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「ホラー業界の可能性が広がった」7万人来場『行方不明展』と200万PV『つねにすでに』が書籍化&同時発売【ホラー作家・梨×株式会社闇・頓花聖太郎インタビュー】

  • 2024.12.26

2024年12月16日、ホラー作家・梨さんと株式会社闇が手掛けた『行方不明展』(太田出版)と『つねにすでに』(ひろのぶと株式会社)が書籍として刊行される。

『行方不明展』は2024年夏に開催された“行方不明”をテーマに作られた展示会をまとめたもので、『つねにすでに』は2024年春にネット上で連載されていた怪談をまとめたもの。どちらもSNSを中心に大きな話題となった。

今回は、そんな『行方不明展』と『つねにすでに』を仕掛けたホラー作家・梨さんと株式会社闇のCCO・頓花聖太郎さんに話を聞いた。※取材は12月上旬に実施

■ホラーのいいところは「実験的なものを受け入れてくれる土壌」

ーー『行方不明展』と『つねにすでに』のいずれも、お二人が手掛けられていましたが、まずはそれぞれの誕生の背景を伺えますか。

梨:『行方不明展』のいきさつから話すと、2023年3月に渋谷で実施した『その怪文書を読みましたか』という怪文書の考察型展覧会が非常にご好評いただいていて、この“展覧会”というフォーマットでなにか作れないか、というところからはじまったのが『行方不明展』でした。

頓花聖太郎(以下、頓花):『その怪文書を読みましたか』をさらに拡張したら東京中の人をあっと言わせられるのではないか、というところで再度梨さんとタッグを組ませていただくことになりました。実は、『つねにすでに』は『その怪文書読みましたか』の直後くらいにははじまっていたプロジェクトだったので、『行方不明展』よりずっと前から構想自体はあったんです。忙しくて寝かせてしまっていた時期もあるのですが、1年くらいかけてようやく生み出せたものでした。

ーーでは、お二人にとって、(リアルの)『行方不明展』と『つねにすでに』はどういう存在でしたか。また、いずれもSNS上では大きな話題となっていましたが、会期中/連載中、また終了後のお二人の手応えなどをお伺いしたいです。

梨:『行方不明展』は射程を広くして、新しい体験型のコンテンツが好きな人に向けて。『つねにすでに』は、『行方不明展』よりすこし狭く、あの頃のインターネット怪談が好きな人を中心に、洒落怖をまとめサイトなどで見ていた若い世代の人たちなど、ネット怪談(ロア)が好きな人に向けてリーチする層を明確に分けていたんです。

頓花:結果、それぞれのターゲットにはしっかり楽しんでいただけたんですが、予想以上に両方とも楽しんでくださった方がとても多かったんです。

おかげさまで『行方不明展』は7万人来場、『つねにすでに』は200万PVを突破し、どちらもありえないくらいバズって、『つねにすでに』ではさらに6,000人規模の濃いコミュニティ(Discordというコミュニケーションツールを使用したもの)も出来上がり、ホラーもここまできたな、という感覚とともに大きな手応えを感じることができました。

想定していたターゲット層を超え、いままでホラーとは縁遠かった人にも多く楽しんでいただけたので、手前味噌で恐縮ですが、ホラー業界の可能性を伸ばせたんじゃないかな、と感じています。

梨:そうですね。ホラー好きな人もそうではない人たちも楽しんでくれたので、そこはよかったと思います。一方で、ある種のムーブメントは起こせたと思うのですが、これが文化となって根付くためにはさらなる時間と良質なコンテンツが必要だとも思っています。

頓花:良質なコンテンツ……たしかに、マネしたらできそうと思われてしまう弱点はあるんですよね。コンテンツとしてはすごく大事なことではあるのですが……!でも、いろんな人の「作ってみよう!」が、結果コンテンツが集まることになり、それがホラー業界の可能性をさらに伸ばすことにもなるので、割と楽しみではあります。

ーーいずれもホラーに縁遠かった人も巻き込んで盛り上がったということですが、当初から射程を広くしていた『行方不明展』は予想通りとして、ここまで大きく『つねにすでに』が話題になったきっかけはどこだったのでしょうか。

頓花:梨さんがギミックを仕込んでいるタイミングがいくつかありまして、例えば、連載の途中で突然サイトの記事が全部消えるとか、復活したら情報が戻っているとか、いきなり無関係と思われていたDiscordが舞台になって物語がはじまって、みんなで乗り込めるとか……。そういうギミックのところでわかりやすくバズっていたと思います。

