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「KOBAYASHI」が繰り出す 最高峰の中国料理に陶然とする!

  • 2024.12.21

グルメ最前線 トップレストランを探訪する

KOBAYAHI 上海よだれ鶏
前菜の「上海風よだれ鶏」で、すでに小林ワールドは全開だ。  

「ベースは広東料理ですが、四川料理が必要な時は四川を、北京料理なら北京の技術を使ってやっています」

シェフはこともなげにそう筆者に話した。それがいかに途方もないことかは後述する。

 

 

至高の中国料理に出会うと、中国料理そのものに対して、そして、それを作る料理人に対して、尊崇の念が湧き起こってくる。

「KOBAYASHI」を率いる小林武志シェフはそうした料理人の一人である。言うまでもなく、名うての店「桃の木」で、十数年にわたってミシュランの星を獲り続けた人だ。そこを去り、新天地が彼の名を冠した中国料理店「KOBAYASHI」である。

 

驚嘆すべき最上の炒飯の切れ味!

 

 

至高の中国料理はいつも、作り手の食材に対する飽くなき執念を感じさせるものだ。

例えば、最終コーナーに出される、小林さんの極めつけの一品としてよく知られる「干し貝柱の炒飯」はどうか。

干し貝柱の炒飯
「干し貝柱の炒飯」はしっとりパラパラ。水分を飛ばしすぎていないところが技だ。

乾物の貝柱を水で戻し、それをスタッフが指で繊維の一本一本にほぐす。白ネギはすさまじいまでの包丁(牛刀)の技でもって、2ミリ角(!)に裁断される。それを少し風に当てて水分を飛ばす。熱した鍋に油をたらし、タイ米を投入する(このタイ米も、実は前日に炊いて冷蔵庫で一晩寝かせ、一粒ごと手でほぐしたものだ)。そこに溶き卵を加えるのだが、鍋振りとお玉による凄まじい勢いで攪拌されたご飯と卵は7秒間で一体化し、卵は見た目では消滅する!

 

さて、これが中国式のホンモノの炒飯なのだ(われわれが普段食べている卵が残った炒飯は和製中華である)。

 

妙なる香りが立っている。一口頬ばれば、米と卵の甘みがすると同時に、最後に加えたネギと貝柱が、ほとんど澄みわたった味の深みをもたらしている。いつまでも噛み続けていたくなる。日本で食べることができる最上の炒飯のひとつと言えよう。

 

 

小林さんはそうした手間のかかることをまったく厭わない。極限までの丁寧な下ごしらえが料理の質に直結していることを骨の髄まで知っている。だから、彼の料理は清潔で上品だ。それを食せば、大袈裟と思われるかもしれないが、(汚れたわが身が、笑)浄化されていくような気持ちになる。

カウンターと個室で別々の料理を楽しむ

 

時間をエントランスに戻す。入口から階段を降りると、滝をイメージした石壁の空間が出現し、ちょっと息を呑む。明らかに、ここで外界とは遮断された感覚に陥る。

 

この日案内されたのは、18時に一斉スタートするカウンター席だ。ここは小林さんが中国料理が有するポテンシャルを、縦横無尽の想像力でもってクリエイトする場である。何回か客の前に現れて、凄まじい手さばきを披露してくれる。

 

店の奥には個室が5つあって、そこでは「桃の木」で好評を博した品目が中心となったコース料理を食せるが、例えば「野菜を中心に」とかいう様々なリクエストにも応じてくれるという。

店内
カウンターは8席。小林シェフが目の前で料理するライブ感がたまらない。

「1に香り、2に色、3に味」

 

 

実際の料理をいくつか紹介する。その前に一言。

日本人はあまり意識が向かわないのだが、小林さんが言われるように、中国料理の本質は、「1に香り、2に色、3に味」にあるのだ。そう思いながら食べると、料理は別物として現れてくるだろう。

 

まずは前菜の「上海風よだれ鶏」(トップ画像)である。通常のよだれ鶏は飽くまでも主役は鶏にあるのだが、これは明らかに辣油と麻辣のソースが主役と感じるほどソースが見事だ。

 

燻製にした鶏や揚げた中国産ピーナッツやシャンツァイの薫香が立ち上る。それらとソースが混然一体となって、甘味・酸味・辛味・苦味・旨味の5味が豊かに広がってゆく。夢中になってソースをすくっている自分に気づくことだろう。そして、何よりも味わいが優しい。

 

脇に添えられた「宮城県産黒アワビのトリュフ・ネギソース和え」では、まずトリュフとネギの香りを楽しむ。口に入れれば、表面にぷちぷちとまぶしてあるそのソースと、柔らかい煮アワビの相性の良さに驚くだろう。脇役としてあるのに、食味の深淵に引き込まれてゆく。

 

蟹みそ餡かけ丼は、口福の頂点

 

続く四川料理「甘鯛の甘酢ネギソース掛け」も素晴らしかった。小麦粉でカラリと揚げた甘鯛は、身はぷりぷり、皮とウロコのぱりぱりで口が喜ぶ。さらに、これまたソースが、主役はソースかと言いたくなるほどの出来栄えだ。醤油、辣油、太白胡麻油、黒酢、砂糖、1ミリ角(!)のネギとディルを合わせたものだ。胡麻油を多くすると重くなるから、辣油を加え、その上で生のネギと香草のディル、赤生唐辛子で清涼感を足すことによって、軽快なソースに仕上げるのである。

 

油のなんと軽いことか! 甘鯛を食べて残ったソースは、余すところなく飲み干してしまった。

上海蟹の餡かけフカヒレ
「上海蟹の餡かけフカヒレ」を食べれば、昇天することは確実!

