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新春特別対談 尾上菊之丞さん×中村莟玉さん

  • 2025.1.2

尾上菊之丞日記~よきことをきく~

対談の場所は、尾上流稽古場のお座敷。このお座敷も、莟玉さんにとっては思い出の場所のひとつ。

「菊之丞日記~良きことを聞く~」の今回は新春特別編として、菊之丞さんと歌舞伎俳優の中村莟玉(かんぎょく)さんの対談をお届けします。莟玉さんは、2月から東京フォーラムで開催される、菊之丞さん演出・振付による『めいぼくげんじ物語 夢浮橋』に、主役の薫 として出演。子役時代からの莟玉さんを知る菊之丞さんとの対談は、思い出話から芸談義へと広がっていきました。

2歳の時、母に連れていってもらった歌舞伎座で、大人しく歌舞伎を観ていたそうです

尾上菊之丞さん(以下、菊之丞)「莟玉さんと始めて出会ったのは、『趣向の華』でしたね」

中村莟玉さん(以下、莟玉)「はい、初めてお話させていただいたのは『趣向の華』でした。私が小学校5年生か6年生の時のことです。でも私自身は、菊之丞先生が襲名前の「青楓」でいらした頃から、尾上流稽古場で拝見しています。4歳とか5歳のころでした」」

菊之丞「このお稽古場で、50人ほどのお客様を前にした小さな公演を何年か続けていましたがその時ですね。そんな小さい頃からお芝居や舞踊が好きだったのですか」

莟玉「とにかく古典歌舞伎が好きだったみたいです。私自身は覚えていませんが、母によると、2歳の時に歌舞伎座の本公演に連れていってもらい、大人しく観ていたそうです」

菊之丞「2歳!」

莟玉「それまでも、テレビで放映される歌舞伎番組を熱心に見ていたそうです。ならば歌舞伎座に連れていってみよう、ということだったようです。記憶に残っているのは、亡くなられた四代目の中村雀右衛門のおじさまが2002年になさった『十種香』です。この時は1階席で観ました。ありありと覚えています。6歳でした」

【趣向の華】

歌舞伎俳優の市川染五郎さん(現・松本幸四郎さん)、日本舞踊家の藤間勘十郎さん、そして尾上菊之丞さんの3人が主催して、若手の歌舞伎俳優のために毎年開催された研究会。衣装や化粧なしで歌舞伎のさまざまな場面を観客の前で実際に演じたり、練習を重ねた鼓、義太夫やお囃子などが披露された。2008年から2014年にかけて7年間開催され、現在活躍する多くの若手歌舞伎俳優が、この「趣向の華」から育っていった。

第一印象は「こまっしゃくれた子だな」でした(笑)

菊之丞「歌舞伎の道にはいるきっかけとなったのが、新橋演舞場での『東をどり』を観に行っていたときだったとか」

莟玉「そうです。小学校1年生でした。休憩時間にロビーで、大好きだった『切られ与三(『与話情浮名横櫛〔よはなさけうきなのよこぐし〕』の主人公)』の真似をしていたら、舞踊家の先生に声をかけていただき、それがご縁で踊りのお稽古をはじめ、やがて現在の養父である四代目中村梅玉の楽屋に見習いとして通わせていただくようになりました」

菊之丞「小学校1年生が、新橋演舞場のロビーで『切られ与三』の真似とは。それは確かに目立っていたかも。『趣向の華』に参加し始めたのは、それから、4~5年経っていたわけですね。『こまっしゃくれた子だな』というのが第一印象でした(笑)」

莟玉「生意気でしたか(笑)」

菊之丞「いやいやそうじゃなく、言い方を変えれば好奇心旺盛な子だなと。その頃は、「梅丸」を名乗っていたから、皆から「まるちゃん」と呼ばれて可愛がられていました。ちょうど落語に『真田小僧』という、こまっしゃくれた子どもが出てくる作品があり、その当時、何か落語の作品を芝居に仕立ててみたいと思っていたところだったので、私が演出して莟玉さんに演じてもらいました。おそらくそれが莟玉さんの初主演ではないかと。(笑)見事に演じてくれました。なんでも、どんどん吸収してくれた、という印象です」

莟玉「『趣向の華』は、私も楽しかったという記憶しかありません」

菊之丞「ちょうど10代から20代の若手俳優が集まる、夏のお楽しみお勉強会、泊まり込みはしないけれど夏合宿みたいな雰囲気でしたね。古典歌舞伎を袴歌舞伎として上演したり、本興行ではかからないような作品に挑戦したり、長唄に浄瑠、囃子といった歌舞伎音楽の演奏など、若手がさまざまなことにチャレンジする研究会でした」