一番起爆力が大きかったのは、Discord内で現れた怪異と直接対話できる状況だったと思います。これは株式会社闇が独自に作ったAIを活用したシステムで、ユーザーが怪異との対話を疑似体験できる時期がありました。

梨:ホラーのすごくいいところって、実験的なものを受け入れてくれる土壌だと思っているんです。ジャンプスケア(びっくり要素)的なホラーは苦手だけど、インターネット上で擬似体験できるホラーには興味を持っている層がいて、その人たちに対して体験型コンテンツとして理解してもらえて、巻き込めたのが大きかったと思っています。

■新しい読書体験を作り上げてくれる出版社が不可欠だった

ーー『行方不明展』も『つねにすでに』も、いずれも“リアルで体験すること”に大きな価値があったというところで、書籍化のハードルは高かった気がしています。そのうえで書籍化に踏み切った理由と、“リアルで体験すること”を超える、または同等の価値をつけるために意識した点などがあれば教えてください。

頓花:普通、展示会の図録って写真で見てその展示会を思い出すという使い方だと思うのですが、梨さんは展示会全体を物語として作っているので、すべての写真に物語性を込めているんです。

そのため、読み返していわゆる考察みたいなことをする、という点で『行方不明展』は僕自身も本としてゆっくり読みたい、手元に取っておきたい、みたいなのがあったのでよかったです。『つねにすでに』は……これ梨さんはどうやって本にするんだろうな、と僕はずっと思っていました(笑)。

梨:なんとかなるかなと(笑)。

頓花:なんとかなってよかった(笑)。梨さんの哲学で「インターネット上にあるものっていつまであるかわからない」というものがあったので、本という物質を媒介することである種それが手元にあるというメタ的な楽しみができるのがこの『つねにすでに』の本だと思っているのですが、梨さんどうですか?

梨:おっしゃる通りで、本ってアーカイブにすごく適しているんですが、一方で、物語を追体験するのには向いていないんです。つまり、どうしても受容型というか、与えられた情報をそのまま受け取るしかない媒体だとは思っています。

梨:そのうえで、『つねにすでに』もそうですが、『行方不明展』も本に落とし込む時に必要だと思っていたのが、新しい読書体験を一緒に作り上げてくれて、いろんな演出を面白がってくれる出版社さんの存在でした。

『行方不明展』は太田出版さん、『つねにすでに』はひろのぶと株式会社さんから出版されるのですが、どちらも本当に頑張ってくれて。『行方不明展』はページが徐々に白から黒になっていくので、読み進めていき気付くとどんどん闇に引き込まれていく、という装丁になっています。

頓花:『つねにすでに』の表紙は本当にホラーか!?というくらいまっしろですしね。でも、あの体験を極限まで追体験できるように一緒に考えてくださっているので、先ほども言ったメタ的な楽しみ方がしっかりとできるようになっていると思います。

ーー両出版社さんとともに新しい読書体験を一緒に作り上げていったということですが、今回はイベントやフェアなど出版社の垣根を越えて実施されると伺いました。

頓花:そうですね。書籍化をやっていたのがほぼ同時期で、どっちを先に出すのかとか考えるとややこしくなりそうだったので、無邪気に「同時発売ってできませんか?」と聞いてみたらまさかのオッケーで。色々調整にご迷惑はおかけしたと思いますが、どちらの出版社さんも前例のない出版社を越境した取り組みだったにもかかわらず、面白そうだね、と会社からも後押しをいただけたとのことで、本当にいい形で発売ができそうなのでありがたい限りです。

■「編集中に感極まって泣いた」その理由とは?

ーー12月22日に行われる『行方不明展』と『つねにすでに』の合同トークイベントも楽しみですね!では、そんないいかたちでの出版が予定されている2冊のなかから、甲乙つけがたいのは承知のうえで、お二人それぞれに一番好きな作品とその理由をお伺いしたく……!まずは、『行方不明展』からお願いします。

頓花:僕は、「財布と手紙」がすごく好きで。兄ちゃんが行方不明になりたがっている理由や動機を妹はわかってしまっている。でも、そのなかで妹はいちるの望みをかけてこの手紙を兄ちゃんに送るんです。でも、兄ちゃんは何らかの理由でそれを明確かつ恣意的に損傷しずたずたにするという、フィクションではあるものの、ある種の怨念というか情念がその場に感じられるというのがすごくいいんですよね。