もちろん、「上海蟹の餡かけフカヒレ」は冬ならではの贅沢の極みだ。しかも、陽澄湖の最高レベルの上海蟹のメスだけを使用。

 

フカヒレと銀杏の上に、上海蟹のほぐし身と飛子で充満した餡かけがかけてある。蟹の濃密な香りでむせ返るほどだ。スプーンですくって口に入れれば、はあー、生きていて良かったと思う。銀杏の弾力がいい。しかも、一口のご飯も薦めてくれるではないか。何という、ゲスト・ファーストな店だろう。蟹みそ餡かけミニ丼は、口福の頂点に導いてくれた。

唯一無二の料理人

 

冒頭で紹介したが、シェフの技のベースは広東料理で、そこに四川や北京や上海など、いろんな手法が入り込む。通常なら、広東料理の料理人であれば、広東料理の域から一生脱することがない。それが地方性に根差した中国料理というものだ。

小林さんは、「私の師匠(吉祥寺にあった竹爐山房の山本豊氏)が多くの地方料理ができる人でしたから」とさらり言うが、それがいかに難しいことか。なぜなら、それぞれはまったく別個の料理だからだ。フレンチとイタリアンぐらいに違う。だから、様々な中国地方料理を一人で、しかも最高レベルで駆使できる料理人は、世界を見渡してもほとんどいないのである。

 

シェフの小林武志氏
小林シェフの鍋振りの技は、これを見るだけでも価値がある。

嗚呼、「鶏そば」をまた食べたい

 

メインの最後を飾る「KOBAYASHIとNUMAMOTO」は、山口県岩国市の希少な「高森和牛」を使った一皿だ。生産者の沼本氏は和牛のスペシャリストとして知られる。「水煮牛肉(スイジェーニューロー)」は2人のコラボというわけだ。これは四川料理を代表するメニューの一つで、通常は舌がびりびりに痺れるほど辛い。シェフは辛さを抑えて、唐辛子、豆板醤、豆鼓、最後に花椒を加えてあくまでも穏やかに優しく配合し、香りのお祭り状態に仕上げている。炭のように黒くなった唐辛子が美しい。牛肉を口に運べば、絶妙な按配のタレがまったりと舌に絡みついてくる。

 

 

「牛肉水煮」、赤唐辛子が真っ黒に焦げている。ポリポリと噛んでも美味しい。
「牛肉水煮」、赤唐辛子が真っ黒に焦げている。ポリポリと噛んでも美味しい。 

先に紹介した炒飯の前に出された「鶏そば」は今や名物だ。スープに浮かぶ青ネギが映えている。その白湯の濃厚にして優しくも滋味深き味わいには、誰もが引き込まれる。地鶏の「もみじ」で取ったスープはコラーゲンたっぷり。これほど見事な「もみじ」スープを、筆者はマンダリン・オリエンタル香港の「文華」でしか食べたことがない。まったく伸びない麺もまた素晴らしい。いま数日経つが、またあれが食べたいと、思い出している。

 

鶏そば
「鶏そば」はすぐに表面に膜が張るぐらいコラーゲンがたっぷり。

優しさが行きわたった稀有な経験

 

 

ここで別のことも思った。鶏そばにかける調味料として、白コショウ、黒コショウ、トリュフオイルの3種類が目の前に置かれる。普通、このレベルのシェフならば、味付けを完了させた料理をお客に出して、「このように食え」と言ってお終いだ。ところが、小林さんは客に味変の自由を残してくれるのだ。味が優しいのも、自由度において優しいのも、おそらくはシェフの人柄の反映なのだろう。

 

 

その優しい居心地の良さは、路上で客を迎えるファーストコンタクトから始まり、レセプション、サービス、ソムリエに至るまで徹底している。ここまでホスピタリティが隅々まで行きわたった経験はなかなかない。感動した。

 

 

最後になるが、ソムリエの荒井氏によるワインペアリングはじつに見事で、また、最初と最後に出された台湾・阿里山の中国茶も、淹れ方が秀逸で素晴らしく美味しかった。

ゲストの脳裏を去来するのは、次はいつ来ようかな、ということに尽きるだろう。

中国料理店「KOBAYASHI」

東京都港区六本木3-3-29 六本木アーバンレックス地下1階
TEL:050-1809-4801
営業時間:17:00~23:00
定休日:日曜・不定休
カウンターおまかせコース38500円~
個室コース19800円~
ワインペアリング16500円~(以上、税込・サ別)

文:石橋俊澄

Toshizumi Ishibashi

慶應義塾大学大学院文学部フランス文学科修士課程修了後、文藝春秋入社。「クレア・トラベラー」、「クレア」、「増刊ムック編集部」で編集長を歴任、最終は編集委員。私財での海外グルメ旅行は数知れず、また、5年間に及ぶ「クレア・トラベラー」時代には、30カ国余で最上の食巡りをする。公私にわたる食体験で衝撃を受けた店を6つ挙げれば、フランス・マントン「ミラズール」、パリ「エピキュール」、スペイン・ジローナ「エル・セジェール・デ・カンロカ」、イタリア・ソレント「トッレ・デル・サラチーノ」、香港「WING」と「アンバー」。現在、食・ホテル・旅館から歴史・医療・ビジネスもののエディター兼ライター。

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