1. トップ
  2. 恋愛
  3. 早川書房からコミックレーベル「ハヤコミ」誕生!『同志少女よ、敵を撃て』など名作の漫画化が話題【編集長インタビュー】

早川書房からコミックレーベル「ハヤコミ」誕生!『同志少女よ、敵を撃て』など名作の漫画化が話題【編集長インタビュー】

  • 2024.12.24

2022年に本屋大賞を受賞した逢坂冬馬『同志少女よ、敵を撃て』のコミック版(漫画・鎌谷悠希/監修・速水螺旋人)が、12月11日に早川書房の新コミックレーベル「ハヤコミ」第一弾として全国書店で発売された。「ハヤコミ」は7月に早川書房が新たに立ち上げたコミックサイト『ハヤコミ』(hayacomic.jp)としてオープンした新コミックレーベル。これまで早川書房はSF小説やミステリ小説、翻訳小説やノンフィクションなど、いわゆる“文字もの”をメインとした出版社だったため、新たにコミックレーベルが立ち上がることに驚いた人も多かった。

早川書房のコミック事業「ハヤコミ」のスタートについて、ハヤコミ編集長の𠮷田智宏さんに立ち上げの経緯や今後のことなどいろいろとお話を伺った。

早川書房ならではのコミック戦略

――「ハヤコミ」のラインナップを眺めますと、アガサ・クリスティー原作の『そして誰もいなくなった』(漫画:二階堂彩)、スタニスワフ・レム原作の『ソラリス』(漫画:森泉岳土)といった海外の名作ミステリやSF小説、そして本屋大賞受賞作である逢坂冬馬さんの『同志少女よ、敵を撃て』(漫画:鎌谷悠希)など、早川書房から刊行されている小説のコミカライズが目を引きます。

𠮷田智宏さん(以下、𠮷田):早川書房の作品のコミカライズが「ハヤコミ」のひとつの核としてありまして、国内で人気のSFやミステリ作品を漫画化していく予定です。 もう一つ コミック事業としては、早川書房はこれまで海外作品を数多く出してきて海外のエージェントや出版社とのつながりが強いので、早川書房が海外の作品をコミカライズしてそこからまた海外に輸出するという流れも考えています。

――なるほど、海外作品の版権を取って早川書房でコミカライズをしてまた海外に輸出するということは加工貿易みたいな感じですね。

𠮷田:そうですね。大手他社さんは自社のコミックを日本発売と同時に翻訳して海外の読者に向けて販売するというやり方ですが、ハヤコミではそのような事業活動を通して、海外のエージェント・出版各社を応援団につけてコミックを刊行していくという考え方ですね。

――日本のコミックは海外でもとても人気と聞きますね。

𠮷田:衰えることを知らない右肩あがりな状態ですね。早川書房では年数回、版権部の人間が直接海外に版権を買いに行くんですが、その時に日本の出版社だからか「集英社の漫画の部署を紹介してくれないか」と言われるらしいんですよ(笑)。

「ハヤコミ」スタートまでの経緯

――早川書房でコミック事業を始めるという話は以前からあったのですか?

𠮷田:実は4~5年くらい前からコミック事業の準備を進めてきまして、海外の出版エージェントと交渉して作品版権を取るのを重ねてきました。次にどのような形で発表していくか、描き下ろしから書籍にするのか、電子書籍でいきなり出すのか考えまして、やはり今の漫画はサイトで読んで面白かったら紙や電子書籍などを買うという流れがありますので、まずはコミックサイトを立ち上げようと。それがハヤコミを始めるまでの流れですね。

――コミックを新規に立ち上げると一言で言っても、早川書房のように小説やノンフィクションなどの“文字もの”を長くやられているとこれまでのお仕事とはだいぶ違うものになると思いますが、コミックを事業として始める際に大変なことなどはありましたか。

𠮷田:私は国内小説の担当なんですが、それと同時に弊社の『SFマガジン』と『ミステリマガジン』誌上で連載されている宮崎夏次系さんと高橋葉介さんの連載漫画の担当もしていたので、心理的な負荷というかハードルはありませんでした。

ただ、やはり漫画の編集というのは小説とは段取りが違いますので、編集プロダクションさんのお力をかりて日々勉強という感じで進めています。

念願のコミック事業立ち上げ

――𠮷田さんご自身は、コミックはよくお読みになるんですか?

