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『最終兵器彼女』高橋しんの現在地は箱根駅伝!かつて箱根を走った著者が、いま大学駅伝を描く理由とは?【インタビュー】

  • 2025.1.1

毎年1月2日・3日にお茶の間をわかせる「東京箱根間往復大学駅伝競走」通称「箱根駅伝」。駅伝作品も多い現在、ついに箱根ランナーの過去を持つ高橋しんさんが駅伝マンガを手掛ける。

これまでに『最終兵器彼女』や『いいひと。』などを世に届け、『かなたかける』で小中学生駅伝、そして『駅伝男子プロジェクト』(すべて小学館)で大学駅伝を描くことになった理由とは?

高橋さんのこれまでのランナー経験や、箱根駅伝を走った当時の思い出と共にお話を伺った。

自身の選手時代よりはるかに巨大な応援の力がある

――本日はよろしくお願いします。高橋先生が実際に箱根駅伝を走った経験があることは有名です。『かなたかける』は小中学生の駅伝ものでしたが、いよいよ箱根駅伝を描こうと思い立ったきっかけは何だったのでしょうか?

高橋しんさん(以下、高橋):「そろそろ描けよ」という空気を感じまして(笑)。まあ走る人の「気持ち」を描くという点では、小学生でも大学生でも変わらないのですが。

――本作は10年前、20年前だったらこうはならなかっただろう、という、今の時代ならではの要素が盛りこまれているのもおもしろいところです。まず、大学復興プロジェクトとして駅伝の選手集めをイベント的に行うとか。

高橋:走る人の気持ち、関わる人の気持ちについては経験者としてできるだけ嘘を描かないこと。それさえ守れば、漫画なのだから何をやっても大丈夫だろうと(笑)。漫画には実際にはできないようなことも飛び越えていける力がある。その力を信じていろんなアイディアをぶつけてみようと思いました。

――実際、新しく部を立ち上げるって大変なことですよね。

高橋:すでに有名な伝統校がいっぱいあるわけですからね。そうした学校にしても、「ここならば」と思って入ってもらうには中学や高校時代から積み上げた指導者同士の信頼関係がないと。基本的には人のつながりが大事です。

あるいはカリスマ性のある監督がいるとか。それならアイドルというカリスマを仕事にしている人を監督に据えるのはありかなと思ったんです。陸上にはまったく関係ないけど「この人なら信じられる」という人がトップに立って、そこに集まるというのは漫画的には不可能じゃないなと。

――47都道府県から各1人選抜される設定にしたのはなぜでしょうか?

高橋:各県から1人選出されたら、地域の人が必ずその人を応援するという構図ができると思ったので。うちの両親もサッカーなんてまるで興味なかったのに、Jリーグができて北海道コンサドーレ札幌を一生懸命応援してる。もちろん北海道日本ハムファイターズも。観客が「地域」という共通項をもって選手を応援することで、選手たちはものすごいパワーをもらえているんですよね。

――なるほど。ハヤタくんが「岩手くん」というように、出身県がニックネームになるのはわかりやすいですね。それぞれSNSを発信して「いいね」を競うのも、応援する側も楽しいはず。

高橋:ぼくが選手のころ、そんな環境だったら夢のようですね。今、大学駅伝のまわりでは自分の時代とは比べものにならないくらい応援する人の力が巨大になっている。選手は観客から応援のエネルギーを受けて、パフォーマンスでまた観客にエネルギーを与える。アイドルの世界とも親和性がありますよね。「応援される力」もこの作品のテーマのひとつなんです。

――「47人も選抜されるなんて多すぎない?」と最初は思ったんです。スポーツ漫画のあるあるとして「ギリギリの人数で戦う」的なパターンもありますし。

高橋:物理的に描くのが大変なので、最初は多いなぁと思いました。でも、個人の選手ばかりでなく、「大きい集団」としてのチームの顔をつくっていくこともスタートになる。

――チームとしての性格を描くということですね。

高橋:もちろん47名全員の設定はつくってありますよ。一人で考えるのは大変なのでスタッフさんみんなに描いてもらってね。

――その47人が紅白歌合戦で監督のバックダンサーを務めるシーンが大好きです。ダンスのトレーニングがこんな形でも活かされるとは痛快です!

高橋:ダンスの専門家には「なめとんのか!」って怒られるかもしれないけど。一応、ぼくと担当さんでダンスのマンツーマンレッスンも受けたりしたので、許してください(笑)。

――スポーツ選手でダンスをトレーニングに取り入れる例は実際にありますよね。

高橋:今の子たちは、体育の授業でもダンスをやっていますしね。思い返すと自分のころは、いろんな身体の動きを組み合わせる「調整運動」というトレーニングをやっていて。ややこしい動きをやってからダッシュをやったりするんです。今になって、あれは脳と体の動きを結びつけるためにやっていたんだなと気づきました。あのころ目的を知って取り組んで、体の動かし方について考えることができていたらもっと効果が上がったのかも。

――主人公たちが学んでいくことに、競技者ではなくても役立つ気づきやエネルギーを受け取れる作品だと感じます。

高橋:箱根駅伝に挑戦する過程の中で、ハヤタたちには競技力だけじゃなく生きる力を身につけてほしいと思って描いています。注目されるようなアスリートだって、一生そのスポーツだけをやって生きていくわけじゃないですよね。いろんなことを経験して、自分を表現する力など、いろんな力をつけていけるように……そういうところにつなげられたらいいな。

