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こうして親子の間にどんどん溝ができていく…いたって普通の家庭で愛着の問題を抱える子が育つ深刻な理由

  • 2024.12.27

普通の家庭で育った子どもも愛着の問題を抱えるのはなぜなのか。精神科医の村上伸治さんは「親の側は一生懸命愛情を注いだつもりでも、子の側は『素の自分を愛してはもらえなかった』という思いを抱き続け、親子間に溝ができてしまうことがある」という――。

※本稿は、村上伸治監修『心のお医者さんに聞いてみよう 大人の愛着障害 「安心感」と「自己肯定感」を育む方法』(大和出版)の一部を再編集したものです。

口論をする母と娘
※写真はイメージです
普通の家庭でも愛着の問題が生じる

虐待などの不適切な養育環境ではなく、まったく普通の家庭で育てられたにもかかわらず、愛着に問題を抱えている人が実は少なくないのです。

もっとも典型的なのは、神経発達症(発達障害)がみられる子どもの場合です。

愛着関係は相互のやりとりで形成されます。愛着形成がもっとも活発に行われるのは、0歳から3歳ころまでの時期です。ASD(自閉スペクトラム症)がある場合、他者との情緒・相互的交流が育ちにくかったり、かなり遅れたりするため、親との愛着形成が乳幼児期にはなかなか進まず、発達障害に加えて愛着の問題を抱えやすくなります。

また、発達の問題がなくても、些細な誤解がきっかけとなり親子関係にボタンのかけ違いが生じ、それが長期化し、親子の距離が広がってしまった可能性も考えられます。

目立った衝突や葛藤がないため、親も子も自分たちのあいだにある溝を、なかなか自覚できません。

基本的安心感や自己肯定感が乏しく、それが子どもの頃からあったのであれば、どこかに愛着の問題(広義の愛着障害)が隠れていると考えるべきでしょう。

【図表1】精神疾患の層の構造
出典=『心のお医者さんに聞いてみよう 大人の愛着障害 「安心感」と「自己肯定感」を育む方法』
くり返す精神疾患の背景

うつや不安症などの精神疾患がくり返されるケースでは、表面化している症状だけを見るのではなく、根底にある身体の機能的な問題(発達の問題)と養育の問題(愛着の問題)にまで目を向ける必要があります。

図表1に示したように、精神疾患の根底には発達と愛着の問題が存在すると考えると理解しやすいでしょう。

とくに愛着は、物心のつかない、自我ができあがっていない時期に生じ、精神という建物の土台をつくります。ここに問題があると、土台の歪みが、やがて別の精神疾患などを引き起こします。

上層階や屋根が立派でも土台が弱ければ、その建物は傾いてしまいます。外にあらわれた疾患の背景にある愛着の問題に目を向け、自己理解を深めていくことは、精神疾患の根本的な治療にもつながるのです。

素の自分を見てもらえなかった

成績や試合の結果について親が子どもをほめるとき、成果に注目してほめる場合とがんばりに注目してほめる場合とでは、子どもに与える影響は異なります。成果ばかりに注目してほめると、本人は「素の自分」ではなく「出した結果」だけがほめられたように感じてしまいます。

本人にとって、成果はあくまで自分の外側。成果が出たことだけをほめられると、まるで「きれいなコスメだね」と言われているように感じ、素の自分がほめられているとは感じられません。

親の側は一生懸命愛情を注いだつもりでも、子の側は「愛情をかけてもらってはいたが、親が求める条件を満たさなくなったら、愛してもらえなくなると感じていた」「素の自分を愛してはもらえなかった」という思いを抱き続けることになるのです。

成績がよくてもわるくても、試合で勝っても負けても、親がつねに「がんばったね」とプロセスを見てくれていたら、無条件の愛情を感じられ、素のままの自分に生きる価値があると思えたのかもしれません。

「がんばらなくてもほめてあげてください」と伝えたら「がんばらなくてもほめるんですか」と聞き返したお母さんがいました。人にはがんばれないときもあります。そんなときは「生きているだけでじゅうぶん」と、ほめてあげてください。がんばれないときも「それでいいのよ」とハグすることで、子どもは親との絆を深めて安心できるのです。

【図表2】養育者側にこんなことはなかったでしょうか?
出典=『心のお医者さんに聞いてみよう 大人の愛着障害 「安心感」と「自己肯定感」を育む方法』
親が忙しそう、しんどそう……

子どものほうから愛着形成のサイクルを止めてしまう場合があります。親が忙しかったり大変そうだったりすると、子どもがそれを察して、自分から愛情要求を止めてしまうのです。

こうした傾向は、生まれつきの性質も関係します。幼くても周囲の状況や他人の表情を敏感に感じとれる子や、その場の状況に対して、適切なふるまいができる子がいます。親が忙しそう、つらそうだとわかると、自分の要求を控え、親が望むように行動してしまいます。

子どもをかまえないほど忙しい親と、このタイプの子のくみ合わせになると、愛着形成は双方からストップしてしまいます。親からすると、子どもが早熟で自立したように見えるため、「もうあなたは大丈夫ね」と安心して子どもから離れてしまいます。

