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「恋」とは、「好き」とは、「わかり合う」とは? 橘ももが、本質的な問いを投げかける小説『恋じゃなくても』。「私が考えている“途中”のことを見せていく」【インタビュー】

  • 2024.12.28

〈ついておいで〉。婚約者に浮気をされて別れ、雨の中うずくまっていた会社員・凪は、結婚相談所の相談役を務める老婦人・芙蓉に〈拾われた〉。芙蓉の助手として共に相談者たちと向き合ううち、やがて凪自身も自分を知っていく物語……なのだが、それだけでは終わらないのが、橘ももさんの小説『恋じゃなくても』だ。

物語に分け入った先には、恋愛や結婚、セクシュアリティなど今の社会を生きる私たちへの、本質的な問いが待っている。

著者の橘ももさんに本書に込めた思いを聞いた。また表紙にもなった“和菓子”についてのお話も。

自分がどういう恋愛をするか、どういう属性なのかを、決めなくてもいい

――恋愛や結婚について誰もが抱える悩みに共感しながら読むうちに、本質的な部分への問いが深まっていくと感じました。

橘ももさん(以下、橘):結婚って何なんだろう、って思ったんです。私が結婚をめでたく思うのは、好きな人たちが幸せそうにしているからであって、その実情はわりとどうでもいいんです。でも、どうでもいいで済まないことが世の中にはたくさんあるんだな、と。個人の幸せと、社会的な承認のための制度。結婚のもつその両面がうまくかみ合わず零れ落ちてしまうものを、書きながら探ってみたいと思いました。

主人公の凪のように「恋がわからない」という人のことを、今はアロマンティックと呼ぶことがあります。作中には、アセクシャル(性的欲求がない人)とおぼしき人物も登場しますが、あえてそういう言葉を使わなかったのは、定義づけすることでかえって「それは結局どういうことなの?」と説明を求められる機会が増えている気がしたから。グラデーションがあることだからはっきりとは言えないし、今はこうだと思っている自分の属性が、この先変わる人だっているかもしれない。もちろん、自分が生きやすくなるため、相手に理解してもらうために言葉は必要なんだけど、自分とは違う、理解できない相手のことも「あなたはそうなんだね」とゆるやかに受け止められるのが一番いいよなあ、と思いました。

――芙蓉のところを訪れる相談者たちや凪が直面する様々な問題を、個人の話として帰結させず、社会の構造の問題として捉えて提示する場面も多く見られます。

橘:同性愛者の友人から、自分のセクシャリティを隠したまま結婚して子どもをつくったものの、最終的にカミングアウトして家庭が崩壊した、という人の話を聞いて……。確かに配偶者にとっては信じがたい裏切りで、いいこととは言えないんですけど、そもそも同性婚が認められていれば起きない問題じゃないの?と思ってしまって。芙蓉さんのセリフに、〈そんなの普通じゃない、と誰かに放った責めの呪縛は、いずれ自分自身だけでなく、自分の大切な誰かにかえってくるかもしれない〉とあるんですが、見ず知らずの誰かの権利を守ることが、結果として、自分の大事な人が傷つくかもしれない未来を防ぐことにもなるんじゃないかな、と思ったことが反映されていると思います。

法的な結びつきがなくてもいい。でも「そうはいってもさあ」となる

――芙蓉は、登場時から魅力たっぷりに描かれます。さっそうとしていて華やかで、強く優しく、さらにはお金持ちで教養もあって……。でもスーパーウーマンのように見えていた彼女の印象が最終話でガラリと変わり、驚きと同時に胸をうたれました。

橘:芙蓉さんを、ただカラッとしていて「そんなのいいのよ!」みたいなことを言う人にはしたくなかったんです。本当は、誰よりも歯を食いしばって、いろんなものを背負って生きてきたのに、苦労があまり表ににじまないタイプの人っていますよね。周りに苦労を話したり助けを求めたりするのが苦手だし、責任感も強く能力もあるから一人でなんでもやれてしまう。でも優しい人ほど、実は誰より傷ついた経験を持っていたりするよなと。

――芙蓉の傷ついた経験が明かされて、それがあるからこその今なのだとわかって、より彼女を好きになりました。芙蓉と凪との「バディもの」を意識して書かれたそうですね。相談員とその助手、という2人です。

橘:仕事を介してつながる関係が好きなんですよね。私は昔から、人との距離をうまく取るのが苦手で……愛情だけでつながるのがすごく不安なんです。仕事でなら、向こうが私を必要としているし、私はちゃんと返せるものがある、と明確なので安心できます。

――凪は芙蓉と、一部のみですが生活を共にしています。また、和菓子職人の繕は、長年芙蓉と関わりを持ち続けていて、さらに繕と凪の間にもある関係が生まれる。作中に〈たとえ血のつながりがなくても、法的に結びあう関係でなくとも〉という言葉もありますが、こうした名前のない関係が魅力的に描かれていて、前作「忍者だけど、OLやってます」シリーズから橘さんの中にある「誰かと一緒に生きていくとは?」というテーマが今作にも感じられました。橘さんの中で、考えが熟したり変化したりは?

