として使い、観客が移動しながら物語に没入していく体験型の演劇。八嶋智人さんや男性ブランコの平井さんといった親しみやすい俳優陣がつくり出す温かな空気感、そしてスタジアムという空間の持つ懐かしさや解放感が、観る者すべてを笑顔と感動で包み込みんだ。演劇の可能性を広げる、この新しい形をレポートしよう。

文:稲垣美緒(Harumari TOKYO)
Photo:igaki photo studio
Photo courtesy:Toyooka Theater Festival

関西への出張中、たまたまスケジュールが合ったので以前より気になっていた「豊岡演劇祭」へ足を運ぶことに決めた。京丹後をはじめ、関西方面に友人が多いため、彼らが発表の段階からSNSに「絶対いきたい!」とポストしていたのでとても気になっていたのだ。

豊岡演劇祭は、兵庫県豊岡市を舞台に開催される国際的な演劇の祭典。国内外の多彩な演劇作品が集まり、街全体が舞台となるユニークな試みが特徴だ。演劇祭とひと言でいっても、アートや自然、地域文化が融合する場。観光としても魅力的で、世界中からも多くの観客がやってくる。

会期中、いくつかの演目を観劇したのだが、なかでも忘れられない一夜となったのが、こうのとりスタジアムで上演された「劇団スリーピルバーグス」による野外劇『リバーサイド名球会』。野球場での演劇は初めてで、どんな体験になるのか想像もつかなかったが、そこには笑いと感動、そしてノスタルジーがたっぷり詰まった特別な時間が広がっていた。

懐かしい記憶を呼び起こすスタジアムの空気

会場となったのは「こうのとりスタジアム」。スタジアム前に全員集合!というなんとも学生の頃のような指示に思わず笑ってしまう。敷地に足を踏み入れた瞬間、あの独特の「野球場の匂い」が鼻をくすぐる。芝生の匂いや夜の湿気、遠くで聞こえるサイレンの音。それらが、小さい頃に親に連れられて神宮球場へ行ったときの記憶を鮮やかに呼び起こしてくれる。当時の私は試合そっちのけでスタジアムの雰囲気に夢中だったけれど、この夜も同じように、演劇そのものだけでなく(そっちのけではありません)空間全体が魅力的に感じられた。

そして、クライマックスでは夜空を彩る花火が打ち上がり、胸の奥に懐かしさと切なさが一気に広がるような感覚に包まれた。スタジアムという場所だからこそ生まれる、特別な演出だったと思う。

観客も動く!ユニークな体験型演劇

この作品の面白いところは、観客自身も劇中で移動する仕掛けがあること。全3話からなるオムニバスなのだが、1話目は「スタジアム前の駐車場」で観始めるのだが、2話目は「スタジアム内の放送室」、3話目は「グラウンド」と場所を移動しながら物語を追いかける。さらに、第3話の客席に関してはチケット購入時にスタンド席エリアとベンチ席エリアを選ぶことができ、とりわけベンチ席エリアを選んだ人たちは「こんなところに入れるの?」という驚きと同時に、観客席から俳優を眺めるのではなく、より舞台の中心にいるような感覚を味わえた。

観客が動くたびに視点が変わり、空間の広がりを感じられるのが新鮮だった。この仕掛けが、ただ座って観るだけでは得られない体験を生み出していて、「スタジアム全体が舞台」というコンセプトを存分に活かしていたように思う。

近年、観客が移動する「イマーシブシアター」スタイルの演劇もそれなりにあるが、それらは主に、非日常な劇中の世界観に没入する、というもの。どこか劇場外とは世界が違うものとして設定されている。しかし、この『リバーサイド名球会』は私たち日本人に馴染みの深い「野球場内の移動」であるため、劇場内の世界との境界はいたって自然。まるで、友人の試合を応援に来たかのようなナチュラルさが観客たちの中にも広がっているのだ。

