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単一電子の物質波を螺旋状に変えることに成功

  • 2024.12.27
単一電子の物質波を螺旋状に変えることに成功
単一電子の物質波を螺旋状に変えることに成功 / Credit:Structured electrons with chiral mass and charge

電子がネジネジしています。

ドイツのコンスタンツ大学(Uni Konstanz)で行われた研究により、単一の電子を螺旋状の物質波に作り替えることに成功しました。

電子はこの宇宙を構成する最も基本的な素粒子ですが、適切な制御を行えばその存在確率を螺旋状のコイルとして成形することができたのです。

さらに奇妙な事実として、この螺旋状の電子は計測機器にも見た目が渦として観測されるにもかかわらず「回転運動量がゼロ(角運動量がゼロ)」であることがわかりました。

螺旋状といういかにも回転していそうな形をとりながら、量子力学的にも古典物理学的にも「回転」の要素がないのです。

しかも興味深いことに、この状態になっても電子には質量と電荷が備わっており、電子の確率分布こそコイル状になっているものの、質量の中心(期待値)はコイルの中心を貫く直線上に存在することが示されました。

研究者たちは「このようなコイル電子が実験室だけでなく自然界にも存在する場合、宇宙論的な意味をもつ可能性がある」と述べています。

もしも自然界で左右にねじれたコイル電子の物質波が存在し、それが宇宙レベルの対称性の破れと関わっているのだとしたら、私たちがいまだ解き明かせていない物質と反物質の非対称性(なぜ物質がこれほど多く、反物質が少ないのか)や、パリティ破れ(左右対称ではない性質)の謎に迫れるかもしれません。

さらに、もし電子がコイル状の波動をつくり出しやすい環境が、ビッグバン直後の高温プラズマや極限的な宇宙空間にあったとしたら、そこでの電子の“ねじれ”がプラズマの伝播や乱流のふるまいを微妙に変化させ、大きなスケールでの構造形成(銀河が成長する過程など)に影響を与える可能性も想定されます。

「電子がねじれる」現象が宇宙進化の一端を左右しているとしたら、これほど壮大な話はありません。

しかし、そもそも研究者たちはどうやって1個の電子を螺旋状に変形させたのでしょうか?

今回はまず量子力学で重要な物質波の解説を行いつつ、後半で研究の詳細に触れたいと思います。

研究内容の詳細は『Science』に掲載されました。

目次

  • 全ての物質は波になれる
  • 「単一電子」が光のスクリューパンチでコイル状に変化

全ての物質は波になれる

1個の電子の物質波がコイル状に変化するイメージ図
1個の電子の物質波がコイル状に変化するイメージ図 / Credit:clip studio . 川勝康弘

量子力学の世界では、電子や原子だけでなく、分子や結晶など、どんな物質も「波」の性質を持つことが理論的に示されています。

古典的には「ものは粒、光は波」と教わりますが、量子力学によって「粒子にも波の性質があり、光にも粒子の性質がある」ことが明らかになりました。

たとえばサッカーボールのような球状構造をもつフラーレン(炭素原子が数十個集まって球体を形成する巨大分子)を用いた二重スリット実験が行われた例もあり、私たちの感覚では“粒子”としか思えないほど大きく重い存在も「波」としてふるまい得ることを示唆しています。

(※さらに炭素1万個ぶんの質量をもつテイラーメイド分子での二重スリット実験も報告されています)

このように本来ならば粒子と考えられがちな物体が「波」として振る舞うとき、その波のことを、その粒子の「物質波」と呼びます。

身近な食卓塩(塩化ナトリウム: NaCl)や水(H2O)にも物質波は存在します。

これらは普段は目に見える粒子として存在し、塩なら結晶の粒、水ならコップに満ちた液体の姿です。

ところが、塩の結晶を極小スケールにまで細かく砕き、そのひとかけら(ナトリウムイオンと塩化物イオンのペア)を単独で取り出したり、あるいは水分子1個だけを捕まえて十分に小さな空間内で動かしたりすると、量子力学的な「波」のふるまいを示す可能性が出てきます。

これは理論的には「塩の物質波」や「水の物質波」が存在し得ることを意味します。

では、人間のような大きい塊(かたまり)も物質波になり得るのでしょうか?

