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『逃げ恥』とは異なるアプローチ!有名脚本家による"2025年新春ドラマ"で驚かされた結末とは

  • 2025.1.8

1月2日、新春スペシャルドラマ『スロウトレイン』(TBS系)が放送された。

本作は鎌倉で暮らす渋谷家の長女・葉子(松たか子)、次女の都子(多部未華子)、長男の潮(松坂桃李)の三姉弟の物語。両親と祖母を交通事故で亡くした三人はこれまで助け合って仲良く暮らしてきた。しかし、都子が「韓国に行く」と言ったことをきっかけに、三人の関係は変わっていく。

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新春スペシャルドラマ『スロウトレイン』より(C)TBS

本作の脚本は野木亜紀子、演出は土井裕泰が担当している。二人は連続ドラマ『空飛ぶ広報室』(TBS系)、『重版出来!』(同)、『逃げるは恥だが役に立つ』(同、以下『逃げ恥』)、映画『罪の声』で組んでおり、中でも新垣結衣と星野源が夫婦役を演じた『逃げ恥』は結婚を会社に見立て、夫を雇用主、妻を従業員に見立てたユニークなホームコメディとして注目され、エンドロールで流れる星野源が歌う主題歌「恋」に乗せて出演者が踊る「恋ダンス」は大きな話題となった。

昨年大ヒットした塚原あゆ子監督の映画『ラストマイル』の脚本を筆頭に、近年の野木は、クライムサスペンスを題材にした社会派テイストのオリジナルドラマを執筆する機会が増えている。
だが元々、野木は漫画や小説の原作の脚色に定評があった脚本家で、中でも海野つなみの原作漫画(講談社)をドラマ化した『逃げ恥』は原作のエッセンスを抽出した上でドラマならではの魅力を加えた、見事な原作の映像化が大絶賛された。

今回の『スロウトレイン』は、オリジナルドラマだが、『逃げ恥』とは異なるアプローチの現代の家族を描いている。

『逃げ恥』とは異なるアプローチで描かれた現在のホームドラマ

お正月に放送されるドラマらしく、三人の日常がゆったりとしたトーンで描かれたため、終始リラックスした気持ちで楽しめる作品なのだが、節々に現代人の孤独の在り方が描かれていて目が離せない。

フリーの編集者として働く葉子。江ノ島電鉄の保線員として働く潮に対し、仕事も恋愛も長く続かない都子。序盤はそれぞれの職場の様子とプライベートが実に淡々と描かれ、松たか子、多部未華子、松坂桃李たち名優の掛け合いの面白さと、軽妙だがどこか観念的なセリフが味わい深いエッセイ調の展開となっている。

やがて葉子は、都子が韓国人のオ・ユンス(チョ・ジュンヒョク)と付き合い、韓国の釜山で飲食店を始めること、潮が自分が担当していた人気作家・百目鬼見(星野源)と内緒で付き合っていたことを知る。

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新春スペシャルドラマ『スロウトレイン』より(C)TBS

そして、葉子はパートナーのいない自分の境遇を不幸だと決めつける周囲に対して苛立ちを抱えるのだが、誰にも自分の気持ちが言えないため、マッチングアプリで次々と男と会う。だが、そこで出会った宇野祥平が演じる孤独な中年男性から「(弟と暮らしている)あなた、孤独じゃないんですよ。だから簡単に言えるんです。一人でも生きていけるって。一人じゃないから言えるんです」と言われ、葉子はショックを受ける。 その後、葉子は「どういう時、寂しいか?」と周囲の人々に尋ねるようになり、様々な立場の人々が抱える孤独の違いが描かれていく。

『スロウトレイン』が描く寂しさと孤独

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新春スペシャルドラマ『スロウトレイン』より(C)TBS

宇野祥平が演じる中年男性のような、一人暮らしで仕事でも他人と関わらないという周囲に話す人がいない孤独は、誰もが理解できる孤独で、彼と対比した時、葉子の境遇は確かに恵まれたものに見える。

対して、葉子が出入りしている編集部の浅井道枝(池谷のぶえ)は「子供に邪険にされると寂しい」と言い、矢作カンナ(松本穂香)は「自分が誰からも必要とされてない時」と語る。

そして百目鬼は「僕は常々、人といる孤独が辛いと考えてる、何よりも。だったら一人でいる方がマシだよ」と潮に語る。

つまり、孤独とは一人という状態ではなく、パートナーがいても組織に所属していても家族がいても感じるもので、百目鬼のように感受性が鋭い作家の場合は、他人といる時の方がお互いを理解し合うことができない断絶=孤独を感じてしまうのだ。それは韓国語で話すオ・ユンスの友人たちと飲んでいる時に都子が感じた寂しさも同様で、おそらく本作が描こうとしていた孤独は、他人との関係において生まれる寂しさだったのだろう。

また、劇中には盆石が象徴的なアイテムとして登場する。盆石教室の生徒が、盆石の参考にするために千葉に一人で滝を見に行ったという経験を語った後「それまで一人旅なんて寂しいって思ってたんですけど、自然と一対一だと寂しくないんです。盆石に向き合うと同じ気持ちになれます」と言うのだが、おそらく人間には一人になって盆石のようなものと向き合うことでしか得られない喜びがあるのだろう。そういう行為は外から見れば孤独に映るかもしれないが、本人にとっては充実した生きていく上で必要な時間なのだ。

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新春スペシャルドラマ『スロウトレイン』より(C)TBS

ひと昔前のホームドラマなら、三人の選択は異例のもので、こういう選択をしたこと自体をドラマチックに描いていたかもしれない。しかし『スロウトレイン』に一番驚かされたのは三人の選択をサラッと描いており、観ている側も「今の時代、そういう選択もあるよね」とサラッと受け入れている。 こういう作品がお正月のスペシャルドラマとして流れること自体に日本のテレビドラマの成熟を感じる。

演出の土井裕泰は野木亜紀子との対談で『スロウトレイン』は『向田邦子新春ドラマスペシャル』のようになればいいと述べており、何年か後に続編が作れたらと語っている。 葉子たちが孤独とどう付き合っていくのか、これからもゆっくりと時間をかけて見届けたい。


TBS系 新春スペシャルドラマ『スロウトレイン』

ライター:成馬零一
76年生まれ。ライター、ドラマ評論家。ドラマ評を中心に雑誌、ウェブ等で幅広く執筆。単著に『TVドラマは、ジャニーズものだけ見ろ!』(宝島社新書)、『キャラクタードラマの誕生:テレビドラマを更新する6人の脚本家』(河出書房新社)、『テレビドラマクロニクル 1990→2020』(PLANETS)がある。