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日常を、人生を、もっと豊かに。芸術鑑賞のチケットサブスク「recri」が起こす変革とは?

  • 2025.1.6

演劇鑑賞のスタイルに、新しいトレンドが始まっている。厳選した舞台や展覧会のチケットを毎月届けるサブスク型サービス「recri(レクリ)」が、演劇好きはもちろん、むしろこれまで演劇に馴染みがなかった人にも好評だ。「recri」がもたらす、新しさとは何か? 代表の栗林嶺さんに話を聞いた。

「recri」は、ユーザーの好みに合った舞台や展覧会のチケットを、毎月届けるサービスだ。たとえ興味はあっても、何を選べばいいのかわからない“芸術鑑賞初心者”と、新しい顧客との出会いを必要としている“興行主”をつなぐ、新しいプラットフォームとも言える。特筆すべきは、数ある公演や展示の中から “本当に面白い”と思うものだけを厳選する、その“目利き”力だろう。ユーザーデータを活用した独自のマッチングシステムで、一人ひとりの価値観や好みに合わせた作品を導き出す。これまでのエンタメ業界の常識を打ち破る「recri」は大いに期待を集め、2025年には、関西圏にもサービスを広げるという。

世の中にはもっと面白いエンタメがある。コロナ禍のもどかしさから生まれた構想

「recri」の構想が生まれたのは、コロナ禍のこと。当時、舞台演劇や音楽ライブ、美術展などの多くは、不要不急とされ、延期や中止を余儀無くされた。いくつもの劇団が潰れ、多くの役者やアーティストたちが廃業に追いやられていく中、まさに日本のエンタメ業界は危機を迎えていた、あのときのこと。

もともとテレビや舞台でダンサーとして活躍していた栗林さん。大学卒業後は、電通にクリエイターとして入社し、さまざまな企業やブランディングの仕事に関わってきた。20代最後に独立したのは、「大好きなエンタメ業界のために、何か力になりたい」という想いがあったからだという。

「僕自身がダンサーとして活動していたこともあり、周りには、役者や脚本家、音楽をやっている友人などが多くいました。だから、彼らの苦労はよくわかっていたんです。特に集客は本当に大変なことで、『チケットノルマのために、真夏の炎天下にチケットを配らなきゃいけない』と嘆く友人の姿を見ながら『なんとかできないだろうか』と、常に思っていました」

一方、世間では、演劇など舞台芸術はどこかハードルが高いというイメージが根強く、舞台や演劇を楽しむのは一部の層だけに限られている。特に、演劇業界には「わかる人だけ来てくれればいい」という、「一見さんお断り」的な雰囲気が、新規層を遠ざけていた面もあると栗林さんは指摘する。

「多くの人は、『やることがない』『何か面白いものはないか』と言いながら、Netflixを観るだけで終わってしまう。世の中にはもっと面白いエンタメがたくさんあるのに…と、もどかしさを感じていました」

業界変革のタイミングでサービスをローンチ。「救いたい人の顔」がモチベーションに

面白い体験をしたい世間と、集客に悩む興行主。そんなジレンマを抱える中に、コロナ化の大打撃があり、エンタメ業界は「これまで通り」ではいられなくなった。これを栗林さんは「変革のタイミング」と捉えたのだ。

「アパレルやワイン、コーヒーなど、他の業界にはこうしたサブスクサービスはすでにたくさんありました。しかしエンタメ業界には、似たようなサービスがなかった。というのも、座席やスケジュールなどは変動性が高く、管理があまりにも大変だからです」

「recri」では、それを乗り越えるためのシステムを開発し、構想から2年かけてサービスを実現。強いモチベーションになったのは、「明確に救いたい人の顔が浮かんでいたから」だと、栗林さんは語る。

「これまで苦労を抱えていた友人たちにも声を聞きながら、サービスの内容を構築しました。“現場”で活躍する彼らの協力があったからこそ、新参者が参入するのはなかなか難しい業界にも受け入れてもらうことができました」

演劇を観るだけでなく、知性を刺激する時間そのものを提案

サービスをスタートして約1年、現在ユーザー数は4桁台に上る。メイン層は30代~50代の女性で、全くの芸術鑑賞未経験者というよりも、過去に1度は経験があるものの、改めて触れる機会がなかったという人たちが多いようだ。

「一番は、仕事や子育てが落ち着いて、今後の人生を見つめ直すようなタイミングにある人たち。お金や時間にある程度余裕もあり、何か新しいことにチャレンジしたいという中で、習い事感覚で利用し始める人が多いようです。価格も、ヨガや英会話教室、料理教室に行くのとちょうど同じくらいの設定なので、トライしやすいというのもあると思います」

チケットは希望の枚数を自分で決められるので、グループで利用する人も。友達とサークル的に使う人もいれば、夫婦の月1のデートや定年を迎えた両親との時間に使う人も。

「鑑賞後にお茶をしながら感想を語り合うまでが、一つの楽しい体験になっているんです。芸術鑑賞が目的なのではなく、芸術鑑賞を手段として、日常に刺激を取り込み、日々をより楽しく豊かにすることが、ユーザーにとっての大きな魅力となっているようです」

