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ジョン・ガリアーノが日本人デザイナーに出会う──レジェンドが本誌だけに語った、日本のファッション、自身のクリエイションのすべて

  • 2024.12.26
「メゾン マルジェラ アーティザナル 2024エキシビション 東京」(開期終了)/東京の恵比寿でメゾン マルジェラのオートクチュールにあたる、2024年「アーティザナル」コレクションを展示。ジョン・ガリアーノ(右端)はコレクションの着想源から製作過程、技法に至るまでを4名の日本人デザイナーたちに多角的に披露した。
「メゾン マルジェラ アーティザナル 2024エキシビション 東京」(開期終了)/東京の恵比寿でメゾン マルジェラのオートクチュールにあたる、2024年「アーティザナル」コレクションを展示。ジョン・ガリアーノ(右端)はコレクションの着想源から製作過程、技法に至るまでを4名の日本人デザイナーたちに多角的に披露した。

日本のファッション界の未来を担う4名の若きデザイナー、森永邦彦、サカイカナコ、山本淳、玉田達也と、ジョン・ガリアーノがラウンドテーブルディスカッションを実施。メゾン マルジェラ(MAISON MARGIELA)の2024年「アーティザナル」コレクション製作の舞台裏からパーソナルな想いまで、天才の名をほしいままにしてきた匠のクリエイションに迫った。

サカイカナコ(以下・サカイ) 素晴らしい展覧会でした。膨大なインスピレーション源が、丁寧に一点一点のピースで表現されており、深く感銘を受けました。それらのアイデアをどのようにひとつのストーリーにまとめているのですか?

ジョン・ガリアーノ(以下・JG) そう言っていただけるととてもうれしいです。例えば個性的な人物の表現やふくよかなシェイプなど、ブラッサイ(ハンガリー系フランス人の写真家)の写真が作品の一部のインスピレーションになっています。

夜の街を徘徊する人々の姿を覗き見するように撮影されているのですが、その被写体となった人たちの体型がふっくらとボリュームがあったこと。またその頃、私が仕事をしていたクライアントの中にグラマラスな体型の方たちがいて、一般的にファッション界が考える、いわゆるミューズ的な体型ではなかった。

そういうボディと向き合って創造するのはとても興味深く、一つの挑戦だと思ったのです。そして自分が思うシルエットを表現するために、コルセットを使用するというアイデアも生まれました。それを形にする技術、たとえばバイアスカットなどは、長年私が使ってきた技術ではありますが、今回のような体型に合わせて使用するのは初めてだったので、何度もフィッティングを重ねて進めました。

服作りではフォルムの違いによって必要とされる技術もまた違うので、すべてを一から学び直す感覚で、私自身非常に興味深く楽しい創造と製作の旅となりました。

突き動かすのは深さを知ろうと思う好奇心

森永邦彦(以下・森永) あなたの人生もまた、成功と挫折を繰り返してきたと思います。しかし、どれだけ成功を収めても、あなたの内なる「パンク少年」は今でも生き続けているように感じます。ファッションにおいて大切なのは、反骨精神だと私は信じています。成功を収めたあなたが今思う「パンク精神」とは、どのようなものですか?

JG パンク精神は、私のDNAの一部であることは間違いありません。1970年代後半~80年代前半にかけて、ロンドンのセント マーチンズ スクール・オブ・アート(現セントラル セント マーチンズ)に通っていたのですが、当時のイギリスではロンドンを中心にパンク・ムーブメントが巻き起こっていました。

セックス・ピストルズの初ギグはセント マーチンズ内のラウンジだったことも含め、私たち自身がパンク・ムーブメントの一部だったのです。そういった体験は、確実に私の中で生きています。一方で私自身は、「反骨心」や「パンク」という言葉よりも、「好奇心」という言葉が好きです。

言われたことを100%信じるのではなく、すべてにおいてその奥深さを知ろう、理解しようとする好奇心が常に私を突き動かしてきたからです。「好奇心」とは自問することでもある。好奇心を持ち、自問する一方で、学習したことを手放すことを恐れないのも大切だと思っています。

