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離散民族の一人としてモデルのエボニー・デイビスが伝える、ルーツをたどることの真価【戦うモデルたち】

  • 2024.12.25
モデルのエボニー・デイビス。2022年7月、LAにて撮影。Photo_ Unique Nicole/Getty Images
Koshie Mills Presents Heirs Of Afrika 5th Annual International Women Of Power Awards Hosted By Loni Loveモデルのエボニー・デイビス。2022年7月、LAにて撮影。Photo: Unique Nicole/Getty Images

「アメリカに住む黒人である私には、もともとアイデンティティという感覚がなく、それをアメリカ社会から与えられてるように感じてきました。その理由は、歴史にかき消されてしまった奴隷制以前のルーツの文化を私がきちんと学んでいなかったからです。ですから、この旅で“祖国”を訪れた私は、その一つひとつのピースを丁寧に組み立てて、自分自身でそれを発見したのです」

自身が立ち上げた団体「Daughter」にこう言葉を寄せたモデルのエボニー・デイビスは、1992年にアメリカ・ワシントン州シアトルに生まれ育ったスーパーモデルだ。2003年に人気リアリティショー「America’s Next Top Model」シーズン18出演直後からカルバン クラインCALVIN KLEIN)のキャンペーンに抜擢され、『VOGUE』や『Glamour』などのメディアを総なめにした彼女は、一方でSNSなどを通じてファッション業界における有色人種モデルに対する差別や課題について繰り返し訴えてきた活動家としても知られる。

その一環として、「TED Talks」などでも自身の経験を語り、啓蒙活動に取り組んできたが、2018年に一時活動休止を宣言。そして2019年、アフリカ系アメリカ人と西アフリカのクリエイターの連帯を目的とした活動を展開するガーナの団体「Very Temporary」から首都アクラのアートシーンを巡るツアーを含む講演に招かれた彼女は、この申し出を快諾。そこで彼の地に向かった彼女は、図らずもこの旅が自身のルーツや家族の遺産を取り戻す機会となるとは想像していなかったという。

自分は何者なのか──アイデンティティを探る旅

2023年9月NYにて。Annual Fashion Media Awardsへと向かうデイビス。Photo_ James Devaney / GC Images
Celebrity Sightings In New York City - September 08, 20232023年9月NYにて。Annual Fashion Media Awardsへと向かうデイビス。Photo: James Devaney / GC Images

「ケープタウンはとても素敵で大好きですが、あまりアフリカにいるという感覚がありませんでした。ですが、ガーナを含む西アフリカでは、なぜか自分はアフリカにいるということを強く意識しました」

かつてUS版『VOGUE』にそう話した彼女の旅は、まず市内の活気あふれる食品市場からスタートした。その理由を「食は文化の大部分を占めていると思うから。それに、美味しい料理は旅の醍醐味でもありますよね(笑)」と語った彼女が最も気に入った料理が、ケレウェレ(揚げバナナ)やバンクー(お粥)、そしてグリルしたティラピアなどの地元の名物料理だ。しかしそれ以上に彼女の心の琴線に触れたのが、地元の人たちの熱く楽観的なムードだったという。

「通りを車で走っていると、子どもたちやファミリーが家や教会の前や路上でダンスパーティーを開いている光景を本当によく目にします。これは私にとって最も幸せて美しい光景でした。本当に、他の国ではあまり見られない素晴らしいものです」

アメリカのメディアでは、お腹が膨れて顔にハエが集っている飢えたアフリカの子どもたちの画像をよく目にするが、実際にここにいるとそれは現状を正確に表現したものではないことがよくわかる、と続けるデイヴィス。そして「確かに飢餓がある場所もありますが、基本的にはとても豊かで幸福感に包まれた場所です」という。

そんな彼女にとって、今回のアクラへの旅は2度目となる。だが、訪問日は奇しくもアメリカ・バージニア州ポイント・コンフォートに初の奴隷船が到着してから400年を迎えた記念すべき日でもあった。何百万人もの命ですし詰めにされた奴隷船が幾度となくアフリカとアメリカ間を往復し、多く命が売買され軽んじられた狂気の時代が幕を開けたあの日──ガーナでは、ナナ・アクフォ=アド大統領により同年は「Year of Return, Ghana(ガーナ帰還年)」と制定され、この地から世界中に“輸出”されたアフリカのディアスポラたちに帰還を呼びかける行事が行われた。デイヴィスがこの年にガーナを再び訪れたのは、こうした動きが背景にあったからでもある。

原点回帰のソウル・ジャーニー

2024年5月、第30回ACEアワードに出席。Photo_ Dia Dipasupil / Getty Images
30th Anniversary ACE Awards2024年5月、第30回ACEアワードに出席。Photo: Dia Dipasupil / Getty Images

そして、ガーナに帰還した彼女の心を最もとらえたのが“出航”を待つ奴隷たちを収容していた砦の一つであるケープコースト城だった。2009年にオバマ元大統領も訪れ、奴隷制度の悲惨さを語る上で最も重要な場所であり、最も苦痛を感じたと語ったことでも知られるこの場に足を踏み入れたデイヴィス。彼女は、息もできないような密閉空間で、ときには数カ月も出航まで収容されていた祖先の言い難い苦しみを瞬時に感じ取ったという。

「なんとも言えない強烈な感覚が私を襲ってきました。これから自分の身に何が起きるのかまったくわからないまま暗闇の中にただじっと座っているなんて……想像できますか? 私なら10分もいられない。これだけでも地獄なのに……」

そして、この悪名高いダンジョン内の「Door of No Return(帰らざる門)」という言葉が書かれた場所を前にしたとき、ここから二度とアフリカ大陸に戻ることのなかった先祖たちへの思いがより一層募ると同時に、現代に生きる自分の置かれている状況を省みずにはいられなかったとUS版『Allure』に明かしている。

「組織的な人種差別はすべてこの奴隷制度から始まり、現代社会の構造や文化に織り込まれ、黒人に対する警察の残虐行為や安易な投獄、教育の欠如や貧困として顕著に現れています。中でも、華やかなファッションやビューティー業界の公正さの欠如などは、社会に大きな影響を与えます」

この旅を経て、自分には自由があり、社会構造や黒人に関する考え方を変える力を持っていると確信したデイビス。「今回の旅は、間違いなく先祖が私をここに招いたのだと。そして、二度と同じ過ちを犯すことのないように、自分たちの苦難の歴史を忘れないでほしいと、そう訴えるためにここに呼ばれたのだ」との使命を胸に、再びニューヨークに戻った彼女はNPO「DAUGHTER」を設立。故郷を離れ、世界各国に離散しているアフリカ系ディアスポラの学者を中心に、ルーツとのつながりを研究するためのスポンサーシップを提供しながら、同胞たちに原点回帰の大切さを呼びかける活動を展開している。同時に、終わらない人種差別に終止符を打つためには、ルーツに今一度立ち返ることが大切であると説く彼女は、さらにこう続けた。

「私たちのようなディアスポラは、奴隷制以前の祖先が育んできた文化を知りません。世界中に離散した先祖とその文化は、長い歴史の中で次々と消されてしまいました。ですが“祖国”には、その豊かなピースがたくさんあり、それらを自分自身で組み立てて発見し、再び自分のものにすることは可能です。アメリカにいるアフリカのディアスポラたち。今こそ、ルーツとつながるときです。そしてそれは、心に大きな癒しをもたらしてくれるはずです」

Text: Masami Yokoyama Editor: Mina Oba

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