1. トップ
  2. ライフスタイル
  3. 【50歳で移住にチャレンジ!】リノベーション中の家に住む!なかなか完成しない家と父娘喧嘩~東京から山口へ「ごはん屋さん」はじめます!vol.4~

【50歳で移住にチャレンジ!】リノベーション中の家に住む!なかなか完成しない家と父娘喧嘩~東京から山口へ「ごはん屋さん」はじめます!vol.4~

  • 2024.12.30

伊藤啓子さん50歳。子どもの頃からの夢だった「ごはん屋さん」を立ち上げるため、現在、アパレルの仕事を続けながら、パートナーとともに移住先の山口県とアパレル会社のある東京と2拠点生活を送っています。
前回(vol.3)では、故郷の山口にお店を出す強い決意が語られました。今回は移住先の住まいのお話です。
これから移住や新しいことを始めようと考えている方も、50代からの移住とチャレンジ、ぜひ参考に!
 
 

移住したけど、完成しない家!?

(写真)リノベーション初期のころ。ストレスもなく、家つくりを楽しんでいました。

2024年3月、いよいよ「生まれ故郷、山口でごはん屋さんをはじめる」ため、東京から山口市へ移住をしました。
今回は移住後の生活基盤作りとなる住まいのリノベーションや、数十年ぶりに近くに住み始めた実家との関係についてお話しいたします。
 
家は中古のマンションを購入し、リノベーションすることにしました。物件は東京にいる間に探して購入。東京から工務店と打ち合わせは進めていたのですが、実際に現地にいないと出来ないこともあり、本格的にリノベがスタートしたのが移住後になりました。
そういった状況だったので、移住後に住む家がありませんでした。そこで楽観的かもしれませんが「予定だと1カ月ちょっとで終わるから、その間はホテル住まいをしよう」と、近隣で一番コスパの良いビジネスホテルで生活が始まりました。
「ホテルなので快適だったのでは?」と思われますが、まったく違いました。コストを抑えるためビジネスホテルの狭い部屋に50歳夫婦がふたり、荷物もそんなに持ち込めず、食事は外食かコンビニが続きます。特に辛かったのは、寝がえりも出来ないくらいの狭いベッドが1台だったことです。
それでも1週間くらいは楽しく過ごしていました。が、気がつかないうちにお互いストレスが溜まってきて、口調もキツくなり、些細なことでギスギスすることも。ホテル生活は限界状態になっていきました。
 
1カ月が過ぎた頃に工務店から「資材納期の関係であと2カ月はかかりそう」という連絡がありました。「えー!どうしよう‼」と頭を悩ませていると「寝室とお風呂、トイレだけでも完成させて、仮住まいしますか?」と。「ホテル住まいはもう限界!」だった私たちはこの提案に飛びつきました。

(写真)こちらがリノベーション中の部屋に仮住まいしていた頃です。寝室には簡易的にカーペットを設置してもらいました。リビングは床張りもまだだったので板を敷いて、ダイニング兼仕事机を1台置いただけです。まるで工事現場に住んでいるような面白い体験でした。

リノベーション状況を毎日チェック

リノベ中の家に住むことは不便なこともありましたが、ホテルより空間が広いこと、荷物も置いておけることなどホテル生活よりは快適でした。
一番良かったのは、リノベの状況を毎日チェックできたことです。よくリノベなどで「あれ?こんな仕様だったっけ?」など想定外があるという話を聞きますが、私たちの場合は毎日その場で確認が出来ました。また壁を塗る作業など少しだけお手伝いできたことも、自分の家を作っている感じがして想い入れが強くなったと思います。

(写真)家の壁は、簡単に塗ることができる漆喰素材“しっくのん”にしました。こちらは漆喰塗りの練習風景、DIYが苦手な私でも簡単に塗ることができました。

「キッチン&珈琲スペース」を最優先に!

