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時間は「量子もつれ」の副産物に過ぎないとする研究結果が発表

  • 2024.12.21
時間を否定する「もう1つ」のシュレーディンガー方程式を発見!時間は量子もつれの副産物に過ぎないことを示す
時間を否定する「もう1つ」のシュレーディンガー方程式を発見!時間は量子もつれの副産物に過ぎないことを示す / Credit:clip studio . 川勝康弘

時間は真なのか、それとも偽なのか?

イタリアのフィレンツェ大学(UNIFI)で行われた研究により、時間を否定するもう1つのシュレーディンガー方程式が発見され、時間は「量子もつれ」現象がうみだす副産物のような存在であることが示されました。

研究者たちは「私たちが時間の経過を知覚するということは、物理世界に何らかの「もつれ」が織り込まれていることかもしれません」と述べています。

私たちにとって当たり前の存在である「時間」。

新たな発見は既存の時間の概念を大きく揺るがすものになるでしょう。

そこで今回はまず研究のベースになった「Paw機構」について解説しつつ、次ページで研究内容の紹介を行いたいと思います。

研究内容の詳細は『Physical Review A』にて掲載されました。

目次

  • 時間は存在するのか?
  • 時間を否定するもう1つのシュレーディンガー方程式

時間は存在するのか?

時間とは、私たちの日常や科学の礎を支える、きわめて基本的な概念の一つです。

時計の針が刻む秒や、昼から夜へと移り変わる一日の流れは、時間が絶対的に存在すると信じさせるに十分でしょう。

しかし20世紀以降、物理学の飛躍的な発展によって「時間は本当に普遍なのか?」という根本的な疑問が浮かび上がってきました。

もしかすると、時間はある特定の条件下で姿を現す“派生的”な性質なのではないか、というのです。

アインシュタインの一般相対性理論では、時間は空間とともに「時空」を形づくり、重力の影響で歪んだり遅れたりします。

私たちが当たり前だと思っていた「絶対の時間」は、観測者の場所や状態によって変わる相対的な存在であることが示されたのです。

たとえば、強い重力場に近いほど時計はゆっくり進み、重力の弱い場所ではわずかに速く進むことが予測されます。

実際、東京大学と理化学研究所の研究チームは、超高精度の可搬型光格子時計を東京スカイツリーの地上階と展望台に設置し、約450メートルの高度差でも1日あたり4ナノ秒ほどの進み方の違いが測定できることを示しました。

まさに、わずかな高さの違いさえ時間に影響を与える証拠といえます。

時間は存在するのか?
時間は存在するのか? / Credit:clip studio . 川勝康弘

一方で、量子力学では時間の概念は大きく異なります。

量子重力では、宇宙全体をひとつの量子状態で表すことを想定しますが、たとえばホイーラー・デウィット方程式などを解くと、宇宙は「時間に依存しない」定常状態であるかのように見えてしまうのです。

イメージとして、宇宙全体が「巨大な1枚の写真」に収まっているようなもので、そこには動きも変化も時間の流れも見当たりません。

しかし、私たちは日常的な経験から「時間が流れ、物事が進化し、変化が起こる」と感じます。

たとえば、朝起きて、昼食をとり、夕暮れを迎え、夜眠りにつく――こうした「変化」を当然のものとして受け止めています。

では、なぜ「全体」から見ると静止しているはずの宇宙で「中にいる私たち」の視点からは「流れる時間」や「進行する出来事」が見えるのでしょうか。

この「宇宙全体は時間無依存なのに、内部の観察者には変化が知覚される」という矛盾のような現象を「時間の問題」と呼びます。

ページ=ウッターズ(PaW)機構は、この相対性理論と量子力学の間に存在する「時間の問題」を解決する一つの考え方です。

たとえば、普通に考えれば、宇宙全体が「静止した写真」だとしたら、その中にははじめから終わりまで、すべての出来事が1枚の画面に収まっていて、「過去から未来へと進む時間」など存在しないように見えます。

しかし、PaW機構は、「宇宙」という巨大な写真の中に、ある種の「時計」役を果たす部分を組み込み、その「時計」が示す位置を基準に、私たちが「今」を選び出すという仕組みを考えます。

この考え方によれば、私たちは「時計」がどんな時刻を指しているかを基準にして、宇宙全体の中から「今」に対応する部分を切り出すことができます。

これによって、ほかのすべての出来事が、あたかも「時計の針の進み」に合わせて変化していくように見えるのです。

この考え方では、宇宙を「時計」とそのほかの部分がもつれ合った構造として見ることで、アインシュタインが描いた「空間と時間が一体になった時空」というイメージと、量子力学の「外から与えられた時間パラメータに沿って、系の状態が確率的に変化する」という捉え方を、内側から結びつけることができます。

そこで今回、フィレンツェ大学の研究チームは、2つのシステムの間に量子もつれを形成し、そのもつれから「時間」が生まれるのではないか──というPaW機構の発想を検証することにしました。

すると、物理学の世界でよく知られたある方程式が、まるで時間そのものが存在しないかのように書き換わってしまうという、驚くべき結果が得られたのです。

時間を否定するもう1つのシュレーディンガー方程式

時間はどんな姿をしていたか?

