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みうらじゅんの、絶対に捨てられない1冊。水尾比呂志『邪鬼の性』

  • 2024.12.25
タムラフキコ イラスト

仏像界の脇役を讃えたマニア道のハシリ

タムラフキコ イラスト
『邪鬼の性』水尾比呂志/著、井上博道/写真 日本の美術史の大家である著者が1967年に上梓した、四天王に踏みつけられる邪鬼の像に焦点を当てた一冊。写真をふんだんに盛り込みながら、仏教美術における邪鬼の姿や様式から、時代背景、思想的背景を考察している。淡交新社/絶版。

小学4年生の時、趣味が怪獣から仏像にシフトした。京都・東寺の密教仏群に、怪獣にも勝る“異形”を感じ取ったからである。だから初めの頃はもっぱら荒ぶる仏像の方ばかりにグッときてた。

ちなみに仏というのは如来、菩薩のことのみを示す。後に仏教に取り込まれた荒ぶる明王や、弁財天・吉祥天に代表される天部のルーツは古代インド神なのである。その当時、仏像に関する本は随分買って貰った。親も怪獣本よりそちらの方が高尚でいいと思っていたのだろう。しかし、話の合うクラスメイトがいなくなってしまったのも事実。

唯一、熱く仏像が語り合えるのは母方のおじいちゃん。そのおじいちゃんが奈良や和歌山まで“見仏(けんぶつ)”の旅に連れてくれたのだった。土門拳の仏像写真を見せてくれたのもおじいちゃん。釈迦如来像の衣部分だけとか、兜跋毘沙門天(とばつびしゃもんてん)の甲冑部分だけのドアップ写真に衝撃を受けた。だって、メインである仏像の顔がそれには写ってないんだもの。まるで難解な仏像クイズを出されたようだった。

でも、よくよく見てる内にその方が、全体像を写してるものよりグッときた。今、思うとそれがマニア道の入り口だった気がしてる。今回、紹介する本は、それだけに特化したもの。『邪鬼の性(さが)』、タイトルが示すように邪鬼のみの写真集である。

邪鬼は、仏像界で四天王像に踏まれている鬼のことを言う。人間に祟りをなすため、仏の守護神である四天王(持国天・増長天・広目天・多聞天)に踏みつけられているのだ。当然、この場合も四天王像がメインとなるのがフツーだけど本書はそうじゃない。完全に脇役であるはずの邪鬼にスポットがバリバリ当っている。

僕が思うに、仏でなくても明王や天部の像を作る時も、決ったルールがあるはずだ。それがメインである意味だから。しかし、邪鬼にはルールというものがなかった。仏師にとってフリー・スペースだったのではないか?思いの丈、自らの表現が試せるのは邪鬼部分のみで、その証拠に四天王よりやたら生々しい。

飛鳥時代の邪鬼はまだ、表情が硬く、形もシンボライズされているが、平安期からユニークさが加わり、鎌倉期ではその躍動感がハンパない。表現ではメインをすっかり食ってしまっていることを、『邪鬼の性』は明してるのである。

もっと熱く語りたいところだけど、僕はもう大人だ。空気が読める。止めますね。

後日談だけど、十年ほど前この本を企画された編集の方に偶然、お会いしたことがある。「小学生の時にですか?よく、お買いになりましたねぇあんな渋い本」と、初老の編集者もしばし驚き、「いや『邪鬼の性』が、僕にマニア道を進めと教えてくれたんですから」と返すと、「なるほど、それでちっとも売れなかったんだ」とお笑いになったのだった。

profile

みうらじゅん(イラストレーター、エッセイストなど)

1958年京都府生まれ。共著に『見仏記』シリーズ(角川文庫)、著書に『「ない仕事」の作り方』(文春文庫)、『さよなら私』(角川文庫)など多数。
HP:http://miurajun.net/

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