というのも、私たちが信じて疑わずに学んだことが、必ずしも真実ではないこともありうるから。世界的にも“unlearning(学んだことを一度手放す)”が必要とされているのではないかと思っています。でもみなさんも、言うまでもなくきっとそうやっていますよね? クリエイティビティに国籍はありませんから。

森永 今回もリバース・スワッチングやストライプティーズなど多数の手法を紹介されています。これだけ長い間服作りを続けていながらも、今までにない視点で服や物を見て、当たり前だと思っていることを常にフラットにして、学んだことでさえも手放せるガリアーノさんの自由さに感動しています。

JG 誰もが自分自身を疑うことはあると思います。コレクションを白紙状態からつくり上げるのは、相当なプレッシャーを強いられますよね?

──一同 (うなずきながら)笑。

JG ですが、恐れずに一歩を踏み出すことが大事です。真っ白な紙に一本の線を描けば、そこから何かが生まれ、自ずと次のページへと導いてくれるのですから。また、長年一緒に同じ道を歩んでいく仲間選びというのも、とても大切になってきます。「それは無理」「それは違う」と否定してくる人は世の中にたくさんいます。

その中で自分と同じ景色、同じヴィジョンが見えている人を選択するのは、あなたたち自身です。私はその大切な仲間たちを「家族」と呼んでいますが、協業してくれる強力な布陣を選ぶこともキャリアにおいて重要な選択です。本当に長い時間一緒に過ごすことになるので、それによって阿吽の呼吸が生まれるかどうか、仕事のスタイルも決まってくると思います。

〈前列左〉玉田達也/「Tamme(タム)」デザイナー。文化服装学院服装科、文化ファッション大学院大学を経てパリに留学。帰国後、sacaiでパタンナーとして経験を積んだ後、2021年秋冬にブランドデビュー。ニュートラルな概念による創造と、既存の更新をコンセプトに服作りを行っている。〈後列左〉森永邦彦/「ANREALAGE(アンリアレイジ)」デザイナー。2003年早稲田大学卒業。卒業と同時にブランド設立。「A REAL」(日常)と「UN REAL」(非日常)を行き来する様を、服を通して表現している。2019年に「LVMHプライズ」のファイナリストに選出。2024 - 25年秋冬には「anrealage homme」を創設し、新しい挑戦を続けている。〈前列右〉サカイカナコ/「KANAKO SAKAI(カナコサカイ)」デザイナー。2017年に米パーソンズ美術大学を卒業。国内外のデザイナーブランドで経験を積んだ後、2022年春夏にデビュー。日本の技術や美意識、そして素材にこだわった服作りをモットーにしている。〈後列右〉山本淳/「Jun.y(ジュンワイ)」デザイナー。文化服装学院を卒業。国内ブランドに従事した後、独立。2024年にデビューコレクションを発表。造形美とファンタジーを追求したルックに注目が集まった。
〉玉田達也/「Tamme(タム)」デザイナー。文化服装学院服装科、文化ファッション大学院大学を経てパリに留学。帰国後、sacaiでパタンナーとして経験を積んだ後、2021年秋冬にブランドデビュー。ニュートラルな概念による創造と、既存の更新をコンセプトに服作りを行っている。〉森永邦彦/「ANREALAGE(アンリアレイジ)」デザイナー。2003年早稲田大学卒業。卒業と同時にブランド設立。「A REAL」(日常)と「UN REAL」(非日常)を行き来する様を、服を通して表現している。2019年に「LVMHプライズ」のファイナリストに選出。2024 - 25年秋冬には「anrealage homme」を創設し、新しい挑戦を続けている。〉サカイカナコ/「KANAKO SAKAI(カナコサカイ)」デザイナー。2017年に米パーソンズ美術大学を卒業。国内外のデザイナーブランドで経験を積んだ後、2022年春夏にデビュー。日本の技術や美意識、そして素材にこだわった服作りをモットーにしている。〉山本淳/「Jun.y(ジュンワイ)」デザイナー。文化服装学院を卒業。国内ブランドに従事した後、独立。2024年にデビューコレクションを発表。造形美とファンタジーを追求したルックに注目が集まった。

新しいデザインは人間観察から生まれる

山本淳(以下・山本) 今までどのような類の感情を燃料として、物作りに向き合ってきたのでしょうか?