俳優陣の魅力と、ゆるい空気感

そして、この舞台をぐっと盛り上げていたのは、出演する5人の俳優陣。(1人で2役なども軽やかにこなしている)

特に、八嶋智人さんと男性ブランコの平井さんはそもそもの好感度もあってか、登場するだけで観客側の空気も緩む。八嶋さんの演技には、テレビでお馴染みの軽妙なテンポとユーモアがしっかり生きていて、観客の笑いを誘いながらも、時折グッと心に響くセリフを響かせてくれる。特に、何気ない日常を語るシーンでの親しみやすさには、「ああ、この人がいるなら安心して観られるな」と思わせる力を感じた。

平井さんの演技も自然体そのもの。地元の「ちょっとお調子者なあんちゃん」という感じが絶妙で、観客との距離を一気に縮めてくれた。アドリブっぽいやり取りも随所に散りばめられていて、観客の笑い声がスタジアム全体に響き渡る瞬間が何度もあった。平井さんは豊岡市出身とのことで、この地域の方々にはお馴染み。ちなみに10月期ドラマ「ライオンの隠れ家」での演技も素晴らしかったため、役者としてこれからも期待大の存在だ。

また、会場の雰囲気も最高だった。たまたま友達に誘われて来たという人や、演劇ファンというより「楽しいことがあればとりあえず行く」というような人たちも多く、ピクニック気分のゆるい空気感が漂っているのだ。これが「演劇を観る」というより、「みんなで何か面白いことを体験する」という場を作り出していて、本当に心地よかった。

物語と空間が生み出すノスタルジー

物語自体は地方都市の草野球チームを題材にしたシンプルなものだが、その中には大人になっても叶わない夢や、日々の小さな希望がたっぷり詰まっていた。特に、全員で応援歌を歌うシーンでは、ただ観ているだけだった観客も自然と声を出し始め、気づけばみんなで一体感を味わうことができた。

スタジアムで聴く応援歌や響く声、そして最後にあがる花火。そのすべてが、ただ「懐かしい」だけではなく、今の自分たちを少しだけ前に押し出してくれるような、不思議な力を持っているよう。夜の野球場の空気、本当に特別だ。

また行きたい、でも今夜限りだとみんなが知っている特別な夜

『リバーサイド名球会』は、スタジアムという広大な場所を活かし、俳優たちと観客が一緒に空間を作り上げる、唯一無二の舞台だったといえる。時にアドリブで観客と掛け合う、親しみやすい俳優陣のおかげで、演劇初心者でも気負うことなく楽しめる内容でありながら、演劇としての魅力や深みもたっぷり。

懐かしさや温かさ、そして少しの切なさを感じる演目とともに、こうのとりスタジアムでしか味わえない特別な夜を過ごすことができた。

帰り道、演目をどうこう議論するのではなく、子どもたちや演劇初心者が「なんか今日楽しかったね〜」と笑いながらスタジアムを後にする姿には、演劇というカルチャーの新しい可能性を見た気がする。

スリーピルバーグス 第2回野外公演inスタジアム!「リバーサイド名球会」
2024年9月20日(金)~2024年9月22日(日・祝) ※公演終了
兵庫県 こうのとりスタジアム
スタッフ
作・演出:福原充則
出演
八嶋智人 / 平井まさあき(男性ブランコ) / 久保貫太郎 / 永島敬三 / 佐久間麻由Harumari Inc.
スリーピルバーグ
脚本家・演出家の福原充則を中心に、積もった表現欲求を外に向けて放出せんとして立ち上がった全天候型創作ユニット。アンチ屋根の会の急先鋒。〝人が生きていく上で逃れられない悲喜こもごもからの一瞬の離脱〟という大上段に構えたテーマを振り下ろす素面の三人組!
公式WEBサイト:https://www.3pielbergs.com
X:@3pielbergs / Instagram:@3pielbergsHarumari Inc.
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