(写真)アイランドキッチンはシンプルで大きめのタイプを選びました。後ろの壁には作り付けの棚を設置してもらい、彼の珈琲グッズが並べられるようになっています。

2カ月後、いろいろありましたが無事に家が完成しました! 夫婦2人の生活なのでお部屋はできるだけシンプルに設計してもらい、リビングをできるだけ広めにした1LDKです。
 
 

(写真)リビングを広く取り、寝室と収納スペースは最小限に考えました。

リノベの予算を抑える必要もあったので、重要視したのは1カ所だけ、リビングにあるキッチン&珈琲スペースです。私が「食堂」、そして彼が「珈琲」をこれからの仕事をしていくので、このスペースを部屋のメインとして考えました。
またキッチンだけは譲れなかったので、東京にいる時にショールームに何度も通い、長いときは1時間もイメージトレーニングをしたこともありました(笑)。最終的には使いやすさとデザインが気に入りサンワカンパニーさんのアランドキッチンに決定。システムキッチンに予算をかけた分、それ以外のキッチンの収納棚などは大工さんにコストを抑える相談をしながら作製をお願いしました。
背面には彼の珈琲スペースがあります。選び抜かれた器材やカップなどが収納できるように壁に棚も設置してもらいました。これから食堂&珈琲焙煎所を始める私たちにとっては、実験室のような自宅が完成しました。
 

(写真)リノベーションは予算を度外視で考える時間が一番楽しかった。特にシステムキッチンはさまざまなカタログを取り寄せて、何度も何度もショールームで現物確認をしました。

リノベーション中に、まさかの父娘喧嘩!

実はホテル生活中にストレスが溜まっていた私は、数十年ぶりの父娘喧嘩をしてしまいました。
移住後は両親と彼、私で一緒に食事をする機会が増えていました。久しぶりに近くに帰ってきたこともあり、お酒を飲んではみんなで楽しくワイワイ。しかしことあるごとに、父親は私にダメ出しをします。父親は心配からくるアドバイスだというのですが、私にはすべてがダメ出しに聞こえます。最初のうちは「そうだね~」と聞き流していたのですが、ある晩、突然「なんで50歳にもなって、こんなにダメ出しばっかりされないといけないの!? やだ―‼」不満が大爆発し、数十年ぶりの父娘喧嘩となってしまいました。
今思うと些細なことがきっかけです。大人になってから人から否定されることも少なくなった娘と、戻ってきた娘夫婦が嬉しくて言い過ぎてしまう父親、お互い適度な距離感と対応方法が分かってなかったのかもしれません。そんな時に頼りになるのは、母親でした。父親には「心配だろうけどあんまり言わないほうが良いよ」となだめ、私には「お父さんは心配性だからね。良い話は受け止めて、あとは話半分くらいに聞いておけばいいのよ~」と対処法を伝授してくれました。母親の平和的な仲介もあり、今は仲直りできているのでご安心ください(笑)。

(写真)リノベーションの時に、少しでも早く進むよう壁の解体を手伝ってくれた父親。口を開けば「ダメ出し」されますが、誰よりも頼りになる優しい父親です。

似たくないけど似てくる親子

数十年ぶりの父娘喧嘩をして思ったことは、私はお父さんに似てきたなということ。それも一番似たくなかった頑固な部分です。また親にとっては私が何歳になっても子供だということ、心配で仕方ない存在なのです。それは本当に感謝することなので、母親に伝授してもらった「話半分に聞いておく技」を身につて、これからは喧嘩せずに楽しく過ごせたらと思っています。
 
いよいよ店舗建設がスタートします! 最新情報はインスタグラムでアップしていますので、ぜひフォローをお願いいたします。
 

*画像、文章の転載はご遠慮ください

この記事を書いた人(写真・文)

伊藤啓子

伊藤啓子

1974年生まれ、山口県出身。50歳をむかえた2024年春、山口県へUターン移住。現在は、夢だった飲食店オープンに向けた準備を実行中。 インスタグラムにて店舗オープンに向けての情報を発信中です。

元記事で読む
の記事をもっとみる