JG あらゆる感情、万感です。喜び、怒り、悲しみなどが生み出すすべての感情、そしてときにはそれらの感情を引き出してクリエイションを行ってきました。今回の「アーティザナル」コレクションの場合は、月明かりによって引き出される情感を服に反映するようにしました。

たとえば、一見ツイードに見えるけれど、実はオーガンジーやシフォンなどの軽量の生地をいくつものレイヤーにして、表面にツイードの質感をプリントしたいわばトロンプルイユの技法「ミルトラージュ」を使用して月明かりで濡れたような印象を与える「アクアレリング」で仕上げるなど。

また、セーヌ川の寒さに震えるというのも、ある種の感情だと思うのですが、その表情を形作る無意識のジェスチャーを衣服に染み込ませる「エモーショナル・カッティング」という新しい技術を使っています。

雨の中でジャケットを頭からかぶったり、顔を隠すように襟を立てたりといった仕草を、衣服に反映する技術です。ただ、こういう技術的な話になると永遠に話してしまうので、一旦ここでやめましょう(笑)。

山本 そういう新しい技術は、どのようにして閃くのでしょうか?

JG 人間観察による部分が大きいです。街は人々のさまざまな動きや表情であふれているので、スマホを眺めるのでなく人間観察をすることで、カッティングなどの新しい技術が生まれてきます。常に私たちの周りでは何かが起きているので、それに気づくかどうかなんだと思うのです。

日本ではすべてが時間通りに動きますが、ヨーロッパでは電車も飛行機も遅れるのが当たり前なので、遅延している間、ポケットに手を突っ込んでつまらなそうにしている人を見たりしています。そういう無意識のうちに行っている動作が美しいものになりうるのです。

みなさんもヨーロッパにいらしてください。時間が遅れてイライラするフラストレーションだらけの場所に来ることで、得られるものもあるかもしれません(笑)。たとえデザインをするのに不要だったとしても、そういったものや人を観察して記憶することは、何がしかの形で生きてくると私は思っています。

ジョン・ガリアーノの人間観察からインスピレーションを受けたルック。寒さで体を抱えるようにする仕草からヒントを得たというカーディガンやコートのスタイル。
ジョン・ガリアーノの人間観察からインスピレーションを受けたルック。寒さで体を抱えるようにする仕草からヒントを得たというカーディガンやコートのスタイル。

玉田達也(以下・玉田) 近代の日本のファッション、またはクリエイションの特徴をどう捉えていますか?

JG 日本のデザインの特徴をひと言で表すのはとても難しく、うまく言葉に落とし込むことができませんが、私の目にはクリエイションに取り込まれている文化的な背景や存在感というのは見えています。

日本のメゾン マルジェラのショップ構成を見ているだけでも、かなり刺激を受けています。文化的なものや感性は、みなさんの中に備わっているものなのではないでしょうか。逆にあなたは、日本の近代デザインの特徴はどこにあると思いますか?

玉田 第二次世界大戦以降の日本は、世界中のいろいろな文化を受け入れたことで、経済的にも大きく成長しました。その観点からも、僕は近代の日本の特徴はミクスチャーだと考えています。伝統的な技術が基盤にありますが、それを基にさまざまなカルチャーを受け入れたことが、今のファッションへとつながったと思います。

JG 確かにあなたのおっしゃる通りですね。あと、私の目から見ると日本の方々は伝統を愛する気持ちと、物事と向き合い十分な時間をかける心があるように思います。たとえば生地ひとつを扱うにしても、じっくりと時間をかける。それがクリエイションに反映されているのでしょう。それから、日本は自由な表現が可能な国だなと思ったりもします。

