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「『ナースのお仕事』はバグで生まれた名作」作家・柚木麻子、ドラマで描かれる女性像30年の変遷を辿る【インタビュー前編】

  • 2024.12.25

小説家として活動する傍ら、ドラマファンとして、元脚本家志望者として、そして原作者として、「anan」で10年間にわたりドラマを語り続けてきた柚木麻子さん。この長期連載をついに1冊にまとめた『柚木麻子のドラマななめ読み!』(フィルムアート社)が10月26日に刊行された。

ダ・ヴィンチWebでは刊行を記念して、インタビューを実施。前後編の2本に分けてお届けする。

インタビュー前編では、物語でのヒロインの描かれ方に焦点を当ててお話を伺った。

――今日のファッションのコンセプトは、ドラマ『ロッカーのハナコさん』でともさかりえさんが演じていた、ハナコさんだとか。『柚木麻子のドラマななめ読み!』でも、大好きな作品の一つとして挙げられていましたね。

柚木麻子(以下、柚木):「この髪型にしてください」って写真を見せたら、サロンのお姉さんたちがみんな、狐につままれたような顔をしていましたけど(笑)、素敵に仕上げてくださいました。

『ロッカーのハナコさん』は、ロッカーに棲みつく幽霊であるハナコさんが、平山あやさんや吹石一恵さんが演じる、仕事のできないOLの前に現れて助けてくれるという物語。私、ドジっ子の主人公が、圧倒的に有能な人に引っ張り上げられて成長していく物語が大好きなんですよね。代表的な作品は『ナースのお仕事』だと思いますが、1990年代から2000年代にかけては、ドジっ子の主人公が本当に多かった。

――ドラマに限らず、マンガもそういう女性主人公が多かったですよね。最近は、あんまり見かけませんが。

柚木:一生懸命ではあるけれど、何もできない子が、まわりの助けを借りてステップアップしていく物語って、今はたぶん、視聴者の反感を買いやすいんだと思うんですよね。それはそれで社会が成熟した証だとも思うんですけど、物語の型自体が有害なわけではないですから、今もときどき配信で観ています。

――なんでそんなに、ドジっ子主人公が求められていたんでしょう。

柚木:そうすることで、主演の方に集まる羨望だけでなく嫉妬の感情を、和らげていたんだと思います。アメリカのドラマは脚本ありきで、オーディションで主役が決まるけれど、日本の場合は事務所先導ですから。売り出したい女性俳優を、彼女や「お嫁さん」にしたいと思わせるイメージ戦略もあったんじゃないでしょうか。男性にも女性にも好かれる愛嬌みたいなものを、ドジっ子という要素で、担保していたのだと思います。無表情で優秀な隙のないヒロインを描く場合は、途中でぽろりと涙をこぼさせて「私……どうして……?」みたいに戸惑わせる表現が多かった。

――『新世紀エヴァンゲリオン』の綾波レイみたいですね。ドラマだと『ハケンの品格』で篠原涼子さんが演じていた役が、その系統でした。

柚木:何か壮絶な過去を乗り越えてきた結果、感情を失ってしまった。みたいな、自分の美貌に無自覚なロボットに萌える風潮がありましたよね。今も、あるとは思いますけど。女性がバリバリ働いて出世を目指すのも、死んだお母さんのためとか、何かの復讐とか、そういう理由づけがないと、男性にムカつかれちゃう。

私も、テレビ制作会社にちょっと関わっていたことがあるので、経験があるんですよ。喫煙シーンはNG、化粧品会社とスポンサーに考慮した物語を作らなきゃいけないし、ベッドシーンを入れる場合は、性欲に駆られてのことであってはならず、酔った勢いでしちゃって覚えてない!というエクスキューズを入れろと、散々言われました。

――酔った勢いならいいのか、という感じはありますが。

柚木:そうなんですよ。本書にも書きましたが、朝起きたら知らない男が隣で寝ていて「あんた誰よ!」となる、ラブコメではしばしば使われていた手法は、冷静に考えたら危ないんです。そんな記憶を飛ばすほど飲んで、知らない男を家に連れ込む、あるいは連れ込まれるなんて状況は、今の感覚だと本当に怖い。そういう意味で、ドラマにおける酒飲みの描かれ方も、この10年でだいぶ変化したなと思います。

