1. トップ
  2. エンタメ
  3. 死の砂丘、美しい琥珀、リトアニアの美しさを求めて。

死の砂丘、美しい琥珀、リトアニアの美しさを求めて。

  • 2025.1.6

写真家の在本彌生が世界中を旅して、そこで出会った人々の暮らしや営み、町の風景を写真とエッセイで綴る連載。今回はリトアニアの旅。

240819_lithuania_arimoto_yayoi_01.jpg
死の砂丘(The dead dune)を歩いてみる。照り返しの厳しさと、砂に足を取られながら、一歩一歩進み出す。大きな海が目前に広がった時、地の果てまで歩きついたような爽快な気持ちになった。半面、部屋に戻ったら即刻日焼けの手入れをしなくてはと焦る。

バルト海の砂丘、トーマス・マンのロマンス。

vol.20 @ リトアニア・ニダ

リトアニアの沿岸部の小さな街を訪れた。クルシュー砂州にあるニダは、ローカルにも、周辺の外国人(特にドイツ人)にも人気の歴史あるリゾート。松林と長い海岸線、砂丘、極狭い範囲で個性が異なる海景色に出合える魅力的な場所ゆえ、古くから多くの画家たちに描かれてきた。

滞在制作施設「NIDA ARTCOLONY」には、通年世界各国からアーティストが集い、ジャンルを超え活動し作品を発表している。100年近く前、作家トーマス・マンは旅で訪れたニダの美しさに惹かれ、この地に別荘を持った。家族とともに3度目の夏の休暇を彼の地で過ごした頃、ドイツはヒトラーが政権を握り始め、反ナチスのマン一家は国を離れることを決意。その後、この素晴らしいニダの別荘に二度と戻らなかった。

マンと休暇というキーワードから、映画『ベニスに死す』を回想した。美少年タジオの人間離れした透明感に心掴まれる一方、いまの私は主人公の初老の音楽家アッシェンバッハの無様さに大いに共感してしまう。そんな年になったが、マンの原作は彼の実体験をもとに書かれたと知り、その人間くささ、己の滑稽さを笑う感覚に烏滸がましくも親近感を覚えた。

女性が主人公のマン作品が気になり、短編「だまされた女」を読むとこれまたおもしろく、なおかつ身につまされた。老いゆく身と果てぬ恋心の間で揺れる女性を絶妙に描いている。人の「感情が動く」ことの普遍性を、ニダとマンの別荘により再確認してしまった。

240819_lithuania_arimoto_yayoi_02.jpg
バルト海沿岸は琥珀の産地として知られている。数千万年前の樹木が飴色の美しい琥珀に生まれ変わると聞くと、自然と時の積み重なりとその営みに気が遠くなる。植物や虫が混入し姿をとどめているものはさらに価値が上がる。ニダのAmberMuseum-Galleryにて。
240819_lithuania_arimoto_yayoi_03.jpg
ニダの見晴らしの良い場所に立つ赤い家は、トーマス・マンが家族と過ごすために建てた別荘だった。現在はトーマス・マン博物館になっていて見学可能。

『だまされた女/すげかえられた首』

トーマス・マン著光文社古典新訳文庫

¥776

ベニスに死す』

監督/ルキノ・ヴィスコンティ

1971年、イタリア・フランス映画

131分

Amazon Prime Videoにて配信中

*「フィガロジャポン」2024年10月号より抜粋

元記事で読む
の記事をもっとみる