玉「いろいろなことをやらせていただきました。毎年夏に開かれていましたから、お稽古の合間に、この尾上流の稽古場の隅っこで、学校の宿題などもやっていました」

菊之丞「そうでした。懐かしいね。子役を卒業したあとの年齢の若手の俳優さんは、歌舞伎座の本公演では、その年齢に適した役がなかなかないので、ちょっとした空白期間のようなものが生じてしまいます。『趣向の華』は、その空白期間にさまざまなことを経験する場でもありました」

莟玉「とても感謝しています」

「逸青会」の「きつね」では、はっちゃけました

2022年の逸青会『きつね』
2022年の逸青会『きつね』での一コマ。

菊之丞「年末の明治座の『応天の門』、お正月の『新春浅草歌舞伎』そして、2月に私が演出を手掛ける『めいぼくげんじ物語 夢浮橋』での薫役と、年末から年始にかけては、とくに忙しそうですね」

莟玉「お声がけをいただき、ありがたいばかりです。養父の中村梅玉は古典歌舞伎だけを演じてきた俳優です。私も古典歌舞伎が大好きですから、自分もその道を歩むのだろうなと思っていました。ところが、テレビドラマのお話をいただいた時、養父は『ほかのジャンルにもどんどん挑戦しなさい』と言ってくれたのです。そんな後押しもあって、いろいろなことにチャレンジさせていただいています」

菊之丞「古典が大事、というのはこうした伝統芸能では、どんなジャンルでも同じですね。そこで身に着けた基礎的な技量を、他の分野で応用しながら活かしていく、という感じでしょうか。最近はさまざまな舞台に出演されていますね」

莟玉『逸青会』にお声がけいただいた時も、本当に嬉しかったです。憧れの会でしたから」

菊之丞「2022年でしたね。新作の『きつね』に出演いただきました」

莟玉「参加させていただいて初めてわかりましたが、あれだけのことを、菊之丞先生も逸平先生も、時間がないなかでよくおやりになっていると、驚くと同時に感動しました。お二人の姿を拝見し、普段から引き出しを多く持っていることが大切だなぁとつくづく感じました」

菊之丞「時間が限られたなかで、一定レベル以上のものを作り上げるのは大変ですが、やりがいもあります。どうぞゆっくり仕上げてください、と言われたらそれこそ一生かけて仕上げることになってしまいます。そんな悠長なことでは、何もできませんから」

 

【逸青会】

尾上菊之丞さんと能楽士の茂山逸平さんが2009年にスタートさせた二人会。歌舞伎、能楽、舞踊とさまざまなジャンルの伝統芸能から数多くのゲストが日替わりで出演し、日本舞踊と狂言の新たな可能性を探る新作が毎年上演されてきた。15周年を迎えた2024年は、記念公演としてこれまで発表された新作が、新たなキャストによって上演された

勢いを止めるな! 浅草歌舞伎は全力疾走中です

菊之丞「2日から始まっている浅草歌舞伎は、今年からは莟玉さんたち新たな世代が中心となりました」

浅草歌舞伎チラシ
浅草歌舞伎チラシ

【新春浅草歌舞伎】

毎年1月に浅草公会堂で行われる興行で、1980年にスタート。次世代の花形候補を主要な役どころに配し、若手俳優が実力を発揮する登竜門的な存在となっている。2025年は、中村莟玉さんをはじめ、中村橋之助さん、中村鷹之資さん、中村玉太郎さん、市川染五郎さん、尾上左近さん、中村鶴松さんらが出演。チケットなど詳しい公演情報は公式サイトへ。新春浅草歌舞伎|浅草公会堂|歌舞伎美人

莟玉「そうですね。これまでもお声をかけていただきましたが、今年はまさに私たちの世代の年。浅草歌舞伎に限らず、どの舞台も精一杯頑張るのですが、やはり浅草歌舞伎は特別です。今までの先輩方は、どの世代の方々も、自分たちの代で勢いを止めない、という熱い意欲で全力疾走されてきました。その姿を目の当たりにしてきましたから、私たちの代で勢いを止めることがあってはならないと、使命感のようなものを抱いて頑張っています。

今の世の中は、フレッシュな顔ぶれだからお客様がいらっしゃる、という時代ではなくなっているような気がします。だからこそ、公演としてきちんと成立し、お客様に楽しんでいただくという部分を確立しないといけない気がします。ですので、7人でいろいろ意見を出し合い、舞台を作りました。私たちも全力疾走中です。そして2月は、菊之丞先生とご一緒させていただく、『めいぼくげんじ物語 夢浮橋』です」

めいぼくげんじ夢浮橋ちらし
めいぼくげんじ夢浮橋ちらし

【めいぼくげんじ物語 夢浮橋】

『源氏物語』の「宇治十帖」をベースに、光源氏の息子の薫と孫にあたる匂宮を中心とした物語が、菊之丞さんの演出・振付のもと、本物の宮廷装束と歌、音楽で表現される。中村莟玉さん、元宝塚歌劇団星組トップスターの北翔海莉さんをはじめとする各界のトップアーティストが出演。菊之丞さんも、喜撰法師役で出演する。チケットなど詳しい公演情報は公式サイトへ。詩楽劇 めいぼくげんじ物語 夢浮橋