結論から言えば理論上は「YES」です。

理論的には塩の物質波、水の物質波、人間の物質波も存在し得ます
理論的には塩の物質波、水の物質波、人間の物質波も存在し得ます / Credit:Canva

量子力学的な現象が起ここるにあたり、物体のサイズも質量も完全な拒否権は持っていないません。

そのためもし、ある地点・ある瞬間に「物質」を波へと変換し(正確には「波として振る舞うように整えてやり」)その波を別の場所・別の時点で“粒”として再度現実化することも不可能ではありません。

量子力学では、粒子の状態は観測や測定によって決定される(波が収束する)と考えます。

つまり、波として広がりつつあった存在が、観測という行為をきっかけに「ここにある1つの粒子」に戻るのです。

このため理論的には「波として広がった物質」が、ある程度の条件(外界との相互作用がごく小さい、量子状態が維持できるなど)を満たしていれば、別の時点で「粒子」として観測されることがあります。

実際二重スリット実験も波として2本のスリットを通った粒子がその先の板に命中して粒子として出現しています。

ただし私たちのような巨視的(マクロ)な存在はあまりにも多くの原子や分子、そして周囲との相互作用を含んでおり、いわゆるデコヒーレンス(量子ゆらぎの消失)が起こりやすく、物質波に変換するのは理論的には可能でも極めて困難です。

さらに量子力学でいう物質波は質量が大きいほど短くなる性質があります。

1個の電子の波長は比較的長いのに対し、1個のNaCl分子やH2O分子、まして人間のような巨大な質量では、波長が極端に短くなり「波としての広がり」を実験で見るのはほぼ絶望的です。

ただどんなに困難でも「理論的に可能」という表現は抜け落ちません。

かつては巨大分子に量子的な性質がある可能性も「理論的にはありえるが実証は絶望的」と考えられていた時期がありました。

しかし技術の進歩により、私たちの大きな世界と量子の小さな世界の境は徐々に曖昧になりつつあります。

物質波の状態で飛んでいくときに光でちょっかいをかけたら、その後観測したときにどんな変化が起きてしまうのでしょうか?
物質波の状態で飛んでいくときに光でちょっかいをかけたら、その後観測したときにどんな変化が起きてしまうのでしょうか? / Credit:Canva . 川勝康弘

ですがそうなると、いくつか気になる点が出てきます。

たとえば「物体が物質波として飛んで行っている最中に、ちょっかいをかけたらどうなるか?」という疑問は、非常に好奇心をくすぐります。

そこで今回、コンスタンツ大学の研究者たちは、単一の電子が物質波として移動している最中に、渦巻き状の光を当て、何が起こるかを調べることにしました。

ここで言う「渦巻き状の光」とは、通常の光の波長がスクリューのようにに回転しながら進む光であり、このような光が当たった物体に特殊な回転力を与えたり、別の波に当たった場合には波の周期を変えることが可能です。

通常の光がストレートパンチだとするならば、渦巻き状の光はスクリューパンチと言えるでしょう。

光のスクリューパンチを受けてしまった電子はどうなってしまうのでしょうか?

「単一電子」が光のスクリューパンチでコイル状に変化

コイル状の単一電子の物質波が生成されている様子
コイル状の単一電子の物質波が生成されている様子 / Credit:Structured electrons with chiral mass and charge

光のスクリューパンチで空中を飛んでいく電子の物質波はどうなるのか?

謎を解明するため研究者たちは実験セットを組み立てました。

まず「超高速電子顕微鏡」と呼ばれる特殊な装置を用いて、極めて短い時間パルスの電子をつくります。

これは、ふだんの電子顕微鏡よりもはるかに速い「シャッター」機構を備えており、多くの場合、電子がほぼ1個ずつバラバラに飛び出すほど希薄なパルスに制御できます。

結果として、1個の電子を狙ったタイミングで射出することが可能になります。

次に、電子が進む空間に「渦巻き状の光」を通す仕組みを作ります。

ここでポイントとなるのが、ナノメートルスケールの極薄膜(たとえば窒化ケイ素膜)を用いることです。

電子1個の物質波と「光のスクリューパンチ」を同じ空間へ通過させる際、この極薄膜が光の状態を変化させ電子との相互作用が可能になります。

同時に光の電場によって電子の一部が加速・減速され、波動関数に微妙な位相ずれが生じます。

これらの相互作用によって、光の螺旋パワーが電子に伝達されることになります。

そして最後に、光の螺旋パワーを受け取った電子の物質波がどんな状態かを観察しました。

具体的には、スクリーンや検出器に当ててできるパターン(干渉模様)を見たり、電子がどのくらい“ねじれ”を持っているかを測定したりしました。

結果、スクリーン上に映し出された電子の干渉パターンから、電子の物質波が飛んでいく途中で「くるくるりん」とねじれたようなコイル(螺旋)状になっている様子が明らかになりました。

