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箱根駅伝を目指す大学生たちの青春の日々。三浦しをんが描くスポーツ小説『風が強く吹いている』

  • 2025.1.2
ダ・ヴィンチWeb
『風が強く吹いている』(三浦しをん/新潮社)

「一人ではない、走りだすまでは。」。この一言は、『風が強く吹いている』(三浦しをん/新潮社)で主人公・蔵原走(くらはら・かける)が発する言葉だ。何のことを指しているのかと言えば、駅伝のこと。本書は大学生活の1年間を、「東京箱根間往復大学駅伝競走」通称「箱根駅伝」に懸けた10人の男たちの青春小説である。

走は元陸上強豪高のエース。学校からも親からも期待をかけられていたが、あることをきっかけに退部。強豪校でもなんでもない寛政大学に入学予定の新1年生だ。そんな走のフォームを見て、突然「走るの好きか?」と声をかけてきたのが清瀬灰二(きよせ・はいじ)。清瀬はお金がない走を自身も住む格安アパートに誘う。そこは文化財並みの古さの木造二階建て建築「竹青荘」(ちくせいそう/通称「アオタケ」)。竹青荘には、にぎやかすぎる双子の兄弟や、床が抜け落ちそうな量の漫画に埋もれて暮らす残念イケメン、通称「王子」など、個性的すぎる住人たちがいる。そして、走は10人目の入居者となる。

9部屋の竹青荘に10人入居者が集まるのは双子がいるからこそ起きた珍しい出来事。実は清瀬は双子が入居してから最後の入居者を探し続けていたとアパートの住民たちは言う。その理由は、10人で走る箱根駅伝に出るため。箱根駅伝と言えば正月に行われ、全国放送もされる超有名イベント。全国どころか海外からも選手が集まる熾烈な駅伝に、経験のない者が参加できるわけがない。住民たちは清瀬からの提案に驚き、「無理に決まっている」と口を揃える。しかし清瀬の飴と鞭をいかんなく発揮した説得により、次第にその提案に引き込まれていく。

本書は走る描写がとにかく見事。人生で一番嫌いなもの=マラソンである私ですら肉体が躍動し精神が研ぎ澄まされる感覚を追体験できた。

冒頭に挙げた台詞にあるように、駅伝とはもっとも孤独、しかし絆がうまれるスポーツだ。箱根の場合、どの選手も20キロ以上の距離を一人で走る。アドバイスの機会はあるものの、ペース配分・勝負の仕掛け時などを決めるのもすべて自分。時間にすれば1時間以上の孤独な戦いがすべての区で繰り広げられる。しかしその辛く苦しい行程を、何のために走るかといえば仲間のためだ。駅伝は全員が襷をつなぐ。一人が途中で棄権したら、あとに控える選手は走ることすらできない。そんな自分との戦いであり、誰かのための戦いでもある駅伝。特に箱根駅伝には大学という歴史ある集団の名誉をかけた戦いという側面もあり、日本人の多くが熱くなる要素が詰まっているのだと本作を読んで改めて感じた。

寛政大学陸上競技部の場合、10区ある箱根駅伝に対して選手はぴったり10人。10人が箱根駅伝の予選会に出場する条件である「5000mを17分以内、もしくは10000mを35分以内」という公認記録を出し、かつ予選会で出場枠を獲得しなくてはならない。そのために厳しい練習に足を踏み入れた彼らは、最初こそ参加を決めたことに後悔どころか絶望しながらも、次第に共通の目的を持ったからこそ輝く青春を謳歌する。

高校生の時は監督の方針に疑問を抱き、問題を犯してしまった走。彼は仲間を、そして清瀬という導いてくれる人間を得たことで、ランナーとして、人として成長していく。走ることを通して他者への思いやりや恋することも知り、最終的には人生そのものを知っていくのだ。他のメンバーも走りながらこれまでの人生の孤独と向き合い、答えを見つけていく。その様子がつぶさに描かれるそれぞれのラストランは圧巻。

ひとつのものに向かって心血を注ぐ青春を描く。本書はスポーツ小説の最高峰だと思う。

文=原智香

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