橘:それほど変化はなくて、むしろずっとわからないというか……そのつど「こういう形もあっていいんじゃないかな」と思いながら、模索している感じです。私自身、世間的にこうあるべきと思われている型にはまりたくてしょうがなかった人間なので、法的な結びつきを求める気持ちはわかるんです。誰かに選んでもらえたという確証もほしいし、そもそも社会的に堂々と承認してもらえたら、安心しますよね。でも、その型からどうしても外れてしまう人はどうすればいいのかを、考えてみたいと思いました。私はずっとフリーランスで働いてきて、結婚も出産もせずに40歳を迎えながら、いまだに「自分はこれでいい」と「本当に?」をいったりきたりしているので、大丈夫と思いたくて書いているところもあるかもしれません。

わかり合えない相手とも「どうしたらわかり合えるかな?」と考えてしまう

――橘さんの、そうした人に寄り添うやわらかな姿勢が、作品に貫かれているのを感じます。愛情があるのにセックスをしたくないと感じる人、相手に「思いやりがない」と感じる人など、悩んでいる相談者に芙蓉も凪も「こうせよ」と告げたり、その交際相手を断罪したりはしないですね。相談者それぞれが自分で道を探るサポートをした結果、グレーでいることを選びとったりもしています。

橘:もちろん別れる選択をしてもいいと思うんです。でも、私は苦手なんですよね、断ち切るのが。相手を理解するために、「相手の立場になってものを考えましょう」と言われることがありますが、自分をそのまま相手の立場に置いても「私なら、そんなことはしない」で終わってしまう。自分の価値観は、いったんよそに置いてみて、相手を解釈し直してみる、ということも必要なのかなと思います。

「こうしたらわかり合えます!」と書きたいわけではないんです。先ほど言ったように、私もいまだ模索中なので、「こんなケースだとどうでしょう?」とみんなと一緒に考えていきたいんですよね。ただ作中にも書きましたが、お互いの欲求が食い違った時に、それでも一緒にいたいのか自分の気持ちを見極めなければいけない時は来る。その日まで、考えて、あがく……それが、私自身が生きていく上でのテーマでもあると思います。

――浮気をした凪の婚約者・稜平との「わかりあえなさ」の解像度がすごかったです。浮気相手とうまくいかなくなり、凪とやり直したいと無理に話をする稜平が〈俺が浮気しても凪は平気なんじゃないか、なんとも思わないんじゃないか。結婚さえできれば、相手は俺じゃなくてもいいのかもしれない、って〉と言い、凪は――この人はいったい、私の何を見てきたのだろう〉と感じて、静かな怒りを表明します。

橘:あそこはちょっと断罪が入ってしまいましたね(笑)。凪が怒っていたので、私も怒ってしまいました。怒るべき時は怒ったほうがいいし、無理ですと言わなければいけないと思います。でも稜平は稜平で、傷ついていたことも事実なんですよね。積極的に甘える、みたいな愛情表現を相手に求める稜平にとっては、凪のとる行動はすごくつらかっただろうと思います。“好き”がわからない凪のことを肯定する物語ではあるけれど、それに傷ついている人もいるのだ、ということも書いておきたいと思いました。

いつか、はとこの作る和菓子とコラボしたかった

――繕の作る和菓子の数々も、重要な役割を果たしていますね。時に芙蓉と凪をほっとひと息つかせたり、相談者にメッセージを伝えたりしています。

橘:ほとんどが、私のはとこが作った和菓子をモデルにしています。繕と同じフリーの和菓子職人なんですよ。表紙にも、実際に彼女が作った和菓子を使わせてもらいました。彼女の作る、すごく美しい上にちゃんとおいしい和菓子を食べて以来、コラボできたらいいなとずっと思っていて。今回、もともと書きたいと思っていた話と結びついて物語にできたことが、本当にうれしかったです。

――そうだったのですね! もともとあった和菓子なのですか?

橘:赤い“あまてらす”は小説で初めて書いたオリジナルの和菓子で、今回、新たに作ってくれました。結婚相談所の名前「ブルーバード」の元になった“カササギ”が飛んでいる羊羹や第1話の“菖蒲”などほかのものは、彼女がもともと作っていたものです。話の流れと季節に合うものをピックアップして、小説に使わせてもらいました。季節のうつろいを示す「七十二候」の文も彼女が書いたものが素敵だったので、お願いして一部、そのまま載せています。

この小説を書いている間、和菓子センサーがすごく敏感になっていたんですよ。京都に行った時にも、普段通らない道を通ったら、おいしそうな和菓子屋さんを見つけて……それまでの私なら素通りしていたと思う(笑)。そこで売っていたのが“したたり”なんです。

――繕が自作ではなく、凪への手土産として持って来た“したたり”ですね。作中では〈琥珀色のぷるぷるとした塊〉で〈黒糖のうまみを凝縮したような……だからといって重たいということもなく、口当たりはすごく軽い〉と説明されていて、想像がふくらみました。

橘:これは、京都で実際に食べられるので、ぜひ(笑)。読んだ人に、和菓子は良いものですよ、ということも伝わってくれたら嬉しいです。

取材・文=門倉紫麻、撮影=冨永智子

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