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カルティエの調香師、香水という名の芸術を創造するマチルド・ローランへの10の質問

  • 2024.12.30

フランスを代表する調香師マチルド・ローランは、香水を「人間性を高めるための芸術」と捉え、フレグランスという分野に対し、前衛的かつストイックに、詩情、イマジネーション、創造性を吹き込む唯一無二の存在だ。

ジャン=ポール・ゲランのもとで修行したのち、2005年よりカルティエの専属調香師となり、「ロードスター」「カルティエ ドゥ リュンヌ」「デクララシオン ダンソワール」「ベゼ ヴォレ」といったカルティエ フレグランスの傑作をつくり上げた。また、13種の香水からなるコレクション「レ ズール ドゥ パルファン」により、オートパルファムリーとしてのカルティエの地位を確立し、仏フレグランス財団が主催するアワードを2つ受賞している。

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伝統的なメゾンでのキャリアを持つ彼女の作品は「美しい香りは魂を高揚させる」と教えてくれる。また彼女は、フレグランスの歴史を尊重し、その芸術性と文化を守り発展させていくことに対してあまりにも真摯である。このたび発売された「レ バーズ ア パルフュメ」のコレクションでは、3種のフレグランスオイル、無香料のボディオイルとボディクリームを展開し、ボディケア・トイレタリー製品の香りの干渉を避け、フレグランスの純粋な香りを楽しむ行為を提案した。フレグランスが持つエレガンスを守り抜く、そんな姿勢を見せてくれる彼女に、10の質問を投げかけてみた。

Q1 数多の香水が世に存在します。そのなかで、カルティエの香水にしか成し得ないことはなんでしょうか。

創造性とエレガンスの融合、と言えるでしょう。今日の香水市場はどちらかに偏りがちなのです。創造性に溢れたニッチな香水にエレガンスが備わっているとは限らず、エレガンスを誇る香水は時として創造性に欠けます。真のインスピレーション、そして独創性を持ちながら、同時に究極のエレガンスとシックさ、あるいはパリらしさ、フランスらしさを息づかせることは至難の業です。

Q2 あなたは、香りのパレット(素材としての香り)は画家にとっての絵の具のようなもので、扱う際に好き嫌いの感情は介入させないとおっしゃっていました。では、ご自身の作風についてはどのようにお考えでしょうか。創造性とエレガンスが美しく融合したその作風のなかにあるのが嗜好性ではないとしたら、一体なんでしょうか。

この世には、美を捉えることのできる人とできない人がいますが、美は間違いなく自然界のいたるところにあるものです。私たちが何かを美しいと感じるとき、その理由を形や色で説明します。しかし、なぜその形や色が美しいと言えるのか、これについて説明することは誰もできません。その概念は超人的であり、解釈は不可能に近いと言えるでしょう。私の作風が、私自身が持つ美の概念と一致していることは間違いありませんが、そんなわけでそれについて説明することは不可能です。直感的なもので、合理化することも、理論化することもできません。

Q3 ゲランからカルティエの専属調香師へ、という素晴らしいご経歴をお持ちですね。香料会社の調香師などOEM的な立ち位置でものづくりをされていないことは、マチルドさんの特異性・独自性をなんらかの形で高めているでしょうか?

私たち専属調香師は、何世紀も続く偉大なメゾンの一員として、そこにしかない確立された文化、習慣、完璧な知識を徐々に身につけていきます。香りのスタイルを解釈するとき、私たちはそのスタイルを浴び、そのスタイルを学びます。まるで家族の一員のように。いっぽう、OEM的立場にある調香師は、常にさまざまな顧客のために仕事をしなければなりません。なかには、流行や商業的成功を重視するため、スタイルに一貫性がない企業もあります。ブランドのスタイルを作り上げる気がないからです。

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Q4 あなたの香りについて、ベースノートが非常にエレガントで奥深く、重さや圧力を感じさせない印象を持ったのですが、何か調香のうえでの秘密がありますか。

カルティエでは、ヘッド、ハート、ベースという構造を非常に大切にしています。単調な構造にはせず、香りが進化するような作りを重視するうえで、3つのバランスに等しく懸命に取り組みます。多くのフレグランスは、購買意欲を高めるためにトップにユニークなギミックを加えますが、技術や伝統に対する知識不足のためにベースにはあまり手をつけなくなっています。カルティエではそういったことはあり得ません。

Q5 ハイパフューマリーコレクションと、13種類の瞬間を香りに閉じ込めた「レ ズール ドゥ パルファン」のインスピレーションはどのようにしてやってきたのでしょうか。

