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『エマニュエル』あの官能映画の原作を現代女性の視点で新たに紡ぐ~オードレイ・ディヴァン監督インタビュー~

  • 2025.1.7

“おしゃれな官能映画”として知られる70年代のフランス映画『エマニエル夫人』。1974年に日本でも公開されると、官能シーンが多いにもかかわらず多くの女性が劇場に足を運んだといい、異例の大ヒットとなりました。

あれから50年を経て、時代も大きく変わった今、気鋭の映画監督オードレイ・ディヴァンにより新たな『エマニュエル』が生まれました。そこで描かれているのは、現代女性が自らの欲望と向き合い、真の快感を求める心の旅路です。1月10日の日本公開に先立ち、昨年11月には第37回東京国際映画祭ガラ・セレクション部門で上映。来日したディヴァン監督に、本作に挑んだ理由や日本にまつわるエピソードなどをうかがいました。

『エマニュエル』© 2024 CHANTELOUVE - RECTANGLE PRODUCTIONS – GOODFELLAS – PATHÉ FILMS

「抑圧を解き放ち、本当の喜びを探してほしいと思いました」

——74年の『エマニエル夫人』は主演のシルヴィア・クリステルのファッショナブルな美しさが押し出されていたこともあり、日本では“おしゃれな官能映画”というイメージがあります。ディヴァン監督はどのような印象をお持ちですか?

オードレイ・ディヴァン監督(以下、ディヴァン):私は『エマニエル夫人』を全部通して観てはいないのですが、今の時代からすると美的にも古びている印象がありますし、内容も問題がありそうです。私はシルヴィア・クリステルの眼差しの奥にある悲しそうなようすを見逃すことはできません。おそらく彼女は自分が何を演じているのかよくわかっていなかったのではないかと思いました。

――監督の『エマニュエル』は、『エマニエル夫人』のリメイクではなく、同じ原作をもとに新たに作った映画ということですが、前作から50年が経ち、当時と比べて女性の社会進出が進みました。『エマニュエル』の主人公も高級ホテルを査察する職で活躍していますが、一方で内面は抑圧されているように見えました。

ディヴァン:私自身は、女性が活躍するようになったといっても目に見えない障壁はあると思いますし、完璧を求められているように感じています。そのため、私たちは抑圧された感情を抱いてしまうのです。でも私は今回の作品で、主人公にその抑圧を解き放ち、本当の意味での喜びを、それは性的な快楽だけでなく自分自身の喜びを探してほしいと思いました。

――監督の前作『あのこと』(21年)がベネチア国際映画祭金獅子賞を受賞するなど高く評価されているなか、次回作としてすでに有名な作品の再映画化に取り組むというのは、かなり挑戦的なことに思えます。なぜ本作を選んだのでしょうか。

ディヴァン:私は映画のテーマを決めるときに、楽にできそうなものを選びたくないのです。それを撮りたいという私の欲求を掻き立ててくれると同時に、挑戦できるものを選んでいます。実は、前作で賞をいただいた後、すごく孤独な気分になりました。やはり周りから次回作も良いものをと期待されますよね。ただ、期待に応えようとしすぎると、私はアーティストではなくなってしまう、という恐怖もありました。そういう意味では、主人公のエマニュエルと近い部分があるかもしれません。『エマニュエル』では、“自分を解放してあなた自身の喜びを見つけなさい”というメッセージを描いていますが、私自身も新たな世界に飛び込んでいく勇気を持つべきだと感じました。

「これまでのキャリア、すべてが監督業に役立っています」

『エマニュエル』© 2024 CHANTELOUVE - RECTANGLE PRODUCTIONS – GOODFELLAS – PATHÉ FILMS

――エマニュエルを演じたのはノエミ・メルランさんですが、映画の流れとともに、硬い表情が徐々に変化していくのが良いと思いました。監督からは何か演技指導をされたのですか?

ディヴァン:そう言っていただけると嬉しいです。そこはノエミともすごく話し合いました。エマニュエルはキャリアウーマンとして毅然としていてどこか冷たい雰囲気を醸し出していますが、だんだんと他者を受け入れるようになります。そういった人としての進化を描きたいと話し合いました。

――相手役のケイを演じているウィル・シャープさんは、『ルイス・ウェイン 生涯愛した妻とネコ』の監督でもあるのですね。監督もされている俳優との共同作業はいかがでしたか?

