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角刈りこわもての63歳元事件記者が保育士資格取得…"ご機嫌斜めキッズ"をたちまち笑顔に変えた必殺技

  • 2024.12.28

朝日新聞の事件記者だった緒方健二さんは、2022年に63歳で短大の保育学科に入学し、20歳以上年下の同級生たちと、保育士資格と幼稚園教諭免許取得を目指した。1年生の後期を迎えた緒方さんは「子どもを喜ばせる遊びネタのレパートリーも増えていき、簡単にできることは普段から貪欲に取り入れることにした」という――。

※本稿は、緒方健二『事件記者、保育士になる』(CCCメディアハウス)の一部を再編集したものです。

桜が満開な時期のカラフルな遊具がある公園
※写真はイメージです
布1枚で笑ってくれるかもしれない

後期も理論と実践で様々なことを学びました。座学ではみなさまより数十年長く積んだ経験が生きることもありました。しかし、ピアノや折り紙、手遊びをはじめとした実技ではいつも助けていただきました。

不器用ながらも徐々に、子どもを喜ばせる遊びネタのレパートリーも増えていきました。簡単にできることは普段から貪欲に取り入れることにしました。

「オーガンジー」をご存知でしょうか。

薄くて透き通った平織の布地のことです。たいそう軽くて光沢があり、ウエディングドレスやコサージュに使われるそうです。

当方は短大で教わるまで知りませんでした。名称を聞いたとき、インド独立の父を称えるシュプレヒコールかと思いました。マハトマ・ガンジーさんの唱えた「非武装」、「不服従」は子どもの命を守るうえで大切なことですから。

幼稚園勤務の長かった女性教員が、ある授業で「子どもが喜びます」と実演してくださいました。20センチ四方の黄色いオーガンジーを手のひらの中で丸めます。

「あれ、何が隠れているのかな?」

何度か問い掛けた後、そっと開くと布地がもこもこっと広がり、膨らみます。

「ひよこさんだ。ぴよぴよぴよ」

昭和の名漫才コンビ、獅子てんやさんと瀬戸わんやさんの人気ネタにもひよこを題材にした「ぴっ ぴっ ぴよこちゃんじゃ……」がありました。

5歳前後だった当方は大好きでした。両手を腰に当ててひよこになりきり、へこへこ歩きながらこれを歌ったものです。

よし、いいもんみっけ。

オーガンジーを「乳幼児喜ばせ小道具」に加えよう。

黄色いオーガンジーは、手の中に丸めてからゆっくり開くともこもこと膨らんで広がる
黄色いオーガンジーは、手の中に丸めてからゆっくり開くともこもこと膨らんで広がる
ポケットの中の黄色いオーガンジー

求めて飛び込んだ手芸用品店で、店員さんから「何にお使いですか」と問われました。包み隠さずに申し上げ、ふわふわつるつるの生地を裁ち切っていただきました。

外出の折は必ず持ち歩いています。くしゃくしゃに丸めればズボンのポケットに収まります。

用途はひよこ遊びにとどまりません。

いったんかぶって顔を隠し、しばし間を置いてすっと取り去る「いない いない ばあ」もできます。好きに触れさせることで、つかんだり、握ったり、引っ張ったりする力を養えるかも知れません。

そうそう、口に入れることを想定して、まめに洗濯することを忘れてはなりませぬ。

「パネルシアター」と「ペープサート」

保育士になるには、不断の創意工夫と実践が求められます。トライ・アンド・エラーを繰り返しながら課題をやり遂げる達成感は、子どもだけでなく、大人も知らなくてはならないでしょう。

あるとき「パネルシアター」を作る課題がありました。布を被せた板に、絵を描いて切り取った布を貼ったり外したりして物語を展開する人形劇です。これも知りませんでした。

材料は本屋さんに揃っていました。便利な時代です。セブンスター3箱(1800円)を我慢すれば何とかなります。

お話はみなさんご存知の「浦島太郎」にしました。登場人物を原色マーカーで描いて切り抜き、進め方を練りました。

そうだ、玉手箱も用意しよう。開けてびっくり、太郎を一気に老化させる煙=ひげも要る。待てよ、太郎に扮するおいらは漁師だから釣り竿に魚籠びくが必要だ。腰蓑こしみのもほしいな。あれこれ作っていたら、朝になっていました。

