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「ベッドリネンはひとつ自己表現」。一点ずつ丁寧に仕立てられる、ミヨーのクチュールのような寝具

  • 2025.1.4

ミヨー(MILLAUX)の共同設立者、ローラ・タンザーが寝具を作ろうと考えていることをかかりつけのセラピストに話したとき、予想外の反応が返ってきた。「『なるほど。ベッドは子宮みたいなものなので、すごく腑に落ちますね』というようなことを言われたんです」。それまで、ベッドと子宮に共通点を見出したことはなかった彼女だが、その例えは心に響いた。

ヴェトモンVETEMENTS)でデザイナーとして働いた後にセントラル セント マーチンズCENTRAL SAINT MARTINS)に入学したタンザー。卒業後、今度はバレンシアガBALENCIAGA)でふたたびデムナと肩を並べ、3年間ブランドのオートクチュールラインの立ち上げなどに携わった。一方、ミヨーのもう1人の共同設立者(そしてタンザーの結婚相手)のジェシカ・シンプソンは、元プロテニス選手という経歴を持つ。現役時代は1年のうち35週間も世界を転々とし、ホテル暮らしをしていた。そして大怪我を負い、引退。その後はギャラリー勤め、ホスピタリティ・ブランドやイベント会場の設立など、さまざまな業界を渡り歩いた。タンザーとはイギリスで出会い、やがて2人の間に「ライフスタイル・ブランドを立ち上げたい」という思いが生まれた。

ジェシカ・シンプソン(右)とローラ・タンザー(左)。
ジェシカ・シンプソン(右)とローラ・タンザー(左)。

「ローラと私は遠距離恋愛をしていた時期があり、ホテルやベッドリネンの話をするのが、2人の会話で当たり前になっていったのです。『部屋はどんな感じ?』『居心地はどう?』みたいに」とシンプソンは言う。同棲を始め、寝室のコーディネートにとりかかると、既存の家具や寝具では、自分たちの思い描いている空間は作れないことに気づいた。「1つの世界観を作ることに、2人ともやりがいを感じるんです。なので、さまざまな伝統を生かしたブランドにするというアイデアは、ここから生まれたんだと思います。昔ながらの高級品や現代のミニマリズムの上に成り立ったブランドではなく、マキシマリストであらゆる要素を取り入れた、遊び心と安らぎも感じられるブランドにしたかったのです」

「ミヨー」という名前は、タンザーの子ども時代の思い出からとったものだ。「南フランスにミヨーという町があって、ヨーロッパで一番長い橋が架かっているんです。小さい頃、よく遊びに行っていました」とタンザー。橋の近くに彼女の祖父母の家があり、その家が強く印象に残っているという。「私の記憶ではすごい大豪邸で、庭でサソリを見つけたのを覚えています。『何この生き物たち!』って驚いたことも」。この懐かしく、どこか神秘的な思い出が、ミヨーのコレクション全体の根底にある。

ファッションデザインの観点から作られる、カスタムメイドのベッドリネン

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ミヨーはオートクチュールの寝具ブランドとして位置づけられており、アイテムはすべてオーダーメイド。リクエストに応じて制作される。「寝具のサイズは世界共通ですが、実は世界共通ではないんです。そこが問題なのです」とシンプソンは言う。また、ブランドによってクイーンやキングといったサイズの解釈が異なるのは、ごく一般的だとも指摘する。「ファッションデザインの観点からブランドを構築しました。そしてファッションのプリントメーカーたちとも協力しながら制作に取り組んでいます」とタンザーは付け加える。「クチュールと同じように、私たちがコレクションを作り、それをもとにお客様がカラーやサイズをカスタムしてオーダーするという流れです。寝室の壁にかけてあるタペストリーに合うものをデザインして欲しいといった相談に乗ることもできます。お客様との対話を大切にし、お客様のための寝室環境を整えていきたいと考えています」

タンザーとシンプソンの2人は、イギリスのファッションデザイナー兼テキスタイル開発コンサルタントのフィオナ・ブレイクマンと組んでプリントをデザインした。同じくセントラル セント マーチンズの卒業生であるブレイクマンは、グレース・ウェールズ・ボナーと長きにわたり制作しており、過去にはフィービー・ファイロ率いるセリーヌCELINE)に在籍。最近ではジェイ ダブリュー アンダーソン(JW ANDERSON)のためにギネスビールのプリントを考案した。「こんなにセンスがいい人には会ったことがありません」とタンザーはブレイクマンを絶賛する。そして彼女とのコラボレーションは、ごく自然に始まった。「自分たちの世界観を一軒の家に例えて説明して、それぞれの部屋をどのようにミヨーの寝具で彩りたいかを伝えたのです」。そこから、膨大な量の参考画像や絵、インスピレーションを収集した。「ベッドルームの写真から伝説の生き物まで、ミヨーの『家』を作り上げる、ありとあらゆる不思議なものをかき集めました」

「こうあるべき」を手放した寝室づくりを目指して

2024年10月、ミヨーは「パストラル」と「ロワイヤル」、2つのコレクションをローンチした。「(参考にした)タペストリーにはアニマル柄のものが多かったので、アニマル柄は絶対に展開したいと思いました。花や庭も、何かしらの方法で取り入れたかったのです」と話すタンザーは、フローラル柄をエレガントに仕上げる難しさを理解している。だが、ブレイクマンはそれを難なくこなした。「わりと早く仕上げてくれました。一緒に花を選んで、それぞれに込められている意味について考えたり、彼女と一緒に制作するのはとても楽しかったです」。(最終的には野生の蘭のデザインに落ち着き、色はアイボリーとリッチなワインレッドの2色展開)