――〈ヒロインたちのお酒との付き合い方は格段にうまくなってきている〉けれど、〈それは同時に、酔ってハメをはずすことが女性に許されなくなってきた時代の変化も示している〉と本書にもありました。

柚木:酔ってハメをはずしたり、ドジな失敗をしたりすることがなくなったのはさみしいですが、女性が自然にお酒を楽しみ、味わう描写が増えたのは、よかったなあと思いますね。

お酒に限らず、グルメ描写でも、「ん~~おいし~~い♡」みたいな可愛いリアクションを女性が求められなくなっているのが、私は嬉しいです。とくに江口のりこさんが主役をつとめるドラマ『ソロ活女子のススメ』。個人的には、女性版『孤独のグルメ』の最高峰と思っているのですが。

――ものすごく、淡々としていますよね。

柚木:それまでのドラマは、女性が一人で食事をしている場面でも、頬に手を当て、とろけそうな表情で「ん~~~!」と歓声をあげるような描写が多かった。でも、本当に一人で食事を楽しむような女性は、そんなことを絶対にしないんですよ。江口さんが演じる主人公は、一人でリムジンに乗ったり気球に乗ったり、お寿司を食べたりするんだけれど、どんなに楽しくても表情には出さないし、さみしさを感じたりもしないし、翌日会社に行って「昨日こういうことがあってさ~」とシェアしたりもしない。そういうドラマがちゃんとシリーズ化するほど当たる、ということが証明された今、ドラマにおける、ひとりで生活する女性の表現がどんどん変わっていくんじゃないかと期待しています。

――主人公の女性が、ドジっ子で愛嬌あふれるタイプばかりではなくなっていったように。

柚木:ただ、キャスティングありきで企画が積み上げられていった結果、バグのように名作ができることもあるのが、ドラマのおもしろいところ。

たとえば『ナースのお仕事』は、急激に大人になってしまった観月ありさの魅力をどうすれば活かせるか、試行錯誤した結果だと思うんです。ずば抜けたスタイルの良さと天真爛漫さは、ナースという職業を通じて映えるのではないか、演技派ではないけれど、その代わりに技巧派の俳優とコンビを組ませよう、という具合に。

『抱きしめたい!』も、当時人気だったW浅野に、いろんな服を着せて、スタイリッシュな映像を作りたかったんでしょうね。都会の広い部屋も、2人だったら住めるだろう、と現実離れした素敵な部屋を用意して、2人が一緒にいる場面を増やすために、恋愛はいつまでたってもうまくいかないことにして……。そういう逆算から始まったものが、結果、ジェンダー的に良質な作品となっているところも、興味深いと思いませんか。

――確かに。

柚木:『虎に翼』や『エルピス』のように、明確な問題提起の意図をもって作られたドラマももちろん大好きだけど、私はそういうバグのように生まれてしまった心地のいい物語をずっと探しています。あと、私が語らなかったらこのドラマは存在したことすら忘れられてしまうのではないか、というような作品について、語り継いでいきたいんです。

たとえば……これはドラマではなく映画の話ですが、みなさん、『バービー』に熱狂した去年の夏(正確には6月)に公開された映画『リトル・マーメイド』のことを覚えていますか?

――公開前は話題でしたが、観たという人の話はあまり聞きませんね……。

柚木:有色人種のアリエル、ハリー・ベイリーが差別の袋叩きにあいながらもやり遂げたあの映画は、非常に技巧を凝らしたすばらしい作品だということを、私は伝えていきたいんです。というのもですね、この映画、海中のオタクと陸上のオタクが出会うことで国交を開いていくという、非常に社会的な物語なんです。アリエルはどんなに親に反対されても人間への興味が尽きず、専用の部屋を作って、日々人間の研究に勤しんでいる。一方の王子は、「人魚なんてやばい存在に関わるな」と言われてもやっぱり興味を惹かれて、人魚だけでなく、人外にまつわる資料を集めた部屋を作り、やっぱり日々、研究している。