舞台は最初が肝心。「recri」が舞台デビューをサポート

作品を厳選する理由として、栗林さんは、「友達にすすめられた作品は面白い」という原体験が生かされていると語る。

「例えば、『失恋したならこの映画がいいよ』とか『そのバンドが好きならきっとこれも好きだよ』と、自分の環境や価値観を知っている人にすすめられると、やっぱり刺さるんですよね。そして、1回面白いと思ったら、また次も、と思う。『recri』も、そんな信頼できる友人のような存在になりたいんです」

舞台演劇は、「最初が肝心」だと栗林さん。「recri」が厳選した作品ならば、初心者に起こりがちな「思い切って観に行ったのに、つまらなかった」という失敗も起こりにくいと、太鼓判を押す。

「舞台演劇は敷居が高いと思われがちですが、行ってみると間違いなく楽しいし、それを知ると知らないとでは、人生は大きく違うと思っています。『recri』では、初回のお得なプランも設けていますので、騙されたと思ってぜひ一度体験していただきたいんです。のちのち振り返ったときに、あの経験から人生が豊かになった、と必ず思ってもらえるはずです」

これまでにはない付加価値を。ユーザーの心を満たす“手触り”のあるサービス

「エンタメ業界が集客を広げられなかった一番の原因は、『全てが作り手目線にある』ことだ」と、栗林さんは指摘する。

「他の業界であれば、市場調査をしてユーザーのニーズを探り、それに応えようとするのが当たり前ですが、この業界では作り手の想いだけを重視し、ユーザーは置き去り。それではいつか限界が来るだろうと思うんです」

ユーザー目線でより楽しめるよう丁寧に橋渡しをすることが、ひいては芸術鑑賞の人口を増やしていくことにもつながると、「recri」ではさまざまなサービスを工夫。例えば、チケットには「オリジナルレター」を同封し、知っておくとより楽しめる、作品の前知識や見どころを伝えている。

「他にも、会員限定のオフ会を定期的に開催するほか、舞台の裏側を見られるバックステージツアーや、演出家を迎えてのトークイベントなど、“手触り”のあるサービスを届けるようにしています。オフラインのものを届けている以上、機械と向き合っているだけじゃない、人間感みたいな部分も大事にしたいんです」

結局最後に残るのは、“心の豊かさ”。演劇は、今の時代にこそ、価値がある

数あるエンタメの中でも舞台演劇は、「チケット代が高い」ことが集客に影響しているのでは、という声もある。

「僕は、“最適化”が、この課題を解決する糸口になるんじゃないかと考えています。例えば日本の場合、席の値段は、1階席、2階席の大口で決められていることがほとんどです。しかし海外では、一席ごとに金額が異なるのが一般的。それは、見やすさだけでなく、例えば袖で待機している役者が見えるなど、ある種のオプションも考慮して設定されます。これは「ダイナミックプライシング=動的価格設定」と言い、無駄が出にくく利益を拡大できる方法として、今さまざまな業界で導入が進められています。

しかし、古くからの慣習が残る演劇業界では、これまでのシステムを変えるのは抵抗が大きく、なかなか一歩を踏み出せなかった。そこで我々は、チケットを取引する際に、需給のバランスを考慮して交渉を行い、少しずつ意識変革を促しています。これにより、今後、新たなチケット価格設定ができれば、『recri』でも『前列の席を選べるプラン』なども作れるかもしれません」

演劇にしかない意味消費とセレンディピティ。

栗林さんにとって演劇の魅力とは何なのだろうか。改めて聞いてみた。

「数年前、劇団『マームとジプシー』が演じた、ひめゆり学徒隊の物語『cocoon』を観て、これまで事実として知っていたことを、初めて“自分ごと化”することができたんです。それは、目の前で実際に少女たちの表情や涙を目撃し、そこにある感情に触れられたから。生身の人が作り出すものだからこそ、人の心を動かし、人生をも変えられるような力があるんじゃないかと思うんです」

そうした経験は、最近よく耳にするようになった「意味消費」にもつながる部分がある、と栗林さんは語る。

「誰もが、『自分にとって本当に有益なものは何か』と考える今の時代、演劇はまさに、自分のために語りかけてくる芸術であり、唯一無二のものとして価値があるように思います。あちこちで効率化が進み、最短距離が求められる時代でもありますが、結局最後に残るのは、“心の豊かさ”ではないでしょうか。そんな中で、演劇というエンタメは、ますます注目されていくような気がします」

アルゴリズムのおかげで、ネットで出会う情報は自分の“過去”の行動や思考に合わせて最適化してくれる。でも、「日常にあたらしい刺激が欲しい」「人生をもっと充実させたい」そんなセレンディピティを求めるのなら、「芸術鑑賞」と言う新たな扉を開いてみるタイミングかもしれない。その背中を「recri」はそっと押してくれるはずだ。

栗林 嶺(くりばやし・りょう)
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