そのほかのデザインには、ファンタジーあふれるモチーフが取り入れられている。「ロワイヤル」の枕カバーを縁取る三角形は中世の旗を彷彿とさせ、色は明るいシャーベットカラー、ライムグリーン、カーディナルレッドなど。一方、「パストラル」コレクションはベビーブルーやキャンディーピンクといった淡い色をチョコレートブラウンやブラックと掛け合わせた、遊び心あるカラーパレットを基調としている。

普段からタンザーとシンプソンは、好んでリネンとコットンサテン製の寝具を組み合わせて使う。そのためか、どちらのコレクションもヨーロッパ産のリネンとエジプト綿、2種類の生地を使用している。ポルトガルで織布されるリネンは、柔らかさとゆったりとしたドレープを生むために縫製後に水洗いされ、610スレッドカウントのエジプトコットンサテンは、イタリアのアトリエで紡績、織布、そして製造される。コットンサテンはほとんどが撚り糸であるため、高級感ある肌触りになるのだとシンプソンは言う。また、すべての生地はエコテックス®スタンダード100認証を取得しており、染色工程はGOTS認証を受けている。

コレクションにはアイボリーやグレーなど、落ち着いた色合いのスタイルもあるが、タンザーとシンプソンは「ベッドはこうあるべき」という既存のイメージを覆したかったのだと話す。「ベッドルームは、素の自分が出せる場所であるべきです。なのに多くの人はある一定の年齢になると、急に個性を押し殺すかのように、シーツなどを白一色といった無難なもので統一し始めます。そのことに気づいて、枕カバーを単品で買えるブランドにしたいと思ったのです。枕カバーの色と柄は全部バラバラでもいいし、布団カバーもまた全然違うものでいい。何でもありなんです。自分が好きなもので揃えればよくて、何も(セットのように)きれいに統一しなければいけないという決まりは、どこにもないのです」

シンプルな無地のベッドリネンの魅力は理解しつつも、寝具も服のように、自分らしいものを選んでほしいというのが、タンザーとシンプソンの根底にある願いだ。コレクションには着想源がはっきりとしたデザインもあるが、ブランドが打ち出すアイテムは、基本的に自由に組み合わせられるよう作られている。「ミヨーという架空の家には、さまざまな時代や歴史の一瞬を切り取って表現したもの、そして自己表現ができるものが詰まっています」。シンプソンはブランドとコレクションについてそう語った。

1日の始まりと終わりを迎える場所にこそ、個性あるいいものを

「架空の家」というアイデアをさらに突き詰めるために、2人はベッドリネンのコレクションに合わせたルームフレグランスを、ケープタウンで香料開発の会社を経営するシンプソンの叔母と作った。タンザー曰く、「朽ち果てた家」から着想された香りだ。「当初は雑草が生い茂る荒れ果てた家、人里離れた巨大なシャトーをイメージしていたんです。誰も住んでいないように見えるけれど、中に入ると豊かな香りが漂い、たくさんのキャンドルが灯されていて、笑い声が絶えないんですが、1人で静かに過ごせる小さな部屋もたくさんある家を。書斎に入ると、そこには古い本がいっぱいあって、窓は開け放たれている。外は小雨。風も吹いていて、草の香りがする。そこはただただ、心休まる空間なんです」。なお、寝具をオーダーした人には、このフレグランスで香り付けされた小袋が同梱される。

ローンチコレクションのプロダクトカットを担当したのは、これまでロエベLOEWE)やフェラガモ(FERRAGAMO)などのブランドのキャンペーンなどを手がけてきたジョージ・エアーズ。「ジョージは光を巧みに操り、官能とラグジュアリーを捉えた写真をひたすら撮るので、彼に頼むほかありませんでした」。そしてイメージカットには、フォトグラファーのイザベル・ブロンツを起用した。「(セットとなる)お城探しにはかなりの時間を費やしました」と話すタンザーは、最終的にミラノから1時間ほどの郊外に、イメージにぴったりな城を見つけた。そしてシンプソンとブロンツと3人で、広大な敷地に立つ城で3日間過ごし、部屋から部屋へと移動しながら、コレクションをさまざまなパターンのスタイリングで撮影した。「あんなにアイロンをかけたのは生まれて初めてです」

ブランドの規模拡大も視野に入れているタンザーとシンプソンだが、今後もシーズンに縛られたコレクション作りを行うつもりはない。「気が向いたとき、必要だと感じたときに制作していきます」。現在、ミヨーのベッドリネンの納期は6週間から8週間。シンプソンの話を聞くと、それはこれからも変わらないだろう。「私たちが提携しているテーラーたちが特別なのは、ベッドリネンに特化し、すべて手作業で行っているからだと思います。職人たちがひとつずつ丁寧に手作りしていることを念頭に置いて、これからも制作を続けていきたいです」

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このスローペースな制作は、ブランドの根幹にある理念を現している。タンザー曰く、多くの人は、家の外で過ごす時間は快適なものにしようと何かと努力しお金をかけるが、1日の約8時間も過ごすベッドがある寝室を整えることには、それほど関心がない。「ベッドは、1日の終わりを落ち着いて迎える場所であると同時に、1日のスタートを切る場所でもあります。その儀式はどこか美しく、これからもその美しさを探求し続けたいと思っています」

Text: Nicole Kliest Adaptation: Anzu Kawano

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