日本に来ると若者たちは何にも縛られない自由な着こなしをしていますし、実験的な髪色をしたりしている。個々の表現の自由度が高く、それが世界の大きなインスピレーション源になっています。

サカイ あなたは私たちにたくさんの夢を与えてくれていますが、ご自身が今描いている夢や目標があったら教えてください。

JG 夢は永遠に見続けており、夢見ることをやめたことがありません。私にとって寝るときに見る夢も、いつか成し遂げたいと思う夢も同じ。すべてにおいてイメージをし、夢見ることが大事なのです。私は夢というのは願い、信じ続けていれば叶うものだと思っています。

幼い頃から自分にとってのセーフスペースとして、脳内でいろいろな世界をつくりだしてきました。ときにはそこが一番居心地の良い場所だったりもした。その空間を共有し、そこにみなさんを招待するのが楽しいのです。ある種の白昼夢のようなものですが、それは積み重ねられた意識が、無意識の形で解放されたものではないのかなと思ったりもします。

そして、私はそれを受け止めるのが好きなのです。私が大切にしているのは、つくりたい世界のことを考えながら眠りにつくことです。すると自分の精神が無意識のうちにそれを考えてくれる。この中で経験がある人もいると思いますが、難題にぶつかりどうしようもないときでも、朝目覚めたら昨夜考えていたことに対する答えが出ていたことはありませんか? 多分それは体や脳が無意識のうちに作業をしてくれたのだと思うのです。

なので、そのための時間をつくることも大切です。そのためにはスマホやテレビに依存するのではなく、クリアなマインドでいられる時間をつくることが大事ですし、常に夢を見るべきだと私は思っています。何かを求めた場合、心からそれを欲していれば夢を通してそれが実現すると思うのです。

たとえば一着のドレスがあったとします。完成されたイメージをしてください。自分が着ていてもマネキンが着ていても、ハンガーにかかっていてもいい。流麗なラインだったり、自分が満足できるドレスを想像する。そういったイメージが助けになると思います。

“凡庸だと思っているものから美を見出す、 日本の服作りには未完成の交響曲という印象を抱いています。完成された組曲より、 未完成の交響曲の方が美しいと思うのです”(ジョン・ガリアーノ)

ジョン・ガリアーノ/1960年、ジブラルタル生まれ。1983年にセント マーチンズ スクール・オブ・アートのモード科を首席で卒業。1985年ロンドンコレクションでデビューし、高い評価を得る。ユベール・ド・ジバンシィの引退に伴い、1995年にジバンシィのデザイナーに就任。英国人デザイナーとして初めてフランスのオートクチュールメゾンを率いる。翌1996年10月にはクリスチャン ディオールのデザイナーに就任。2014年からメゾン マルジェラのクリエイティブ・ディレクターを務めた。オートクチールウィークに発表する「アーティザナル」コレクションは大きな話題と注目を集めていた。
ジョン・ガリアーノ/1960年、ジブラルタル生まれ。1983年にセント マーチンズ スクール・オブ・アートのモード科を首席で卒業。1985年ロンドンコレクションでデビューし、高い評価を得る。ユベール・ド・ジバンシィの引退に伴い、1995年にジバンシィのデザイナーに就任。英国人デザイナーとして初めてフランスのオートクチュールメゾンを率いる。翌1996年10月にはクリスチャン ディオールのデザイナーに就任。2014年からメゾン マルジェラのクリエイティブ・ディレクターを務めた。オートクチールウィークに発表する「アーティザナル」コレクションは大きな話題と注目を集めていた。

反美的な精神は私も大切にしている美学

サカイ あなた自身、夢を生きている感覚はありますか?