 

さまざまなジャンルの出演者の良い部分を引き出そうと考えています

菊之丞「『めいぼくげんじ物語 夢の浮橋』では、以前お伝えしたように、琵琶を弾くシーンがあります。練習は進んでいますか」

莟玉「少しづつやっています。歌もあるので大変です」

菊之丞「そうですね。芝居はもちろんストレートプレイではありません。様式的なことを大事にした上で、ミュージカル風な場面や舞踊、楽器演奏、装束まで楽しんでいただく新たなスタイル、『詩楽劇』と名付けています。そんな舞台のなかで、少し今風な、でもポップスではない歌を莟玉さんに歌っていただこうと思っています」

莟玉「歌のための音域チェックというのも初めて経験しました」

菊之丞「宝塚のOG、舞台俳優、舞踊家、そして歌舞伎俳優と、いろいろなジャンルの方が登場する舞台です。私はそれぞれの出演者のよいところを引き出すように心がけています。結局のところ、芝居だけ、踊りだけというよりも、もっといろいろなこと、時には楽器や歌にもチャレンジした方が、演技に深みが増すのではないかと思います。そんな私の考えに共感を持ってくださる人が、いつの間にか集まってきている気がします」

莟玉「菊之丞先生ご自身も、舞踊だけでなくストレートプレイに出演されたり、1月の歌舞伎座の本公演では『大富豪同心』『鉄輪』の演出振付をされたり、アイスショー『氷艶』の総合演出をされたりと、本当に幅広く活動されています」

菊之丞「できることだけをやり続るという心構えだと、自分のできることなんて所詮たかが知れているので、結局たいしたことはできないような気がします。できないかもしれないようなことを、少し背伸びしてでもやってしまうという、チャレンジ精神が大切なのではないでしょうか。

そうした挑戦のなかで、できていない姿をお客様にそのままお見せするのではなく、必死にもがいている姿、少しずつでも成長してる姿を見ていただこうという気持ちだと思います。とくに20代後半という莟玉さんの今の年齢は、ある程度は負荷をかけて、自分を磨いていくというか、必要な無理はしなければならない年齢だと思います」

莟玉「今のところ、私は女方 も立役も両方やらせていただいています。『どちらに進みたいですか』と時々聞かれますが、今の私はまだまだ、さまざまなことを勉強して吸収していく時期ですので、どちらに進みたいとか、あの役をやりたい、という立場ではありません。いただいた役を一生懸命演じていくことが、今年の目標です。その一方で、将来はこんなことができる役者になりたいな、という夢のようなものは抱き、それを時に応じてアウトプットしていきたいと考えています」

菊之丞「夢を持つことは大事ですからね。私自身は、目の前のことをひとつずつ丁寧に取り組んでいく、というのが今年の目標です。絶えず戦いながらも、その戦いの相手に対しては丁寧に接していく、という感じです。と同時に、少し先のビジョンのことも考えていかなければならないと自分に言い聞かせています。莟玉さんとも、これからいろいろなことに挑戦できたら、と思います」

莟玉「これからもよろしくお願いいたします。今日はありがとうございました」

菊之丞「こちらこそよろしくお願いいたします。ありがとうございました」

中村莟玉 Kangyoku Nakamura

■初代中村莟玉(なかむら かんぎょく)

1996年生まれ。幼いころからの歌舞伎好きが縁で、7歳の時に四代目中村梅玉の楽屋に見習いとして通うようになる。2005年に子役として国立劇場で初舞台を踏み、2006年に中村梅玉の部屋子となる。2019年には初代中村莟玉を名乗り、中村梅玉の養子となる。立役も女方も勤め、将来の歌舞伎界を担うひとりとして嘱望を集める。屋号は高砂屋。

 

 

 

尾上菊之丞 Kikunojo Onoe

■尾上流四代家元 三代目尾上菊之丞 (おのえ きくのじょう)

1976年生まれ。2歳から父に師事し5歳で初舞台、2011年尾上流四代家元を継承し、三代目尾上菊之丞を襲名。自身のリサイタル「尾上菊之丞の会」、狂言師茂山逸平氏との「逸青会」を主催。新作の創作にも力を注ぎ、様々な作品を発表。新作歌舞伎や花街舞踊、宝塚歌劇団、OSK日本歌劇団やアイススケート「氷艶」「Luxe」など様々なジャンルの演出・振付を手掛ける。

京都芸術大学非常勤講師/公益社団法人日本舞踊協会理事

 

 

 

Text by Masao Sakurai(Office Clover) , Photo by Natsuko Okada (Studio Mug)

 

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