――アリエルが人間のモノを拾い集めているのはアニメにもありましたけど、王子もなんですか。

柚木:そうなんです。そもそも王子がしょっちゅう船に乗っているのも、親の反対を押し切って、危険を冒してでも他国を訪れ、交流し、勉強したいと願っているから。アリエルも、人魚の世界だけで閉じこもっていてはだめだ、もっと広い世界を知って、他者と交流しなくてはならないと考えている。

つまり2人は、自国における左翼的存在なわけですね。その精神で2人が互いの理解を深めていくというのは、今の時代において、ものすごく大事なことだと思います。でも、その夏、『バービー』が公開されたばっかりに、誰もが『リトル・マーメイド』を推す私にキョトンで……。

――それは確かに、かなしい。

柚木:『バービー』も好きだし、今期のドラマでは『海に眠るダイヤモンド』もおもしろいけど、私は『おむすび』や『若草物語』の話をしていきたい。『虎に翼』と比較して否定的に語る人は多いけど、そういう人たちは『虎に翼』から何も学んでいないのだと私は思ってしまいます。

批判されるべきは、先人たちが獲得してきた権利をひっくり返すようなバックラッシュ的な作品であり、誰かを差別したり否定したりすることであって、『おむすび』はそうではない。逆風があっても、私なりに応援しています。

――『若草物語』は、なぜ?

柚木:原作と比較して批判する意見をいくつか見かけたのですが、私は原作者のオルコットについては相当詳しいので、今期のドラマ版は原作で描こうとしていたことをしっかり踏襲しているのだと、主張しておきたいんです。

『若草物語』はそもそも「貧乏ってほんとにいやねえ」って言い合う場面から始まるんですよ。父親が南北戦争に従軍し、女だけで暮らさなくてはならなくなった1年に発生する、ありとあらゆる金銭トラブルを姉妹が試行錯誤して乗り越えていく、経済の物語なんです。さらに物語のラストでは、四姉妹の今後を知りたい? それがどうなるかはこの本の評判にかかっていますよ、というような文章で締められている。つまり、買えよと、オルコットは煽っているともとれるんです。

――言われてみれば……。

柚木:元々オルコットはゴシック小説を書いていたのですが、家計のために転向し、売れそうな家庭小説の『若草物語』を書いた。経済を描くことは『若草物語』における肝で、やりがい搾取やハラスメントといったドラマに出てくる要素は、オルコットが現代を生きていたら必ず入れていたと思うんです。

確かに、みんなでパイを作ったり洋服をリメイクしたり、原作のキュートなシーンも再現していれば、批判を抑えられたかもしれませんが、家庭による体験格差がこれほど問題になっている今、1860年代のペンシルベニアの暮らしを再現すると、逆に恵まれた丁寧な暮らしのように見えてしまう。スマホをずーっと見ているドラマの四姉妹の姿は、まさに現代の貧しさを象徴していると思いますし、脚本家の方は正確に原作を汲みとっているんじゃないかと私は思います。

――時代と場所によって、リアルとされる描写は異なるわけですし、原作をそのまま再現するのが必ずしも求められていることとは限らないですね。

柚木:この10年で日本はずいぶんと不景気になり、ドラマの製作費は減ったうえ、多様なコンテンツが生まれたことで、何をやっても視聴率がとれなくなった。その代わりに、これまでは脇をかためる側にまわりがちだった、実力派の俳優さんたち……たとえば江口のりこさんや木南晴夏さん、市川実日子さんが主役を演じられるようになったのは、すごくいいことだと思います。

『若草物語』のように、ウケの要素だけを入れたわけではない作品も増えてきた。納得いかないものを作って視聴率がとれないくらいなら、自分たちの作りたいものを作ろう、どうせ儲からないのなら納得できる仕事をしようと、制作陣が思うようになったのでしょう。そういう勝ち方を選んだ結果、どんな名作が生まれていくのか、今は楽しみにしています。

取材・文=立花もも、撮影=金澤正平

〈インタビュー後編に続く〉

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