謎を解明するために研究者たちは、2つのモデル系を用意しました。1つは周期的に振動する「調和振動子」(以下「振動するシステム」)、もう1つは「磁気時計」です。

これら2つの系は直接的な相互作用は行わないにもかかわらず、量子力学的な「もつれ」状態にあります。

もつれとは、お互いの状態が密接に関連し、一方を測定すれば他方の状態についての情報が得られるような特別な関係です。

もつれ状態では、片方の状態が確定すると、もう片方の状態に関する情報も同時に確定するというユニークな特徴があります。

そして振動するシステムは何かが進んでいる状態、つまり「時間の流れ」と結びつけられ、磁気時計は上向き・下向きといったスピンの「向き」が「針の位置」や「時計盤の数字」のような役割を担い、私たちが「今、このくらい時間が経った」と読み取る手段となります。

この2つが量子もつれの関係にある場合、振動するシステムが「高いエネルギー状態」なら、時計(磁気時計)のスピンが「上」を向く、システムが「低いエネルギー状態」なら、時計のスピンは「下」を向く……といった関係が発生します。

研究ではこの2つの量子もつれの状態が調べられ、実際に「振動するシステムのエネルギー状態」と「時計のスピンの向き」の関係が期待通りに対応しているかをチェックされました。

時間を否定するもう1つのシュレーディンガー方程式
時間を否定するもう1つのシュレーディンガー方程式 / Credit:clip studio . 川勝康弘

その結果、ある条件下では、振動が続けば続くほどスピン向きが時間の経過に合わせて変化し、まるで時計が時刻を刻むように機能することが確かめられました。

(※特に磁気時計のエネルギースケールが十分大きい場合に、磁気時計が時間を古典的に記述できるようになる)

さらに興味深いことに、磁気時計の量子状態を部分的に観測(射影)することで、振動する調和振動子の進化を記述する「方程式」を導き出せることがわかりました。

しかも、その方程式はシュレーディンガー方程式の形式を持ちながら、外部の時間パラメータの代わりに、磁気時計の量子状態が「時間」として機能しているのです。

つまり、シュレーディンガー方程式の時間パラメータを、時計系の自由度(量子状態)に依存する形で「再解釈」することができたのです。

より簡易な言い方をすれば「シュレーディンガー方程式の時間要素の代わりに量子状態を当てはめることができた」とも言えます。

驚くのは、こうしたアプローチによっても、シュレーディンガー方程式の構造自体はほとんどそのまま保たれる点です。

通常なら外部から押し付けられるはずの「時間(t)」が、今度はシステム内部の量子もつれによって自然に定義されるわけで、私たちが当たり前だと思っていた「時間」が、じつは量子相関から浮かび上がる「指標」に過ぎないという、新しい見方を示唆しているのです。

この結果は、従来は「外部から与えられる」と思われていた時間を、量子状態そのものが生み出すことを意味します。

このことから研究者たちは「時間は量子もつれの副産物である」と結論しています。

研究者たちは最後に「私たちが時間の流れを感じるのは、物理世界に何らかの「量子もつれ」が織り込まれているからかもしれません。

もし、宇宙のどこにも量子もつれが存在しなかったとしたら──一部の理論では、宇宙の誕生当初はそうだった可能性が示唆されていますが──私たちには何も動いていない「完全に静止した世界」が見えていたはずです」と述べました。

今回の研究により、これまでの考え方に挑戦する新たな時間に対する考えが示されました。

研究結果は、時間がただの進行する概念として私たちに直感的に感じられる一方で、その本質は「量子もつれ」の中に潜んでいる可能性が示唆されています。

量子力学では、物質が互いに独立しているのではなく、相互に絡み合っていることがしばしばあり、これは時間という現象にも深く関わっているかもしれません。

そして「時間は量子もつれの副産物」──この一見大胆な考え方は、私たちの世界観を根本から揺さぶります。

宇宙全体が静止した状態であるとしても、その中の一部分を「時計」として取り出し、その中の量子もつれを利用することで、私たちは「今」という瞬間を感じ、過去と未来を区別することができるのです。

たとえるなら、止まったままの写真の一コマ同士を重ね合わせることで、あたかも画像が動き出したかのような錯覚を起こしているわけです。

もし宇宙に量子もつれが存在しなければ、私たちは動きのない凍結した世界しか認識できなかったかもしれません。

新たな観点は、物理学と哲学の狭間で、私たちが「時間とは何か」を改めて考え直す大きなきっかけとなるでしょう。

元論文

Magnetic clock for a harmonic oscillator
https://doi.org/10.1103/PhysRevA.109.052212?_gl=1*18uxv70*_gcl_au*MTQ1MjgyNDczMS4xNzMyNjY0MTEx*_ga*NDc0MDg5NTkwLjE3MjAzOTI3NTM.*_ga_ZS5V2B2DR1*MTczNDc2MzAwMS40OS4wLjE3MzQ3NjMwMDEuNjAuMC4xMzczODYwMjk2

ライター

川勝康弘: ナゾロジー副編集長。 大学で研究生活を送ること10年と少し。 小説家としての活動履歴あり。 専門は生物学ですが、量子力学・社会学・医学・薬学なども担当します。 日々の記事作成は可能な限り、一次資料たる論文を元にするよう心がけています。 夢は最新科学をまとめて小学生用に本にすること。

編集者

ナゾロジー 編集部

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