短大への道中、小道具がバッグからはみ出していました。職務質問されないかひやひやでした。

「子どもに参加させたら喜ぶかも」

発表の場では急に思いついて数人の同級生に、カメをいじめる悪ガキ役をお願いしました。おもちゃの日本刀とバットを渡しました。楽しそうに演じてくださいました。

まだまだ試練は続きます。

今度は「ペープサート」とな。

へ? 新手の蚊取り線香ですか。

さに非ず、「ペーパー・パペット・シアター」の略で、紙人形による寸劇だそうです。

初耳です。子どもの遊びの世界の奥深さよ。

歌って楽しめて役に立つ。うーん、どうしようか。

自分のなかの“おっさん”と“幼児”

思案の末、数え歌「いっぽんでもニンジン」(作詞前田利博さん、作曲佐瀬寿一さん)にしました。なぎら健壱さんが歌っています。伝説の名曲「悲惨な戦い」で知られるシンガーソングライターです。

画用紙にニンジンやサンダルの絵を描いて切り抜き、別の紙に数字を書き込みます。

2枚の間に割りばしを挟んで貼り合わせる。

この頃になると、自分のなかに還暦過ぎのおっさんと幼児が同居しているような感覚に陥っていました。

作業を進めるおっさんに、幼児が「そんなんじゃ物足りねえよ。おいらをもっと楽しませてみろや」と注文を付けるのです。

「ふむ、替え歌の歌詞を考えてもらうと言葉への興味が増すな」

おっさんに新たなアイデアが浮かびます。

提示した数字に1を加えた数字で始まる物事を子どもに探してもらおう。

たとえば1人でも忍者。2匹でもサンマ、4枚でも五線紙、5丁でもロケットランチャー、9丁でもトカレフ、10機でも零戦……。

発表の場では、心優しき同級生や教員が不出来であっても笑顔で反応してくださる。

おかげでお調子者は羞恥心など忘れ、身中の幼児とともに「遊び」に夢中になれる気がします。

冷笑でも失笑でも苦笑でも嘲笑でもかまやしません。

「笑われて、笑われて、つよくなる」

太宰治さんも『HUMAN LOST』でそうおっしゃっています。

泣く子を見るとつい…

とはいえ、肝心の子どもは当方をどう見ているのでしょうか。思い違いだとみっともないのですが、ぼんやりながらも好感を持ってくれるようです。

街中で信号待ちをしていて、前に立つ母親に抱っこされた赤ちゃんと目が合うことがよくあります。じっと見つめられると、よせばいいのに応えたくなります。

鼻を指で押し上げ、口を横に大きく広げ、吉川晃司さん似とたまに言われる目をかっと見開くと笑ってくれる。調子に乗って舌を出し、ぐるぐる回すときゃっきゃと声を上げます。

その段になると母親が異変に気づいて振り返ります。風体怪しき男が妙な仕草をしているのを認め、怪訝そうなお顔です。そりゃそうです。

でもわが子のはしゃぐ様子を見て、安心なさったように笑顔で会釈をしてくれます。

ああ、よかった。

助太刀いたす

同じようなことを混み合う地下鉄の車内でも、ついやってしまいます。抱っこ紐にくるまれた赤ちゃんが、小さな肩を震わせて泣きじゃくっている。

腹減ってんのかなあ。熱がなきゃいいけどなあ。

吊り革につかまって見ていました。

泣き声はどんどん大きくなります。母親は申しわけなさそうな表情でわが子をあやしています。

及ばずながら、助太刀いたす。

おかあさま、赤ちゃん、あなたたちは何にも悪くありません。

まずは仕事道具の入ったバッグを床に置き、空いた両手でおのれの顔を覆います。

赤ちゃんがこちらに注目したことを確かめて両手をぱっと離し、「ばあ」と音量控えめに告げます。ご明察の「いないいないばあ」です。

かつて出張した米国でも中国でも、現地のお子たちに大好評でした。万国のご機嫌斜めキッズに通用すること請け合いますぜ。ぜひお試しください。

泣き止んでくれたらこっちのもんです。例の鼻突き上げ、舌の360度回転を繰り出せば天使の顔に笑みが広がります。あら不思議、周囲の人たちの表情まで柔らかくなっています。