𠮷田:マニアの方から見たら全然遅いと思うんですけど、それまで少年・青年コミックを読んでいた高校生ぐらいの時にCLAMPさんとか高河ゆんさんのコミックが書店でバーっと平積みになっているのを見かけて、日渡早紀さんの『ぼくたま』(『ぼくの地球を守って』)とか、自分のまったく知らない漫画の世界があることを知ってどっぷり漫画にハマった感じですね。

――なかでも思い入れのある作品はありますか。

𠮷田:高河ゆんさんの『アーシアン』(集英社)が一番好きです。高河さんは少年・青年コミックしか読んでなかった私の感性を変えてくれた方ですね。なかでも「オペラ座の怪人」を下敷きにした回(第8話「ファントム・ジ・オペラ」 )があるんですが、『アーシアン』とこの作品に感激したからこそ、元の「オペラ座の怪人」まで読むことになったんです。

まさにそういうことがハヤコミでも起きればいいなと思うんですけど。

――そういう経緯で「花とゆめ」とか「ウィングス」といったレーベルにハマったんですね。

𠮷田:その通りです。なので学生時代はアルバイト代、会社に入ってからもお給料のほとんどが漫画になりましたね。

――それなのになぜコミックレーベルのない早川書房に入社されたんですか(笑)。

𠮷田:KADOKAWAさんに落ちてしまって(笑)。早川書房でも漫画をやりたかったんですがほぼ漫画はないと分かっていたので、面接の時にナンシー・A・コリンズの『ミッドナイト・ブルー』(幹遙子:訳/ハヤカワ文庫FT)という吸血鬼モノのファンタジー小説のコミカライズはどうか?という話をしたりしましたね。ただその時はもちろん実現はしなかったんですけど。

――入社は何年前ですか。

𠮷田:26年くらい前ですね

――ということは𠮷田さんの26年越しの悲願がかなったということですね。

𠮷田:そうですね。いつか漫画事業を行いたいなと思っていたのでほんとうに良かったですね。私は漫画連載の担当を属人的にやっていて、それはそれで少しずつ積み重ねていけばいいかな、というのがずっとあったんですが、これからはコミック事業としての売上も重要ですし、かつ早川書房の多くの作品とのシナジーがやはり大事になってくるので、私個人ではなく現在はチームとして「ハヤコミ」が動いている形になります。

「ハヤコミ」ラインナップ

――「ハヤコミ」のラインナップについて聞かせてください。まず、先ほども触れました二階堂彩さんによるアガサ・クリスティーの『そして誰もいなくなった』のコミカライズが目を引きます。

𠮷田:ミステリ作品で一番メジャーで、誰が聞いても分かるのは、やっぱり『そして誰もいなくなった』だろうと。デスゲームの源流になっている作品として海外だけじゃなくて日本の漫画や映画などいろいろなところに影響を与えた作品でもありますので、ハヤコミのラインナップとしてクリスティーのメジャータイトルは意識しています。

――個人的に私の大好きな森泉岳土さんが漫画を書かれているスタニスワフ・レムの『ソラリス』(2025年1月22日に上下巻で刊行予定)に注目しています。森泉さんはジョージ・オーウェルの『一九八四年』(『村上春樹の「螢」・オーウェルの「一九八四年」』河出書房新社刊)をコミカライズしていますし、フジテレビの『世界SF作家会議』の挿絵を描かれているなど、SF作品との関わりが強いですね。

𠮷田:SF作品のコミカライズに関しては『ソラリス』以外にもSFのタイトル候補があったのですが、森泉岳土さんご自身が『ソラリス』を描きたいとおっしゃって 、そこがこのコミカライズで一番大きかったですね。SNSでも漫画版ソラリスの執筆の進捗を発信されていますね。

――国内作品ですと鎌谷悠希さんが漫画を書かれている『同志少女よ、敵を撃て』(逢坂冬馬原:作)や、原作のイラストも担当しているしろ46さんの『転生令嬢と数奇な人生を』(かみはら:原作)などコミカライズのジャンルの幅も広いですね。