JG まさにそうだと思っています。私は自分の人生が現実かどうかを疑い、頬をつねりたい衝動に駆られることがあります。一緒に仕事をしてきた人たち、これまでの旅路……。若い頃は、こんなに素晴らしい人生を送ることなど到底想像ができず、夢を見ることすら大それたことだと思っていました。

自分の会社を持ち、偉大なるジバンシィ(GIVENCHY)ディオール(DIOR)、そしてメゾン マルジェラで仕事をさせていただいたことを光栄に思っています。もともと私はイベリア半島の南東端の小さな国、ジブラルタルで生まれました。南北に5㎞、東西に1・2㎞という小さな国出身の自分が、今ここにいること自体が夢のようで、本当にすごいことだと思っています。

森永 対照的な価値を大切にすることについてお伺いしたいです。日本のファッションは、美しさに対する認識を変えましたが、あなたの作品にも、反美的な精神があります。

JG 80年代、川久保玲や山本耀司といったデザイナーのクリエイションに世界が驚愕しました。凡庸だと思っているもの、あるいは打ち捨てられているものから美しさを見出すという部分においては、マルタン マルジェラのDNAにも同じエモーションがあり、日本のデザイナーと非常に近いものを持っていると思います。

私自身も完成された組曲よりも、未完成の交響曲の方が美しいと感じます。たとえ未完成だったとしても、その作品に宿った魂やエモーションは強く感じ取れますし、ライブ感、ラフな感覚を生かす物作りは素敵だなと思うのです。すっかり余談が長くなりましたが、あなたの質問の続きをどうぞ。

森永 ありがとうございます。先にも言いましたが、今回の展覧会で観させていただいた「リバース・スワッチング」手法などがまさにそれで、質素なスポンジや段ボール、ガムテープなど、通常オートクチュールで使われる生地やアイデアとは対照にある素材を用いて、コレクションを仕立てられました。常に反対でいることはファッションにおいて非常に大切だとは思いますが、長年その精神を保って物作りをすることはとても大変なことです。そんな、あなたがとても大切にしているであろう、反美的な精神について教えてください。

“大切な仲間たちを“家族”と呼ぶその姿勢に感動しています”(森永・右)。“テクニックと感情の結びつきに感銘を受けました”(山本・左)
“大切な仲間たちを“家族”と呼ぶその姿勢に感動しています”(森永・右)。“テクニックと感情の結びつきに感銘を受けました”(山本・左)

JG 私はよくガーデニング用のお店に行き、電話線を買ってクリノリンを作ったりするんです。電話線は軽量なのに自在に動くので、おもしろいですよ。ほかにもスポンジや断熱材、ラギングという天井に使用する素材なども服の素材として使っていたりします。

今回展示されているドレスなどは、そういうものをカッティングして作り上げた、まさにいい例だと思います。一般的にはただのスポンジかもしれませんが、私にとってはとても美しい素材。

普段気にとめないようなものに、いかに光を当てるかというのはマルタン マルジェラのスピリットであり、私自身のスピリットでもある。さきほど例をあげたように、日本の作品には未完成の交響曲といったイメージを抱いています。ヨーロッパのデザイナーというのは、生地ひとつとってもきれいに使いたがる傾向があるように思います。

一方で日本のデザイナーの場合は、例えば生地の特徴や縫製で生じる予想外の効果を個性として生かし、そこから美を見出したり、それを応用して新たなものに変換し、既存のスタイル以上の美しさを生む。そういった姿勢に心から敬意をもっていますし、共感もする。反美的な精神というのは、自分の中でもとても大切にしている美学であることは間違いありません。

コレクション製作の過程とホラー映画はよく似ている

山本 今回テクニックというものがいろいろとある中で、それと感情を結びつけてコレクションをつくり上げていくところに感銘を受けました。そのつながりに関して、チームでつくり上げていくのか、ガリアーノさん自身がテクニックを見て、そこに感情を乗せていくのか? そのプロセスを教えてください。

JG 作る服によりけりです。コレクションを製作にするにあたり、私は方向性を示すためにちょっとしたストーリーをつくって、自分のミューズたちと共有します。それを基に、みんなからさまざまな形を提案してもらい、その感情の形を映像に収める。最終的に自分たちにとって正しいエモーション、正しい構図を見つけるまで、その作業を続けていきます。