身内は「特殊な才能や技術のなせる業に非ず。同年代の仲間と見られているからに過ぎない。図に乗らぬが賢明」と分析&忠告します。

当方をお友だちと思ってくれているのか。

今度、赤ちゃんに聞いてみます。

体内年齢は41歳

スポーツの秋、体育の授業中、学生生活の存続を危うくする下手を打ってしまいました。

当方は大学時代に体育の単位を修得していたので出席は不要でした。しかし、週に1回は飛び跳ねないと体がなまっちまいます。ある懸案から女子学生を守る役目も自らに課し、欠かさず出ることにしました。

幼稚園児の時分から剣道や柔道、野球をやってまいりました。新聞記者時代は会社の野球部監督兼主戦投手を務め、50歳代半ばまでグラウンドを駆け回っていました。

運動にはいささか自信がござる。

はるか年下の若い衆に負けてはいられません。でも中学や高校でバレーボールやバドミントンに本腰入れて取り組んだ同級生にはかないません。バレーボール元日本代表選手と同姓同名の女子学生もいらっしゃる。男子に交ってサッカー部で活躍した女子学生もいます。

鬼ごっこの激走に屈して床にへたり込み、負け犬のように舌を出してぜいぜい喘いでいました。すると同級生が顔を覗き込んで「大丈夫ですか」と心配してくださる。

「腰が悪いのだから無理はなさらぬように」と常にブレーキをかけてくださる学生もたくさんいました。

せめてものお返しです。バレーボールのコートを設える際、重さ20キロ前後の支柱の運搬はお任せあれ。肩にひょいと担ぎ、バランス保って運ぶ術は学生時代のアルバイトで習得しております。

試合中にミスした人には「どんまいどんまい」、新聞社時代のように「くぉら」と叱責など決していたしません。運動が不得手な学生には「失敗したって構いません。なんぼでもフォローします」と穏やかにプレー参加を促しました。

その日は体力測定でした。本番前の簡易チェックで体内年齢41歳との結果を得ました。当時63歳、なんと22歳も若いのか。

19歳の男子学生に聞くと「60歳です」。

まさかの負傷と松葉杖

調子に乗りました。

立ち幅跳びで、ある女子学生の距離に及ばない。負けてはならじと数回繰り返しました。直後に左の太もも裏に鋭い痛みが走りました。

しまった、またやっちまったか。

記者時代、野球の試合中に過去2回、ふくらはぎの筋断裂を経験しました。半年間の松葉杖暮らしを余儀なくされました。

実は少し前、雨に濡れた舗道上で滑って転び、得意な柔道の受け身も及ばず左半身を痛めていました。

緒方健二『事件記者、保育士になる』(CCCメディアハウス)
緒方健二『事件記者、保育士になる』(CCCメディアハウス)

体力測定の翌朝、激痛で起き上がることができません。無遅刻無欠席を途切れさせてなるものか。

タクシーで登校したものの、痛くて痛くて歩けません。

異状に気付いた男子学生が車いすを手配してくれたり、近くの外科医院へ連れて行ってくれたりしました。

すまねえ、恩に着るぜ。

左の太ももやふくらはぎの筋肉が複数個所で切れていました。自然にくっつくのを待つほかはないとの診断です。以来、短大の保健室で借りた木製松葉杖に頼る日が3カ月ほど続きました。

野獣諸法度「決して目立たず」潰えたり。

緒方 健二(おがた・けんじ)
元朝日新聞編集委員
1958年大分県生まれ。同志社大学文学部卒業、1982年毎日新聞社入社。1988年朝日新聞社入社。西部本社社会部で福岡県警捜査2課(贈収賄、詐欺)・捜査4課(暴力団)担当、東京本社社会部で警視庁警備・公安(過激派、右翼、外事事件、テロ)担当、捜査1課(殺人、誘拐、ハイジャック、立てこもりなど)担当。捜査1課担当時代に地下鉄サリンなど一連のオウム真理教事件、警察庁長官銃撃事件を取材。国税担当の後、警視庁サブキャップ、キャップ(社会部次長)5年、事件担当デスク、警察・事件担当編集委員10年、前橋総局長、組織暴力専門記者。2021年朝日新聞社退社。2022年4月短期大学保育学科入学、2024年3月卒業。保育士資格、幼稚園教諭免許、こども音楽療育士資格を取得。得意な手遊び歌は「はじまるよ」、好きな童謡は「蛙の夜まわり」、「あめふりくまのこ」。愛唱する子守歌は「浪曲子守唄」。朝日カルチャーセンターで事件・犯罪講座の講師を務めながら、取材と執筆、講演活動を続けている。「子どもの最善の利益」実現のために何ができるかを模索中。

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