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ソ連体制下に生き、自由を求めたラトビアの女性たちに想いを馳せる。

  • 2025.1.1

写真家の在本彌生が世界中を旅して、そこで出会った人々の暮らしや営み、町の風景を写真とエッセイで綴る連載。今回はラトビア・ツェーシスの旅。

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ラトビアで見る林檎の樹はたいてい腕を広げるように大きく横に広がっていて果実もたわわ。地面に落ちた実からも、実りの豊かさや美しさが迸る。

朝霧の中で出合った優しい怪物。

vol.23 @ ラトビア・ツェーシス

秋の始まり、ラトビアの古都ツェーシス郊外のコテージに宿泊していた。林と緑地に囲まれた緑豊かで静かな場所だった。その日は疲れていたのか深く眠っていた。宵闇が明ける前、防火装置のベルで目を覚ましたが何事もなく、眠り直すのももったいない気がしたので、寝間着にフィールドコートを羽織りカメラを持って散歩に出た。外はまだ蒼白く、濃い霧が立ち込めていた。朝露に濡れた草を踏み締めていたら、1分もしないうちにスニーカーの足元がびしょ濡れになったが構わず歩き続けると、見事に枝を広げた大きな林檎の樹があちこちに佇んでいた。青白い霞の中、まるで飾りをつけた何百本もの腕を持つ優しい怪物のように見えた。日が昇るまでのほんの30分、この場所で見た光景に私はすっかり心掴まれた。あれはいわゆるトリップだった。〝幻想的〟という言葉だけでは足りない異次元の妖しさや魔力が目前にあった。ラトビアの自然信仰を素直に受け入れたその時の思いが、写真に込められたと思っている。

ラトビアに来るならと、旅の間、この国で大ベストセラーになったノラ・イクステナ著『ソビエト・ミルク』を読んでいた。私と同世代の作家の、ソ連時代をともに体験した母とのヒリヒリとした記憶が力強く綴られている。どの時代に何処に生まれるか、そればかりは自ら選べない。そこで直向きに生きるのみだ。本の中で描かれる林檎の樹は、彼女たちの心情や時代を見守り受容していた。

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『ソビエト・ミルク』の文中、当時恋人同士だった母と父がリガの「自由の記念碑」の前で撮った写真を眺める一節があった。かつて記念碑の正面にレーニン像があったという。
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日本からラトビアへはヘルシンキで乗り換えた。フィンエアーの機内で映画を観るなら大好きなカウリスマキ監督の一本と決めていたので『枯れ葉』を再鑑賞した。フレーミング、色彩、音、描かれる人間模様の切なさも喜びも、どれもが映画的だ。北国の感性は心に沁みる。

『ソビエト・ミルク ラトヴィア 母娘の記憶』
ノラ・イクステナ著黒沢 歩訳新評論刊
¥2,200
『枯れ葉』
監督・脚本/アキ・カウリスマキ
2023年、フィンランド・ドイツ
映画80分
Amazon PrimeVideoにて配信中

*「フィガロジャポン」2025年1月号より抜粋

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