――3巻の「走るのが好き。そして――ぼくらは競争が好き」という言葉に気持ちが湧き立ちました。昨今、競争という言葉が悪いイメージで語られることが多いので。順位づけされる競争を嫌うスタンスもわかりますが、スポーツには人間の根源的な喜びがあると思っています。

高橋:走る競技が嫌いな人は多いですよね。きっと体育の授業で走り方も教わらず、ただやみくもに走らされたんだと思います。

しかし、一方で市民ランナーの人口の多さにはびっくりしますよ。ぼくも『かなたかける』を描き始めてからマラソン大会に出るようになったんですけど。本気モードの人ばかりじゃない。サンダルの人もいるし、コスプレの人もいる。参加費もかかるし、つらいのにどうしてこんなに参加者がいるのか不思議ですよ。きっと、シンプルに走るのがおもしろいんだろうなと思います。

――順位を競うばかりではなく、いろいろな楽しみ方があるんですね。

高橋:仲間と走るとかね。だから、部活で陸上をやっていた人もやめちゃわないで、楽しんで走り続けてほしいと思います。今は「ファンラン(楽しみながら走ることを目的とする)」という概念も浸透しつつあります。

――先生は、何キロのマラソンに参加しているんですか?

高橋:コロナ前まではフルマラソンを走っていたんですよ。でも、コロナ禍の間は大会が中止になって、すっかりなまってしまって。秋には横浜マラソンの7キロランの部に参加しました。担当さんもいっしょに走ってくれました。

山梨学院大学の初出場時、10区ランナーだった過去

――高橋先生が箱根駅伝を走ったときの思い出を教えてください。

高橋:山梨学院大学の陸上部が創部2年目で、まさかの箱根出場。箱根駅伝のテレビ放送が今に近い形で始まった年です。ぼくは復路10区のランナーで、1日目の往路は大学の寮でテレビ中継を見ていました。

――え! メンバーは1日目から全員現地に行っているのかと思っていました。

高橋:復路の5人と付き添いの部員だけしか寮に残っていないので、すごく静かで。調整やトレーニングが終わって、自分の部屋でテレビをつけて。「これが箱根駅伝か」って。そのとき、自分が走る箱根のコースを初めて見たんです。こたつでみかん食べながら。きわめて日常的な空間で、「箱根ってこんな感じなのか」と受け止めた……あの瞬間が自分の箱根駅伝の原点です。それから、みんなで現地に向かって出発したのかな。

――そして、実際に10区を走っての感想は?

高橋:不思議なもので、沿道で応援してる人がみんな自分に声援を送ってるみたいに思えてね。繰り上げスタートになるかきわどいところだったんですけど、なんとなく間に合うような気がしてました。9区・同期の西口が足を痙攣しながら近づいて来て……タスキをつなぐことだけに集中していたせいか緊張や気負いはありませんでした。総合順位は最下位だったんですが、ぼくは1人抜くことができたんで笑顔でゴールしちゃって。あとからチームメイトにつっこまれました(笑)。

――2025年の箱根駅伝ではどんなことに注目していますか?

高橋:自分の中ではアクシデントやトラブルのない大会が実現できるようにと願っています。そんな101回目の大会が見たいです。各選手のコンディションなど、いろいろあるだろうけど自分の中ではやりきったといえるようなレースをしてほしい。

――母校の山梨学院大学は予選会で3位に入り、5年連続38回目の本戦出場を決めましたね。

高橋:予選会は取材で見に行きました。周囲からは「山梨学院は今年は通らないんじゃないか」と言われていたんです。それが3位で通ってみんなびっくり。監督に聞くと、ここまで「記録会でいいタイムを出さなくてもいい」と。そのかわり、いろいろなコンディションに対応できるような走りこみを重視していたそうです。

――記録会でいいタイムが出ていなかったから、下馬評が低かったんですね。

高橋:でも、いいタイムが出ない中で自分の力を信じて結果につなげることができたってすごいことだと思います。まわりからそう言われれば「自分たち大丈夫か?」と不安になるはずだし。予選会まで監督の方針と自分たちを信じてできたことは大きな財産です。願わくは本番にもつながるといいなと思います。

――では最後に、箱根駅伝の見方についてアドバイスをお願いします。

高橋:やはり選手のことを知るほどおもしろいですよ。でも、事前に選手の情報をチェックするのはなかなか難しい。ぼくの場合、テレビを見ながらラジオも聴いています。ラジオはラジオで映像がない分、テレビとは違う解像度で解説してくれて興味深い。テレビもラジオも去年まで現役だったOBをゲストに呼んでいます。選手をよく知る年の近い先輩たちのコメントを聞くのが楽しみですね。

『駅伝男子プロジェクト』最新4巻では、大学入学前の主人公たちがVRを使って箱根駅伝に挑戦! 正統的なスポーツもののおもしろさとたくさんの独創的なアイディアがかみあい、まったく新しいスポーツ漫画となっている。エンターテインメントな作品でありつつ、作中の選手および現実の選手たちの人生を慮る高橋しん先生のやさしい眼差しが印象的だった。

取材・文=粟生こずえ、撮影=金澤正平

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