嗅覚のマニフェストとなること、香水芸術の歴史、つまり世界の嗅覚創造の歴史をさかのぼること、香水のストーリーを伝える講座のような香水を作り、この香水の歴史に対するカルティエのビジョンを伝えること。これらが「レ ズール ドゥ パルファン」のインスピレーションです。ハイパフューマリーは、オートクチュールのような役割を持っています。こういったいわゆる高級なラインは、原料の希少性とコストによって正当化されることがあまりにも多いと感じます。しかし私にとっては、香水製造という専門職を導いていく自由と表現力こそが重要であり、それこそがハイパフューマリーを定義するものです。

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Q6「レ バーズ ア パルフュメ」のシリーズは、香水の権利(香りの個性)を守り開花させるための、無香料のボディオイルとクリームの提案、というアプローチが衝撃でした。今後、香水そのものの開発だけでなく、広くフレグランスという芸術のユニバースを確立するための、多彩なアプローチを取られるのでしょうか?

アイデアは他にもあります。私は常に、香水とは何のために存在しているのか、どこで本当に役立ち、役立たないのかを第一に考えます。役立つ場所に置かれることによって、香水はその品質を高め、選択の幅を広げることができると信じています。カルティエ メゾンは、ジュエリーやウォッチと同じようにフレグランスにもクオリティや存在意義を提供する存在です。私たちは常に、物事の本質、物事の理由、物事の精神に立ち戻らなければなりません。

Q7 香水をファッションのように、自己表現のためのツールとして選ぶ人に対して、その先の世界、香水が持つ芸術作品としての側面や魅力を伝えるために、どんなメッセージをお持ちですか。香水は人間にとってどのような存在でしょうか。

香水をファッションアクセサリーのように身につけることはもちろん可能であり、歓迎されることです。ファッションは楽しむものであり、香水もしかりです。ただ同時に、偉大なデザイナーの作品、あるいはピカソなどの偉大な芸術家が創作したジュエリーを身につけるときは、単なる遊び心を超えた心境になります。芸術の領域、美の領域、芸術が人間にもたらすものの領域に入るためです。香水においても、日によってガーリーな香り、グルマン系の香り、あるいはパンクな気分なら挑発的な香りを身に着けて、スタイルを楽しめます。そして美を追求し、美的センスを前面に押し出したいと思う日には、芸術作品と思える香水を身にまとうことができるのです。

絵画や芸術作品、建造物を目にしたとき、あるいは音楽を聴いてその中に芸術性や美を見出したとき、私たちは、その美に囲まれて、その美を自分のものだと主張したくなるでしょう。香水も同じです。香りをまとうことは、自分が愛してやまない美学を身にまとう行為です。どこかで、その美の一部となりたいと願い、その美について知っていて、その美によって幸せになっている人々に仲間入りをしたいと思うものです。

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Q8 香水がまとう人にぴったりと似合っていると感じるのはどのようなときですか。また、そこを目指すにはどうしたらよいでしょうか。

香水が、まとう人にあらかじめぴったりと似合っている必要はありません。似合うようにしていくのは、香水を選んだその人自身です。なぜなら、香りを選んだ張本人だからです。誰かが香水を選んだなら、その香りはその人に合っているはずです。それはマッチングなのです。とはいえ、嗅覚のファミリーや成分のタイプと、その香りをまとう人の個性には何の関連性もありません。ただ個々に、思い思いの好きな香水をまとえばいいのであって、性格に応じてどの香りを選ばないといけないというルールはありません。香水が、それをまとう人に似合っていなければならない、そこを目指さねばならないと考える必要はないのかもしれません。

Q9 長い時を経ても感動を与え続ける香水と、流行のなかで生まれては消えていく香水は、何が違うのでしょうか。

時代を超越したタイムレスな香水は、人々が何度でも聞きたくなるような興味深いストーリーを語り、そこからまた新しいストーリーが派生していく、そんな魅力を持っています。また、そのストーリーを見出し、本当に理解するまでには時間がかかるものです。だからこそ、より長く身につけたいと思わせるのです。

Q10 日本でも香水を楽しむ人が増えてきました。調香師や香りのエキスパートを目指す人たちに、アドバイスやメッセージをお願いします。

日本で香りに興味を持つ人が増えているのは素晴らしいことです。私から言えるのは「嗅覚を養い、香水を発見してください」ということです。必ずしも国際的な考えをもったり、他文化について貪欲に知ろうとする必要はありません。嗅覚を発達させる最善の方法は、あらゆるものの匂いを嗅ぐことです。花、森、動物、素材、身の回りのものすべてには香りがあるのですが、それらの匂いを嗅いでみてほしいです。時には、嗅覚を通して世界を発見するために、それほど遠くへ行く必要がないこともあるのです。日本に根付く嗅覚文化は興味深く、ユニークなものです。日本の美学とビジョンに基づいてデザインされた香水があれば、それは世界の香水市場にとって大きな貢献になると思います。

問い合わせ先/カルティエ カスタマー サービスセンター 0120-1847-00

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