ディヴァン:ウィルもノエミも映画監督として作品を撮っているので、私はラッキーでした。二人とも演技をしながら言葉の持つ重みをよく理解していますし、どのような構図で撮影すると緊張感が生まれるか、といったこともすぐに伝わります。しかもウィルは英語のセリフについてもアドバイスをしてくれました。

『エマニュエル』© 2024 CHANTELOUVE - RECTANGLE PRODUCTIONS – GOODFELLAS – PATHÉ FILMS

――ホテル経営陣のマーゴを演じるナオミ・ワッツさんも素晴らしい演技でした。

ディヴァン:ナオミ・ワッツさんに私の企画を提案するなんて恐れ多くて長い間できませんでしたが、キャスティングディレクターが脚本を送るべきだと言ってくれたのです。私は権力者であるマーゴをもっと権力を振りかざすような横柄な人物をイメージしていたのですが、彼女は「あえて柔らかな感じを出したほうがいいのではないか」と提案してくれました。その結果、とらえどころのない人物を造形できたのではないかと思います。

「フランス人だけど日本食が一番好き。実は……」

――監督ご自身についてもお伺いしたいです。ジャーナリズムと政治学を学んだ後に、記者や脚本家を経て映画監督に、という経歴をお持ちですが、クリエイティブな仕事に就きたいと思った理由は? また、キャリアを築くうえでの信条があれば教えてください。

ディヴァン:私がやりたかったことは書くことでした。でも最終的に文字で書くのではなく映像で描くということに到達しました。これが私に一番しっくりくるのかなと思っています。私がこれまでに築いてきたキャリアのすべてが、今の監督業に役立っていると思います。ジャーナリストのときはリサーチが大事でしたが、監督業でもそれは同じです。

――先ほど「女性が活躍する一方、見えない障壁がある」とおっしゃっていましたが、監督自身がそういったことを感じることが多かったのでしょうか。

ディヴァン:具体的に何かをされたわけではないのですが、やはり女性のほうが「私はこんなこともできます」と男性以上に自分の能力を証明しなければならない、といった目に見えないプレッシャーを常に感じています。

第37回東京国際映画祭ガラ・セレクション部門に選出された『エマニュエル』のアジアン・プレミアが開催され、上映後に登壇したオードレイ・ディヴァン監督(2024年11月1日)

――そういうなかで作品を撮り続けていることは同じ女性として素晴らしいことだと思います。映画の撮影ではチームワークも大事に思えますが、人とのコミュニケーションの取り方で心がけていることはありますか?

ディヴァン:私が監督業をする前に働いていた現場はどちらかというと男性中心で、縦社会でした。でも、私の撮影現場では、みんなが対等な関係を築けるようにしています。もちろん私は監督として最後の決断をしますが、誰もが意見を言えるような現場です。それに、私のスタッフはみんな友達なんです。だから撮影が終わったら絶交というのはイヤなので、友達でい続けられるように心がけています(笑)。

――監督は40代半ばですが、よりよく年齢を重ねていくために心がけていることがあればぜひ教えてください。

ディヴァン:ちょうど私もそういったことを考えていて、3つのことを心がけています。まず、将来の心配に目を向けるのではなく、今のことだけを考えるようにしました。2つめは、自分が心地よいと思えることをリストアップしています。食べ物やスポーツなどですね。3つめは、自分に優しくすること。シワがひとつ増えたら、「このシワも悪くないわね」というように、私の中の変化をポジティブに捉えるようにしています。

――監督の心地よいことリストの中に、日本の食べ物などが入っていたら嬉しいです。

ディヴァン:私はフランス人ですが、世界中の料理のなかで一番好きなのは日本食なんです! だから機会を見つけては来日しようとしています(笑)。来年(2025年)は新婚旅行で日本にまた来たいです。

――そうなんですか! ご結婚おめでとうございます。日本のどちらに?

ディヴァン:沖縄に行きたいです。大好きなんです。

オードレイ・ディヴァン(Audrey Diwan)

PROFILE

1980 年、フランス生まれ。パリ政治学院でジャーナリズムと政治学を学んだ後、ファッション誌などの記者を経て、2008 年から脚本家として活躍。2019 年に『Mais vous êtes fous(原題)』 で監督デビューを果たす。アニー・エルノーの小説「事件」を自ら脚色した監督第 2 作『あのこと』(2021年)で、ベネチア国際映画祭金獅子賞、ルミエール賞作品賞を受賞したほか、多くの賞にノミネート。最新作『エマニュエル』にも注目が集まっている。

ヘアメイク/SHIGE(AVGVST)

『エマニュエル』

ホテルの品質調査をするため、香港の高級ホテルに滞在するエマニュエル。サービスも設備も完璧で最高評価の報告書を提出するが、ランキングが落ちたことが許せないオーナーから経営陣のマーゴを懲戒解雇できるアラを探せと命じられる。ホテルの裏を調べ始めたエマニュエルは、関係者や妖しげな宿泊客たちに禁断の快楽へと誘われていく。そこに、行きの飛行機でエマニュエルを見ていた男、ケイが現れる。

監督:オードレイ・ディヴァン
原案:エマニエル・アルサン著「エマニエル夫人」
出演:ノエミ・メルラン、ウィル・シャープ、ジェイミー・キャンベル・バウアー、チャチャ・ホアン、アンソニー・ウォン、ナオミ・ワッツ
配給:ギャガ
© 2024 CHANTELOUVE - RECTANGLE PRODUCTIONS – GOODFELLAS – PATHÉ FILMS

2025年1月10日(金)より全国公開

構成・文

ライター 中山恵子

中山恵子

ライター。2000年頃から映画雑誌やウェブサイトを中心にコラムやインタビュー記事を執筆。好きな作品は、ラブコメ、ラブストーリー系が多い。趣味は、お菓子作り、海水浴。

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