梨:私は……『行方不明展』のロングインタビューなどでは「■■郡の山中に棄てられた荷物」のジップロックに入れられた遺書と答えていたんですが、もうひとつ個人的に思い入れ深いのが「バス停のポールに貼り付けられていた袋」ですね。

梨:ビニール袋のなかにお金と「使えなかったらごめんなさい 元気で」という手書きのメモが入っているだけのものではあるのですが、『行方不明展』をすべて見てから見ると象徴的な展示となっていると思います。

梨:『行方不明展』の裏テーマには、「人の行方不明になりたいと思う気持ちをどう捉えるか」というものがあったのですが、先ほど頓花さんがあげられていた「財布と手紙」は「ここではない世界へ行きたいという気持ちは分かるけど、その世界であなたは幸せになれるのか?」ということを突きつける展示になっていて、それに対してこの「バス停のポールに貼り付けられていた袋」は、「そっちであなたがやりたいことに対してわたしは否定しないけど、せめて幸せでいてほしい」という祈りが込められた展示になっているので、まさに対となっている展示なんですよね。そういう背景やストーリー性も含めて、好きな作品になっています。

ーーでは、『つねにすでに』ではいかがでしょうか?

梨:「Yahoo/お節介な神託」ですね。

頓花:被った~!!!(笑)

梨:そうですよね。なぜなら、『つねにすでに』で一番やりたかったことが、この「Yahoo/お節介な神託」だったからです。そもそもこの『つねにすでに』は、AからZを頭文字にしたタイトルで紡いでいくネット怪談(ロア)なので、この「Yahoo/お節介な神託」はYで最終回ひとつ手前で、なにかというといままでのインターネットが走馬灯になって押し寄せてくる、まさにお祭りのような集大成的な話なんです。

突然モナーが出てきたり、ずんだもんが出てきたり、流石兄弟が出てきたり。で、おそらくこの『つねにすでに』がはじまった当初は、このオチがくるとは誰ひとりとして予想していなかったと思うんです。

ーー頓花さんも「Yahoo/お節介な神託」ということですが……。

頓花:はい。編集しているときに感極まって泣いてましたからね、ホラーがここに到達できるんかという。いままでの自分のホラーやインターネット中心に生きてきた人生がここまで肯定されるのか、というのが本当にうれしくて。

また、『つねにすでに』はホラーなのか、というものを突きつける作品でもあったと思うのですが、YからZと最後の最後に爽やかささえ感じられるものになっていたのは、この「Yahoo/お節介な神託」があったからだと思います。

■ただの書籍化ではなく、「すごいこと」が起こっている

ーー良い話です!では、質問としては最後となりますが、12月の年の瀬というところで、来年以降の企てなどがあれば教えてください。

頓花:現時点で言えることはほとんどなく、ホラープロジェクトはたくさん種を蒔いても実現できるかどうか難しくはあるのですが……。来年に向けて、いろいろと仕込んではいますね。

梨:私は来年以降は「ホラー×○○」……例えば、音楽とかイベントとか、いろんなジャンルに拡張して、越境して、「ホラーってこんなに楽しいんです!」といろんな方にプレゼンする年にしたいと思っています。すでに1月には新作が3~4つくらい、2月には2~3つ決まっています。そのなかには書籍も含まれているのですが、うち1つは同人誌です。より幅広い方に楽しんでいただけると思っているので、ご期待ください!

ーー『行方不明展』と『つねにすでに』を楽しみにしているファンの方に最後に一言お願いします。

梨:確実に言えるのは、買って後悔する書籍ではないということです。アーカイブ的な立ち位置の書籍でもあるので、いずれも見られなかった人にはすみませんでした!という気持ちとともにお届けするのですが、『行方不明展』にリアルで行った人、『つねにすでに』をリアルタイムで見ていた人であったとしても、経験したからいいやではなくて、どちらもとんでもないものに仕上がっているので、ぜひ購入していただきたいです。すごいことが起こっています。

頓花:ホラー好きはもちろんですが、ホラーに馴染みのない人、ちょっと苦手な人もいきなり読んでもちゃんと楽しめるものになっていますし、ふたつを体験した人にとってもその差異が楽しめるものとなっているので、ぜひみなさまに買っていただきたいなと思っています!この年末年始に、ゆっくり読んでいただけるとうれしいです。

取材、文=大原絵理香、撮影=川口宗道

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