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「そんなの聞いてない…」別れる前の“最後のデート”で、彼から告げられた衝撃の真実とは

  • 2024.12.31

レストランに一歩足を踏み入れたとき、多くの人は高揚感を感じることだろう。

なぜならその瞬間、あなただけの大切なストーリーが始まるから。

これは東京のレストランを舞台にした、大人の男女のストーリー。

▶前回:「年上彼女の結婚したい圧がすごくて…」優柔不断な33歳男が結婚を決断したワケ

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「恋人と最後の食事は…」聡太(32歳)/ 代々木上原『ル・キャバレ』


代々木上原の『ル・キャバレ』は、今夜も賑わっていた。この界隈の超人気ビストロなだけに、狭い店内もテラスも人で溢れかえっている。

「初めて会った時も、この席だったね」

「うん、あの時一花(いちか)は、付き合っていた男と2ヶ月で別れて、マシンガンみたいに男の愚痴を吐き出していたよな」

一花と聡太の2人が座っているのはテラス席だ。といっても道路に面した店の軒下といった感じの場所で、ストーブとブランケット頼りだ。

3年前の今頃。

一花と友人が食事していたテーブルの隣の席に、偶然座っていたのが聡太だった。

隣同士なんとなく話し始め、すぐに意気投合。ワインや音楽、食の趣味が合うことから、出会って数週間で付き合うようになった。

共通の友達はいないし、仕事上の接点もない2人だが、ライフスタイルが合うという一点だけで、日々を過ごし、半年経った頃には一緒に住んでいた。

「私たち、感覚が似ていたのよね。音楽、インテリア、それから食事。米よりパン。コーヒーは酸味強め」

「あとは、ラテのミルクはオーツミルク。うどんより蕎麦」

テンポよく返してくる聡太。一花は、彼の選ぶ言葉が好きだったことを思い出す。

「さて一緒に食事をするのは今日が最後だよ。何を食べよっか」

「オニオングラタンスープとステーキ、シャンピニオンのサラダ」

一花は、少し考えてからふたりが初めて会った時と同じメニューを提案した。

「なんか悲しくなっちゃうじゃん」

聡太が通りを行き交う人たちを眺めながら呟いた。

聡太は、「最後」と言ったけれど一花にはどうもピンとこなかった。

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今朝も、いつもどおりだった。

2人で『カタネベーカリー』のパンをトーストして食べ、『リトルナップ』で買った酸味のあるコーヒーを飲んだ。

そして、「今日の組み合わせいいね」とお互いの着こなしを褒め合い、それぞれ出勤したのだ。

聡太は生命保険会社勤務で、一花は化粧品メーカー勤務。ふたりとも10月生まれの天秤座で今年32歳になった。代々木上原の2LDKの賃貸マンションで暮らし始めてからもうすぐ3年になる。

「一花から別れよう、って言われた時は驚いたな」

「ごめん、私、転職したばかりで仕事を頑張りたくて。何度も言ったけど、聡太が嫌いになったわけじゃないよ」

元々、美容が大好きな一花は、半年前に製薬会社から外資系化粧品メーカーに転職した。

だが、それを機に一花は、それまでの何倍も仕事に没頭し、多忙を極めるようになった。今までのように2人でワインを楽しんだり、食べ歩いたりする余裕は無くなっていった。

― そう。嫌いになったわけじゃない。

ワイングラスを傾ける聡太の横顔を見ながら一花は思った。

考えた結果、1ヶ月前に自分から別れを切り出した。いや、正しくは、別れるとも、別れないとも言えない、曖昧な言い方で「ちょっと離れようか」と言ったのだ。

「一度1人になって仕事だけを頑張ってみたいなって思ったの。わがままだってわかっているけど」

仕事を頑張りたいから、というのが別れの理由になっていないのは、一花自身も知っていた。

「なんか僕と一緒じゃ頑張れないみたいな言い方だなって悲しくなったよ。あの時は」

聡太が残念そうに一花を見た。

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別れを切り出したのは、1ヶ月前の夜。

自宅でNetflixを見ながらくつろいでいた時だった。聡太は、驚いた風でもなく、いつもと同じだった。

「それは、別れようっていう意味だって受け取っていいんだよね?」

聡太が確認するように尋ねる。

「うん…。別に嫌いになったわけじゃないし、むしろまだ好きなんだけど。なんて言ったらいいんだろう…。仕事を必死でやりたいのもあるし。あと、なんかわからなくなっちゃったんだよね。このまま一緒にいていいのか」