感情というのも自然発生的なものでなければいけないと思っているので、実際に作業に取りかかっているときよりも、その前後の無意識の瞬間に本当に求めている形を見つけることが多いかもしれません。形が見つかったら、そこにどのテクニックを用いるべきかを考えていくだけなので、テクニックを合わせていくこと自体はすごく有機的な作業のように思っています。

私は形、ボディシェイプが決まっていないと服がつくれないので、今回の場合は基本となるコルセットの製作の方が、コレクションそのものをつくるよりも長い時間を要しました。

山本 なるほど。そうなんですね。

「シームレース」のテクニックとコルセットを使用したドレス。
「シームレース」のテクニックとコルセットを使用したドレス。

JG 今私の目の前にある「シームレース」は、レースなどの断片を貼り合わせることで一つの大きな刺繍のように見える、継ぎ目を不可視化したフォルムをつくっています。こういう探求というのは、私にとっては至福の時間であり、大きな喜びです。ずっと前のことになりますが、初めてバイアスカットのドレスを作ったときのことを思い出します。

「こういうドレスを作りたい」と言ったら、周囲からは「生地が伸縮してしまうから無理」「それは無謀」などと言われました。そんなときにアトリエを持っている友人が、どんなことができるかを、週末に実験してみようと誘ってくれて、彼の協力によってイメージしていたドレスを生み出すことができました。

今となってはバイアスカットのドレスは珍しいものではなくなり、どこのお店でも購入できますが。と言っても私のドレスほどキレイではありませんけど(笑)。でも、その探求にワクワクしたものです。

日本での出来事が世界に影響を与えるのは素晴らしいこと

山本 感情もそうですが、あなたの中にはアートに関する膨大な知識がため込まれていると思います。その中にある音楽や歌詞のフレーズ、物語の一節など、あなたにとって“特別のもの”を教えてください。

JG 音楽はそのときの気持ちを整えてくれたり盛り上げたりしてくれる私にとっては必要不可欠なもので、いつも助けられています。

たとえばバイアスカットをしているときはショパンのピアノ協奏曲、フリルやレースなどを大胆に使うドレスを作成しているときは鼓舞するイメージでフラメンコを聴いたりします。音楽を感じ、それを自分の指先を通して表現している感覚です。

“たくさんの夢を与えてもらっています”(サカイ・右)。“プロセス、ストーリーの美しさ、すべてを尊敬します”(玉田・左)
“たくさんの夢を与えてもらっています”(サカイ・右)。“プロセス、ストーリーの美しさ、すべてを尊敬します”(玉田・左)

サカイ 影響を受けた映画も教えてください。展覧会にはマイケル・パウエルとエメリック・プレスバーガー監督による『赤い靴』(1948年)にちなんだ靴が飾られていたのが印象的でした。

JG 影響を受けたりインスピレーションを得たりした映画は数えきれませんが、ここ数年はホラー映画にハマっていて、そこから美を見出しています。ホラー映画とコレクション製作の過程というのは、そもそもよく似ているんですよね。出口の見えない暗い廊下を彷徨ったり、突然抜け落ちる床があったり、まったく予想のしていなかった展開やひねりがある。

また、服作りのためにマーケットに行って新しいものに出合ったりする感覚は、未知なものに対するスリルという点で、非常にホラー映画的だと思うんです。

玉田 今回の来日でインスピレーションは得ましたか?

JG もちろんです。日本の街歩きはインスピレーションの宝庫です。先日も年配の女性がメゾン マルジェラのブティックの前を歩いていたのですが、私はすっかり言葉を失いましたよ。彼女はニット帽をかぶり、小さすぎるジャケットを着て、スカートからは裏地がはみ出していた。まさに「新しいコレクションが生まれた!」と思った瞬間でした。

たまたまお店の前を見ていただけで、こんな発見をしてしまった(笑)。観察することをやめないことで、こういう素敵なことがあるのです。日本での出来事が、こうして世界に影響を与えていく──なんと喜ばしいことでしょうか。

Photos: Britt Lloyd Text: Rieko Shibazaki Prop Stylist: Takashi Imayoshi Editors: Kyoko Osawa, Yui Sugiyama

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