測定装置に映された電子の様子。分析により物質波がコイル状であることがわかりました
測定装置に映された電子の様子。分析により物質波がコイル状であることがわかりました / Credit:Yiqi Fang et al . Science (2024)

また分析によりこの現象が、渦巻き状の光がもつ“螺旋パワー”によって、電子の波が部分的に加速されたり遅れたりすることで起こっていたことがわかりました。

イメージとしては、まっすぐ並んでいた電子の“波”が、光からもらった回転の力を受けてじわじわとねじれていくような感じと言えるでしょう。

ちょっかいを出す光の性質を操作すると、コイルの方向が逆になったり螺旋状にならなくなったりします
ちょっかいを出す光の性質を操作すると、コイルの方向が逆になったり螺旋状にならなくなったりします / Credit:Yiqi Fang et al . Science (2024)

さらに照射する光のスクリューを操作すると、電子のコイルの形状も大きく変わることが明らかになりました。

たとえばレーザーパルスに角運動量がゼロの状態であれば、生成される電子は上の図の左側のように「カイラリティなし」の棒のような状態として扱えることがわかりました。

一方、照射する光の角運動量を1に設定すると、電子の電荷と質量の波動関数は「左巻きコイル」のキラリティを示し、角運動量量子数が-2の場合は「右巻きの二重螺旋」になることが確認されました。

(※ここで言う角運動量とは軌道角運動量のことを示します)

またこうした「螺旋状」の電子(カイラル波パケット)を、同様にキラルな性質をもつナノ粒子に散乱させたところ、興味深い結果が得られました。

左巻き電子を左巻きナノ粒子に当てると、電子側のカイラリティは弱まり、右巻きナノ粒子に当てると強まる――その逆の組み合わせについても同様の変化が見られたのです。

研究者たちはこの結果について「光パルスが電子の波動関数にキラリティー(左右の回転)を刻み込み、電子に実際に分極や角運動量を与えることなく、電荷と質量を持ったコイルに変換している」と述べています。

またコイル状の電子の質量の分布を調べた結果、質量の中心はコイルの中心を貫く直線上に存在することが明らかになりました。。

研究者たちは、今回の発見がさまざまな分野で応用できる可能性を秘めていると考えています。

具体的には、電子顕微鏡、磁性材料の研究、そして光ピンセット(非常に小さい物体を光の圧力で掴む)などで有用だと予測されています。

さらに研究者たちは「このコイル電子自体が、もし自然界に存在するなら、宇宙論的な意味を持つかもしれない」と述べています。

(先に述べたように)もし自然界で左右にねじれた電子の物質波が見られ、それが何らかの対称性の破れを増幅・反映しているなら、物質—反物質非対称やパリティ破れの理解につながるかもしれません。

また電子がコイル状の波動状態を部分的に形成できるなら、宇宙初期のプラズマの伝搬モードや乱流の性質が変わり、大局的な構造形成(密度揺らぎの成長など)に微細ながら影響を与える可能性もあるでしょう。

もし遠い将来、人間の物質波をコイル状にするイタズラが実現したのなら、物質化した人間は螺旋状にねじれたまま実体化してしまうかもしれませんね。

もっとも、その頃には「真っ直ぐに戻す装置」もきっと開発されていることでしょう……たぶん。

参考文献

Structured electrons with chiral mass and charge
https://www.eurekalert.org/news-releases/1050946

元論文

Structured electrons with chiral mass and charge
https://doi.org/10.1126/science.adp9143

ライター

川勝康弘: ナゾロジー副編集長。 大学で研究生活を送ること10年と少し。 小説家としての活動履歴あり。 専門は生物学ですが、量子力学・社会学・医学・薬学なども担当します。 日々の記事作成は可能な限り、一次資料たる論文を元にするよう心がけています。 夢は最新科学をまとめて小学生用に本にすること。

編集者

ナゾロジー 編集部

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