ラテにはオーツミルク、コーヒーをブラックで飲むならグアテマラを選ぶように、誰かと一緒にいるなら聡太。一花にとって聡太はそんな存在だった。

しかし、一花が別れを決心した1番の理由はそこではない。

曖昧に言葉を濁したが、実はちょっと気になる人ができてしまったから、というのが正しかった。

もちろん、いけないことだとわかっていた。

その人は、元いた職場の先輩で、一花が辞めたタイミングで「送別会をしよう」と誘ってきた。断る理由も見当たらなかった。

その食事の席で、彼が職場で見てきた一花の良いところをたくさん連ねてくれたことが、心底嬉しかった。

だから、「また会いたい」と言われた時、一花の気持ちは揺らいだ。

でも、聡太ときっぱり別れて、彼を選ぶ勇気が一花にはなかった。

それに、聡太と一緒にいるのが自然すぎて、恋の始まりによくあるドキドキした気持ちや、ちょっと不安な感情が懐かしくもあった。

― こういう別れ方がずるいのは、わかってるんだけど…。

すると、聡太が割り切ったように提案してきた。

「じゃあ、1ヶ月後を目安に、準備を進めてお互い新しい生活に移ろうよ」

「1ヶ月後?」

聡太は一花の頭にポンと手を置いて言った。

「そうだよ。それまでは今まで通り過ごそう。別に嫌いになったんじゃないなら、そのくらいいいでしょ?で、最後は楽しく食事して別れようよ」

聡太は、最後は『ル・キャバレ』で食事をしようと言ったのだ。

「うん…ありがとう」

一花は、聡太の言葉に少しホッとしたのだった。

「1ヶ月、あっという間だったね」

1ヶ月前のあの出来事の後すぐに聡太は店に予約の電話をしたが、唯一予約できたのが、初めて会った時と同じ店先の席だった。

今日みたいな寒い夜は、オニオングラタンスープに限る。2人は表面のチーズとパンを崩しながら、スープを飲んだ。

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「僕は、楽しかったよ。ありがとね、一花」

そう言われて、一花はしばし沈黙した。

「私がこんなこと言うのも変だけど、聡太はあんまり寂しそうじゃないね」

「そりゃ、嫌だって言いたいよ、本当は。でも、女性の方から別れたいって言って、引き留めたとしてもうまくいかないでしょ」

聡太の言うことはもっともだ、と一花は思う。

「それに、一花は僕について来ないでしょ?」

隣のテーブルには、4、5人の外国人たちが、陽気に会話を楽しんでいた。自分たちは、全くこの場にそぐわないと思いながら、一花は聞き返した。

「どういう意味?」

聡太は淡々と答えた。

「僕、実は大阪に転勤になったんだよね」

突然の告白に、一花は動揺する。

「それ、いつ決まってたの?昨日、今日じゃないよね?」

「1ヶ月くらい前かな。一花に言おうと思ってたところで、先に別れようって言われてさ。あ、ほんとうに終わった…って思ったよね」

聡太は笑いながら、まるで思い出話でもするかのように言った。

「別れようって言われてなかったら、一緒に大阪に行かない?って誘って、断られたら覚悟を決めて遠距離だな、って思ってたよ」

なんと答えればいいのか一花はわからなかった。

「大阪へは、いつ?」

「明日、一花が無事豊洲に引っ越したら、僕もすぐに引っ越すよ」

聡太はスッキリした表情をしていた。だが、一花は違った。

― なんでこんなことになってしまったんだろう。

聡太は、一緒に過ごした家に住み続け、彼との関係も友達として続くものだと勝手に思っていた。自分の甘さが腹立たしい。

聡太と会うのは、本当に今日で最後になる、その原因は自分が作ったのだ。

「ごめん、聡太。なんか食事の気分じゃなくなっちゃったかも」

そう言って一花は、バッグを手に立ちあがろうとした。だが、その時、聡太がもう片方の手を掴んだ。

「一花。最後まで食事して帰ろう。僕だってつらかったけど、一花に離れたいって言われてから、自分の気持ちをなんとか整理してきたんだ」

一花は何も言えなかった。

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2年後。

「この辺りは、相変わらず変わってないな」

土曜日の夕方5時。聡太はひとり、代々木上原にいた。

2年前、大阪に転勤した聡太。意外にも大阪は居心地がよく、ずっと居てもいいなと聡太は思っていた。

しかし、異動は突然やってきた。9月から虎ノ門のオフィスへ戻ることが決まったのだ。

どうせ東京で仕事をするなら、また代々木上原に戻りたい、と聡太は思った。

― 街も好きだけど…楽しかったんだろうな、あの頃が。

今日は、午後から物件をいくつか見てまわり、さっきその中の一つの渋谷区大山町のマンションを契約したばかりだ。

あたりはすっかり薄暗く、街は夜になるのを待っているかのようだった。

― 時間も時間だから食事をしたいけど、予約しないで入れる店はあるかな。

聡太はそのままぶらぶらと歩き続け、ふとある店の少し手前で歩みを止めた。

『ル・キャバレ』。

― 一花と最後に食事をしたよな…。

当然のように、テーブルは全て人で埋まっていて、聡太が食事をする余地はなさそうだ。

聡太は、またゆっくりと歩き始めた。

向こうから自転車に乗った女性がぐんぐん近づいてきて、ビュンという風と共に、聡太の横を通り過ぎた。

その瞬間、聡太は思わず振り返った。

と同時に、さっきの自転車もキキーっとブレーキ音を立てて止まった。そして、女性がゆっくりと振り向いた。

「聡太?」「一花?」

1秒も違わず、お互いの名前を呼び、2人はじっと佇んだ。

何か声をかけなくてはと思うが、気の利いた言葉が思い浮かない。

「転勤でまた東京に戻ってくることになって…。だったら、この街に戻りたくて、今日マンションの契約をしてきたばかりなんだ」

一花は目を大きく見開き、自転車を押しながら一歩、また一歩と聡太に近づいてきた。

「私も…今、上原住み。この街にいれば、また聡太に会えるんじゃないかと、勝手に思い込んでた」

一花の目は潤んでいるように見えた。

「最近は忙しいの?きっと予約取れないからだいぶ先になりそうだけど、よかったら食事しない?」

聡太が遠慮がちに訊くと、一花はクスッと笑って答えた。

「『ル・キャバレ』で?」

「もちろん」

聡太もつられて笑う。

あの日の思い出が聡太の脳裏にふわっと浮かんできた。

別れを選んだ2年前ではない。ふたりが初めて出会い、意気投合したあの夜のことだ。


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