ほかにもSFマガジンで連載されている宮崎夏次系さんの『と、ある日のすごくふしぎ』や高橋葉介さんの『夢幻紳士』などがありますね。

そんなラインナップのなかでちょっと異色なのがキアヌ・リーブス原作の『バーサーカー』というグラフィックノベルです。これは逆にアメリカ産のコミックの翻訳ですね。

𠮷田:早川書房から海外へというのと同時に、海外から日本へという循環もできればと思っています。日本と海外両方に足場を持った作品もと考えまして、本作は映像化も予定していて日本人で誰もが知っているキアヌ・リーブスさん原作というのが一つフックになる作品になりますので、これを日本で広げてキアヌさんが来日してくれた時にはまた盛り上げられたらと思っています。

――アイザック・アシモフの「銀河帝国興亡史(ファウンデーション)シリーズ」(久間月慧太郎/Seldon Projec:作画)は以前からコミカライズされていたものですね。

𠮷田:本作はサイドランチさんが出されていた紙版をハヤコミサイトで読むことができます。

新たな漫画家の発掘

――コミカライズに際して漫画家さんとのつながりが重要になってくると思うのですが、作家の発掘はどのように進めていくのでしょうか。

𠮷田:まず具体的には8月のコミティア(「創作(オリジナル)」のジャンルの同人誌即売会)でハヤコミの「出張マンガ編集部」のブースを出させていただきました。そのほか編集者単位なんですけれども、各社の編集者ともお話をしながら漫画家さんとご一緒できればと考えています。将来的には新人賞などもできればなと思っています。

――原作付きの漫画を書いたことがない作家さんなどには編集部ではネームなども含めてコミカライズをフォローする予定ですか。

𠮷田:できれば作画、構成、ネームをお任せしてやっていただける方がベスト かなと思っています。その上で原作の細部の切り取り方がちょっと苦手という場合は構成を別に用意するなど、編集プロダクションの方たちとも相談しながらうまく分業体制ができればなと思います。

原作とコミックのシナジー

―――私も「ハヤコミ」に登録して読ませていただいていますが、漫画を途中まで読むとこれから先がどうなるのか気になって原作を読みたくなる感じがありますね。

𠮷田:原作を読んだことがない人はコミックから読んでいただいて、作品世界に入っていただけたら嬉しいですね。例えば小説だと海外の登場人物の名前が覚えにくいというお声をよくいただくのですが、絵で表現されるとキャラクターと名前が一致しますので、漫画のあとに読まれる原作も読みやすくなると思います。

――海外のSFやミステリ小説が多い早川書房ならではのコミカライズの効果ですね。

𠮷田:小説と漫画とのシナジーをうまく展開していけたらと思っています。

――現在はウェブ上で読めますが、今後は紙版として単行本化していくこともあるのでしょうか。

𠮷田:タイトルによってということになってしまいますが、紙の本にできるものはできるだけしていきたいと思います。もちろんカラー作品や作画技術上で紙では難しいものは電子として大きくしていきたいですね。

今後のハヤコミ

――今後のラインナップの予定など教えてください。

𠮷田:アガサ・クリスティーの他のタイトルももちろん、まだタイトルは言えないのですがカズオ・イシグロ作品のコミカライズを予定しています。

また、オリジナル作品としては匙田洋平さんの『夜のロボット』がハヤコミに登場しました。コミカライズのほかにも海外の読者にも届くようなSF・ミステリに特化したオリジナル作品も出していく予定です。

――最後に、𠮷田さんご自身はハヤコミをどのようなサイトにしていきたいですか。

𠮷田:アジールという概念がありまして、歴史や社会学の用語で聖域や避難場所という意味ですが、そういうサイトを目指したいと思っています。三宅香帆さんの新書の『なぜ働いていると本が読めなくなるのか』(集英社新書)という本がありますけど、私も仕事中にまったく本を読めなくなった時期がありまして、ですがその時に漫画は読めたんですね。

それが仕事や家庭とはまったく別のモノに触れると救われるという、アジールというかサードプレイスのような、読者にとって「ハヤコミ」がもう一つの居場所にできればいいなと思っています。

取材・構成・文=すずきたけし

元記事で読む
の記事をもっとみる