手がかからないしっかりした子ども時代を過ごしたように見えますが、本当はもっと甘えたかったという思いを抱えている人が多いのです。

甘えることができなくなった

親や周囲の大人からほめられたことがきっかけで愛着サイクルを止めてしまう子もいます。

たとえば下の子が生まれて忙しいとき、上の子が世話をしてくれると親は「さすがお姉ちゃんね」などと、ほめることがあります。上の子はまだ幼く、本当は弟や妹のように親に甘えたいのに「お兄ちゃんだから」「お姉ちゃんだから」と言われると、甘えられなくなってしまいます。

また、家族に病人がいて、小さいときから家事やケアを担っている子もこのタイプで、現在はヤングケアラーとして問題化しています。

「しっかりしてるね」「強いね」という親のほめ言葉は、「あなたはもう甘えなくていいわね」というサインにもなります。サインを受けとった子どもは自ら「甘えたい」という本音に蓋をしてしまいます。

ほめられることで自立を意識するようになった子は、じゅうぶんな安定感や安全基地がつくられる前に愛着サイクルを止めてしまいます。

【図表3】あなた側にこんなことはなかったでしょうか?
出典=『心のお医者さんに聞いてみよう 大人の愛着障害 「安心感」と「自己肯定感」を育む方法』
発見が遅れるヤングケアラー

病気の家族の介護や家事を過度にまかされている子をヤングケアラーと呼びます。子どもらしい遊びや学習時間、睡眠や将来の夢など自分の人生を犠牲にしているのに、家族には「よくお手伝いする良い子」とほめられ、本人も「自分がやらないと」と思い込んでいるので、学校の先生も周囲の大人も気づかず発見が遅れてしまいます。

【図表4】あなた側にこんなことはなかったでしょうか?
出典=『心のお医者さんに聞いてみよう 大人の愛着障害 「安心感」と「自己肯定感」を育む方法』
「タイパ」が子どもの成長を急かす

現代はスピードが重視される時代です。「タイパ」という言葉が流行るように、誰もが時間をかけず効率よくものごとを片づけようとしています。子どもの心の成長にもその影響が出ているように思えます。

共働きの両親と核家族が増えたせいなのでしょうか、家事や育児にも時間や気持ちの余裕がなくなってきています。ますます子どもも「早く大人になってほしい」と成長を急かす親御さんが増えた印象です。仕事や家事を効率化するのは合理的かもしれませんが、子どもの成長は違います。数十年やそこらで人間の成長スピードが変わるはずもなく、子どもの心も体も一人前に成長するには、急かされない環境で、ゆったりとした時間が必要です。

個人の努力だけではどうしようもない

お話ししてきたように、人の精神構造は建築のようなもので、突貫工事でつくればいろいろな問題が生じます。後から補強もできますが、それにはとても大変な労力と時間がかかってしまいます。

だから、時間をかけて基礎工事をすることが大切なのです。「まだやってるの」と言われるぐらい時間をかけたほうが建物は安定します。

村上伸治監修『心のお医者さんに聞いてみよう 大人の愛着障害 「安心感」と「自己肯定感」を育む方法』(大和出版)
村上伸治監修『心のお医者さんに聞いてみよう 大人の愛着障害 「安心感」と「自己肯定感」を育む方法』(大和出版)

誰もが愛着の問題を抱えやすい世のなかになったのが現代です。本書を手にとったみなさんも、過去のできごとを思い出すにつれ、いろいろと思い当たることがあったのではないでしょうか。いつの時代も、親と子がじっくり向き合う時間がとれれば理想的なのです。

しかし、家族関係、人間関係は社会の影響を大きく受けます。個人の努力だけではどうしようもない部分もあるのです。

さまざまな精神疾患で受診する患者さんと話をしていると、最初は気づかなかった生育の問題に気づくことがよくあります。本人も意識してこなかった自己肯定の問題が浮かび上がり、それが主題になって診察が進むこともあります。毎回ほんの10分程の診察でも愛着の問題に目をやり、改善していくこともできると感じています。

自分の愛着の問題に気づいた人は、親との関係の再構築が困難であっても、周囲の人との間で愛着形成を補うことで心の補強工事をしていくことは可能です。

心理療法を受ける精神疾患の患者
※写真はイメージです
愛着形成を社会全体で支える

かつて日本社会は地縁が深く、近所のおじさんおばさんと家族ぐるみのつき合いがありました。子どもたちは親や家族と愛着を形成した後、愛着を身近な大人に広げることで、親との愛着に不備があっても、身近な大人との関係でそれを補うことができました。

ところがいま、地縁社会は失われ、子どもは親や先生以外の大人と交流する機会はとても少なくなっています。愛着を親子関係だけのことにせず、身近な大人との関係を豊かにすることで、愛着形成を社会全体で支えるようになることが望まれます。

村上 伸治(むらかみ・しんじ)
精神科医
1989年岡山大学医学部卒業後、岡山大学助手、川崎医科大学講師を経て、2019年より川崎医科大学精神科学教室准教授。専門は青年期精神医学。著書に『実戦 心理療法』『現場から考える精神療法 うつ、統合失調症、そして発達障害』(共に日本評論社)、編著として『大人の発達障害を診るということ 診断や対応に迷う症例から考える』(医学書院)などがある。

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